第35話 10月-4
「思い出したわ、私。ストラップを探してたんだ。事故にあった日も、翔といるのにストラップを探して下ばっかり見ていたの。だから、車が突っ込んできたのにも、翔が飛べって声をかけてくれて手を差し伸べてくれていたのにも咄嗟に反応出来なかった。いつも通りに歩いていたならきっと避けられたんだと思う」
「何で……。お前馬鹿だよ。ストラップなんて何個だって買ってやったのに。言ってくれりゃ一緒に探したのに」
翔は涙を流しそう言った。
「ごめんね。翔。ごめん。私が探してたのはストラップだったんだね」
二人はストラップを落とした日の行動範囲を探し始める。翔にとっては二人で行っていることだが、友人達にとっては一人で気が狂ったように探し続ける翔を悲しく思うのだ。
「翔、一体何を探してるんだ?」
保は堪らず翔に声をかける。
「携帯ストラップだ。真昼が探してんだ。あいつの大事なものなんだ」
「本当に真昼ちゃん、携帯ストラップ落としたのか?」
「ああ、本人がそう言ってる」
「何言ってんだ。そう言ってたの間違いだろう?」
苦笑気味に保は言う。
「ここに真昼がいる。真昼がストラップを探して欲しいって言っているんだ。それがないと成仏できないんだ、あいつ。あいつの為に探し出してやりたいんだ」
保と健吾は辺りを見回すが何も見えない。半信半疑と言った感じだ。
「本当にいるのか?」
「いるよ、お前の隣りに立ってる。お前を見て笑ってる」
保はきょろきょろとするが何も見えない。
「幽霊でも、真昼ちゃんなら怖くないな。俺達も手伝うよ」
有難うと翔が笑顔を作る。ストラップを探し続け、漸くストラップを見つけたのだ。それは、古ぼけた見栄えの御世辞にもいいとは言えないものだった。
それを翔は真昼に渡す。それを受け取る姿を保も健吾も見ることが出来、息を呑んで見守る。
「ありがとう、翔。ありがとう」
真昼が涙を流す。
「真昼。本当は、本当は傍にいて欲しいんだ。それが幽霊であっても。だけどそれじゃ、来世で真昼に会えなくなるんだろう? もう一度真昼を抱き締めたいから、今は我慢するよ。生まれ変わって、もう一度出逢おう。だから、今はお別れだ」
翔は真昼の手の平と己の手の平を合わせる。触れているように少しひんやりと感じる。
そして、二人は唇を交わす。
パッと暗くなり再度明るくなった時、そこに真昼はいなかった。
「翔、愛してる。また、会おうね」
その声だけが聞こえ、翔は涙する。
そして、幕は閉じる。
幕が閉じても観客の拍手は鳴り止まなかった。オレと生徒会役員達は再度舞台に上がり、頭を下げた。
女生徒達が涙を流して拍手をしてくれているのを見て、オレも泣きそうになった。
一の演技が凄く上手くて迫真に迫っていて、その演技に引き込まれるようにオレも真昼になりきっていた。本当に自分が真昼になったようなそんな気がした。劇中自然に涙が零れ落ちた。
一が最後のキスを本当にするとは思わなかったが、感情移入してしまっていたオレにはそれが嫌とは思えなかった。
終わってみれば、生徒会の劇は大成功に終わった。
「なあ、一。一つだけ気になってることがあるんだけど。素直に答えて貰おうか?」
アパートに着いたオレ達だったが、どうしても気にかかっていたことをオレは堪らず口に出した。
「副会長、本当に疲労だったのか? 衣装とかいやにぴったりだったんだけど。オレの記憶が確かならば一に見せて貰った写真ではオレよりももっとぽっちゃりしていたように思うんだよな。もしかして、初めからオレに真昼をやらせようって魂胆じゃねえよな?」
「えっ? いや、そんなわけないじゃん」
一の挙動不審が全ての答えを表していると考えて差し障りないだろう。
「練習を手伝わせるふりして、オレに台詞を覚えさせたわけだ?」
一は叱られた子犬みたいにしゅんとしていた。
「劇をやるならどうしてもつばさとやりたかったんだよ。ごめん、つばさ」
どうしようもないほど落ち込んでしまった一が面白くって吹き出してしまった。
「ば〜か。怒ってねえよ。最初から仕組んであったってのはなんかムカっとしたけど、劇、一とやれてオレも楽しかったから。まあ、いいかな」
つばさ、と嬉しそうにオレに抱き付いて来た。
ゴールデンレトリバーに圧し掛かられた気分だ。支え切れずに絨毯の上に倒れ込んだ。後頭部を打って痛みに苦しんでいるオレを無視して、一はオレの唇を食む。何度も何度も角度を変えながら。オレはすぐに後頭部の痛みさえも考えられなくなる。心臓がドキドキと驚くほど速く脈打っているのが胸に手を当てなくても解る。全身が心臓になってしまったように感じられ、怖くなった。
唇が離れて、一に顔を覗き込まれる。その顔がとても切なそうで、今にも泣き出してしまいそうなほどだったので、オレは困惑した。
一? 何でそんな顔……?
オレが口を開こうとすると、それを拒むように再び唇を塞がれた。
いつもの一じゃない感じがして不思議に思い、そして、その変化にドキドキした。オレは自分のドキドキを対処できずに不安を感じた。
今までにない高揚感はオレを戸惑わせた。
これはもしかしたら、劇の余韻がそうさせているのかもしれない。オレのこのドキドキも一のあの悲しそうな表情も。まだ、オレ達は翔と真昼の苦しい感情を引き摺ってしまっているのだ。終わらない、永遠に続く様なキス。真昼は死に、翔は二度と触れられなくなった。その切ない気持が乗り移ったようにオレの唇に触れる。オレの存在を確かめるように。
10月はこれで最後です。今回少々短くなっています。