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3.不都合な真実はかくして露見する


夢中になれることがあると、月日は飛ぶように流れていく。

毎日そうしてウマと触れ合っている内にそれぞれの個性も見えて来て、アーヤはこっそりお気に入りのコに名前をつけて可愛がるようにまでなっていた。


可愛がるだけではない、最近は訓練の始まる前に厩舎に顔を出し、小屋の掃除やウマのブラシがけもしている。

それがまたウマと接する機会を増やすことに繋がり、彼らもアーヤに懐く。

そうなると、乗馬の上達も早い。もう、一人でも馬具をつけて走らせることができる。


ただ、一方の剣術については一向に入門編からの進捗が見られなかった。そちらは、残念ながら頓挫している。

代わりに護身術を習うことになり、まぁこれはこれで面白いのだが。そちらの方がまだ適性があったのか、少しは上達してきたように思う。


ハルトの教え方は確かに厳しかったが、滅多に認めてくれることのない分、彼の褒め言葉には喜びがひときわ大きくなる。それがまた、アーヤのやる気に火を付ける。


ひたむきに取り組むアーヤの姿勢に、少しずつハルトも素の表情を見せるようになっていった。いやはや、イケメンの笑顔の破壊力というのは恐ろしい。初めてアーヤがその笑みを直視した時は、思わず目眩を覚えたほどだ。

蜂蜜のような蕩けんばかりの甘く柔らかな笑み。普段見せる整っているだけの笑顔はただの外交用の仮面に過ぎないのだと、アーヤはそれを見て察したのだった。




――そんなある日。


「遠乗り、ですか?」

「はい!訓練のおかげで、もう一人でポッチを操れるようになりました!だから、この運動場だけでなくもっと広いところを走ってみたいんです。後は、お城の外の世界も見てみたいなー、って。」

どうでしょう、とアーヤは小首を傾げてハルトを見上げた。


今まで特に必要がないので頼んだことはなかったが、お城の外にアーヤはかねがね興味を抱いていた。なんとなくワガママを言うのが憚られていたのだが、乗馬が上達した今なら良いタイミングだろう。

「…………。」

そう思っていたのに、予想よりもハルトの表情は険しい。無言でじっと何かを考え込んでいる。


――その厳しい目つきは、一番最初に「乗馬を習いたい」とリクエストした時にアーヤに向けた目に何処か似ていた。




「あ、ポッチっていうのは、あの左目の鱗がちょっとぶちみたいに黒くなっているコの名前で……そのっ、ちょっと格好悪いかなとは思ったんですけど……やっぱり名前、変ですか……?」

黙り込んでしまったハルトに、アーヤは慌てて見当違いの弁明を口にする。


ふ、とハルトの口元に苦笑いが浮かんだ。

「ああ、考え込んでしまってすみません。……アーヤ様は、我が王の賓客。遠乗りの件は私の一存ではお応えできません。少し、確認にお時間を頂いても?」

「もちろんです!ワガママを言っちゃってすみません。」


真剣に考えてくれていたんだな、とアーヤは恐縮する。

そんなアーヤの頭をぽんぽんと叩き、ハルトは整った笑顔でにこやかに言い放った。

「それと、アーヤ様の名付けのセンスは最低です。ポッチの名前はつけ直してください。」

「えーっ!!」


他愛のない頼み事。いつも通りの軽いやり取り。

――その時のアーヤはもちろん、自分のその言葉がどんな意味を及ぼすかなど、考えもしていなかった。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




それは、本当に些細なことから始まった。


「なんかこの絵、ちょっと傾いてる気がする……」

今までは気にもとめていなかった、自室の絵画。それがふと気になったのは、いかなる運命の悪戯だろう。


アーヤは何気なく額を持ち上げて、左右の高さを調整しようとする。

「あ、」呆気なく絵画が壁から外れた。思いがけない重さに高級そうな絵画を取り落しそうになり、慌てて絨毯に絵画を着地させた。見るからに贅沢な厚手の絨毯は、音も立てずにその重みをしっかりと受け止める。


「……何だろう、これ。」

ぽかんとしたアーヤの声が響く。


アーヤの目の前、絵画が取り払われた壁。


――そこには、金属製のこぢんまりとした扉が隠されていた。




しばらく呆然とその扉を眺める。お城の隠された扉。

となれば、この先はおそらく隠し通路があるに違いない。


怪しい扉を前に、逡巡する。

考えるべきはことは、明白だ。この扉をくぐるか否か……いや、むしろ、いつくぐるか。


「いつやるの?……今でしょ!」

迷ったのは一瞬。だいぶ昔に流行ったセリフをつぶやきながら、アーヤは勢いよく取っ手をぐいと引く。

鍵は、掛かっていなかった。




扉の先の石畳の通路は、どうやら普段は空気孔として機能しているらしい。薄暗くはあるが、意外なことに涼やかな風が吹いていた。

隠し通路として使われたことは久しくないらしく、床にはうっすらと埃が積もっている。採光用に開けられた穴から差し込む光が、それをキラキラと反射させた。


沸き立つ冒険心に心躍らせ、アーヤはついつい息を潜めて足を進めていく。

――この先は、一体何処へ続いているのだろう。


「……ょ、……に……」

遠くから声が風に乗って漏れ聞こえる。ふと悪戯心が芽生えたアーヤは、声の聞こえる方へと足を忍ばせた。

「……の件は……」

近くまで寄れば、しっかり声が聞き取れそうだ。アーヤはそっと耳をそばだてる。


「……といえば、()()と仲良くしているらしいデスね、」

久々に聞いたが、独特な喋り方で一発でわかる。王の相談役兼宮廷呪術師のローリックの声だ。

目に見えなくても、表情の読めない薄笑いを貼り付けた彼の姿が容易に想像できる。


「麗しの近衛団長サマが珍しくご執心ダと、使用人も噂しているようデスよ?」

「くだらないことを。」

不機嫌そうなこの声は、ハルト。……とすると、「アレ」とはもしかしてアーヤのことか。

ローリックの失礼な言葉に、アーヤは内心憤慨する。


「私のところにも魔法を学びたいと来ましたヨ、今のアナタには百パー無理だと追い返しましたがネ。」

冷笑的にローリックは言葉を続ける。「近衛団長サマもムダなことを。」

何故そこまで嘲笑うコトがあるのか。腹立たしく思いながらも、ローリックのその態度にアーヤは一抹の不審を覚える。


「少しでも役立てるように、今から準備をしたいそうだ、」

大きなため息を付きながら、ハルトが答える。

「乗馬も護身術も、非常に熱心に取り組んでいる。世界を救うために、な。」


「しかし、乗馬に護身術なんテ……()()()()()()()()()()()()()()()

ローリックの声が、ひときわ低くなる。一体何のことを言っているのだろう。固唾を呑んで、アーヤは話の行方を追う。


「ああ。彼女の言葉に嘘はない。そこは、信用していいだろう。」

「滅多にヒトを信用しない近衛団長サマがそういうのなら、まぁそうなんデスかねぇ。」

「数週間観察を続けてきたが、彼女は根っからのお人好しだ。ヒトを疑うことをしない。」ハルトは苦笑にも似たため息を付いて、付け加える。

「彼女は、この世界を救いたいと考えている。本心から真剣に、な。」




「うむ、良いコじゃな……」

更にダンダル国王の声が、二人の会話に加わった。どうやら、アーヤを召喚したあの三人で彼女について話をしているようだ。

本来なら自分の評価を立ち聞きなんてすべきでないのはわかっている。普段のアーヤならきっとその場を立ち去っていたことだろう。

しかし、三人の何かを隠している様子にアーヤはその場を後にすることができず、盗み聞きを続ける。

「この世界になんの縁もゆかりもない異邦の彼女が我らのことを案じ、救わんとしてくれている。……実に、良い子じゃ。」

しみじみとダンダル国王が呟いた。


「王よ、まさか臆したのではないデスよね?」ローリックの厳しい声。

「この国を救うためにはこうするしかないと、王ご自身が最終的に判断されたはずデスが……」

「分かっておる。前言を翻すつもりはない。」

苦悩に満ちた声で、しかしきっぱりとダンダル国王は答える。

「予言通りの前兆がここまで現れている以上、残念ながら冥王の出現は避けられん……そして、予言で示された冥王の降臨する地は、我が国グランツ王国。

貧弱な我が国の国力では、それに抗うことは難しいだろう。と、なれば……」

「冥王に恭順するよりほかない……と。」

言い淀んだ国王の言葉を、ハルトが苦々しげに引き取る。


思っても見なかった三人の会話。彼らに気付かれぬようにアーヤは自身の口を塞ぎ、必死に息を殺して身を縮める。

「そうデス。その恭順の意を示し、冥王の庇護下に入るための()()を我らは手に入れましタ。アーヤ……()()()()()()()()()()()。」




ひっと、思わずアーヤの喉から悲鳴が漏れた。

がくがくと身体が震えだす。慌てて自分の身体を抱きしめるが、身体はまるで自分のものではないかのように震えを止めない。

慌てて様子を伺う。幸い、向こうの三人は気付いた様子がない。少しだけ安堵するが、体の震えは一向に収まりそうにない。


「花嫁の血を捧げよ。汝、冥王の君臨を望む者なれば……」

ダンダル国王が誰にともでもなくつぶやく。


「ああ、私は臆さない。何万という国民の命を背負っているのだ。躊躇ったりなどするものか。

ただ……ただ、何も知らぬアーヤ殿には本当に申し訳ないと思っている。だからこそ、たとえ仮初であっても彼女には次の儀式までは満ち足りた生活をしていてもらいたい……」

それは、偽善であってもダンダル国王の心からの想い。




――王の悲痛な呟きに、長い沈黙が訪れた。


暫くしてハルトが咳払いをする。

「王よ、実はその彼女が乗馬の腕前を確かめたいと、遠乗りを希望しているのですが……」

「遠乗りか……」

しばし躊躇った後、ダンダル国王は頷く。

「良い、ハルトがついていれば間違いはないだろう。近くの村でも案内してあげなさい。……言うまでもないことだが、彼女の身辺には十分に気を付けるように。」

「畏まりました。」




その後、いくつかの言葉が交わされ、やがて声は遠ざかっていく。

気配が遠ざかって暫く経ってから、身を固くしていたアーヤはほっと息をついた。受けたショックの大きさに、手が氷のように冷え切っている。そっと手を擦り合わせて体温を取り戻そうとする。

脚がガクガクして、なかなか立ち上がれない。それでもここに居続ける気にはなれず、通路の壁を支えに一歩一歩、ゆっくりと戻り始める。


――()()()()()()


自室を目指しながら、アーヤは強く思う。……でも、何処に?

ここは、まるで勝手のわからない異世界。最初に出会った親切な人は、ただアーヤを利用しようとしていただけだった。ここから逃げ出したとしても、また同じ目に遭う可能性だって十分にある。


――それでも、ここに留まる訳にはいかない。

アーヤが死ぬことが、冥王の君臨……この世界の崩壊につながるのだ。ここでみすみすと死ぬわけにはいかない。


ちょっと前まで、自分は世界を救うのだと思っていた。救世主として力を尽くさねばと。

それがまさか、正反対の冥王を呼び出すための媒介、しかもタダの生贄だったなんて……


そこまで考えて、アーヤは顔を覆った。耐えきれず、嗚咽が漏れ出す。


……さすがのアーヤも、この時ばかりは前向きな気持になることはできそうになかった。







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