病弱なまおうのむすめつかまえたけど、俺の手には負えないので、誰かどうにかしてください。 7
目を覚ましたとき、天上がぐるりと回るような気持ち悪い感覚に襲われた。
だるい。上も下も分からない。
でも、ネグリジェが汗ばった体に張り付いて気持ち悪し、熱い。
「う…………。」
唸ると頭が痛かった。
久しぶりに高熱が出ているようだ。
口元に手をやり、唇を手の甲で拭う。
ピンクの色は付かなくて、紅がどこかで落ちてしまったことが分かった。
だれか、いや、何かが掻き消してくれたような気がした。
魔王の娘でもあり、気持ち的には勇者の娘でもあるのに。
情けないなぁ、と思う。
体が弱いのは仕方がない。でも、少し熱が出ただけで心細くてどうしようもなくなるこの心は、自分でも嫌になる。
もっと、二人の父のように堂々としていきたいのに。
それが叶わない自分には不甲斐なさしか感じなかった。
そうして何度も自分を責めては、拭ってくれる人もいない涙を流すのだ。
「目が、覚めたのか。大丈夫か。」
「デリス………」
隣に座ったデリスの冷たい手が額に置かれる。
気持ちがよかった。
まだ、朝のこないこの時間、部屋の中は暖炉の明かりだけで、薄暗かった。
その闇が私の秘められた涙を隠してくれた。
「具合が悪かったなら言ってくれ、帰ってこなくて心配した。」
「………ごめんなさい。でも、じぶんでもわからなくて。」
「そうか、気付いてやれなくてすまなかった。」
「謝らないで。」
出ていったのは私のかってなのに、謝られると悪いことをしたと思う気持ちがさらに重くなった。
腹に鉛を詰め込まれたみたいだ。
重たくて辛い。
吐き出したいのに、そこから動かない。
「………おばさん。謝らなくちゃ。」
「そうだな、俺が行くまで介抱してくれていた。」
「うん。」
居心地が悪い。
何を言えば良いのか分からない。
熱に酔って、そのまま意識をなくせれば楽なんだろうけど、なんだか、頭が痛くて逆に意識がはっきりとしていた。
「デリス………嫌なら投げ出しても良いんだよ。」
静かな時間を切り裂くそうに吐き出された言葉は、私の切ない本心だった。
いつか、見限られると分かっていながらここで過ごしてきた三年間、ずっと言い出したくて、でも言えなくて、心の内に仕舞い込んで、笑顔で封をしていた言葉。
こんなところで溢してしまうなんてと、頭を抱えたくなった。
実際には、怠くて指一本動かせなかったが。
「何のことだ。」
「私のこと、大変でしょ。結婚もしていないのに、子供育てるなんて、そもそも何かが間違ってたんだよ。」
自傷気味に吐き出した。
私と共にいることが間違いだったのだ。
お荷物でしかない、私と。
そうだな、と一言、見放して欲しかった。
「ミミィは、俺に育てられるのは嫌か。」
帰ってきたのは、意外な言葉だった。まさか、質問で返されるとは思わず、言いよどむ。
熱に魘されていたからか、よく考えられない頭は、気持ちをそのまま吐き出していた。
危険なほどに正直に。
「嫌じゃない。逆に私はこの生活が好き。」
「ならいい。俺も同意だ。」
目にかかった前髪を、デリスがそっとどけてくれる。
愚かにも私は、そこに愛というものを感じてしまう。
彼からの愛も、自分の愛も。
でも駄目なんだ。
私の愛は、誰かを縛り付けることしかしない。
「ふっ………」
笑い声が漏れた。
頭が痛い。眼球が変な圧力を感じる。
そっと目を閉じた。
痛いなぁ。
あちこちが痛い。
どこもかしこも、痛みを感じないところが無いくらい痛い。
でもそれ以上に、
掻きむしりたくなるような嫌な感覚がある。
胸が、胸の奥の奥が。
こそばゆいような苦しいような。
不快感。
「駄目だよ。デリス。私はを救おうとしないで、それで人生を棒に振った男を私は見たんだ。」
「……………。」
語るつもりなんてなかった。
長々と話すのは嫌いだし、聞いてくれる相手もいなかったから。
でも、言わなくちゃ、この苦しみがなくなることはないって分かってたから。
「父を……魔王にしたのは私なの。生まれてから二ヶ月目で、私は生死の狭間を彷徨った。理由は分からない。この世界に体が同調しきれていないみたいに、痛みと熱が引かなかった。父と母はそれは心配してくれたよ。でも、その二人しか心配しなかった。魔族の間では、体の弱いものは殺して当たり前。足手まといになるくらいなら、首をかききって肉を食らう方がよっぽどよかった。実際、病に倒れた人を他人が殺しても罪には問われないどころか、推奨されていた。私のことも、殺して当たり前だと皆思っていたよ。」
その頃のことはじつはあまり憶えていない。
でも、いつか、酔っ払った父がぼやいていた。
あの時助けたから、俺はここにいる。俺はまだここにいなくては。と今は亡き母に話し掛けていた。
一人玉座の上で泣きながら。
ドアの隙間からそっと覗いたあの時、開けよってあげられたらどれほどよかっただろう。
泣かないでって言ってあげられていたら。
後悔はいつだってやらなかったことにするらしい。
「それでも私を生かしたかった父は単身王宮に忍び込み、寝首をかいた。そんなこと誰も出来ないと思っていたから、誰もが驚いた。でも父はやってのけた。方法なんて簡単なの。その王も、就任してから長かったから、ただ一言、言うだけでよかった。助けてやるって。」
***
長くなるので切ります。