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第33話 10月-2

 場面が変わり、真昼の部屋。

「真昼悪いけど探させて貰うぞ。後で文句言うなよ」

「勿論言わないよ。だけど、変な物まで見ないでよ」

「解ってるよ。でも、変なものってどんなものだろうな? これとか?」

 振り返って真昼に見せたのは、翔の写真。

「きゃ〜、止めてよ。翔の馬鹿っ!」

「悪かったって、怒るなよ。ちゃんと探すよ」

「真昼」「うん?」

「日記とかつけてたんだな? なあ、読んでもいいか?」



「なあ、一。今日はそろそろ止めようぜ。もう、11時になるし、オレ風呂もまだ入ってないんだからな」

 一は既に風呂に入っていた。

「ありがとう、つばさ。ちょっと今日は得した気分になった」

 何で? とオレが尋ねると一は一瞬言い淀んでいるようだった。

 さっさと言えと目で圧力をかけると漸く口を割った。

「つばさが台詞とはいえ、女の子みたいな話し方をするのを聞くのは新鮮だった。つばさが自分のことを私って言うのを初めて聞いたけど、可愛かったよ」

 一の話を聞いて全身がぼぼぼっと赤くなったような感じがした。

 もしかして、台詞を読ませたのはオレが女みたいな話し方をするのを見てみたかったからなのか?

 蘇る始める前のあの一の嬉しそうな顔。全て計画的に一が仕組んだことなんじゃないのか?

「違う違う。本当に一人だと感覚が掴めないからつばさに頼んだだけだよ。それ以外のことは何も考えていないよ」

 オレの心の内を呼んだように先回りして一が答える。

「つばさ、明日も付き合って貰えないかな? 絶対、可愛いとか余計なこと言わないからさ。お願い、つばさちゃん」

 オレは観音様じゃねえんだ。オレの前で拝むな。と言いたかったが、馬鹿らしくてやめた。

「いいよ。オレが暇な時は付き合ってやるよ。もうオレは当日まで特にやることないしな」

 何で引き受けたかって? 一に劇を成功させてやりたかったからだ。文化祭が一の生徒会長としての最後の仕事だから。有終の美を飾らしてやりたい。最後に台詞とちったりしたんじゃ恰好つかないからな。台本読むくらいいくらでも付き合ってやるよ。

「なあ、ところで真昼って誰がやんの?」

「ああっ、副会長だよ」

「話しの中でよく副会長って出てくるけど、実際見たことないんだよな。どんな奴?」

 一の生徒会長を陰で支えるやり手の副会長。緑川がそれらしきことを言っていたような気がする。

「まあ、優秀な奴だよな。俺が好き勝手やっても的確なフォローをしてくれるんだ。ちょっと待ってて」

 一は自室に消えたが、すぐに戻って来た。

「ほら、これ生徒会のメンバーで撮った写真。俺の右隣が副会長だ」

 真面目そうな黒ぶち眼鏡をかけた男がそこにいた。多分背はそんなに高くはないんだろうが、顔がいかにも男って言う感じ。この男が女装して、真昼をやるのか? ちょっと無理があるんじゃ? と思ったが、他の役員の方がごっつい人ばかりなのだ。これは消去法でいくと副会長しかいないわけだ。一番マシってことで。

「で、一はこの優秀な副会長とキスシーンをするわけだ」

 ざまーみろ。あ、でも一は男の人を好きになる性質の人間だから問題ないのかな?

「あっ、もしかしてやきもち? お客さんには見えないようにするから寸止めだよ。相手がつばさだったら本当にするんだけどね」

 ちゅっと素早くオレの唇を舐める。

 何でここでキスすんのか解んないし、そもそもオレがやきもち妬くわけないだろうが。

「いちいちキスすなっ!」

 オレは一の頬を抓った。

「なあ、つばさ。俺より先に死なないでくれよ?」

 突然そんな事を言われて正直オレは驚いた。

 この劇の内容でちょっとしんみりとそんな事を考えてしまったのかもしれない。

 一の表情が酷く悲しげに見えた。

「何だよ、急に。オレはそう簡単に死ぬ気はねえよ。病気になったって最後まで抵抗するよ」

 それを聞いて一が小さく笑った。

「確かに、つばさは生命力強そうだ。ゴキブリ並みに」

「人をゴキブリに例えるとは何様だ。せめて雑草にしろよ」

 オレはゴキブリが大嫌いなんだ。あの黒光りする体とにょろにょろと動く触覚。あり得ないほどのすばしっこさ。オレはゴキブリを見るとその場で固まる。悲鳴すら出てこない。あの恐ろしい物体が飛び上がった日には気を失うかと思ったほどだ。

 一はオレが大のゴキブリ嫌いだと知っていてわざとそう言っているのだ。ゴキブリって言葉を口にするのさえ、恐ろしいというのに。あの恐ろしい物体を想像して、鳥肌が立ってしまっているというのに。

 一の悪戯っ子のような笑顔が憎たらしい。

「雑草はいいんだ?」

「当たり前だ。あんなものと一緒にすんなっ」

「ゴキブリさんに失礼じゃん。生きた化石なんだぞ」

 どんな風に言われていようが、嫌いなもんは嫌い。オレとゴキブリとの共存は無理だ。

「ああ、もうその話はいいよ」

 気付けば一の悲しげな表情はなれを潜めていて、安心した。

 その日を境にオレは毎日一の練習に付き合わせれた。お陰で真昼の台詞だけじゃなく、それ以外の役の台詞、というか台本を丸暗記してしまっていた。しかも、一の要望で、ある程度の立ち位置だの立ち居振る舞いだの本物の劇そのものの動きまで覚えてしまった。

 一に言わせるとオレの演技は完璧なんだとか。まあ、出ないんだからそんな事言われても仕方ないんだけど。



―――そんなこんなで文化祭当日。

「つばさ、どうしよう。俺、超緊張してきた。俺の緊張解して」

「解してって言われたって。取り敢えず、掌に人って三回書いて飲み込んどけば?」

 オレがやる必要なんてないんだけど、一の前で人を三回書いて飲んで見せた。これで緊張をほぐせた人をこれまでに見たことはない。

「違うよ、つばさ。ハグしてくれ」

 両手を広げてオレが来るのを待っているようだ。やっぱりそういうことかと、呆れたが一の表情が尋常じゃなく青白く固い所を見ると相当緊張しているようなのが見て取れたので、一の望み通り腕の中に入った。

 くっついた途端、一の心臓の音がはっきりと聞こえた。いや、音と言うよりも体から振動が伝わって来る。

「大丈夫か?」

 ああ、と短い返事が頭上から降って来る。その声があまりに情けないので、顔を上げて一を見た。一がここまで緊張するのは珍しい。きっと生徒会長としてのプレッシャーを大いに感じているんだろう。オレは一を見つめ、お前なら大丈夫だ、と声には出さず口の動きだけで伝えた。

 一はオレの言わんとしていることをきちんと理解したのだろう。少し硬さが残る微笑みを浮かべた。その微笑みはオレを切ない気持にさせた。自然と体が動き、オレは一の唇に自分のそれを重ねていた。

 唇が離れた後の一の驚いた顔を見て、自分が今何をしでかしたのかを知る。より驚いたのはオレの方だったのかもしれない。無意識にしたことだった。一に言われて(脅迫されて?)オレからキスをしたことはあるが、こんな風にオレの意志でするのは恐らくこれが2度目。1度目は確か一がタケルと別れて土手でヘコんでいる時だったと思う。大分前のことだ。

「ははっ、驚いて緊張が解れた」

 先に我に返ったのは一の方で、嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。その笑顔が伝染したようにオレも笑顔になる。

 まあ、一の緊張が解れたって言うなら結果オーライってことだ。ただ、ちょっと気になったのは、一の心臓の音が未だに激しいこと。表情の硬さは取れているのに心臓の音は穏やかになっていないようだ。

 オレは時計を見て、登校時間が迫っていることに気付き、慌ててアパートを出た。

 通学路を一は無言で歩いた。学校に近づくにつれ解れた緊張も再燃してきているのかもしれない。オレも一の隣りで無言を通していた。

 そして、いつも二人が背中を突き合わせ別れる場所で手を振って別れた。

 数歩進んでから振り向くと、一はこちらを向いていた。

「お前なら大丈夫だよ。オレがあれだけ練習に付き合ってやったんだからさ。オレは見に行けないけど、健闘を祈る」


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