第1話 4月-1
「ふざけんなよ!!! オレは転校なんかしないからなっ。行くなら自分たちだけで行けよ。子供を巻き込むな!!!」
オレのボルテージはマックスに達しようとしていた。
それもその筈、来月から高校3年生に進級するって時に転校なんかさせられてたまるかってんだ。
「よし、解った。つばさは、こっちに残ることを許そう。だが、条件がある。一人暮らしは認められない。つばさには、同居して貰う。俺の友人の息子さんだ」
つばさというのがオレの名前だ。赤川つばさ(17)。これでも、花の女子高生だ。オレが自らをオレというのにも、こんなにも口が悪くなってしまったのにも訳がある。
原因は、うちの親父だ。親父は息子が欲しかった。オレが産まれるまで、息子だと信じて疑わなかった。息子の名前しか考えていなかった親父は、そのままオレにその名を授けた。それが、今のオレの名前ってわけだ。
息子だと信じて疑わなかった親父だが、オレのものにあれがついていないのを見て、軽くノイローゼになってしまった。精神が混乱してしまった親父はオレに男のように振る舞うことを強要させた。そして出来上がったのがこのオレだ。
中学に上がった時、オレが女であると認めなければならなかった。原因は制服だ。オレは女だ。どんなに男らしく振舞おうと、体が女のだから、スカートを穿かねばならないのだ。それを目の当たりにした親父はとうとうオレが女であることを認めた。周りは皆オレが女だということは十分承知していたのだが、親父だけが一向に認めていなかったのだ。
だが、お前は女だから女らしくしろと唐突に言われても、はいそうですかと切り替えられるもんでもない。いつまでも女らしさのかけらも生まれないこのオレに業を煮やした両親が無理矢理女子高へと押し込んだ。
オレは男でも女でももうどうでもよかった。今更女らしくしたいと思っているわけじゃないのだ。こんな男っぽい俺にだって友達はいるし、何の問題もない。
「オレはこれでも一応女なんだぞ! 男と暮らせるわけねえだろうが。何考えてんだ! オレがそいつに襲われたらどうしてくれんだよ」
オレは興奮のあまり声が掠れ、咳き込んだ。
「まあ、それに関しちゃ問題はないんだ。その息子さんゲイなんだ」
オレは親父の突拍子もない発言に呆気に取られて、開いた口が塞がらなくなった。
ゲイって男が男を好きだというあれか?
そういうタイプの人間に出くわしたことがないのでよく解らんが、女子高にだって同性を好きになる人たちがいる。
オレも同性に告白された経験を持つ。女子高という女だけの園において、オレという存在は男の代わりと思われている節がある。
オレは、175cmという女子にしては長身で、万年ショートヘアに男っぽい喋り方と身のこなしの為か、女子高ではモテる。
好いてくれるのは非常に有難いのだが、オレにはその手の趣味はない。
こんなんでもオレは女なんだ。いつか王子様が―――なんて乙女チックな考えは毛頭ないが、それでも相手は男がいいと思っている。
「そいつやばい奴じゃないんだろうな?」
「お前も対外失礼な奴だな。ちゃんとした息子さんだ。ただ、好きになる対象が同性なだけだ。とにかくお前は転校するか、同居するかのどちらかだ。いいな」
チキショー、糞親父め。究極の選択じゃねえか。
俺の一年間の明暗を分ける大事な選択だ。俺は理不尽な選択を迫られ、糞親父の顔を睨みつけた。
この糞親父、性格は悪いが顔はすこぶるいい。我が親父ながら惚れ惚れする。そしてそんな親父を母さんは溺愛している。母さんの一方通行かと思えばそうでもなくて、親父も母さんを心底愛しているのだ。
いつでもどこでも所構わずラブラブで娘が見ていようが関係なく、チュッチュッやっている始末。オレはそれを冷めた目で見ているが、その実オレもいつかはあんな風にと憧れも持っていたりする。
絶対言わないけどな。そんな事言った日にゃ親父がつけ上がるだけだ。
「解ったよ。こっちに残る。でも、そいつがオレに変なことしようとしたら、一人暮らしさせてくれよ?」
「おお、いいとも」
そんなこんなで、オレはそのアパートに暮らすこととなったのだ。
もう既に同居人はこの部屋に住んでいると聞いている。
オレは緊張した面持ちで玄関の前に立っていた。鍵は渡されているが、突然入っては驚かせてしまうだろうと考えたオレは、ここは一先ずチャイムを鳴らす事にした。しかし、何度押しても中からの反応はなかった。出掛けてるんだろうと思ったオレは仕方なく鍵を取り出し、ドアを開けた。
「お邪魔します」
オレは同居人が寝ている場合も考えて、小さな声でそう呟いた。
玄関入ってすぐ左にキッチンがあり、右手にトイレ、風呂と並んでいる。そんなに長くはない廊下を通り過ぎると正面に一部屋。この部屋がいわゆる共有部分(居間)にあたるのだろう。左右にドアがある所を見るとどちらかがオレの部屋になるんだろう。居間には絨毯が敷いてあり、その中央に炬燵のテーブルが置いてある(炬燵布団はないが)。奥に窓があり、その先はベランダになっている。奥の右角に小さめなテレビが置いてある。この部屋にある家具はそんなものだ。ただ、テーブルの左横に、大の字になって寝ているデカい図体の人間がいた。口を開けて本格的に寝ているようだ。
こいつが同居人か……。
ダイナミックに口を大きく開いているが、整った顔立ちをしている。ゲイだというのが少し残念になるくらいのいい男だった。
まあ、うちの親父といい勝負なんじゃないの? 若い分親父より上かもしれないか……。
オレは自分の部屋がどっちなのか解らないので、仕方なくテーブルの右側に腰を下ろした。
こいつ、いつになったら起きるんだ?
オレは暇を弄び、何の気なしに同居人の観察を始めた。テーブルの上に右肘をつき、手の平に顎を乗せた。
上が黒くて細く、サラサラだ。日の光りを浴びたら、シャンプーのCМみたいに髪が輝きそうだ。小さめな顔にすっと通った鼻。唇は薄く口は大きめだ。目が大きいのかは、起きてみないことには解らないが、睫毛が長い。体は服を着ているからはっきりとはしないが、筋肉質な感じがする。何かスポーツをやっているのかもしれない。
「お〜い、誰の許可を得て俺の顔ジロジロ見てんの?」
急にそいつが目を開いたので、オレはちょっと怯んだ。
「許可は貰ってない。貰うつもりもない。オレがこの目で何を見ようがオレの勝手だろ?」
同居人の目は大きいようだった。オレが想像していたよりもさらにいい男だった。
「オレは赤川つばさだ。あんたは?」
「あんた、女?」
そいつは起き上がると、オレの質問を無視して逆に質問してきた。
「ああ、そうだ」
オレは面倒臭くて適当に答えた。この手の質問はされ慣れている。どうせオレは男にしか見えねえよ。オレがやさぐれていると、頭上に影が落ちた。
「あんたちょっと立ってみて」
訳も解らなくオレはそれに従った。
「タッパいくつあんの?」
「あっ? 175だけど……」
ふ〜ん、とオレの全身を舐めるように爪先から頭の天辺にまで視線を巡らせる。
何なんだこいつ一体……。
訝しく思っていると、突然抱き締められ、胸を服の上から触られた。そいつの胸を両手で思い切り押すと、右足でそいつの腹に蹴りを入れた。
「てめえ、何しやがんだ!!!」
そう怒鳴った。
俺の右足にはあまり手応えがなかった。こいつ当たる瞬間に体を後ろに引いて衝撃を軽減した。オレのあの蹴り、こいつには全然効いてない。
正面を向いて、痛ててっ、と体を屈めて唸っているが、こいつには一切の隙が見当たらない。
オレは今度はこいつの左肩に蹴りを入れた。が、奴の左手が素早くオレの脚を捉えた。オレは力を強め、強引に同居人を床に蹴り倒し、倒れた同居人の上に馬乗りになって襟首を掴んだ。
「てめえ、何しやがんだ!!!」
再度、オレはそう怒鳴った。
「何って、触ったんだけど〜?」
襟首をさらに強く締めた。
奴の右手がオレの手を掴み、ぐぐぐっと凄い力で、襟首を掴むオレの手を放しにかかった。オレの力は奴のそれには及ばず呆気なく襟首から放されてしまった。オレは、掴まれた奴の手を放そうともがいたが、ビクともしなかった。
悔しくてオレは唇を噛んだ。
奴が上半身を起こすと、オレは奴の膝の上に乗っているような状態になった。
奴はあろうことか、オレの手を強引に引き寄せると、オレの唇を奪った。