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第3話 4月-3

 奴にピザの注文をさせている間、オレは冷蔵庫の中身を物色する。

 驚くほど何もない。2リットルのミネラルウォーターと缶ジュース……じゃなくてチューハイじゃねえか。

 奴は、酒なんか飲むのか。

 オレは酒が大嫌いだ。何故かと言えば、親父が酒を飲むと絡んできては、嫌がるオレに酒臭い息を吹きかけてくる。それは、オレが幼い頃からで、酒の匂いがとにかく嫌いで、あんなもん飲む大人の気が知れないと常々思っていたのだ。

 奴が、酔って絡んで来ないタイプである事を願う。

 しかし、こんな飲み物しか入っていない冷蔵庫って……、一体奴は何を食って暮らしてたんだ?

 少し顔をずらすと、無造作に置かれたごみ袋が。ゴム袋の中には、カップ麺の空き容器で溢れかえっていた。

 ごみ出せよってその前に、奴はこんなもんばっかり食って、育ち盛りのくせに。

 視線に気付き振り向くと、注文電話を終えた奴がこちらを窺っていた。

「お前いつも……」

「一!」

 オレの言葉を中断させ、名前で呼ぶように催促する。ちっ、と小さく舌打ちすると奴を睨みつけた。

「一、いつもこんなもんばっかり食ってんのか?」

「そうだけど?」

 奴は何でそんなこと聞くのさってな感じの不審顔をしている。

「料理とかしないのか?」

「俺が出来ると思う?」

 逆に問い返された。つまりは、出来ないってことなんだな。あんなもんばかり食わせてたら、後で親父と母さんに文句言われる。女の子がいてこんなもの食べさせるとは何事だってな。あの親父にああだこうだ言われんのは御免こうむりたい。はあ、とあからさまな溜息を出してこう言った。

「明日から俺が飯を作る。朝と夜な。昼は適当に学食とかで食うんだろ? 洗濯はそれぞれでやる。部屋の掃除は自室はそれぞれでやるとして、共用部分は二人で若しくは交代制で。よし、一。お前は食器洗い係を任命する」

「ぶはっ、係って……、任命するって……。くくくっ」

 奴は何がそんなに可笑しいのか肩を震わせて笑っている。

「なんか文句あんのかよっ」

 別に面白いことを言ったつもりもないのに笑われたことにムカっときて奴にそう言った。

「ないない。けど、係って……ぶふふっ小学生じゃないんだから」

 小学生って、失礼な奴だな。ツボにハマったのかいつまでも笑い続ける。

「文句がないならいい。オレは買い出しに行って来る。スーパー何処だよ?」

「んじゃ、俺も行く!」

「お前残ってないとピザ屋来たらどうすんだよ」

「ピザ屋混んでて45分はかかるって言ってたから、大丈夫」

 ふ〜ん、とオレは言っただけ。奴は勝手について来た。

 スーパーはすぐ近くにあって、結構大型な店舗だった。食材売り場で、明日の朝に食べる為の卵やハム、それから、包丁、フライパンといった調理用具。

 奴はお菓子というかおつまみを欲しがって子供みたいに駄々をこねるので、恥かしくなった俺は仕方なくそれを買ってやる事にする。

 買い物帰りにアパートの前でピザ屋のバイトのお兄さんと出くわした。うちのピザかと確認したところ、そうだと答えたので、その場でお金を払い受け取った。

 部屋に着くと、そのままピザを食べようとしている手洗いして来いと言った。奴は案外素直に洗面所に消えていった。

 オレも買ってきた食材を冷蔵庫にしまうと、洗面所に向かった。奴はオレの指示通り手洗いをし、尚且つうがいもしていた。奴が終わるのを待って、入れ替わりでオレも手洗いうがいをした。居間に戻ると奴はピザの箱を開け、今か今かとオレが座るのを待っていた。オレが座ったのを見ると、待ってましたとばかりに叫んだ。

「いただきます!!!」

 そういうと凄い勢いでピザに齧りついた。

「……いただきます」

 奴の勢いに圧倒されながら俺は小さな声でそう言った。

 こいつ、犬みたいだな。耳と尻尾が見えるような気がする。最初は酷い奴と暮らす事になったと嫌な気分だったが、こいつが変なことさえしなければ。ああ、こいつは変なことをした前科があるんだった。すっかりと忘れていた。

「お前、オレにキスとかもうぜっったいにすんなよ」

 その勢い込んだ食いっぷりに呆れながらもそう言った。

「何で?」

「何でも糞もあるかよ。好きでもない奴とするもんじゃないだろ。お前、ゲイなんだろ? 彼氏とかいるんじゃないのかよっ」

「ああっ、俺に襲われたらどうしようとか思ってるんだ? 俺、女の体嫌いなんだよね。女の体見た所で欲情とか全然しないから、安心して良いよ。つばさのこと間違っても襲ったりしないから。俺には、可愛い彼氏もいるしね。溜まってないから大丈夫」

 なんとなく女という存在を全否定されているようでムカっと来た。別に好きで女に生まれて来たってわけでもないし、女って性に誇りを持っているわけでもないけど、はっきりと嫌いと言われるのは気にくわない。何様だってんだ。

「あっ、忘れてた」

 奴は俺が気分を害したことはつゆ知らず嬉々として席を立つ。冷蔵庫の中をがさごそと探っている音が聞こえてくる。

 オレはやさぐれた気分でピザを食べていた。

 戻ってきた奴に、ほい、と渡されたものを見て少し固まった。

「ほら、つばさも飲むだろう?」

 俺が忌み嫌う酒。差し出されたのは、買い出しの前に見つけた缶チューハイだった。

「……いらねえよ」

「つばさはお子ちゃまだから、まだ飲めないのかぁ」

 その言い方にカチンと来た。

 お子ちゃまとは貴様何様だ。俺と同い年のくせに。

「飲めるに決まってんだろ、これくらい楽勝だよ」

 奴の腕から乱暴に缶をひったくると、プルタブを開け、ごくごくと半分くらい一気に流し込んだ。

 ふんっ、これくらいどうということはない。こんなの全ぜ〜ん平気らもんねぇ。あれ? オレ何かおかしい。なんかフワフワする。物凄く気持ちがいいんだけど〜。

 目の前に奴の姿が見える。だけど、あんまり奴の顔がよく見えなくて、それがなんか気にくわない。オレは手を伸ばして奴を掴もうとした。手を伸ばしても中々捕まらなくて苛々する。

 チキショ−、逃げんなボケ。あっ、やっと捕まえた。

「捕まえたろ〜ふふふっじゃまあみろ」

 オレは突然眠気に襲われて目を閉じた。

 揺り籠の中で眠っているように、ゆらりゆらりと気持ちが良かった。そして、なにより温もりを感じていた。誰かに抱かれているように、それは幼い頃の母さんの温もりの様で、オレを安心させるものだった。


 ちゅんちゅんとうるさいくらいの鳥の歌声で俺は目を覚ました。

「う〜ん」

 目を開くと、そこにはどアップの奴の寝顔。奴の腕が俺を縛り付けていて、俺は身動き一つ出来ない状態にいた。

 奴のどアップは、とても奇麗で、昨日見た奴の寝顔よりも迫力があった。

 それにしても、何でオレはこいつとこんな状態でここに寝てんだ。目だけを動かし辺りを観察すると、ここは居間である事が解る。

 何度か奴の腕から抜け出そうと試すのだが、ビクともしない。こんな時に限って、尿意を催すのである。

「おい、起きろよ。おいってば」

 耳元で呼びかけているのに、起きる気配すらない。

「おい、一。起きろよ。腕放せってば、一」

 さっきよりも大きな声で呼びかけた。

 パッと奴が目を開き、一瞬オレは怯んだ。

「腕、放せよ」

 オレがそういうと、奴は微笑んだ。

「ヤだ」

「ヤだじゃねえよ。オレはトイレに行きてえんだよ。今すぐ放せ。じゃねえと洩らすぞ」

 それでもいいけどぉ、と言いながらも奴はオレを解放した。


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