表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

 

 大学進学で実家を離れ、ひとり暮らし。

 最低限の家事はできるものの、料理の才能は皆無でコンビニ通いの毎日。


 それを揶揄する友人の論点は、俺の斜め上にあった。



「なるほど、通うわけだ」



 大学終わり。

 俺の家に来ると言う友人を連れて、いつも通りに最寄りのコンビニに来ていた。


 品物を出し、レジの前。



「いらっしゃいませ!」



 平日、この時間はほぼ出勤している女性店員。

 恐らく2、3コ上の大学生バイトだ。

 通い詰めているので顔見知りではあるが、しても会釈くらいの間柄。



「女っ気ないと思ったら、年上好きだったか」


「……は?」


「おねーさん、いくつ? どこの大学?」


「えっ、えーと……」



 返答に困った店員は俺にちらりと視線を送ってきた。

 友人はにこにことし、追及をやめる気配がない。



「……やめろよ、困ってるだろ。いくらですか?」


「あっ、はい。お会計は……」



 ホッとしたように、通常業務に戻る。


 やいやいと騒ぐ友人に「うるさい」と一言、それ以降は無視した。店員が何かを納得したような顔をしたが、特に疑問は持たず。

 おつりを受け取って、友人を引きずるようにしてコンビニを出た。




 ❇︎




「こんにちは」


「……ちわ」



 次の日の大学終わり。

 習慣めいた足取りでコンビニに寄り、適当に食べ物を選んでレジに置いた。


 昨日は困っていた顔の店員が、今日はいつも通りの笑顔。でも、俺に声をかけてきたことで、それはいつも通りではなくなった。



「昨日はありがとう。変な空気にしてごめんね、びっくりしちゃって」


「……いえ。友人がすみませんでした」


「ふふ」


「?」



 表示された合計金額を見て、俺は言われる前にお金を置いた。

 それを流れるように回収、レジに流し込む店員。



「いつも素っ気ないから、嫌われてるのかと思ってたの。友達にもそんな感じなんだね」


「……あぁ。無愛想ってよく言われます」



 昨日の納得顔はそれかと気づいた。

 別に愛想を振る舞う必要がないので普通にしているだけなのだが、他人からはそう見えるらしい。


 友人が真逆な性格のせいもある。



「私、立夏(りつか)。隣町の女子大3年。君は?」



 レシートとおつりが差し出される。

 受け取るために手を出したが、一向に手のひらに乗せられる気配がない。

 不思議に思い、目線で窺うと首を傾げられた。


 俺はひとつ、ため息をついた。



「……なつめ。すぐ近くの大学1年です」



 彼女はにっこり笑うと、ようやくおつりを俺の手のひらに乗せた。


「よろしくね!」


 その一言から、俺のいつも通りに彼女の存在が加わった。





 ❇︎❇︎❇︎





 彼女の最初の印象は『明るくて元気』。

 月並みだし接客業としては当たり前だが、本当にそれがぴったりと当てはまる人柄だと思っていた。


 こんな俺にも欠かさず声を掛けてくるのだから、よっぽどのお人好しだと。



「なつめ君さぁ、自炊しないの?」



 手際良くレジ打ちし、合計金額を出す。

 俺がお金を出している間に袋詰め。



「才能がないっすね」


「才能て。箸いる?」


「いらないです」



 無駄のなさが良い。

 必要以上に会話を繋げようとしないのも、俺には好感が持てた。



「せめてさ、ここに野菜を追加したほうがいいよ。食生活破綻してる」


「食った気しなくて」


「野菜ジュースとか。レシートいる?」


「いらないです」



 おつりを受け取る。

「じゃあ……」と言いかけて、レジ裏の棚の影にいちごミルクのパックジュースが置いてあるのを見つけた。

 彼女はそれが好きで、たびたびそうして取り置きしているのだ。



「そっちこそ、ジュースばっかりじゃ太りますよ。じゃ、お疲れっす」



 彼女はぽかんとしたあと、意味を理解してから頰を染めた。

「バイトで動いてカロリー消費してる!」などと叫んでいたが、俺は気にすることなくコンビニを出た。


 ちら、と振り返ると、彼女はすでに次の接客をしていて。


 まだ赤みの残る頰。

 尖り気味の唇。



(感情表現が豊か)



 最初の印象から少しずつ彼女が変わっていく。というより、俺が知っていく。

 俺には無縁の高嶺の花のような存在から、だんだんと人間味が見えてきているように感じた。




 ❇︎




「足繁く通うじゃん」



 大学終わり、さっさと帰り支度をする俺に友人がにやつく。



「? なに?」


「コンビニ」


「飯買いにね」


「かわいい先輩に会いに」


「はぁ」


「なんだその反応。かわいいじゃん、あの先輩」


「まぁ」



 他の女子と比べたことがないのでなんともだが、嫌いな顔ではないので頷いておく。



「来年は就活で忙しいんだろうなー。楽しいのも今のうちだ」


「だな」


「卒業しちゃえば会えないしな」


「だな」


「寂しいなぁ」



 しみじみと言う友人。


 俺はそれには返事をせず、荷物を持って「また明日」と告げた。手を振る友人に背を向け、歩き出す。



 思えば、胸のざわつきはこの時から感じるようになっていた気がする。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんなところにも出会いが。出会いはどこにでも転がってるんですよねー。うんうん。二人の恋の行方を見守りたいと思います!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ