第38話 12月-1
12月に入り、街は一気にクリスマス一色に模様替えしていた。
クリスマスソングが賑やかにかけられ、クリスマスを心から喜ぶ恋人たちと、それを恨めしそうに見ている独り身の人々に表情の違いが真っ二つに分かれているようだった。
学園の中でもクリスマスの話題で盛り上がる女生徒達で休み時間ともなると騒々しいほどだ。
「毎年この時期になると凄いよな。夏希と絵里は何かすんのか、クリスマス?」
「私は毎年家族でクリスマスパーティーをするんだけど、今年は桃井社長の所のパーティーに招かれているからそれに参加する予定なの」
桃井社長か。オレも一度お金持ちのパーティーってのを経験しているけど、あんなもの二度と出たくないって言うのが本音だ。折角のクリスマスなのに、夏希は大変だ。まあ、夏希は小さい頃からそういった社交場には慣れているだろうから、苦にもならないのかもしれないが。
「私はね、実は緑川君に誘われているの」
そう言ってプーさんスマイルをほんの少し頬を染めて浮かべている。
なっ、なんと!!! 緑川と絵里が……?
一学期の期末テスト前の勉強会で二人が良い雰囲気だったのを覚えている。二人が会う機会を作ろうと画策していたのだが、夏休みは桃井のことがあったり、新学期に入ったら入ったで、体育祭やら文化祭やらですっかりと忘れていた。
「緑川と付き合ってるのか?」
その問いに照れた笑みを浮かべながら絵里はこくりと頷く。
オレがお膳立てしなくても、緑川はやることはやってんだな。
「そっか、良かったな」
照れて微笑む絵里を見ていたら、こちらまで笑顔になってしまう。友達が幸せそうにしているのを見るのは嬉しいものだ。
「そういうつばさはどうなの? 青柳一とはどうにかなったのかしら?」
「はっ?」
オレは素っ頓狂な声で夏希を眺めた。夏希はそんなオレをふぅっと溜息を一つ吐いて呆れ顔で見ていた。
「つばさ、あなたこの期に及んでまだ彼の気持ちに気付いていないなんて言わないわよね。あそこまであからさまに自分の気持ちを表しているじゃないの」
「夏希、何で知って? いつから?」
夏希が一の気持ちを知っていたなんて。夏希の言葉にふんふんと同調している絵里。
もしかして、絵里も知っている?
一の誕生日に告げられた想いはオレの胸だけに秘めていた。ということは、一の態度がそれだけ解り易かったってことなのか。それなのに、オレときたらあいつのおふざけなんだとばかり思っていた。近くに居過ぎて気付かなかったのか、それとも、単にオレが鈍いだけなのか。
「最初から解っていたわよ。あのいけすかない男。女嫌いって言ってるくせに、つばさを見る目は明らかに違った。それに、私の気持ちを知っていて、初めて会った時から私を牽制してたわ。あの可愛らしい男の子と別れた時にはやっぱりって思ったわ。他に好きな人がいるのに付き合っていられるほど器用じゃないでしょうからね」
あれ? 何だか気になる点があるような……。
初めて二人に一を合わせた日、一は夏希にこう言ったんだ。
「俺の好きは君がつばさを好きなのと同じ好きだよ、黒田さん」
一がこの時言った好きが、恋愛だとするならば、夏希がオレを好きなのも恋愛感情だということなのか?
オレが黙りこくっていると、これまた呆れたって顔で夏希は息を吐いた。
「本当につばさは鈍いのね。今頃私の気持ちに気付いたの? あの男は私を一目見ただけで、私の気持ちに気付いたっていうのに。私はね、あなたが好きなのよつばさ。だけれど、あなたが同性にそういった感情を抱かないのも知っているし、私もあなたとどうこうなりたいと思っていないの。だから、お友達でいさせて頂戴。いいかしら、つばさ?」
本当に? 夏希がオレを?
信じ難いことではあったが、本人が認めているのだから、そうであるに違いない。
友達でいさせて欲しいと言った夏希にオレはただ、友達として今まで通りに接していけばいいのだろうか。オレに夏希の気持ちに応えることは出来ない。それならば、夏希の望むように友達として振る舞えばいいんだろうか。
「勿論。ずっと友達だよ。有難う、夏希」
夏希が薄っすらと微笑んだ。夏希は強い。どんな状況にあっても、自分の表情を崩したりしない。今もそう、とてもすっきりとした顔をしていた。心の中もそうだとは限らないのだが。
「私のことはいいのよ。あの男のことだったでしょ?」
ああ、そうだった。二人は一の気持ちをずっと知っていたんだ。そう考えたら緑川も知っているんだろう。知らなかったのはオレだけ? いや、知ろうと思えば知り得た筈だ。オレがしろうとしなかっただけなんだ。一の言葉を真に受けていなかった。いつも冗談、若しくはオレへの嫌がらせなんだとばかり思っていた。
「で? つばさはどうなの?」
これは誘導尋問ですか? 夏希の目が怖い。
「どうって、どうにもなってないけど」
「どうにもなっていないことくらいつばさを見ていれば解るわよ。私が聞きたいのは、つばさが彼をどう思っているかってことなの。私に気なんか遣わなくていいのよ。私はつばさが幸せになってくれればそれでいいんだから」
「どう思っているかって言われても、オレにも解んないんだよ。一のことは好きだよ、大好きだと思う。だけど、この気持ちが恋愛なのかってのがいまいち解らないんだ」
未だに何一つオレの中で答えを導き出せていない。一とオレはあの日の後も全く変わらない生活を送っている。いつものように抱き付いてくるし、何度もキスをせがまれる。この辺りは何も変わらない。だが、たまに真剣な表情でオレの目を覗き込んで、好きだよ、と囁く。吸い込まれそうなその瞳と低い声に心臓が早鐘を打つ。オレも好きだよって口をついて出て来そうになるけど、喉元まで来たそれをオレはいつも飲み下す。その好きがどんな好きなのか自分でも説明が出来ないのに、軽々しく口に出来なかった。
「解らないって。私達から見たら両想いにしか見えないのよね。何を難しく考えているの? 例えば、目を閉じて一番最初に浮かんでくるのは誰なの?」
オレは目を閉じた。浮かんで来たのは……。
「……一」
「自分が死にそうになって一番最初に思い浮かべるであろう相手は誰なの?」
「そんなの解んないよ。そんな経験したことないし」
「まあ、そりゃそうよね。ゆっくり自分が納得できるまで考えればいいと思うわ」
オレは夏希に深く頷いて見せた。それを見て夏希も微笑んで頷いた。そこに下級生が現れて夏希は呼ばれた。恐らくあれは、新生徒会長だったと思う。新しく生徒会長になったその子は、前任の夏希に色々と聞きに来ることが多かった。
そんな夏希の姿を見て、オレは絵里に言った。
「なあ、絵里。絵里は夏希の気持ちも知ってたのか?」
「そうね、知っていたよ。夏希は自分の気持ちをあまり人には言わないけど、つばさのことになると見境なくなるからね」
「オレは、どうしたらいい?」
「つばさが悩むことを夏希は望んでいない。聞かなかったように振る舞えばいいんだと思う。何もなかったように、今まで通り友達として。夏希はそれを望んでいるんだと思うな」
プーさんスマイルでそう言われると、とても落ち着いた気持ちになった。絵里が友達で本当に良かったと思う一瞬である。夏希の思いには応えられない、だが、彼女はオレの大事な友達だ。このままオレは、知らんふりして夏希に甘え続けていいのだろうか、とそう思っていた。 絵里の一言は、オレにとって救いだった。