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第21話 8月-2

「お友達を助けたい? つばさちゃん」

 つばさ……ちゃん? もしかして、こいつは……オレが女であると、知っているのか?

「驚いているみたいだね。俺を騙せると思ってたのかな?」

 こいつは……、オレが女だということを知っている。……何故?

「お友達を助けたいんだろ? それじゃあ、この後少し時間をくれるかな? いや、捕って食おうとは思っていないよ。今日はね……」

 くくっと桃井は不気味に笑った。

 オレはどうすればいい?

 桃井みたいな奴のことだ。夏希を助ける代わりと称して何かとんでもない要求を突きつけてくるに違いない。

 じゃあ、桃井に怖気づいて夏希を見捨てるのか? こんな男と夏希を結婚させるのか? 

 夏希は絶対に幸せになれないだろう。桃井は夏希を愛してなどいないのだ。それは、こんなオレにだって解ることだ。

「無言は肯定と取っていいんだよね?」

 桃井は口の端だけ上げて何かを企むお代官のように卑屈な笑顔を浮かべている。

 ああ、こいつを見てると吐き気がする……。

 そう思っていた所に夏希が帰って来た。

「ごめんなさい」

「いいや、構わないよ。それより、つばさ君のことなんだけど、この後、俺が送って行くよ」

 えっ? と小さい声を上げて夏希がオレを見た。

「勿論、つばさ君も承知しているよ」

 夏希の目が大きく見開いた。

 大丈夫だよ、と口だけ動かして夏希を安心させるように微笑みかけた。オレの笑顔を見て、ふっと夏希が泣きそうな顔をしたが、流石夏希である、気丈に振る舞っていた。

 レストランを出ると不安げに見つめる夏希に、にこやかに手を振って別れた。それは、夏希の不安を拭い去りたいが為にやったことであると共に、オレの不安をも吹っ切りたかったからだ。


 桃井に連れられ、ホテルを出ると、車に乗り込んだ。勿論、運転手付きで、車体がかなり長く運転手さんが遥か彼方にいる気がする。

 この車ってリムジンってやつかな?

 車に疎いオレには、この車がどれほどの高級車なのかは全く解らないし、それを見て感動することもない。

 車の中には、冷蔵庫が備えついていて、桃井がその中からジュースを出してくれた。

「本当は、君を酔わせてしまいたいんだけどね。今日は何もしないと俺が言ったんだからそれくらいは守らないとね」

 オレはジュースを受け取り睨みつけた。

「ありがとう」

「くくっはっはははっ……、そんな目で睨みけられながら御礼を言われたのは初めてだよ。つばさちゃん、俺はね、君のようなタイプの女の子が大好きなんだよ」

「何でオレが女だって解った?」

 オレがずっと疑問に思っていた事だった。

「確かに君は男に見えるかもしれない。それも、かなり男前のね。でもね、やっぱり違うんだよ骨格とかがね。体の形は歳を重ねるごとに変わって来てしまうものなんだよ。いくら君が女の部分を隠しても俺には解るよ」

 オレは桃井にイヤらしい目で見られ、衣服を一枚一枚脱がされているような気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

「どうすればいいんだ?」

 オレがそう問うと桃井はにやりと笑った。

「夏希ちゃんのお父さんとの業務提携、資金援助の件は全て俺に一任されている。正直、俺もね夏希ちゃんには興味がないんだよ。彼女は一般的に言っても相当の美人だけど、俺の趣味じゃない。彼女との婚約を解消してもいいだろう」

 桃井は一度口を閉じ、オレを見て底意地の悪い笑いを漏らした。

 こいつのこの笑い方はどうにかならないのか?

 胸糞悪い……。消化不良を起こしそうだ。

「業務提携もする。資金援助も申し分ないくらいするつもりだよ。……その代り、つばさちゃん、君の処女を俺は貰おうと思うんだ」

 オレは桃井をただ見ていた。何を言われたのか理解出来なかった。

「なん……で?」

「何で君が処女だと解ったかって? 俺にはね、解っちゃうんだよね。俺には手に取るようにね。くくっ」

 桃井の右手がオレの顎に添えられ、抗うオレをぐいっと上に向けさせた。

「いいねぇ、その目。そそられるよ。今すぐここで犯したくなるよ。つばさちゃんの純粋で奇麗な身体を俺が穢してあげるよ。来週の水曜日まで返事を待とう。よく考えることだね」

 そう言って、桃井は名刺をオレのスーツのポケットに捩じ込んだ。

「さあ、君のアパートの前に着いたよ」

「何で知って……」

「俺は何でも知ってるんだよ。そうそう同居人の一君だったかな。この話は彼にはしない方がいいんじゃないかな。俺を怒らせるとどうなるか頭の回転の速いつばさちゃんなら解るよね?」

 オレはそれには何も言わず、不本意ながら送って貰った御礼だけ言うと、車を降りる。

 後ろ手を引かれ、桃井に強引にキスをされた。

 口内にざらついた舌が無遠慮に侵入して来て、オレの口内掻き交ぜ犯す。本当に吐いてしまいそうなほどに気持ちが悪かった。

 オレは桃井の下を思い切り噛むと、それに桃井が怯んだすきに走り去った。


 オレがアパートの中に消えた後、桃井はその姿が消えるまで見送るとゆっくりと顔を上げた。

 その視線の先には、一が殺人的な鋭い視線を向けていた。桃井は挑戦的な笑みを浮かべ、その後興味が無さそうに視線を外した。そして、その近所ではあまりに場違いな高級車は走り去って行った。


「ただいま」

 オレはアパートに戻ると一を避け、自室に直行した。自分が夏希に用意して貰ったスーツをまだ着ていることに気付き、汚さないように着替えると、ベッドの上に突っ伏した。

 あんなスーツ姿で帰って来て、一きっと不審に思っているだろう。

 さっきの桃井の唇の感触がへばり付いているようで気持ちが悪く、何度も何度も拭った。だが、一向にその生々しい感触は拭い切れなかった。

 このことは、一にも夏希にも相談できない。自分で考えて行動しなくちゃならない。

 答えは決まっている……。

 あの条件を聞く前からオレが夏希の為に出来ることならば、何でもしようとそう考えていたのだ。でも、問題はそれにオレが耐えられるかってことだ。あいつの忌まわしい手で触れられてオレが壊れないでいられるかってことだ。

 あいつのキスを思い出し、硬く目を閉じた。あんな粘っこくて、しつこくて、不快なだけのキスを全身にくまなくされることを考えたら、死んでしまいたいと本気で思わずにはいられなかった。

 オレにとって明らかに女という部分を要求されたことは初めてだった。もし、桃井に犯されたら、本当の意味で、オレは女になってしまうのだろうか。

 コンコンとドアをノックする音にオレの思考がぱたっと停止する。

 一が部屋に入って来ることをオレは止められない。普段ならノックもせずに入って来るのだ。そう考えれば、今日のこの態度は少しばかりおかしいのかもしれない。

 オレはうつ伏せにベッドに寝そべっており、顔を枕にうずくませて隠した。

 今のオレの顔を見たら、きっと一に心配をかけてしまう。恐らくオレは酷い顔をしているだろうから……。

「つばさ? あの男……誰?」

 びくっと体が反応した。一は、桃井を見ていた。ならば、オレが桃井にキスされたことも恐らくは知っている。

「つばさ? 顔を上げて」

 一の優しい声音に涙が出そうになる。

 いつからオレはこんなに泣き虫になっちゃったんだろう。一以外の前では泣かない。だが、一の前では我慢が出来なくなる。緑川にキスされそうになった時にオレが泣いてしまったのが引き金になってしまったのかもしれない。

 一は、顔を上げようとしないオレの頭を優しく撫でる。

「顔を上げてごらん。消毒してあげるから……」

 一はやっぱり見ていたんだ。オレはいやいやとするように首を横に振った。

「じゃあ、あの男捜して殴り込む」

「駄目だっ! 絶対に駄目だっ!!!」


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