八小節目:デェト
八小節目
服を探して数分後。
「うーん。お前にあった服ねぇぞ。諦めろ」
数分探して、ないのであればもう諦めた方が良い。
「あのさ、ずっとつっこまないであげたのだけれど、あなたはやっぱり馬鹿なのかしら」
「ん?」
疑問が浮かぶのも当然だ。何もした記憶がないのである。
「あなたさっきから、メンズのコーナーばかり見ているじゃない。私の服を探しに来たのよね?」
あ、何も考えてなかったことバレたわ。
「てへぺろ」
「か、かわいいわね///」
え、今の合格だったの?普通に自分でもキモいって思ったのに。あ、わかった、客観的にみたら可愛かったんだなそうなんだな!?俺はてへぺろの才能を秘めているのか。納得だ、実に納得だ。
「と、とりあえずレディース行くぞ!」
「もー、照れ隠ししないの!」
照れ隠しなんて幼稚なマネするか!
「いくぞ」
「えー、もっとメンズコーナーいたかったなぁ」
「なんでだよ、お前の服をみにきたんだろ?」
「パンツ見てると興奮するのよ」
こいつ、まじか。
「お前、変態だわ。極度の」
「変態で何が悪いのかしら?人の個性を尊重するのが今の日本社会ではないのかしら?」
だるい。まじでだるい。
「だから、早くレディースコーナー行くぞ」
「そんなにブラのコーナーに行きたいのかしら?」
ニヤニヤしながらいうな、気持ち悪い。
「ブラなんて見ても需要ねぇから。別に、帰っていいなら帰るぞ」
俺は少し強い口調で言うと、小雨は少し身を引いてしまう。
「は、はぃ、」
すると小雨は泣き始めた。と言うよりは、泣き真似を始めたと言った方が正しいのだろうか。
周りからはザワザワ聞こえてくる。
『うっわ、あの男あんな可愛い人泣かせてやがる。最低だな』
『なんであんな顔の形が頭おかしいやつが、あんな美女と一緒に入れるんだよ。あんなやつ、あの美女と一緒にいる価値ねーわ』
え、今のは傷ついた!顔の形が頭おかしいやつって!俺の親に謝れ!俺の父上と母上の『愛』が形になったものが俺なんだ。そうだろ?泣いちゃうぜ。
みたいなことを心から訴えていたら、小雨が話しかけてくる。
「なんであんたもしみじみ泣いてるのよ。しかも、私のは、嘘泣きよ」
「ごめん、もう俺、生きていけないわ」
「ちょっと何言ってるかわからないのだけれど、まあ行くわよ、時間がないわ」
手を引かれて、レディースコーナーに向かう。
途中、中国人観光客の波が押し寄せてきたため、小雨のおπに触れてしまうこともあったが、なんとか到着することができた。
「ねえ梅霖君」
小雨は不意に話しかけてくる。
「なに」
「下着みてもいい?」
「あのさ、男子と出かけてる時に自分の下着を一緒に探そうなんてやつがあるか?」
「まあいいじゃないの。どうせ梅霖君そういうの好きなんだし」
偏見がすぎるぜ。俺は小雨にどういう風に思われているのであろうか。
「下着見るんだったら帰るわ。じゃあね」
「ちょ、ちょっと!帰らないでちょうだい、!」
小雨がこんなに必死な顔は初めてみた。可愛すぎだろこいつ。
「じゃあ下着以外な」
俺が下着好きなのは間違いないが、好きだと思われたくないので、一応下着以外と言っておく。本当は見たかった。うん。
「わかったわ」
小雨が向かったのはTシャツコーナーだった。
「どれが似合ってる?」
部屋着のようなダボっとしたものをいくつか見せてくる。ベージュ、白、黒の三つのTシャツだ。
うーん。小雨は黒髪だから、黒Tになると、綺麗な黒髪が目立たず、もったいない。白は普通だし、
「ベージュかな」
俺はベージュをすすめる。
すると小雨はそのベージュのTシャツを持って試着室に向かう。
「試着室の前の椅子で待ってて」
言われるがままに、椅子に座った。
そして数分後。そこには美少女が立っていた。
「おま、小雨、?」
ただベージュのTシャツを着ただけである。なのに、この人はなぜここまで可愛くなれるのであろうか。露出度は控えめなのであるのにも関わらず、小雨のえっちーボディーが浮き出ている。これは犯罪。ツヤのいい肌の首元。綺麗な手首。すまん、服を見なければならないのに、何故だか体の方に目がいってしまった。申し訳ないね。
「可愛い、じゃんか」
「う、嬉しいわ…」
小雨は帆を染める。
「じゃあ買ってちょうだい?」
は?
めっちゃ可愛いと思っていた気持ちを返してくれ。いきなり可愛くなくなったぞこいつ。
しかも小雨は沢山の国際的なピアノコンクールで賞をとっているため、稼ぎまくっているはずである。金持ちのはずである。それなのに、金がない俺から金を巻き上げようとしてる。まるで悪魔だ。
「だめ、かしら」
小雨はもじもじして下を向いてしまう。
あぁくそ!
「その服貸せ。いくらだ」
小雨は俺の言葉を聞いた途端一気に目が見開き、とても輝いた目で俺を見てくる。明るい眼差しすぎて、その眼差しに殺されてしまいそうなくらいだ。
「買ってきてくれるの!?」
こいつは冗談で言っていたらしい。まさか本当に奢ってもらえるとは思っていなかったようだ。
「まあな。別にこれくらいなら奢ってやんよ」
小雨は元の服に着替え、試着した、まだ体温を感じる生温かい服を小雨から受け取る。
「じゃあ買ってくるわ」
「やった!」
子供のように無邪気に喜んでいた。
いつもは大人っぽいくせに、、くそ!可愛すぎるぜ。
ユニシロは良心的な価格のため、高校生でも普通に買える値段なので、まあ小雨にだったらと思いながら、レジの人に野口さんを一人ほど渡す。
「はいよ。これ」
「やった!大事に着るわ!一生の宝物よ」
「いやそんな大げさな」
「いいの!」
まあ喜んでくれたならよかった。
すると小雨はぼそっと言葉を放つ。
「ありがと、ダーリン…」
小雨の顔は赤い。しかし、何を言ってるか聞こえない。
「まあいいわ!次は本屋よ!」
次は本屋に行くらしい。一時間ほどスモシロに滞在していたので、時間は8時を回っていた。
本屋に着くと、小雨は夏目漱石コーナーに向かう。
手に取った本は『坊っちゃん』だった。
「なんで坊っちゃんなんだ」
俺は小雨に話しかける。
「私、坊っちゃん好きなのよ。幼稚園生のとき、私は周りの子たちからいじめを受けていたの。そんな時に読んだのが坊っちゃんだった。最後赤シャツと、のだに仕返しをするところ。坊っちゃんと山嵐が勇敢で、私もこんな勇敢な人になりたいって思って。ずっと憧れているの」
「そうなんだ。たしかに、このシーンは激アツだな」
まさか小雨がこんなことを考えているとは知らなかった。
小雨はその『坊っちゃん』をそのまま手に持つ。
「買うのか?」
俺は小雨に問う。
「買うわ。坊っちゃんは家に五冊ほどあるけど、全部編集者が違うから中身もちょっとずつ違うの。これは持ってないから買うわ」
ほー。よくわかんねー。
よーし。じゃー俺も本みるかー。ってありゃ、手が塞がっていて本を取れない。そう、先ほど買ったモナカの大量の残骸と大量の鹿児島茶を持っていた。それに追加で先ほど買った小雨の服も持たされている。あぁぁ紙袋ってまじでかさばるなぁ。
時刻は8時を回っているにもかかわらず結構人がいるのでその大量の荷物たちは、たびたび対向者にのまれてしまい、「すみませんすみません」と謝る羽目になっていた。
「小雨、俺荷物いっぱい持ってるし、邪魔になるから座っててもいいか?」
と問うが、刹那、
「だめ。もしどこか行ったらシベリア送りにするわよ」
と、旧ソ連のある独裁者のような発言が返ってきた。
はぁぁぁぁぁ。もうどうにでもなれ!
その後、すべてのフロアをまわり、俺の手には坊っちゃんと、重い画集が五冊加わる。
あのー、小雨さん、重いんですけど。
と、言いたいところだが、小雨の気分を害するとシベリア送りにされてしまいそうなので、言わないことにしておいた。
「もう9時だから帰りましょうか」
たしかに、明日もは学校だし、ここは帰っておくことが妥当の選択だと思った。あまりデートっぽいことはしていないが、付き合ってもいないので、別によしとしよう。
「あぁ、帰ろうか」
俺らは新宿を出た。
あくる日の朝。
学校には秋霖がいなかった。
発熱か?
と思ったが、その予想はHRの担任の先生の言葉によってかき消された。
「突然ですが、木枯秋霖君は転校しました」
へ?