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大学進学で実家を離れ、ひとり暮らし。
最低限の家事はできるものの、料理の才能は皆無でコンビニ通いの毎日。
それを揶揄する友人の論点は、俺の斜め上にあった。
「なるほど、通うわけだ」
大学終わり。
俺の家に来ると言う友人を連れて、いつも通りに最寄りのコンビニに来ていた。
品物を出し、レジの前。
「いらっしゃいませ!」
平日、この時間はほぼ出勤している女性店員。
恐らく2、3コ上の大学生バイトだ。
通い詰めているので顔見知りではあるが、しても会釈くらいの間柄。
「女っ気ないと思ったら、年上好きだったか」
「……は?」
「おねーさん、いくつ? どこの大学?」
「えっ、えーと……」
返答に困った店員は俺にちらりと視線を送ってきた。
友人はにこにことし、追及をやめる気配がない。
「……やめろよ、困ってるだろ。いくらですか?」
「あっ、はい。お会計は……」
ホッとしたように、通常業務に戻る。
やいやいと騒ぐ友人に「うるさい」と一言、それ以降は無視した。店員が何かを納得したような顔をしたが、特に疑問は持たず。
おつりを受け取って、友人を引きずるようにしてコンビニを出た。
❇︎
「こんにちは」
「……ちわ」
次の日の大学終わり。
習慣めいた足取りでコンビニに寄り、適当に食べ物を選んでレジに置いた。
昨日は困っていた顔の店員が、今日はいつも通りの笑顔。でも、俺に声をかけてきたことで、それはいつも通りではなくなった。
「昨日はありがとう。変な空気にしてごめんね、びっくりしちゃって」
「……いえ。友人がすみませんでした」
「ふふ」
「?」
表示された合計金額を見て、俺は言われる前にお金を置いた。
それを流れるように回収、レジに流し込む店員。
「いつも素っ気ないから、嫌われてるのかと思ってたの。友達にもそんな感じなんだね」
「……あぁ。無愛想ってよく言われます」
昨日の納得顔はそれかと気づいた。
別に愛想を振る舞う必要がないので普通にしているだけなのだが、他人からはそう見えるらしい。
友人が真逆な性格のせいもある。
「私、立夏。隣町の女子大3年。君は?」
レシートとおつりが差し出される。
受け取るために手を出したが、一向に手のひらに乗せられる気配がない。
不思議に思い、目線で窺うと首を傾げられた。
俺はひとつ、ため息をついた。
「……なつめ。すぐ近くの大学1年です」
彼女はにっこり笑うと、ようやくおつりを俺の手のひらに乗せた。
「よろしくね!」
その一言から、俺のいつも通りに彼女の存在が加わった。
❇︎❇︎❇︎
彼女の最初の印象は『明るくて元気』。
月並みだし接客業としては当たり前だが、本当にそれがぴったりと当てはまる人柄だと思っていた。
こんな俺にも欠かさず声を掛けてくるのだから、よっぽどのお人好しだと。
「なつめ君さぁ、自炊しないの?」
手際良くレジ打ちし、合計金額を出す。
俺がお金を出している間に袋詰め。
「才能がないっすね」
「才能て。箸いる?」
「いらないです」
無駄のなさが良い。
必要以上に会話を繋げようとしないのも、俺には好感が持てた。
「せめてさ、ここに野菜を追加したほうがいいよ。食生活破綻してる」
「食った気しなくて」
「野菜ジュースとか。レシートいる?」
「いらないです」
おつりを受け取る。
「じゃあ……」と言いかけて、レジ裏の棚の影にいちごミルクのパックジュースが置いてあるのを見つけた。
彼女はそれが好きで、たびたびそうして取り置きしているのだ。
「そっちこそ、ジュースばっかりじゃ太りますよ。じゃ、お疲れっす」
彼女はぽかんとしたあと、意味を理解してから頰を染めた。
「バイトで動いてカロリー消費してる!」などと叫んでいたが、俺は気にすることなくコンビニを出た。
ちら、と振り返ると、彼女はすでに次の接客をしていて。
まだ赤みの残る頰。
尖り気味の唇。
(感情表現が豊か)
最初の印象から少しずつ彼女が変わっていく。というより、俺が知っていく。
俺には無縁の高嶺の花のような存在から、だんだんと人間味が見えてきているように感じた。
❇︎
「足繁く通うじゃん」
大学終わり、さっさと帰り支度をする俺に友人がにやつく。
「? なに?」
「コンビニ」
「飯買いにね」
「かわいい先輩に会いに」
「はぁ」
「なんだその反応。かわいいじゃん、あの先輩」
「まぁ」
他の女子と比べたことがないのでなんともだが、嫌いな顔ではないので頷いておく。
「来年は就活で忙しいんだろうなー。楽しいのも今のうちだ」
「だな」
「卒業しちゃえば会えないしな」
「だな」
「寂しいなぁ」
しみじみと言う友人。
俺はそれには返事をせず、荷物を持って「また明日」と告げた。手を振る友人に背を向け、歩き出す。
思えば、胸のざわつきはこの時から感じるようになっていた気がする。