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第4話 4月-4

 トイレで用をたし、気分爽快で出て来たオレだったが、ふと違和感を覚えた。

 それにしても、オレなんで居間で寝てたんだ? しかも、奴に抱き締められながら……。何でだ?

 そんな疑問を胸に抱きながら、居間に戻ると、奴は起き上がり大きな欠伸をして、両腕を思い切り伸ばしているところだった。

「なあ、何でオレとお前がここで寝てたんだ?」

「忘れてんだ? 昨日、つばさはチューハイ飲んで、酔って俺に抱き付いて迫って来たんだぜ。キスはするは、俺の到る所を触るはで大変だったんだか――痛っ」

 オレは奴の話の途中で我慢出来ずに頭を叩いた。奴の顔にそれが嘘だと明らかに書いてあったからだ。

「ってえ。つばさ、殴んなよな。乱暴なんだからっ」

「うるさい。お前がくだらないことばかりぬかすからだ」

「ちぇっ、でも途中までは嘘じゃないよ。つばさが酔って俺に抱き付いて来て、放してくれないもんだから仕方なくここで寝たんだ」

 ああ、確かにおぼろげながらそんな記憶があるような、ないような。

「何にもしてないだろうな?」

「寝てる子襲うほど溜まってませんて。それに俺は女の体が嫌いだって言ったでしょうが」

 オレはそれには返事をせずに台所に向かった。

 奴がオレに何もしていないと解ったからだ。

「おい、朝飯食うのか?」

 オレの問いかけに奴も台所に来た。

 別に来なくても良かったのに。

 心の中でそう思ったが口には出さなかった。

「何作ってくれんの?」

「目玉焼きとハム、あと味噌汁でいいか?」

「勿論。俺、卵2つね。何か手伝う?」

「いや、こっちはいい。居間のテーブルの上、片しといて」

 はいはい、と返事して素直に居間に向かった。

 オレの方は大根を刻んで、味噌汁の支度にかかる。

 オレの母さんは料理が苦手……というか食えたもんじゃなかった。だから、小学生の頃から、オレが作る方が多かった。さすがに、餡子がたっぷりと乗ったハンバーグや生クリームで和えてあるほうれん草の御浸し、蜂蜜のたっぷり入った味噌汁を食べるのは新手の拷問でしかなかった。母さんは自分で作ったそれらを純粋に上手いと思っていたんだから恐ろしい。

 そんなに難しものを作ったわけではないので直ぐに出来上がり、奴に運ぶのを手伝わせた。

「「いただきます」」

 声を合わせて合掌した。別に打ち合わせたわけではない。たまたま一緒になっただけだ。

「お〜、すげぇ朝飯だ。白飯食うの久しぶり」

 本当、大袈裟な男だな……。

 ついこの間まで奴だって自宅にいたんだから、母親に作って貰っていただろうに。

 しかし、目の前に座る奴の美味そうに食べる姿を見るのは決して悪い気分ではない。

「悪かったよ……昨日。酔って、迷惑かけて……さ」

 謝るのは苦手だ。それが目の前に座る奴が開いてなら尚更に。

「全然構わないよ。俺が無理に飲ましちゃったようなもんだし。それに、つばさって抱き心地いいんだよね。お陰でぐっすり寝られたし」

「んなっ、馬鹿なっ。お前女の体が嫌いなんだろう?」

「嫌いだよ。抱きたいとは思わない。抱くのと抱き締めるのは違うだろ?」

 ようは女とエッチをするのはお断りだけど、抱き締めるだけなら平気ってことか?

「でも、抱き締めるのも本当は嫌なんだよ。つばさは特別かな」

「何でだよ」

「だって、出るとこ出てないじゃん。幼児体型みたいな」

 へらへらと失礼なことを平気でのたまう奴の顔目掛けてからになったお椀を投げつけた。見事、かこん、という小気味いい音を立てて奴のおでこに命中した。

 何か文句を言っているようだったが、オレはそれを完全に無視することにした。

 失礼なことを言った罰だ。真摯に受け止めやがれってんだ。

「二度とオレに触んな、ボケっ」

 それでも奴はへらへらと笑っていた。

 どうしようもない奴だと思うけど、奴に襲われることはなさそうだと気付いていた。抱きつかれたり、キスされないように自分が気をつければ、その辺は何とかなるだろう。女の体に興味がある万年発情期男が同居人じゃないだけマシと諦めるしかなさそうだ。

 オレは痛そうにおでこを撫でながらそれでもへらへらと笑っている奴をちらりと見た。

 軽い奴だけど、悪い奴でもなさそうだしな。

 オレは奴に気付かれないように深い溜息を吐いた。


 その日、オレは一日中家にいるのも退屈だったので、この辺を散策することにした。

 昼食を食べた後、外に出ると、春の日差しが眩しく、目を細めた。

 このアパートは、オレが通っている女子高から徒歩で通える距離にある。オレはこれまで自転車通学をしており、この辺に寄り道をすることはなかった。正直この辺には女子高生が寄り道をするほどの魅力的なものが何もないのだ。どこかに寄り道をするとなると、比較的大きな駅まで行かなければならない。

 アパートを出て少し歩くと、左手に大きな公園がある。その道路挟んで向かい側に昨日買い出ししたスーパーがある。

 公園には桜が何本も植えられており、散り始めてはいるが、まだ充分花見を楽しむことが出来る。現に何組かの団体さんが敷物を広げて楽しんでいる。お花見と銘打っているが実際桜を見ている者は一人もいない。通りすがりに公園を通る人の方が、余程熱心に上を眺めている。

 公園には日曜日ということもあり、子供が沢山いる。小学生くらいの男の子達がサッカーボールを追いかけている。ブランコでは、女の子達がぺちゃくちゃとお喋りしながらどちらがより高くこげるか競争しているようだ。滑り台と砂場には、小さな子達がお母さんと一緒に遊んでいる。

 今の子供達って家ん中でゲームばっかりしてるって聞くけど、オレが思っているよりもそうでもないのかもしれない。

 オレが小さかった時もよく公園で遊んだ。男らしくしろと言われて育ったから、体を使う遊びが多かった。サッカー、キックベース、けいどろ、缶けり、ドッジボール……遊びは無限にあった。

 オレは空いていたベンチに腰をかけ、そんな事を懐かしく想い出していた。

 暫く公園でまったりと人間観察をしてから、ぶらりと近所を散策し、アパートに戻った。

 玄関のドアを開き、ただいまと声をかけた。

 靴を脱いでいると、奴にいきなり背後から抱き締められた。そして、強引に顔をくいっと持ち上げられ激しく唇を吸われた。

 激しいキスの合間に、「タケル……」と、奴が呟いたのを耳にした。

 こいつ……、オレを誰かと勘違いしてる……。

 そうは思うものの恋愛経験値の極めて低いこのオレが、腰が抜けそうなほど激しく甘いキスに翻弄されて抗えるはずもない。突き飛ばしてやりたいのに、体が上手く動いてくれない。

 オレは奴のされるがままになっていた。

 すると、突然ドアが勢いよく開き、「いち〜」という可愛らしい声が聞こえた。

「いち?」

 再び聞こえた強張った声で漸く奴から解放された。

「タケル……」

「いち……酷い!!!」

 そう言ってタケルと呼ばれた少年は飛び出していった。

 奴は訳が解らないといった呆けた顔で、開け放たれたドアを見ていた。

 これってかなりマズイんじゃないのか?

 きっとタケルという少年はオレと奴がそういう関係だと疑っている。恐らくオレを男だと思っているに違いない。今ほど、自分の男っぽい容姿を呪ったことはない。

 奴はショックのあまりどっか違う世界に旅立ってしまって暫く戻って来そうにもない。

 チキショー、オレは被害者なんだぞ。ショックを受けているのは俺だって同じなんだ。

 だけど、このままさっきの少年を放っておくわけにはいかない。オレは知りませんと、興味無い振りが出来るほどオレは冷酷じゃない。

 オレは一度目を瞑ると仕方がないと覚悟を決め、飛び出した。


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