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第31話 9月-3

 教室に戻ると、同級生達に囲まれた。

 青柳一が倒れたことはかっこうの話題だったようだ。オレは、クラスメイト達に一は貧血で倒れたのだと報告した。

 このクラスに一をもみくちゃにした当事者はいない。あれは、白組の一年生達が中心になってやったことだ。ちょうど、白組の一年生の応援席が近くにあったのだ。

 オレはあの時、その一年生達を本当に憎たらしく思った。オレの一に何をしてくれたんだ、と本気で思った。オレのって何だって感じだけど。

 一見、あれは本当に一がもみくちゃにされたことにより貧血を起こして倒れたように見えたので、クラスメイト達はオレの報告に納得してくれたようだった。クラスメイト達がそれを他クラスにばら撒けばたちまち全校生徒が知ることになる。間違っても女嫌いで気を失ったとは言われないで済むはずだ。

 オレが自分の席に戻り、帰る準備をしていると夏希と絵里に捕まった。

「あれは女子に触れられたからなったのかしら?」

 夏希に小さな声で問いただされた。

 他の同級生には知られないようにという夏希なりの気配りだ。オレ達の話を聞いている者は誰もいない。皆それぞれに興味のある話で盛り上がっている。それでも大きな声で話す話ではない。

 この二人には話しても差し障りないだろう。一の女嫌いだって知っているわけだしな。

 オレは頷いた。

「やっぱり。そして、つばさだけは平気なのね」

「ああ、そうみたいだ。ていうか、オレに触れると治りが早くなるみたいなんだ」

「そうなの」

 夏希が考え込んだように難しい顔をしている。絵里は、そんなオレと一の不思議な関係に目を輝かせている。そんな色っぽい話しでもないのだが、絵里の脳内では何ともメルヘンチックに奇妙に形づくられてしまったように感じた。

 ふと、ある思いつきが閃いてしまった。

 着替えをすますと保健室に走った。

「一っ! もしかしたら、オレ、本当は男だったんじゃないのかな? 何かの手違いで戸籍上は女になってしまったとかさ」

 オレは保健室を乱暴に開けると叫んだ。一も緑川も驚いていた。ぽかんと口を開け、そして、一と緑川は顔を見合せ、ぶははっと吹き出した。

「ぷっはは……。つばさちゃん、それはない。つばさちゃんは間違いなく女の子だよ。ぶぶっ、傑作っ。そんなこと、しかもそんな真顔で言うなんて」

「緑川、ぶふっ、笑い過ぎだぞ。何だってそんな突飛な発想が思いつくんだ。はっははっ駄目だ。笑い死ぬっ」

 一も緑川もオレが真剣に話してんのに失礼極まりない。

「オレは真面目に言ってんだぞ」

 オレは憮然として言った。

「つばさ真面目にって、ぶふっ駄目だ。もうそれ以上何も言わないでくれ」

 一も緑川も目元に涙をためて、腹を抱えてヒーヒー言いながら笑い続けている。

 そんなに笑うことないじゃんか……。

「もう、いいよ。お前らそれ以上笑うなっ」

「悪かったよ、つばさ」

 ふーふーと笑わないように慎重に深呼吸をして一が言った。

 そんなに慎重にならなきゃ笑いを堪えられないのかよとやさぐれた気持ちになって来た。

「もう、お前ら煩いっ。帰るぞっ!」

「「はいはい」」

 二人の揃った声がさらにオレを苛々させた。

 一はこんなにも元気そうだ。もう大丈夫なんだろう。

 オレはちらりとそれだけ確認して、先に保健室を出た。慌ててオレのご機嫌を取ろうとしながら二人がついてくる。


「なあ、本当にオレは男だって事無いのかなぁ」

 夕食を終え、居間でクイズ番組を見ている時にそう言った。テレビでは、漢字の書き問題をやっていて、一も紙に書いて問題を解いている真っ只中だった。

「へ?」

 問題に夢中になっていた為か、半分は聞いていなかったようだ。

「だ〜か〜ら〜、オレが男だって事本当に無いのかな?」

 オレがもう一度聞くと、書き問題を止めてペンを置いてオレを真っ直ぐに見据えた。

「それはない。つばさは正真正銘女の子だよ。露骨な話、つばさには付いてるもん付いてないでしょ? それに、俺女が苦手だろ? だから、なるべく近寄らないようにする為にも女の存在を常に意識してるんだ。男と女って身に纏う匂いってか香りが全然違うんだよ。勿論、香水とかシャンプーやボディソープの匂いじゃなくて、所謂体臭ってやつ。つばさの匂いは完璧に女の子のものなんだ。間違えようもないほどにね。だからこそ、女の子の匂いだって解ってるのに、触れても平気だってことが不思議で仕方がないんだ」

「そっか。じゃあ、例えば、オレが一が昔好きだった子に似ているとか、一のお母さんに似ているとかそんなことはないのか?」

 一がいつから女が嫌いになったのか、正確なところは解らない。でも、緑川の話では最初からではなかったし、幼い頃には女の子のスカートを捲っていとこともあったと言っていたのだから、好きな子がいたとしてもおかしくはない筈だ。それに、一の実の母親は亡くなっていると言っていた。その面影をオレが持っているとしたら?

「う〜ん、ないな。女の子を好きになったことはないし、俺の親族につばさは全く似ていない」

 やっぱり解らないのかな。不思議で仕方ないけど、ただその事実を認めるしかないのかな。

 本当にオレだけなんだろうか?

 例えば、探せば他にも大丈夫な存在はいるんじゃないだろうか。

「つばさ。もういいよ。その理由を知ったところで何になる? それを知ることは俺達には大したことじゃないと思うよ」

「そう、かもな。解った。もう、考えないようにするよ。それよりも、もうあんな無茶絶対にするんじゃねえぞ。心臓が止まるかと思ったんだぞ。全力疾走した後で、オレは休む間もなく一んとこに走ったんだ。本当にオレの心臓が止まったらどうしてくれんだ。いい加減にしろよっ」

 ついつい愚痴っぽくなってしまった。人は心配になると口煩くなってしまうようだ。

「解った」

 一の手が伸びて来た。もうオレは抵抗をすることはない。オレに触れることで一が安心出来るというのだから。そしてオレもまた安心出来るのだ。

「つばさ、ごめん。心配かけてごめんな」

 耳元で一の低い声が聞こえてくる。耳が少しくすぐったくて首をすくめた。当然一がそれを解っていてやっていることだ。

 一の唇がオレの頬に触れる。そして目元に、鼻に、唇に。啄むような軽やかに短く柔らかなキス。何も知らない人が見れば、オレと一が恋人同士に見えるだろう。だが、オレ達は違う。オレと一はそんな生易しい関係じゃない。お互いの安らぎを求めている。足りない所を補い合う、オレ達はまるで双子のような関係なのかもしれない。

 その夜は、お互いの温もりを感じたまま居間で寝てしまった。電気もテレビも点けっぱなしで、今日の疲れが底なし沼のようにオレを沼の奥深くへと沈ませた。

 こんな風に抱きしめ合ったまま眠りに着くのは実に久しぶりのことだった。まだまだ暑いこの季節にこんな風にくっ付いて眠るのは汗が滴るだけなのに、オレも一もそんな事ちっとも気にしなかった。昼間の一の症状を見たから不安なのかもしれない。オレがその症状を緩和出来るのなら、こうして一にオレのエネルギーを送り込んでやりたかった。確かに昼間の出来事はオレに衝撃を与えたが、それと同時にやっとオレが一を救えているんだなって思ったら一種の高揚感が湧きあがって来た。

 オレは一に守られているだけじゃない。

 オレという存在で一が安心することが出来るなら、オレは一の避難所になろう。

 傷ついた一が避難をする場所、体と心を癒す場所。


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