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第36話 11月-1

 ―――11月。

 暦上では秋であるが、オレの感覚ではすっかり冬である。マフラーを首に巻くようになり、日に日に吐く息も白くなってきた。

 10月の終りに生徒会の任期が終了し、一も夏希も肩の荷を降ろした。11月の初めに一の第一志望大学の自己推薦入試の第一次書類選考の結果が出た。一は書類選考を難なくクリアした。今月の終りに第二次選考があり、小論文と面接が控えている。結果は今月中にも出る日程となっている。

 10月の文化祭の日の家でのキスから一の様子がおかしい気がする。本当に些細なもの。普段の一の態度は全く変わらない。いつものように抱き付いてくるし、隙さえあればキスを奪う。だが、ほんの時折、あの時のような切ない表情を浮かべてオレを見つめている時がある。それは刹那的なものだ。視線を感じ振り向くと一のその表情と出逢う。その表情は瞬きをする間に笑顔へと変わっていることが常だった。

 一? 何がそんなに悲しいんだよ……。

 そう聞きたいが、それは許されないことのように感じた。だから、オレは見て見ぬふりをした。一が何かを語ってくれるまでは。

「なあ、一。もうすぐ誕生日だろ? パーティーとかしようか」

 11月11日が一の誕生日だった。この間、緑川に会った時に、祝ってやって、と耳打ちされたのだ。この時初めてオレは一の誕生日を知った。誕生日を知って、だから一は一って名付けられたのかなって微笑ましく思った。

「パーティー?」

「そ、パーティー。一の好きな奴みんな呼んで、ここでパーティーしようぜ」

 一はびっくりしたような顔をした。誕生日パーティーなんて聞いたことないって顔だったのかもしれない。

「俺、パーティーはつばさと二人でやりたいな。駄目かな?」

「オレと? 一がそれでいいならオレはいいけど、寂しくないか? 緑川とか呼ばなくていいのか?」

 みんな呼んだ方が楽しいんじゃないかと、オレは思った。

「つばさと二人がいいんだ……」

 あっ、また……切ない顔。その顔をされるとオレまで悲しくなってしまうんだ。

「つばさ? 悲しいの?」

 何で一がオレの心配してんだよ。オレはお前が心配でこんな顔になったんだぞ。

「いや、何でもない。二人で誕生日パーティーしよう。家でオレが何か作ろうか? それとも外にパーっと食べに行く?」

「んじゃ、つばさの手料理が食べたい。何でもいいんだつばさが作ってくれるなら何でも。俺、誕生日パーティーなんていつ振りだろうな。そんなパーティーがあるって事さえ忘れてた。つばさ、ありがとな。嬉しいよ」

 一のお父さんが再婚して出来たお母さんは誕生日を祝ってはくれなかったんだろうか?

 一の笑顔が少し歪んで見える。

「これからはオレが一の誕生日祝ってやる。毎年11月11日はオレが祝ってやる。例え離れて暮らすようになっても、例えオレか一のどちらかが結婚してもその日だけは絶対に開けとく。どんなとこからでも飛んでくるよ。オレが海外に住むことになっても。オレがおばあさんになっても、オレの命が続く限り」

「それ、俺に拒否権ないのかな?」

「拒否したいのか?」

「いいや。寧ろ一度でも約束破ったら恨むかもよ?」

「いいよ。恨んでも。オレ、約束破んないから」

 オレがそう言うと一がこの上なく嬉しそうに笑った。大きな目が見えなくなるほどに大きな笑顔。

「ほら、約束」

 オレは小指を一の前に出した。一がオレの小指に自分の小指を絡めた。


〜指切り拳万 嘘吐いたら 針千本 飲ます〜


「「指切った」」

 あまりにも子供じみた約束の誓い。それでも、オレの約束は絶対だ。何があっても。

「一、誕生日プレゼント。何がいいか考えといて。あんま高いものは無理だぞ」

 オレは言った。一の腕の中で。約束を交わした後、一に強く抱き締められた。息が出来ないくらいに強く。

「つばさ、ありがとう。すっごい嬉しい」

 一の体が、一の声が震えていた。

「ば〜か。まだ何もしてないだろ? これからだよ」

 それでも有難う、と一の声がオレの耳に届く。



 そして、一の誕生日はやって来た。

 まだ、誕生日プレゼントは買っていない。というのも、一が当時に欲しいものを言うと言ったからだ。

 学校が終わると、オレは走って帰った。流石にまだ一は帰って来ていなかった。オレは私服に着替えるとすぐに買い出しに行った。スーパーと肉屋とケーキ屋。全部持ったらかなりの重さだったけど、今日は一の誕生日だって考えたらそれだけで嬉しくて、そんな重さですら愛おしく思えた。

 アパートに戻ると一が帰って来ていた。

 一がオレの手伝いをしようとしたが、一は今日は主役なんだからとそれを断った。

 オレが台所に立っていると、一が再び現れた。

「つばさ。俺、二人で料理したいんだ。駄目かな?」

「やりたいのか?」

 一は頷いた。

 主役なんだから今日はゆっくり寛いでいて良かったんだけど、でも、一がやりたいと言うなら断る理由はない。

「んじゃ、一緒にやるか」

 最近では一も台所に立って、あれこれ手伝ってくれることが多い。その分、食器洗いも二人でやるようになった。二人でやると早いし、何より楽しい。二人で作ると倍美味しくなるから不思議だ。

 今日はパスタを作るつもりでいた。張り切って生地から作るつもりでいる。家庭用の製麺機を母さんに事前に送って貰っていた。作るなら美味しいものを、一が喜ぶものを作りたいから。パスタは一が好きなシーフードをたくさん入れたコンソメスープベースのパスタだ。それから、鶏肉のトマト煮。フレッシュサラダ。


 料理が出来ると居間に運び、手を合わせて箸をつけた。

 二人で作った料理はどれも絶品だった。美味しいを二人で連呼していたら、段々可笑しくなってきて、二人で笑った。

 二人の時間が魔法をかけられたかのように楽しくて、夢のようで、幸せな気持ちになった。束の間、オレと一が恋人同士になったように、全てが愛しく、そしてそれがいつか終わってしまうことが酷く悲しくもあった。

 料理を食べ終わると既にお腹が一杯だったけれど、ケーキを用意した。

 蝋燭を18本立てて、全てに火をつけて、電気を消す。手拍子しながらオレは一の為だけに歌う。


〜Happy Birthday to You Happy Birthday Dear “一” HappyBirthday to You 〜


「一、アメリカの映画で見たことがあるんだけど、蝋燭を吹き消す前に願い事を唱えるんだ。そして吹き消す。そうすると、願い事が叶うんだって。一も何か願い事を……」 

 一は手を合わせ目をつぶり何かを願った。そして、ふぅっと勢い良く蝋燭の火を消した。

 部屋が真っ暗になりオレは立ち上がってスイッチを探した。スイッチを押す前に一に抱き締められた。暗闇で一の表情は読み取れなかった。

「一。18歳おめでとう。きっと一にとってハッピーな一年になるよ」

 ふわっと空気が揺れて、一にキスをされた。一の唇がすぐに離れて、一がオレを見つめているのが解る。真っ暗だけど、輪郭だけは掴むことが出来る。一の瞳が時折何かに反射して光って見える。

 暗闇で何も見えないことにドキドキしていた。いや、一に抱き締められていることに、一にキスをされたことに、ドキドキしていたのかもしれない。

 そして、暗闇の中から低い一の声がこう呟いた。

「誕生日プレゼントに……、つばさが欲しい」


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