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第29話 9月-1

 怒涛の8月があっという間に終わり、カレンダーは9月を指していた。

「なあ、夏希ぃ。オレ、どうしても走んなきゃ駄目なのか?」

 オレは少し情けない声で夏希に助けを求めた。

「駄目に決まっているじゃないの。あなたが走らないで誰が走るって言うのよ。あなたはこのクラスだけじゃなく、学年でも一番、下手をすれば学校一速いんですからね」

 オレ達が話していたのは、体育祭の目玉であるリレーのことであった。 

 オレ達の学園では、A、C、E、G組が紅組。B、D、F、H組が白組の二組にわかれ点数を競い合うのだが、目玉のリレーでは各クラス一名ずつ、一年から三年までの合同チームで争うのだ。

 オレは一、二年の時もこのリレーに出ていて(強制的に)、今年は応援席で見ていたいと切に願ったのだが、どうやらこの様子じゃそれも無理な相談のようだ。

 幼い頃から運動は得意で、リレーの名のつくものはいつも当然のように出ていたのだが、小学生くらいの頃は親に喜んで貰えるのもあって走ることが誇りにも思っていた。だが、今はあまり目立ちたいとは思えないのだ。というのも体育祭の終わった後の学園の騒ぎようが恐ろしいものだからだ。オレの周りが一時的だが騒々しくなり、普段の何倍にも膨れあがる。それがオレには憂鬱なのである。その期間にオレが一人になれる時間が全くとないといっても過言ではない。好いてくれるのは非常に有難いと思うのだが、女子高のパワーはオレの理解を超えるほど凄まじいのだ。

「あなたが考えていることは解っているわ。去年も一昨年も凄かったもの、あれには同情したわ。その辺は私と絵里でフォローするから。ね? お願いよ」

 夏希は生徒会長でもあるから、この必死さから見て、生徒会役員からオレの説得を頼まれているのかもしれない。オレとて自分が学園の中でどんな役回りをしているかは解っているつもりでいる。オレが走るのを楽しみにしてくれている生徒が沢山いることも知っている。そして、オレは夏希にお願いされるとノーとは言えないのだ。

「解った、解ったよ。走ればいいんだろ」

 結局こうなるのだ。そして、こっそりオレ達の話に耳を傾けていたクラスメイト達が一斉に歓声を上げ、オレを驚かせた。

 クラス中が喜んでいた。オレだけを残して……。


「つばさんとこと俺んとこの体育祭って同じ日なんだよな?」

 夕食を食べ終え、いつものようにまったりとテレビを見ていた一が残念そうに言った。

 オレも一が走るのを見てみたい想いはあった。一は凄く足が速いだろうとオレは信じていた。

 同じ日に体育祭が催されるが、隣の学園とは全くの別である。同じ日にやるんなら一緒にやってしまえばいいのにと思う。そう思っている生徒は数多くいるだろう。特に、隣りの学園に彼氏を持つ者は切実にそう思っている筈だ。とはいうものの、競技と競技の間にこっそりと隣りに見に行く者が後を絶たないのが現実だ。この時ばかりはお互いの教師陣も余程の問題を起こさない限り見て見ぬふりをしてくれる。

「なあ、つばさはリレーとか出る?」

「ん、断れなかったからな」

 オレは悔しげにそう言った。

「俺、絶対見に行くよ」

「ば〜か、一は生徒会長なんだろ? 仕事しろよ」

 呆れて一を睨みつける。

「副会長が優秀な奴だから、俺がほんの少し姿を消しても問題はない」

 一は来る気満々だけど、女嫌いが女の園に足を踏み入れて大丈夫なんだろうか?

「大丈夫。用心棒に緑川を連れて行くから」

 オレの心配を読み取った一はオレが何か言う前にそう言った。

 緑川で本当に大丈夫なんだろうか?

 因みに一もリレーに出てくれと言われたそうだが、生徒会の仕事があるからと断ったそうだ。


 そして、体育祭当日はあっという間に訪れた。

 朝から晴天に恵まれ、気温も運動をするにはちょうどいい絶好の体育祭日和となった。

「本当、来なくていいからな」

 オレの言葉なんか聞こえませんって感じの一に少々苛立ちを感じる。一は知らないだろうが、女子のパワーは並大抵のものじゃないのだ。一の存在はうちの学園にも広く知られていて、一が校内に入って来たらもみくちゃにされるに決まっているのだ。

 それをオレはこのところずっと一に言って聞かせていた。だが、一は目立たないようにこっそり行くから大丈夫だと譲ろうとはしなかった。オレの心配のし過ぎなんだろうか。

 一は女が嫌いだと言っていたが、夏希や絵里とだって話が出来るのだし、そこまで酷いものじゃないんだろうと、オレは考えていた。知りもしないで、オレは勝手に決め付けていた。一の女嫌いは言うほど酷いものじゃないのだと。


 体育祭の競技は滞りなく運び、午後の部も始まり、あと僅かでリレーの時間が近づいていた。アナウンスでリレーの参加者は入場門に集まるようにと流している。

 オレはクラスメイト達に激励されて、応援席を離れた。入場門へ向かう途中、一と緑川が来ていないかキョロキョロと辺りを窺うのだが、それらしき人物は見当たらない。

 入場門に着いてからも気になってオレは探してみるのだが、来ていないようだった。それならそれでいいのだが。

 リレーは赤、白それぞれ2チーム作る。一チーム6人で各学年2人ずつ学年順に走り、3年生がアンカーを務める。赤組チームのバトンは赤と黄で白組チームのバトンは白と青。オレは紅組の黄色チームのアンカーだ。第一走者から第五走者までは皆100m、アンカーだけはその倍の200mを走る。オレはトラックを一周するのだ。

 前の競技が終わり、リレーに参加する選手たちが立ち上がり、音楽とともに所定の位置に移動する。移動が完了すると、第一走者が4人スタートラインに立つ。

 体育教師が高々と右手を上げ、左手で耳を塞ぐと鋭い銃声とともに一気に第一走者が走り出した。

 その銃声を境に周りの空気がぶわっと大きく唸ったように動き出した。この学園にいるすべての人間がリレーに釘付けになっているように見えた。

 オレはリレーの進捗状況を気にしつつも外野が気になって仕方がなかった。オレの目は明らかに一を探して彷徨っていた。

 リレーは第二走者にバトンが繋がれていた。一位が白、その後を赤、黄、青と続いていた。白が断トツで、あとの3チームはまだ僅差だった。

 その中で、まだオレは一を探していた。あいつは仮にも生徒会長なのだ。もしかしたら他の役員に引き止められ来られなくなってしまったのかもしれない。なんでオレがここまで一を探しているのか、自分でもよく解らなかった。一が女子高に来て何かあったら大変だから気になっているのか、それとも単純に自分の走りを一に見て貰いたいのか。オレは一にここにいて欲しいのか、いて欲しくないのかそれすらもよく解っていなかったのだ。

 早くも白は第三走者にバトンが渡っていた。その後に続くように赤、青、黄。いつの間にか青が黄を抜いてしまったようだ。ちゃんと走者を見ているつもりでいたのだが、一のことを考えていて意識は違う所に向いていたようだ。

 それにしても今年は一際ギャラリーが多い気がする。しかも隣りの学生がかなりの割合でいるのだ。向うの体育祭は閑古鳥が鳴いているんじゃないかと心配になるほどだった。うちの応援団に交じって男子生徒が声を張り上げている。本部のテントをちらりと窺うが誰もそれに注意を払っている者はいない。校長、教頭、来賓までもがリレーに釘付けになっているようでそんなことにも気付かない。

 リレーの方は第四走者まで来ていた。順位は変わらないがオレのチームである黄が大分離されて来てしまっている。

 いい加減、リレーに集中するべきだ。元来負けず嫌いのこのオレだ、出来れば一位でテープを切りたいがこのままではちょっと厳しいかもしれない。

 オレは立ち上がりスタートラインに立った。勿論、一番外側に。

 そんな中、第五走者にバトンが渡されている。順位は変わらない。オレはギャラリーをもう一度ぐるりと見やり、それから第五走者のオレの顔見知りの同級生を見た。

 白はアンカーにバトンが渡った。続いて、赤、青と続く。やっと黄色チームがやって来た。

「つばさ、ごめん。頼んだっ」

 そう言ってオレにバトンを手渡す。それに返事を返す余裕は今のオレにはない。

 心の中で、任せろ、と呟いただけだ。


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