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第24話 8月-5

 美容院を出ると、再び車に乗り、次に向かったのは某ブランド店。見るからに高そうな洋服が並んでいる。ちらっと見た薄っぺらいブラウスがウン万円とするから驚きだ。普段のオレの洋服なんて、下から上まで合わせたって1万円を超えないというのに。きっとこんな店に入るのは今日が最初で最後になるんだろう。オレはブランド物ってものが好きじゃないんだ。

「この子に合うドレスを見立ててくれ」

「承知しました。お任せ下さい」

 そう言ったのは見るからにおカマっぽい人だった。その人に促されて店の奥に通されると、ざっと寸法を測られた。

「あなた、桃井には十分気をつけるのよ。あの男はね、いつもこうやって女の子を奇麗にして、女の子があの男を好きになった途端に捨てちゃうのよ。ポイっとね」

「何でオレに?」

 この男(女?)は、何故こんな事を言い出したのか、理解出来なかった。どんな意図で?

「貴方はいつもの女の子と違う目をしているもの。ここに来る時には皆、とろんとした目であの男を見つめているわ。私があなたを逃がしてあげましょうか?」

 どうやらこの人はオレのことを心配してくれているようだ。

「オレがここで逃げたら、友達が……」

「何か訳があるのね? これあなたにあげるわ。防犯ブザー。こんなもの役に立たないかもしれない。だけど、もしかしたら何かの助けにはなるかもしれないじゃない? あとこれ、何か困ったことがあったら私にいつでも連絡して」

 男が手渡したのは、小さな防犯ブザーと、名刺だった。名刺に目を落とすと、山吹薫と記されていた。

「山吹さん? 何でオレなんかにここまで?」

「薫って呼んで頂戴。何て言うのかな、私の妹にね、目が似ているのよ、あなたの目。妹とは離れているし、私がこんなんだから全然会っていないのよ。あなたを助けたいって思うのは全くの私情からなのよ。ごめんね」

 けたけたと笑っているが、妹さんの話をしている時には寂しそうな表情が浮かんでいた。

「いえ、全然。有難く使わせて貰います。ありがとう」

 オレがそう言うと薫さんはとても嬉しそうに笑った。

「あなたの服を選ぶのは楽しいわ。昔はね、妹の服のコーディネートをしてあげていたのよ」

 言葉の通りウキウキと少し昔を思い出してしんみりとしながら、それでも、手を休めることなくドレスを選んでいった。

 だが、その顔は先ほどまでのものとは違い、プロの顔であった。顔は笑っているが目は真剣なものだった。

 オレはすぐに薫さんを好きになった。薫さんが持っている雰囲気は、オレを安心させた。本当に自分がこの人の妹であるような錯覚を覚えた。

 薫さんがオレに選んでくれたのは、シックな黒のロングドレスだった。あまりに大人っぽくてオレには似合わないと思ったが、鏡を見て、以外にしっくりと来ている自分に驚いた。薫さんの腕がいいのだろう。

 オレの姿を見て、店の従業員も桃井も大袈裟に褒めた。

 その姿のまま、オレは桃井に促されて店を出た。去り際に薫さんと目が合い、その目が頑張りなさいと言っているのが解って、オレは微笑みを浮かべた。

 

 オレは桃井に連れられ、以前夏希と桃井とランチを食べたTホテルに来ていた。

 パーティー会場に足を踏み入れると、既に沢山の人で賑わっていた。立食パーティで、テーブルの上には多種多様な料理が煌びやかに並べられていた。

 招待客の中には、テレビで見たことがある著名人なんかがいてオレを驚かせた。まさか、そんな大きなパーティーにオレが出席することになろうとは思ってもみなかった。

 桃井の顔見知りに出会うと、オレには無許可で、恋人なんだと紹介し、オレはこんな所で違うと言ってその場の雰囲気を乱したくなかったので笑顔を取り繕っていた。

「お前の恋人になったつもりはないぞ」

 顔見知りと離れた途端にオレは桃井に抗議をした。

「まあ、いいじゃないか。少しくらい俺に花を持たせてくれても」

 オレはそれには答えず桃井を睨みつけた。

 オレは慣れない雰囲気と、ドレスにすぐに疲れ果ててしまった。だが、このパーティーが終わってしまった後のことを考えるとまだ終わってくれるなと思ってしまうのだった。

 オレ達二人の元に厳しい顔をした男の人が現れた。その男の人を目にした桃井が一瞬表情が強張ったがすぐに笑顔を拵えた。

「社長」

 桃井が呟いた。社長ということは、この男の人は桃井の父親。どう考えても親子といった感じには見えなかった。二人の間にピリピリとしたものを感じた。

 だが、この桃井社長、オレから見たらそんなに悪そうな人には見えなかった。

「今夜はまた随分と可愛い子を連れているのだな」

 桃井の父親はオレをちらりと見ると、すぐに視線を逸らし桃井に冷たくそう言った。ほんの一瞬ではあったが、桃井社長がオレを見る目は明らかに優しいものだった。だが、桃井に向ける目も声もとても冷たいものだった。あまり親子関係が上手くいっていないというのは歴然だった。

「つばさちゃん。向こうで何か料理でも食べていてくれないかな?」

 そう言われてオレは素直にその場を離れた。

 この間、夏希と見合いしたばかりで、他の女を連れているから嫌みの一つや二つ言われているんだろう。社長子息ってのも案外大変そうだ。いや、大変なのはバカ息子を持った桃井社長の方なのかもしれない。

 オレは料理の並んでいるテーブルから適当に皿に乗せ、食べ始めた。高級ホテルの食事だけあって美味いことは美味いのだが、料理が冷めてしまっていて少々ガッカリした。皆、飲み物片手にお喋りに講じている人が殆どで、料理に手を付ける人が少ない為だろう。

「ねぇ、あなた大輝のなんなの?」

 不躾に不機嫌を隠そうともしない表情と声音にオレは初めて隣りに人が立っていたことを知った。淡いピンクのドレスを身に纏った色白の美人だった。歳は恐らく二十歳前後といったところだろう。

「何って別に」

 オレは桃井のなんだと聞かれて、正直どう答えたものかと困惑した。

 夏希のことがなければあんな男と一緒にはいないだろうし、付き合うつもりもさらさらない。だが、桃井が嘘でもオレを恋人だと言ってしまった以上、この場では恋人だと答えた方が良いに決まっているのであろうが、どうしてもオレの気持ちがそれを良しとはしなかった。

「あなたみたいなガキを相手にするのは今だけよ。あなたじゃ、彼を満足させることも出来ないんじゃない? 経験なさそうだもの。あなたなんかすぐに飽きられてぽいよ」

 オレに敵意むき出しのこの人は、桃井が大好きなんだろう。願わくば今すぐに交代して欲しいという思いをぐっと飲み込んだ。一々この人を逆なでするような真似はしたくない。

 その人は自分の言いたい事だけ言ってそそくさと立ち去った。

 その後も何人か同じような女が愚痴を言いにオレのもとを訪れた。

 薫さんも言っていたが、桃井はどうやら相当女と遊んでいたようだ。

 そんな女に困っていないのなら、オレじゃなくてもいいじゃないか。オレが桃井に興味を示さないから、あいつのプライドを傷つけてしまった。そして、意地になってしまったんだろうか。

 どっちにしろ迷惑な話だ。

「君は桃井の恋人なの? あんなのやめて僕にしない? あいつよりも僕の方がお金を持ってるし、君を満足させられると思うな」

 声をかけてくるのは、気の強い女の人だけではなく、如何にもいいとこのおぼっちゃまっといった感じの男もいた。

 確かにいい男なんだろうけど、自分というよりも親の財力をひけらかして、自慢してくる男ははっきり言って好きになれない。

 オレが出会う金持ちはみんなそんな感じで、金持ちは性格が悪いっていう偏見がオレの中に刷り込まれてしまいそうだった。勿論、性格がいい奴も中に入るんだろうけど。

 そういう男たちを軽くあしらってオレは料理を黙々と食べていた。


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