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8.異文化交流は常識との訣別

そのままポッチを駆り続けて、半日ほど。

最初は今まで体験したことのないようなスピードでの騎乗に身を強張らせていたアーヤだったが、やがてその乗り心地が一人でウマを走らせていた時よりも随分と楽なことに気が付いた。

手綱を操る必要もなく、ラグナが背後からしっかりと支えてくれているため身体も安定している。長い間揺られ続けてお尻が痛むのだけが難点だが、存外悪くない旅路となりそうだ。


そうして心身ともに落ち着いたタイミングで促され、アーヤはこれまでの経緯(いきさつ)を話し始めた。最初は何処まで話して良いものか迷いながらのスタートだったが、一度口を開くと止まらない。

アーヤの話は受け止めてくれる相手をずっと待っていたかのようにとどまることを知らず、ひたすらにその口からこぼれ落ちていく。


異世界からの召喚、ダンダル国王から受けた説明、役に立てるようにと乗馬や護身術の訓練を始めたこと……そして、知ってしまった自分の役割。

そこで少しだけ声が不安げに揺れたものの、アーヤは気を取り直して回想を再開する。ずっと逃げ出す機会を窺い……、そして今日ようやくその機会が訪れたこと。




アーヤの説明は時系列は時々入れ替わったり、感情に左右されて言葉が切れたり、本筋とは全く関係ない話に終始したり。残念ながら、分かりやすいとは言い難いものだった。

――それでもなんとか、最後まで話し終えたところで。


ふわりと、アーヤの頭に優しく何かが触れた。

「アーヤ、アンタは……よく、頑張ったな。」


優しい声が後ろから聞こえて、アーヤはそれが頭を撫でるラグナの手だと気付く。

ブンブンと激しく首を振った。

「私は、……何もできなくって……っ」

結局何もできず、ただ周りを振り回しただけで。

今こうしてラグナと話をしているのも、彼が助けてくれたからで、自分が何か為せた訳ではない。ただ、幸運だっただけだ。


それでも。

「いーや。アーヤは、頑張ったんだ。」

大変だったな、とラグナは優しく続けた。




その包み込むような温かさに。自分の境遇を受け止めてくれる人が現れたことに。

彼女の心に張り付いた緊張感が、安堵でゆっくりとほぐれていって。

「……ふぐっ、うっ、ぅ……」

溶け出した心は、涙となってアーヤの目から溢れ出した。


「ごめ、なさい……なんか、安心しちゃって……」

しゃくり上げながらラグナに謝るが、涙は止まらない。

操作不能な感情はただ溢れて、溢れて、溢れて。


……そしてそれがようやく落ち着くと。


泣き疲れたアーヤは、そのままストンと眠りの世界に落ちていった。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




がくん、と頭が大きく揺れて、気を失うように眠っていたアーヤははっと目を覚ました。

安定性の悪い、しかも全速力で疾走しているウマの上でよくもこんなにしっかりと眠れたものだ。我ながら驚きを覚えながら、幾分かスッキリした頭でアーヤは周囲を見渡す。


「おっと、起こしちゃいましたか。」

気付けば日は傾き、夕暮れ時となっている。日が沈んだら、明かりになるようなモノはないがどうするのだろう。

「今日はこの辺で夜営ですかね。」

アーヤの思いを読み取ったかのように、ラグナは告げる。


「このウマ……ポッチでしたっけ、に頑張ってもらってかなり遠くまで来たんで、一朝一夕で追いつかれることはないでしょう。」

お疲れさん、と地面に降りたラグナはポッチの鼻先を撫でた。満更でもなさそうにポッチは角を擦り付けて、そんなラグナに甘えている。


「それで、これからの事なんですが……」

ポッチと戯れながら、ラグナが切り出した。

「ひとまず誰かに説明するときには、隣国のトリキスへ旅行に行こうとしている商家のお嬢さんとその護衛の旅戦士、っていう設定で行こうかと思います。俺と行動してることは伝わってないハズですし、少し変わった組合せもこの設定なら納得感が得られやすいでしょうし……良いですかね?」

異論はなかったので、黙って頷いた。


「まぁ俺もそこまでカネがある訳じゃないんで、今日みたいな野宿も何度か挟むことになりますが……」

申し訳ない、と頭を掻くラグナに、アーヤは慌てて首を振る。

「いえ、そんな!むしろしてもらう一方で、迷惑かけっぱなしでこちらこそごめんなさい……!何か、対価になるようなものがあれば……」

少し考えた後、そうだ、とアーヤは自分の服を掴む。

「この服、お城で支給してもらったのでそれなりに良いモノじゃないですかね⁉︎もし良かったら、これを売ってもらって……イタッ⁉︎」


勢い込んで提案するアーヤの額に、デコピンが炸裂した。

「バカなこと言いなさんな。さすがに女性を裸に剥かなきゃならないほど、カネに困ってる訳じゃありませんよ。」

「う……ごめんなさい……」

確かに今のは却って失礼な言葉だったな、と反省してアーヤは素直に謝る。

「でも、何かお礼ができれば良いんですけど……」


「いーの、いーの。俺が勝手にやってるだけなんだから。」

くしゃりとアーヤの髪をかき混ぜて、ラグナはあっさりと笑う。

「アンタが死んだら、結局俺も困ることになる訳ですし?」


その言い方に一瞬引っ掛かりを覚える。しかしすぐに、自分が死ねば冥王が蘇って困るということだろう、と納得に至る。

そういうことだからあんまり気にしなさんな、と重ねて言われ、それ以上は何も言えずに口をつぐんだ。


ラグナが本気でそう言ってくれているのはわかるが、それでも申し訳なさは癒えない。

「その代わり、旅路では色々手伝ってもらいますよ、と。そんじゃ、水を汲みに行きましょうか。」

「はい、任せてください!」


――いつか絶対、何かしらのカタチでお礼をするんだ。

アーヤの元気な返事には、彼女のそんな決意が籠められていた。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




「おっと、アーヤ。それ飲むのストーップ。」

水を汲み終えたアーヤが早速水筒に口をつけようとしたところで、ラグナの制止が入った。

渋々アーヤは水筒から口を離す。村を発ってから今まで水も飲まずに移動してきたため、もう喉はからからだ。早く飲みたいのにどうして止めるのかと、恨みがましい気持ちで口が尖る。


「川や泉から水を汲んできた場合、水が穢れている場合があるから直接飲むのは避けた方が良い。……だから、こーやって、と。」

ポーチから出した葉っぱのようなもので、ラグナは水筒の飲み口を覆って見せた。

「この浄水草を通して飲むんだ。そうしたら、飲んでも大丈夫。」

「ヘぇーっ、スゴイですね!」


渡された葉を受け取って、言われた通りのやり方で水を飲み始める。汲んだばかりの冷たい水は、少しミントのようなスッとした爽やかな香りとともに喉を滑り落ちていく。

「んーっ!何か、水がとっても美味しい!」


大袈裟なほど感動を示すアーヤに、ラグナは苦笑する。

「まぁ、そういう旅の基本もこれから覚えていきましょーか。この浄水草は旅の必需品だからよく売られてるし、普通にそこら辺に生えているから自分で調達することもできる。その見分け方も、教えていきますよ。」

三回くらいは使い回せるから取っておいて、と言われて、水筒の外側のポケットに気が付いた。なるほど、そのためにポケットを付けている訳だ。




異文化って面白いなぁ、と感心したアーヤが何気なく頭上を見上げると、木の幹に見覚えのあるモノが張り付いているのが目に入った。

ツヤツヤと輝く紫色の野菜。丸々と太ったその姿は……そう、ナスだ。


(なるほど、こっちの世界だとナスは木になるんだー)

と、アーヤが素直に感心したところで。


突然、()()()()()()()()


「ひゃぁう⁉︎」

ぶぅん、と空気を振動させる羽音と共に、ナス(?)は木の幹を離れ、アーヤに向かって飛び込んでくる。

(何でこっちに来るの⁉︎)

ぶつかる、と目を閉じた瞬間。

「お、ナスじゃん。アーヤ、お手柄お手柄、と。」

パシ、と軽い音ともに、ラグナがそれを受け止めた音がした。


恐る恐る目を開く。ラグナの手に握られているのは……バタバタともがく、トンボのような透明な羽根を付けたナス(?)。

「ナスがっ、飛んで……!」

「うんうん、そうだね。ナスだからね?」

「そうだねって……ナスですよっ⁉︎」

必死に目の前のおかしな光景を訴えるが、ラグナの反応は鈍い。


(……これは、もしかして。)

その反応に、嫌な予感が込み上げる。

「ナスって……こっちだと羽根が生えているんですか……?」

「ああ、アーヤは野生のナスを見るのは初めてですかい?畑で育ててるナスは小さい内に羽根を切っていて……」

「いやっ、そうじゃなくて……!」


自分の居た世界ではナスが空を飛ぶのは異常なことなのだ、とラグナに必死に訴えること数刻。釈然としない顔ながらもラグナが理解を示したことで、アーヤはほっと息をついた。

「っていうかこのナスって、野菜?それとも、虫……?」

今日の夕飯になるのだから知らない方が良いのでは、と思いながらも、アーヤは暴れるナスを前に抑えきれない疑問を口にする。

「難しいコト、聞きますねぇ。アボカドが果物か野菜か、みたいなコト、考えても無駄でしょう?」

「な、なるほど……?」


――絶対違う。


そう思いながらも、アーヤは隔てる文化の違いにそれ以上何も言えず、言葉を飲み込むしかない。


なお、夕飯に食べたナスは、ちゃんとナスの味がした。串刺しにして火で炙っただけなのに、まるでバターで炒めたようなこってりした味わいがあったのが謎ではあるが……美味しかったので深くは考えないでおこう、とアーヤは思考を放棄する。




そうして夕飯を終えて。


「なんか、私の中の常識がサヨナラしてった気がするぅ……」

食べ終えたナスの残骸……透明な羽根と足のようにも見えるヘタを目にしたアーヤは、改めて異世界の常識の違いに打ちひしがれた。


「だって空飛ぶナスだよ?絶対魔物(モンスター)じゃん……なのに、それを美味しくいただいちゃった私って……」

くちくなったお腹は満足感を伝えてくるが、頭は納得感を得られずに無為な嘆きを口からこぼしていく。


「ナスが野菜か果物か虫か、っていうのは俺も分からないけど、魔物でない、というのだけは断言できますよ?」

その様子を面白そうに見ていたラグナが、おもむろに口を挟んだ。そのキッパリした断言に、アーヤは首を傾げる。


「魔物は外見上は様々な種類があるけれど、一つ、決定的な共通点が存在してますからね。『()()()()()()』という強い本能的な欲求を持っている、という絶対的な共通点が。」

「人間を、滅ぼす……?」

あまりに強い表現に、思わず声が漏れた。ええ、とラグナはいつもと同じように軽い調子で頷く。


「それは魔物が生まれたての子供であろうと、瀕死の怪我を負っていようと関係ない。目の前に人間が居たら、魔物はどのような状況であろうと人間を襲うことを優先するんです。野生の動物もヒトを襲うことはありますが、それは子供やテリトリーを守るという理由がある。でも、魔物はそうじゃない。ヤツらはヒトを襲うこと、それ自体を目的としている。」

「それは……怖い……」


「まぁでもだからこそ、魔物かどうかの区別は簡単な訳で。……乱暴な話ですが、対面して襲って来ないなら少なくとも魔物じゃない。ま、例外もあるんでざっくりですが。」

一旦言葉を切ってから、ぽん、とアーヤの頭を軽く撫でる。


「まぁでも俺と居る限りは俺が守りますから、ご心配には及びませんよ?」

事実をただ告げるような淡々とした言い方だが、だからこそ彼の自信が伝わってくる。

ありがとうございます、と彼を見上げると、ニッと力強い笑みが返ってきた。




そうしてフードを外したラグナの顔を、アーヤは改めてしみじみと鑑賞した。

イケメンだよなぁ、と呑気な感想が浮かぶ。 


人懐っこい笑みを湛えた明るい左目と前髪に隠れヒトを拒むような右目のアンバランスな雰囲気。そこに穏やかな口元が加わることで、ただ整っているだけでない不思議な魅力を醸している。

近衛団長のハルトはわかりやすい美形だったが、ラグナの場合それ以上に視線を惹きつける謎めいた魅力があった。


「……アーヤ?」

気付けばじぃっと見入っていて、ラグナの声ではっと我に返った。慌ててばっと目を逸らしたアーヤを不思議そうに見て、ラグナはふっと息を洩らす。


「疲れてますね。今日は立て続けに色んなことが起きましたから。もう寝た方が良い。」

「いえ、大丈夫です!火の番とか、私にできることがあれば……」

「いーや、要らない。」

ふわ、と柔らかな感触がアーヤの視界を覆った。一瞬身を竦ませたが、ラグナの手に目隠しされたことに気付き、その温もりに身体から強張りが抜けていく。


安堵感に包まれると、意識していなかった眠気が頭をもたげた。移動中の睡眠は体力回復には寄与しなかったようだ。耐えきれず欠伸をすると、瞼が自動的に下りてくる。

「おやすみ、アーヤ。夜女神の双眸が貴女を見守ってくれますように。」




(……夜女神?)

聞き慣れない単語に重い瞼をゆっくりと開く。

静かに笑むラグナの肩越しに、夜空を照らす二つの月が目に入る。

(夜女神の双眸……そっか異世界(ここ)では月が二つあるのか……)


今までの常識なんて通用しない。

今振り返ってみると、あそこで一人で逃げ出せていたとしても、何もできず右往左往して終わってしまっていたことは想像に難くない。


(ラグナが居てくれて良かった。)

その信じられない幸運に改めて感謝しつつ、アーヤはゆっくりと眠りの底で意識を手放した。




蒼と紅の月は、静かに彼女を見下ろしていた。











ブックマークついてる!

めっちゃ嬉しいです。更新頑張るぞー

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