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7.その出逢いは一条の光

アーヤにとって目の前で繰り広げられるそれは、悪夢のような出来事の連続だった。

逃走は失敗し、怪しげな覆面に襲われ、目の前でハルトが倒れ……そして今度は、覆面の男たちが倒された。


(何?一体何が起こっているの……?)


事態についていけないまま、目の前に突然現れた背中を見上げる。


(この人は助けてくれた……の……?)


それでも安心はできない。自分を狙う新たな手先か、それともハルトの加勢か……。どちらであっても、それはアーヤの味方という訳ではないのだから。


この異世界において、冥王の贄という宿命を背負わされた自分には、本当の味方といえる存在などどこにも居ないのだ。

そんな厳しい現実に改めてどんよりとした気分に陥ったところで、目の前の男がくるりと振り返った。


「おじょーさん、大丈夫?」

――優しい声だ。いくぶん軽薄だが、柔らかな口調で彼はアーヤの身を気遣う。


フードを目深にかぶったその姿。見覚えなどないはずのその姿を見た途端、アーヤは衝動的に彼に近寄っていた。そのまま無意識のうちに、彼のフードに手を伸ばす。


「え……?うゎっと、」

ぱさりとフードが外れ、驚いた青年の顔が露わになる。

目に飛び込む、金に近い明るい茶色の髪。右に流した長めの前髪は鳶色の瞳を隠し、少し内気な印象を与える。少し困ったように眉を下げ、整った顔立ちは優しげな微笑を浮かべる。


――予想通りだった。そこに居たのは、食堂で見かけた青年の姿。


何故だろう。彼のことなど何も知らないのに、アーヤの心には安堵感が込み上げてくる。()()()()()()()()()()、という根拠のない直感。

青年の顔に手を伸ばしたまま、アーヤはほっと笑んだ。それは、久々に浮かべた彼女の心からの笑み。

怯えから解放された安堵から、目じりに涙が浮かぶ。

「助けてくれて……ありがとうございます。」


奇しくもその瞬間、雨が上がった。

雨雲がさあっと引いていき、阻むものの無くなった陽の光が、アーヤの目に浮かぶ涙をきらりと反射させる。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




涙を滲ませたアーヤを見て、青年は困ったように頭を掻いた。

「いえいえ、無事なら良かったですよ、と。」

そそくさとアーヤから目を逸らすと、青年は倒れ伏している刺客の男たちに歩み寄る。そして、手際よく男たちを縛り始めた。見る見るうちに、倒れた男たちは後ろ手に縛られ、繋がれていく。


「これで良し……と。しっかり拘束してあるんで、これならおじょーさんを追って来るようなことはないでしょ。」

最後に残るは、流れる血で黒く染まった地面の中心に残るハルト近衛団長。しかし彼はハルトには近寄ることなく、ただその身体を示して告げる。


「そこのヒトは……かなりの怪我してるみたいだから、放っといても邪魔されることはないと思うけど……」

「ハルト団長っ!」

その言葉にハッとして、アーヤはぐったりとしたハルトに駆け寄った。

「…………っ!」

重たい身体を必死に抱え起こすと、血に染まった脇腹が露わになる。ぱっくりと割れた傷口からは、まだ血が止まる様子はない。


怪我の正しい対処法など、元の世界でもしっかり習った訳ではない。それでも止血はした方が良いだろう、とアーヤは判断し、雨を吸って重くなったハルトの装備品を苦労しながら脱がせていく。

水筒に入った水で傷口を洗い流し止血をしようとしたところで、アーヤははたと立ち止まった。


「包帯なんてないよね……、どうしよう……」

周りをキョロキョロしてみるが、そんな都合よく布切れが転がっているはずもない。少し迷ったところで、自分の服に巻かれた腰布に気がついた。


元の世界とは文化が違う、異世界の服。乗馬用に動きやすく調整された女性用のこの服には、ベルト代わりにふんわりとした腰布が巻かれている。

巻き付けた腰のこの布を取れば上半身の服が広がることにはなるが、別に脱げてしまう訳ではない。

だらしないかもしれないが服として問題はないだろう、と判断して腰布に手をかけたところで。




「いやいやいや、ストーップ!えっ、何してんの?女の子がこんなトコで脱いじゃダメっしょ!」

焦った声で、青年がその手を制止した。

「えっ……せめて止血をしようかと……」


アーヤの視線を追って血まみれのハルトを目にした青年は、ウッとした顔で慌てて目を逸らす。

ひょっとして血が苦手なのかな、とアーヤはそれを見て察した。それなのに自分を助けてくれたのだから、ありがたい限りだ。




「あー……間違ってたらごめん。おじょーさん、ソイツから逃げようとしてたように見えたんだけど……違った?」

気まずそうに髪をいじりながら、青年は尋ねる。

「それは……そうなんですけど……」

苦しげなハルトの額に浮かぶ汗を拭いながら、アーヤは言い淀んだ。

「お世話になったのは間違いないので、放っておけないというか……」


客観的に判断するなら、ハルトの怪我など放ってすぐにその場を立ち去るべきだろう。

彼はアーヤの逃亡を阻む存在だ。怪我の手当てなどしても、得られるものはない。


しかし、いくらそう分かっていても、アーヤはそこまで冷血に徹しきれなかった。

右も左もわからぬ異世界に喚ばれてから今まで、一番面倒を見てくれたのはハルトに他ならない。無視することもできたろうに、無駄だと知っていても彼はアーヤの鍛錬に付き合い、指導をしてくれてきた。


そんな彼をここで捨て置いてしまったら、自分が自分で無くなってしまう。そんな気がしたのだ。




「お人好しだねぇ……」

呆れたように苦笑しながらも、青年は自分の手拭いをアーヤに投げてやる。そして縛り上げた男たちの荷物をしばらく漁ると、こちらに戻ってきた。

「ほい、薬草。包帯巻く前に傷口に貼っとくと良いよ。」


傷を見るのが嫌らしく、あからさまに顔を背けたままそう言って青年はアーヤに薬草を渡す。

「あ、ありがとうございます。」

ありがたく受け取り、介抱を始める。しばらく試行錯誤した結果、なんとか渡された手拭いが包帯がそれらしく巻き上がっていった。


その様子を傍らでじっと待っていた青年が、ふと口火を切った。

「それで、おじょーさんはこれからどうするの?」


「え、どうしよっかな……取り敢えずここから遠くに行きたいと思ってるんですけど……」

ひとまず離れた場所まで逃げて、それから拠点を見つけて。そして、いずれは元の世界に戻る方法を探したい。


そこまでの道のりを考えると、気が遠くなりそうだ。一朝一夕で叶う話ではない。それでも。

今日自分はその一歩を踏み出すことができたのだと、アーヤは前向きに肯く。




ふむ、と青年は呟いた。

「なんか俺……おじょーさんに興味湧いてきちゃったな。俺は、旅戦士のラグナ。もし良かったら、次の目的地までおじょーさんを護衛させてもらえないかな。その間に、貴方の話を聞かせてよ。」


思ってもみない提案。迷いは、ほとんど無かった。

「良いんですか、是非!あ、私は彩……えーと、こっちではアーヤって呼ばれています。よろしくお願いします!」

「え、そんな簡単に俺のこと、信用しちゃって良いの……?」


自分から言い出したことのくせに、アーヤの前向きな返事にラグナは少し引き気味の反応を見せる。

しかし、アーヤは構わず微笑んで、強引にラグナの手を取った。

「大丈夫です!私、なんかラグナさんなら信頼できるって思ったので!」

「あ、呼び捨てで良いよ。えーと、まぁ……そんじゃその信頼を裏切らないように精々がんばってみますかねぇ。」


アーヤの手をしっかり握り返して、ラグナは呆れたように笑う。

「それじゃ、行きますか。――遠くへ。」

「はい!……遠くへ!」

その言い方がなんだか夢に満ちているようで、遠くへ、とアーヤはラグナの言葉を繰り返した。


……何故だろう。実際に口に出すとそれだけで、自分の目の前が可能性で広がっていくように思える。




ラグナに促されてポッチに二人で乗り込むと、アーヤは来た道を振り返る。

さようなら、と心の中で別れを告げた。

私は、貴方たちの思惑通りには動かない。冥王復活のための生贄になんてならない。私は、絶対に生き延びてみせる。


生き延びて――元の世界に戻るんだ!


「さぁ、飛ばしますよー。しっかり捕まっててくださいな、と。」

ラグナがそう言うや否や、ポッチはこれまでにないような速度で走り出した。


慌ててポッチにしがみつくと、後ろからラグナがしっかりと支えてくれたのを感じる。

吹き付ける風に目を細めながら、アーヤは遠くへ、ともう一度胸の内で繰り返した。


何処へだって行ける。

何だってできる。


――さあ、旅立ちの時だ!









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