表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5 4年越しのラブレター

 

 なつめ君の最初の印象は、かっこいいよりも綺麗な顔の男の子。いつも無表情で愛想がなくて、少し怖いと思っていた。


 それが変わったのが、なつめ君がコンビニに通い始めて数ヶ月が経った頃。


 その日は運悪く、私はクレーマーに当たっていた。

 常連ではない年配の女性。きっかけは確か、袋詰めが気に食わないということからだった。



「最近の子は、お化粧にも品がない」



 ひとつ言い始めると、その女性は何から何まで文句をつけ始めた。

 特に華美なメイクをしていたわけではない。

 バイト先の規約に反せず、接客業をする上で人前に立っても失礼にならない程度。

 それでも、その女性には悪く見えたようだった。



「すみません……」



 そう言うしかない。

 もう一人のバイト、同い年の男の子は別レジで必死にお客さんを捌いていた。

 チラチラとこちらを見て、代わるよ、と何度も合図してくれたけれど、私は首を横に振った。


 ここでクレーマーを投げつけてしまうのは、申し訳なかった。



「あなた、すみませんしか言えないの?」


「すみません」


「どういう教育されてるのかしら。店長出して」


「不在です……」



「はぁ?」と大げさに声を上げた女性は、さらにイラつきが増したようだった。


 チラチラと他のお客さんからの視線が刺さる。誰もが冷やかしの目を向けて、私は怖さと恥ずかしさでどんどん声が小さくなった。



「……あの」



 そんな中で、私とその女性の間に割って入ってくるお客さんがいた。

 綺麗な顔の男の子。身長もあり、不機嫌そうな声に迫力を感じた。


 それが、なつめ君だった。



「もういいっすか。みんな待ってるんですけど」


「……は?」



 なつめ君が女性に言うと、今度は怒りの矛先がそちらに向いたようだった。



「あのね、私は今このバイト店員に注意を……」


「あんたがこの人を捕まえてるから、レジが進まないんすよ。俺急いでるんで、どいてもらえませんか」


「あんたって、なんて口のきき方! 最近の子は言葉遣いも……」


「いい加減いいすか。急いでるんですよ。俺も、他の人達も」



 なつめ君の声が低くなった。

 ただでさえ不機嫌そうなのに、その綺麗な顔で凄まれるとさすがに女性もたじろいだ。



「も、もういいわ。あなた、気をつけなさいよ!」



 買い物袋を乱雑に待つと、女性は急ぎ足で店を出て行った。

 ぽかん、と見送る私。安堵から、深く息を吐き出した。


 レジに、トン、と商品が置かれた。



「あっ、失礼しました! お急ぎなんですよね。すみませんでした」



 ピッとバーコードを読み取る。

 お買い上げは、いちごミルクのパックジュースのみ。

 すでに出されていたぴったりの金額を預かり、レシートが出てくる前に袋を用意する。



「いらないっす」


「袋いりませんか? ストローは?」


「いらない。それも」



 それ、と指さされたパックジュース。

 お買い上げ済みなので、私は困惑した。



「えっ、と。返品されますか?」


「あげます。どんまいでした」



 そう言って、なつめ君は店を出て行ってしまった。

 パックジュース以外には何も買わず、手ぶらで。まるで私を助けてくれるためだけにレジに来たように。



(お礼、言いそびれちゃった……)



 いつも無表情で愛想のない、ちょっと怖いと思っていた男の子。

 綺麗な顔でより近寄りがたいけれど、本当はそうではないのかもしれない。


 イメージとは違ういちごミルクのパックジュースが、そう思わせてくれた。




 ❇︎




「……——結局、その次の日から試験前のお休みもらってて、試験明けに改めてお礼をしたら忘れられてました」


「へー。付き合う前はそんなだったんだ、溺愛君」



 仕事終わり、遅い時間にも関わらずアルコールを置いているカフェに付き合ってくれるのは、高校からの友達。

 大学は離れ、就職も違う道だったけれど、こうして今も付き合いがある。



「溺愛君って……」


「立夏に聞く限りでは溺愛君でしょ」


「そうかなぁ」



 たしかに、すごく大事にはしてもらっていた。

 最初のなつめ君の印象から、付き合った後の態度の変化を考えると、溺愛は間違いないのかもしれないけれど。



「綺麗な顔してるのに、変わった子だったよね。いや、写真しか見てないから知らないけど」


「適当だなぁ」


「てきとーよ、てきとー。あんたのノロケ話はいつも胸焼けもんだったもの」


「ご、ごめんなさい……」



 肩を縮こめて謝罪する。

 なんだか、途端に恥ずかしくなってきた。


 そんな自分に——まだ、そんな感情を持っていた自分に、小さく笑う。



「なつめ君、すごかったもん。ギャップが」


「あんたよく振り回されてたよね。年下相手に……って思ってたけど、萌えはある」


「萌え……?」


「ギャップ萌え」



 それかぁ、と笑いが込み上げた。

 ギャップ萌え。私は恋愛感情だったからそこには至らなかったけれど、なつめ君のギャップはたしかにそれだ。

 たぶん、クーデレってやつ。


 自然と思い出して、頰が緩んだ。

 結局、あのギャップには最後まで慣れることはなかった。



「…………まだ、好きだなぁ……」



 テーブルに、こつん、と頭を落とした。

 首から重力に従って垂れてくるネックレスを指先で撫でれば、ハートの形が頭に思い浮かぶ。



「当たり前じゃん。1年くらいだっけ?」



 友達の手のひらが私の頭に乗せらた。

 ぽんぽんと、リズミカルに私を慰める。



「もうちょっとで1年半……」



 伝わる優しさに目を閉じる。

 少ししか飲んでいないはずのアルコールが、一気に回ってきた。


 なつめ君がいなくなってからの年月。

 付き合った期間の半分を、とっくに越えてしまった。


 彼は、2年目のあの日に、事故で亡くなった。



「……なんかあった? まだ立ち直ったわけじゃないんでしょ」


「んー……」


「言いたくないならいいけど」


「……手紙をね、読んだ」



「手紙?」と首を傾げたらしい友達の手が止まる。少し思案して、また手が動き出した。



「そのネックレスと一緒に渡されたやつか。読めたの?」


「うん。……結構きつかった」



 それを渡されたのは、なつめ君の葬儀後。


 事故当時に手に持っていたらしい紙袋はすっかりひしゃげ、錆色に染まった残酷なものだった。

 箱に入れられたネックレスはかろうじて傷ひとつなく。けれど、手紙は。

 紙袋同様に、ところどころが錆色だった。



「私と付き合う前に書いてくれたものでね。部屋で見つけて、一度だけ読んだことがあったの。ちょうだいって言っても、その時はくれなくて」


「それを2年の記念日に渡そうとしたのね」


「これと一緒にね……」



 ネックレスを手のひらで包み込む。

 形のある物は残したくないと頑なだった、なつめ君からの贈り物。


 なつめ君が私のために選んで、贈りたいと思ってくれた初めてのもの。

 そして、最期になってしまったもの。



「辛くない? それ持ってるの、逆にさ」


「辛くはないかな……。これしかないから」


「本当に何もくれなかったんだ」


「今、思うと。なつめ君はこうなるのがわかってたのかな、なんて」



 形のある物は残したくない。

 その他にも、気になる言動はあった気がする。私との時間を大事にしたいと言ったのも、そういうことだったのかも、と。



「……手紙もね、私が前に読んだものとちょっと違ってた。最後に付け加えられてたの」


「それが、きつかった?」


「きつい。きついよ。私は、前を向かなきゃいけないから」



 友達の手が優しい。

 その優しさに甘えるように、私の瞳から涙が落ちていく。

 幾度となく流した涙は、これだけ時間が経ってもまだまだ溢れてくる。



「……なんて書いてあった?」



 気遣う友達は、それでも遠慮なく踏み込んでくる。でなければ、私が抱え込んでしまうのを知っているから。


 止まらない涙にだんだんと苦しくなって、声が出せなくなった。

 頰が熱を持つのは、アルコールのせいだけではない。


 私のしゃくりあげる声だけが、その場に響く。



「ゆっくりでいいよ。何事も」


「………………うん……」



 友達は手を止めない。

 握りしめたネックレスの小さなハートが指に食い込む。その形を、確かにある存在に安堵して。


 手紙の最後に加えられた言葉を思い出す。




『好きでした。


 過去も、これからも。

 俺は立夏を想い続けます。

 歩んでいく未来に、もしその隣に俺がいなくなっていたとしても。


 俺は、立夏の幸せを願い続けます。



 出会えて、よかった』




 私は前を向かなければいけない。


 なつめ君が残してくれた言葉を胸に刻んで。

 なつめ君が望んでくれた、私の幸せを掴むために。


 たとえ隣にいなくても、私の中に残ったなつめ君と共に。



 やっと手元に届けられた手紙は、私の背中を緩やかに押し出した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 彼は今も事故前の日々に戻っているのか? それとも『奇跡』は一回限りなのか…… 最終話の前になつめ君の前振りがあったので、ちょっとは予想がついたのですが、やはり悲しい切ないお話ですね。 立夏…
[良い点] やべぇ~~ 格好いい(*ノωノ) クレーマーから救うシーンに震えが来た! 格好いい!! と思ってたのに ラスト…… [一言] 完結お疲れ様です また泣かされてしまった ここでも泣かされ…
[一言] 完結お疲れ様です! 甘くも切ないお話でした。 なつめくん、回避とか全然考えなかったのですね。運命回避にエネルギーを使うより、彼女を愛することに注力した…… 立夏ちゃんのお友達の 『溺愛君』 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ