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第34話 10月-3

 今日、オレは一の舞台を見には行けない。

 じゃんけんで負けてその時間帯は当番になってしまったのだ。当番以外の者はみんな見に行くのだろう。

 一の劇はうちの学園でも噂の種になっていた。その時間帯だけはこの学園の生徒が大幅に減ると予想される。当番のオレにとっては楽になる分嬉しい限りなのだが。

 午前中は絵里と二人でうちの学園と隣りの学園を見て回った。緑川を冷やかしにも行ったが、一の姿は何処にも見えなかった。生徒会の仕事で駆けずり回ると話していたので、仕方のないことだろう。

 昼過ぎ1時から4時までがオレの当番だった。一の舞台は2時半から。1時から、いや早いものはもっと前からいい場所を確保しようと並んでいるようだ。客足がぱたりと止んだのはその証拠だろう。

「あの男が劇なんかするからお客さんが全部持っていかれてしまったわね」

 気付けば隣りに夏希が立っていた。夏希も生徒会で駆けずり回っていたので、今日まともに顔を見たのは朝以来だ。

「そうだな。仕事、一段落ついたのか?」

 ええ、とお上品な笑顔を覗かせた。絵里と夏希と三人でまったりと話していると、どたばたと騒々しい音が聞こえて来た。何だ? と顔を上げてみれば、それは緑川とキャップを目深に被った一だった。辺りにいた人は気が付かないようだったが、その体型、仕草、隠しきれないそのオーラは一のものであった。

 一はオレの前に立つと驚いているオレの肩を掴み言った。

「頼む、つばさ。真昼になってくれ」

 は? と首を傾げると、息を切らしてへばっていた緑川が漸く復活して、解りやすく説明してくれた。

「要するに真昼役だった副会長が疲労でぶっ倒れたから、代わりにつばさちゃんに真昼役をやって欲しいんだ」

「真昼役? オレが?」

 一と緑川が同時に頷いた。一の表情には酷い焦りが窺える。オレは夏希の顔を窺った。この学園の生徒であるオレが隣りの学園の生徒会の劇に出てもいいものなんだろうか。オレは夏希の意見が聞きたかったのだ。

「つばさ。いってらっしゃい」

「いいのか? オレが向うの劇に出たりなんかして」

「大丈夫よ。先生方には私から説明しておくわ。それに、この男には借りがあるから」

 夏希が一にちらっと視線を泳がせてそう言った。借りとは夏休み中の桃井の件だろう。夏希はあの件で自分の婚約が解消したこと、会社の存続の危機を脱した事に、一とオレに借りがあると思っている。オレの方にはそこまでの申し訳なさのようなものはないのだろうが、一のお陰であるっていう事実がどうにも我慢ならないようだ。夏希はその借りを早いとこ返したいと思っているのだ。

「オレ、でも当番だぞ?」

「つばさ。周りを見てごらんなさいよ。誰もいないじゃないの。一人いれば十分だと思うわ。あなたの演技見たいけれど、今日は我慢するわ。さあ、行きなさい」

「ありがとうな、夏希、絵里。一、オレ出るよ。真昼になる。行こう、時間がないんだろ?」

 すでに2時を回っていた。オレ達三人は同時に走り出した。途中で緑川が脱落し、先に行ってくれ、と言っているのが聞こえたが、オレと一にそれに返事を返している暇はなかった。

「一、真昼の衣装とかあるのか?」

「ああ、ある。副会長はつばさと殆ど身長変わらないから大丈夫な筈だ」

 そうか、と走りながら短く返事を返す。

 隣りの学園には人が溢れていた。それは全て舞台を見に来た人なのだろう。人垣をすり抜け、体育館へと急ぐ。

 こんなに大勢いて、体育館に納まりきるんだろうか?

 あまりの人出に四苦八苦しながらも何とか体育館の舞台裏に到着したが、休む間もなく衣装に着替える。衣装はオレの大嫌いなスカートだったが、今更文句を言っても仕方がない。あの副会長の顔だ。スカートでも穿かないことには女役と理解されないだろうことは容易に想像がつく。

 着替えが済むと、生徒会のメンバーが集まり、誰が何役であるかをざっと説明され、顔と役名をすぐに頭の中にインプットする。

 緊張している余裕さえない。とにかく呼吸を整え、舞台に臨むだけだ。

 間もなく舞台の幕が開く。一が一人で幕前に立って挨拶をする。しっかりとした物言いに今朝の情けない一を思い出し、苦笑する。

 すぐに挨拶を終えた一が戻って来た。

「よしっ、行くぞ」

 一の小さいがしっかりとした声に他のメンバーが大きく頷いた。


 一とオレが舞台に上がると一瞬場内がざわついた。それもその筈だ。うちの学園の生徒はオレの顔を知っているので、何故オレがこの劇に出ているのだと疑問を口にしているのだ。隣りの学園の中にもオレの顔を知っている者は女生徒と同じ考えを持ち、オレを知らないものは、あの見慣れない男は誰だと首を傾げているのだ。

 最初は真昼と翔が事故に遭うシーン。

 大きなブレーキ音と救急車のサイレンの音。場内が息を呑んでいるのが解る。早くも観客の心を惹きつけたと考えていいのだろうか。

 真昼の葬儀が行われ、そして塞ぎ込んで行く翔は友人達に励まされる。ふと顔を上げると死んだ筈の真昼が立っていた。

「真昼っ。真昼、生きていたんだな? 真昼っ!」

 そんな翔の姿を訝しげに見る友人達。だが、真昼の姿はすぐに消えてしまっていた。

 友人達と別れ、自分の部屋で一人になると、再び真昼が姿を現し、翔に話しかける。

「翔、私が怖くはない?」

 真昼の問いかけに首を振る翔。嬉しそうに微笑む真昼。その嬉しそうな顔が突然真顔に変わり真昼が言う。

「翔、お願いがあるの。死んでまで迷惑をかけてごめんね。でも、翔しか頼める人がいないの」

「真昼……、本当に死んじゃったのか?」

 真昼が寂しそうに微笑み、頷く。そして、真昼はある物を探して欲しいと打ち明けるのだ。

 場面は真昼の部屋へと移される。真昼の母に真昼の部屋を見たいと告げ、真昼の部屋に入る。

「翔、解ってると思うけど変なもの見ないでよ?」

「変なものってこれとか?」

 翔が真昼に突きつけたのは、真昼が隠し持っていた翔の写真だった。

「お前、余程俺のことが好きだったんだなぁ?」

「そうよ、大好きだったわ。今も好きよ。ずっと一緒にいれるんだって信じてた。まさか、自分が死ぬなんて思いもしないじゃない。もっと一緒に色んな所に行きたかったし、もっと色んな事したかった。もっと素直に気持ちを伝えておけば良かった。後悔先に立たずね」

 翔は抱きしめたい衝動に駆られる。だが、抱きしめてやる事も、頭を撫でてやる事も出来ず、唇を噛み締め、出しかけた手をおずおずと引き下げる。悲しい心をお互いに抱えながら部屋を探索し、引き出しの中から日記を見つける。

『○月×日 晴

 どうしよう。今日、あの携帯ストラップを失くしてしまった。翔と付き合って初めて貰った大切な想い出の品。貰った時は嬉しくてその日眠れないくらいだった。それなのに私ときたらそんな大事なものを失くしてしまった。翔と別れて、家に戻った時にはなかった。確かに学校を出る前にはあった筈なんだけど。その後もう一度来た道を戻ってみたけど見つからなかった。翔に申し訳が立たないよ。明日、もう一度探してみようと思う。あるといいんだけど。だってあれは私の一番の宝物なんだもの』

 翔がそれを読んで真昼に顔を向ける。少し照れくさそうに微笑んでいる。


劇のシーンで、練習の時と若干台詞が違う所がありますが、それは練習の間に台詞に少し手を加えた事と二人によるアドリブだとお考え下さい。

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