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迎えた次年度。
俺は大学2年生に、彼女は4年生に。
始まった就活に時間を割くようになった彼女はバイトに来る回数が減り、必然的に会う回数も少なくなった。
とは言っても、週に一度は必ず会うのだが。
「疲れたよ〜」
俺が店に入るなり、だらけきった様子でレジから出て絡んできた。
他に客がいないので暇でもあるらしい。
「ちす」
「あぁ、なつめ君が癒しだよ……天使……」
「頭大丈夫すか」
「ううん、もうダメ」
商品棚にもたれ掛かっている。
軽口のようで、顔はちゃんと疲れ切っている。ので、お疲れなのは事実だろう。
俺はさっさと商品をレジに持っていった。
「なんだよ〜もう帰っちゃうの〜」
「はい」
文句を言いつつ、ピッ、ピッ、と手際良くバーコードを読み取らせた彼女は、ある商品で手を止めた。
いちごミルクのパックジュース。
ちらりと俺を見て、にやりと笑った。
「なつめ君もこれ飲むんだ」
「……いくらっすか?」
すかさず出る合計金額。
箸不要ストロー不要を伝えて、お金をぴったり出した。
袋詰めされた商品を受け取り、ガサガサと漁る。
「どうぞ」
「え?」
彼女の前に、いちごミルクのパックジュースを置いた。
「お疲れっす」
袋を持ち、コンビニを出る。
「なつめ君がくれるの2回目だぁ〜」と歓喜した声が聞こえ、つい口元が緩んだ。
そして、はて? と思う。
1回目はいつあげただろうか。
家までの道のりを、そんなことを思い返しながら歩いた。
❇︎
季節は流れるように過ぎていく。
会うたびに疲弊していた彼女もようやく就活が終わり、以前と同じ出勤数に戻っていた。
相変わらず中身のないやり取りをする毎日。
それが楽しいとか、幸せだとかは思ったことはなく。
ただ、当たり前だと思っていた。
冬の半ば、まだ遠いと思っていた春。
それは、突然俺の目の前にやってくる。
「もう卒業だよー。あっという間!」
レジ内の暖房で手を温めている彼女。
商品を持ってきた俺のことはお構いなしだ。
「卒業旅行は来週行くから、おみやげ買ってくるね」
「いえ、お構いなく。それよりレジ……」
「バイトは来月いっぱいなんだー」
「そっすか。あの、レジ」
「寂しいなぁー」
「……」
入店チャイムが鳴り、客がやってきた。
彼女はやっと仕事をする気になったようで、レジを打ち始める。
いつも通りの無駄のない動き。
あっという間に袋詰めされ、会計が終わる。
なぜか、無言で。
「……えっと。お疲れっす」
「うん。……また明日」
笑顔で手を振る彼女に頭を下げた。
振り返ることなく、胸にざわつく気配を感じながら。
(卒業か……)
わかっていたはずなのに、直接言われると実感する。
残り時間はあとわずか。その事実に焦る。
彼女に会えない日が、すぐそこまでやってきていた。
(……嫌だな)
空っ風が吹きつける。
春にはまだ遠い寒さに、暑さを逃すように白い息を吐き出した。
風に流され、あっという間に消えていく。
熱を持った頰が冷たい空気に触れ、今ごろ彼女を「好き」だと自覚させた。
❇︎
言葉のやりとりはあまり好きじゃない。
無愛想とか、素っ気ないとか言われるのも、言葉数の少なさにあると思っている。
相手を喜ばせる返し方を知らないから。
同性なら気にしないが、異性だとすぐに傷付ける。
だから、俺は言葉のやりとりが好きじゃない。
「俺、立夏さんが好きです」
コンビニに来たのは彼女が退勤するギリギリの時間だ。
今日が最後だというのに、手紙を認めるのに時間がかかってしまった。
狭い店に、すでに彼女はいなかった。
俺は急いで買い物を済ませ、外に出る。
従業員の出入り口のある、裏手に回ろうとした時だった。
「返事はいつまでも待ってます。考えてみてください」
それじゃ、と俺に向かって歩いてくるのは、彼女とよくシフトが被っていた男だった。
俺の横を通り過ぎる。その男を目線で追っていた彼女と、目が合う。
どきり、と心臓が跳ねた。
彼女の頰が、見たことがないほどに染まっていた。
(……俺、情けないな)
返事を求めず、想いを綴っただけの手紙。
くしゃりと握って、ポケットに押し込んだ。
「なつめ君。良かった、最後なのに会えないかと思った」
「ちょっと用事があって」
「そっか。……変なところ見られちゃったね」
「……これ。どうぞ」
先ほど買ったものを袋ごと彼女に渡す。
中を見た彼女は「いちごミルクだ」と言った。
「お疲れさまでした」
「あ、うん。ありがとう」
「それだけです。気をつけて帰ってください」
「うん。……あの、なつめ君」
背を向けた俺を彼女が呼び止める。
肩越しに振り向けば、染まった頰のままの彼女が俺を見ていて。
ポケットの中で、またくしゃりと手紙を握った。
「お元気で」
彼女とは、それっきりだ。
❇︎❇︎❇︎
通うコンビニを変えた。
彼女との思い出の多いあの店には、通う勇気がなかった。
彼女を忘れるために、寄ってきた女の子と付き合った。
そうすれば好きになれるんじゃないかと思った。
でも、結果はいつも同じ。
気持ちがないから相手は怒る。悲しむ。
傷つけて、俺は振られる。
そしてまた違う子と付き合い、繰り返す。
大学3年生は、そんな荒れ具合で過ぎていった。
4年生になってからは恋愛は不毛だと諦め、とにかく就活に励んだ。
彼女が疲れ切っていた理由が2年遅れでやっとわかった。
就職難。どれだけ受けても不採用通知。
俺、こんなに無能だったっけと自信を失うほどに。
それでも数社からはいい返事がもらえ、無事内定先が決まった。
終わりの見えない真冬の中、ようやく春の兆しを見つけられたような感覚だった。
現実もまた、遠いと思っていた春はあっという間にやってくる。
内定先が決まり、あとは卒業を待つだけ。
少し浮き足立った俺は、夕飯を買ったコンビニの帰り道。
交通事故に遭い、あっけなく死んだ。