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12/22

12.外(と)つ者は災いの兆し 参


その日、キースは朝からぼんやりとした調子の悪さを感じていた。

なんとなく身体が重く、やる気が出ない。寝床から出ても、まだ夢の中に居るように足元がおぼつかない。

何気なく天井を見上げると、視界がゆっくりと廻り始め、くらりと目眩を覚えた。


何かがおかしい、とそこで思ったものの、風邪をひき慣れていない彼はそれでもいつも通りに外へと出掛けたのだが……しばらくすると重い頭の痛みまで自覚するようになり、さすがに自宅へと踵を返すことにした。


誰もいない自宅に一人で戻り、ふらふらと寝床へ倒れ込む。

あっという間に夢の中へ引き摺り込まれ……発熱による悪夢にうなされながら、彼はひたすら睡眠を貪り続ける。




――それは、何度目の目覚めだっただろう。

うつらうつらと浅い眠りの狭間で、キースは異様な音と気配に何気なく身体を起こした。


「……?」

まだ夢うつつのぼんやりとした頭で、違和感に首を傾げる。

体感としてまだ昼頃の時間帯だと思ったのに、外がやけに暗い。今日はそんなに天気が悪かっただろうか、と寝ぼけ眼で外へと目をやる。


……そこで初めて、青空を覆い尽くしている影の存在、こちらへと侵攻を続けている魔物の蝕に気が付いた。


それが何かを認識する間もなかった。思わず息を止めて、反射的に鎧戸を閉める。

ガタン、という音がして一気に家の中が暗くなった。外の光が遮られた家の中で膝を抱え、キースは一生懸命状況の把握に努める。


(しょく)だ、蝕が起きたんだ。お母さんたちは無事だろうか。)


どきどきと、自分の心臓がうるさいくらいに脈打っているのを感じる。


(多分、皆は壁の中に避難しているんだ。僕が家に帰ってるのを誰も知らなかったから、僕だけ取り残されたんだろう。)


非常事態に直面した時、案外子供の方が現実と向き合うのは早い。

取り乱したり余計なことに思考が逸れたりすることもなく、キースはあっさりとその事実を受け止める。


(もう、逃げ出す時間はない。それなら家の中に隠れていよう。)


即座にそう結論を出すと、キースはせっせと扉の前にバリケードを築き始めた。

少しでも籠城できるように、とベッドや机を扉の前へと引きずっていく。




――しばらくして。


(うん、これで大丈夫!)


と、キースが納得の表情で頷いた、その時。

――がたん、と扉が大きく揺れた。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




思わず凍りついた。

先程までの張り切った気持ちは、一瞬で霧散して行った。一歩も足が動かない。まるで、地面に貼り付いてしまったかのようだ。

それでもギクシャクとした動きで、キースは音がした扉の方向へとなんとか目を向ける。


今までそれなりに冷静に立ち回っていると思った自分の判断、行動はただの虚勢だったのだと、彼はそこで気が付いてしまった。

実際のところは「対策をしている」という自分の状態を精神の拠り所とし、死を目前に控えた現実から目を背けていただけだったのだと。


――蝕に呑み込まれて、助かるわけがない。


容赦ない事実に、打ちひしがれそうになる。


(それでも……それでも、バリケードで少しは時間稼ぎができるはず……!その間に何処かに隠れて……!)


そんな彼の必死な祈りを嘲笑うかのように、あまりに呆気なく目の前の扉が開いた。彼が必死で積み上げた障害物など存在していないかのように、いとも容易く。

と、同時に、大きな生き物が飛び込んで彼を押し倒す。


(あ……僕、ここで死ぬんだ……)


――諦めたキースがそっと目を閉じた、その時。


「君がキースだな?無事で良かった!」

押し倒された頭上から、魔物ではない人間の声が聞こえてきた。




恐る恐る目を開く。

キースの身体に覆い被さるようにして、若い青年がこちらを見下ろしていた。その後ろに何体かの魔物の死骸が転がっているように見えるのは……気の所為ではあるまい。


怯え切ったキースを安心させるように、目が合うと青年は人好きのする笑みを浮かべる。


「あなた、は……?」

「旅戦士のラグナ。あんたのお袋さんから依頼を受けて、ここまで来たんだ。あんたを迎えに行ってくれってな。」

「お母さんが……」


優しい母の姿が目に浮かぶ。

思わず目に涙が浮かびそうになり、慌てて乱暴に目元をぬぐった。


「でも、どうするのさ。外はもう魔物がいっぱいだ。僕たち、助からないんじゃないの?」

口をついて出たのは、不安から出る憎まれ口。ずいぶん後ろ向きな発言だが、厳しい状況なのは間違いない。


それなのに、ラグナは意に介した様子もなくふわりと笑う。

「なぁに、だいじょーぶ、だいじょーぶ。今回のしょくは斥候の呼び声に反応して発生したものだから、ヤツらは目的地目指して一心不乱だ。案外、足元への注意はおろそかなもんさ。――ま、おにーさんに任せなさいって。」


「にーちゃん……強いの?」

助けに来てもらってなんだが、目の前の青年がそんなに強いとは思えない。ラグナの態度は自信満々でも、信じて良いものか。


キースの失礼な言動に気を悪くすることもなく、ラグナは軽い調子で答えた。

「まあ……意外に、ね?」



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