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6.争いは三つ巴の果てに


「何者だ!」

その矢の意味を充分に理解しているハルトは、アーヤを背に庇いながら虚空に向けて厳しい声を発した。

遠くで雷鳴が響く。一瞬周囲の景色が色濃く浮かび上がり、そしてすぐ雨粒に滲んでいく。


――強い雨風の音で、なかなか気配は探れない。


相手が仕掛けてこないのであれば、一旦人目のある村まで下がりたいが……。

そう思った矢先、そんなハルトの思いを見透かしたかのように、音もなく一斉に刺客たちが姿を現した。


ねずみ色のローブを身にまとい、周囲の景色に溶けるように身を隠した彼ら。しかし、周囲とは異質な強い殺気が、彼らの存在を際立たせる。

一、二、三……全部で五人。




「ひっ……」

背後でアーヤが悲鳴を飲む声が聞こえた。怯えてはいるが、取り乱してはいない様子。少なくとも今は、それだけで充分だ。


「もう一度聞く。何者だ、何故我らを狙う。」

絶対的な数の有利が、彼らの気を緩ませたらしい。ハルトの問いに、忍び笑いが刺客たちの間で漏れる。

「ダンダル国王もお優しいことだ。贄をわざわざ出歩かせるとは。」

「なっ……!」

アーヤのことを知るのは、限られた人しかいない。一体どこから情報が漏れたのか。

そんなハルトの動揺を見てとるや、好機とばかりに男たちが一斉に飛びかかった。


キィイイン……!


襲いかかってきた正面の男の刃をハルトは落ち着いて受けとめる。そして、その腹を思い切り蹴り飛ばした。戻す剣の柄でその横の男のこめかみを殴りつけ、後続の刺客たち目掛けて男の身体を突き飛ばす。

予想外の反撃に相手の陣形が崩れたところを逃さず踏み込んだが、一歩及ばず刺客たちはさっと後ろに下がる。




「油断するな!こいつ、強いぞ……!」

一人が唸るような声を出した。周りの刺客たちも気を引き締めたように得物を構え直す。

そんな彼らの反応を見て、ハルトは嘆息した。


彼は知っている。城内では多くの者が、ハルトのことを「見た目で近衛団長に取り立てられた男」だと噂をしていることを。

貴族同士の駆け引きのやり方も知らず、ろくなコネも持たぬ男。しかし実際のところ、そんなハルトがここまでのし上がることができたのは、この誰もが一目置くこの強さがあってこそだったのだ。




しかし、それでも。


(五人を同時に相手は些か分が悪い……)


再び打ち掛かってきた相手を軽くいなしながらも、ハルトは人知れず柳眉を顰めた。

一対五ということだけならまだ良い。しかし今は、守らねばならない対象が背後にいるうえ、相手も隠密行動に慣れたかなりの手練れだ。


――相手は、集団戦に長けている。

ハルトは内心で歯噛みする。一対一の力量であれば、間違いなく自分の方が上だろう。しかし、状況は彼にとって厳しい。

幾度もの打ち合いがなされ、そして決定的な一撃が出せないまま時間ばかりが過ぎていく。叩きつける雨と相まって、ハルトの身体に徐々に疲労が蓄積していく。

相手の負担はこちらの五分の一だ。その差は、どんどん開いていく一方だろう。




(そろそろ状況を崩さなければ……)


そう結論づけたハルトは、アーヤと自分、刺客たちの距離を頭の中で把握しながら、一気に相手との間合いを詰めた。

無謀とも見えるその突撃。あやまたず狙うは、隊長格と見える男の喉首。


その不意打ちは、男たちの虚を衝くには十分。

彼らは慌てて彼を包囲しようとするが、もう遅い。その喉笛目掛けて鋭い斬撃を……


(取った……っ!)


刹那の手応えを感じた瞬間、がくん、と己の得物が突然重量を増した。

相手を絶命させるはずの斬撃が、己の計算よりも僅かに標的に届かずに……そこで止まる。




「くっ……!」


理由はすぐに知れた。

必殺の一撃を防いだのは、自分の剣の刀身に蛇のように絡みつく鈍い色の鉄鎖。


「飛び道具、だと……!」

不意打ちにおいては、相手の方が一枚上手だった。


武器としては貧弱で、実戦向きではない分銅(ふんどう)鎖。

……しかし手の内を見せず、ここぞという時まで忍ばせていた時、それは勝負を分かつ切り札となりうる。




半ば無駄と悟りつつも、突撃していた体勢を無理に捻り、倒れ込んだ。自身の身体があった空間を無慈悲に刃が抉る。

避けきれなかった脇腹に痛みが走り、鮮血が迸った。


「ハルト団長!」

アーヤの悲鳴が背後で聞こえる。

ああ、()()()()()()()()()()、と妙に達観した想いが頭をよぎった。


一応体勢を立て直したものの、もう勝負はついたも同然だ。手負いのハルトにこの場を切り抜けるチャンスは、万に一つも残されていない。




せめて最期まで力の限り抵抗しようと、ハルトは剣を持ち直し再び身構える。それだけの所作で、脇腹に鈍く重い痛みが走った。それでも、彼の瞳に迷いや懼れはない。

油断なく身構えながら、彼は素早くアーヤに視線を走らせる。視界に映るのは、怯えて立ち竦むアーヤと、そんな彼女を護るように寄り添い、鱗を逆立てて周囲を威嚇する地龍(ウマ)

こんな僅かな期間でここまで地龍(ウマ)と信頼関係を築くことができていたのかと、ハルトはちらりと感心を覚える。


――もし、彼女が生贄などではなく、自分たちが説明したような救世主という存在だったなら。

――彼女のその素直でひたむきな性質は大きな強みとなったに違いない。


埒もない考えが一瞬浮かぶ。他愛ない夢想は、もしかすると走馬灯の一種なのだろうか。

そんなくだらないことに想いを馳せている間にも、ハルトを追い詰める輪はじりじりとその間合いを詰めていく。


彼に残された唯一の行動は、目の前の暗殺者共に少しでも痛手を与えること。

とめどなく流れ出る血に体力を削り取られながらも、せめてもの反撃をと決死の覚悟で、ハルトは歯を食いしばりながら彼らに挑みかかる……!




両者の攻撃が激突する寸前のことだった。


何の前触れもなく、突然、まるで見えない巨人の拳に殴りつけられたかのように、目の前の隊長格の男が地面へと叩きつけられた。


「なっ……!?」

驚く暇はない。その爆発にも似た衝撃は、間をおかずして次はハルトに襲いかかる。

こめかみのすぐ脇の空間が吹っ飛んだかのような衝撃と共に、自身の身体が驚くほど容易に虚空へと投げ出されるのを感じた。


なす術がなかった。

爆風に意識を刈り取られていく中で、ハルトはただ、己の未熟さを悔やむことしかできなかった……




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




その突然の奇襲は、刺客たちにも動揺を与えるものだった。

実力者のリーダーが一発で昏倒させられるほどの強力な攻撃に、否が応にも警戒心は強まる。


「相手は術師だ、気を付けろ……!」

言わずと知れたことを口にしながら、彼らは素早く身を隠し、周囲の気配を探る。

その姿を見失ったのか、すぐには追撃は来ない。

息を潜めながらも、お互いに目くばせをして頷き合った。

――油断はできないものの、勝算は十分にある。そのことが、警戒を保ちながらも彼らの心に平安をもたらす。


その勝算とは、術師の特性にある。

術の発動は、無尽蔵にできるものではない。あれだけの威力のある術だ、そう何度も多発はできないだろう。


――さらに。


「相手は恐らく、術の練度が低いですね……」

一番の若手の呟きに、その場の全員が頷いた。

襲撃者の放った風属性の術は、本来なら鎌鼬(かまいたち)のように空間を切り裂くのが攻撃の特徴となる。先ほどのように風をただ衝撃波として当てて吹き飛ばすやり方では消費する魔力のわりに無駄が多く、脅威は低い。

術の発動から見るに、相手は魔力量こそ強大なものの術師の腕前としては並以下といったところだろうか。


「とすると、命中精度も大したことなさそうだな、」

若手の言葉を引き取って、年長の男が言葉を続ける。

「俺が囮になろう。」


術の発動方向が分かれば、術師の居場所も自ずと知れる。基本的に術師は接近戦を苦手とする。場所さえ把握できれば、すぐに片がつくだろう。

本来の標的である(アーヤ)に逃げられる可能性はあるが、所詮はタダの女一人だ。後からどうとでもなる。




そう判断し、茂みから男が飛び出すのとほぼ同時に。


周囲の魔力濃度が急激に薄まった。


(……来る!!)

神経を研ぎ澄ましていた男は、術の発動を察してその場を飛び退く。先ほどの攻撃から、これなら十分に術式圏内から逃れられる。そう、想定していた。


しかし。

どん、と足元から突き上げられるような衝撃が走る。それと同時に身体全体が大地に勢いよく叩きつけられ、男の眼前が真っ赤に染まる。


正体の見えない術師の攻撃は、正確に男の居場所を撃ち抜いていた。

(くそ、捉えられたか……!しかし、これで術師の居場所は捕捉できたはず……)


忸怩たる思いを抱えながらも、後は任せた、と痛みに薄れゆく意識の中で仲間を振り返る。

「……え?」

しかし、そこで彼が目にしたのは、更なる絶望だった。

眼前に広がるのは、大地を抉るような爆発跡と、倒れ伏したまま動かない仲間たち。


(まさか……あの範囲を爆風に巻き込んだのか……?)


()()()()()()()()()、と男はようやくそこで悟る。

相手は未熟な術師などではなかった。強大な魔力を従えた『何か』。


――それが『何』であるのか。

それを考える間もなく、男の思考はそこでふつりと暗く閉ざされた。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




立ち登る砂埃の中、よろめきながらも立ち上がる影が一つ。

襲撃者の一人である最若手の男。


……この爆発の中で、彼が直撃を免れたのは、単なる幸運でしかなかった。偶然にも仲間の身体が盾となり、爆風の威力が軽減されることとなったのだ。

もうもうと巻き上がる砂ぼこりに咳き込みながら、砂埃の先を見透かそうと目を細める。被害の全容は掴めないものの、受けた衝撃の大きさからこちらが甚大なダメージを負ったことは容易に察せられた。


もはやこちらに数の利はあるまい。わずかな時間で、正体不明の敵は仲間の多くを無力化してしまった。立ち上がることができるのは、もしや自分一人きりか。

絶望的な状況に心が沈む。


しかしだからといって、ここで引き下がることなどできない。

任務の失敗による退却など、彼らに許されているはずもなかった。


――ならば。


残された男は即座に心を決め、一直線に駆け出した。

目指す先は彼らの本来の標的、贄の女(アーヤ)


――このタイミングで向こうが仕掛けてきたということは、目的は自分たちと同じであろう。

で、あれば、先んじて彼女を確保することができれば、この状況をひっくり返す目はまだあるに違いない。


突進してくる男を前に、アーヤは恐怖の色を浮かべて棒立ちとなる。地龍(ウマ)がアーヤを守ろうと身をかがめて角を突き出す。

(……邪魔なヤツめ!)

苛立ちを覚えながら男は地龍(ウマ)を切り捨てようと剣を振り下ろす……!


するりと音もなく、地龍(ウマ)とその刃との間に、影が滑り込んだ。

男がそれを認識するよりも早く、影は男の剣を跳ね上げる。

「う……⁉︎」

カランカラン、と足元に剣が転がる音が虚しく響いた。


みしりと鳩尾に剣が食い込む。

「女の人に剣なんて向けちゃ、ダメでしょーが。」

崩れ落ちる男の耳に、その声はほとんど届いていなかった……





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