病弱なまおうのむすめつかまえたけど、俺の手には負えないので、誰かどうにかしてください。6
それを渡されたときは、嬉しさと、戸惑いが半々に訪れて、胸が苦しかった。
干し肉にするために狐や狸を狩って帰ってきた家には、イスに座ってお茶を啜るデリス。
その手元に置かれた箱。
「ただいま。」
「ああ。今夜は干し肉作りだな。」
「うん。手伝う。」
ラッピングされたそれが置いてあっても、気にも止めなかった。
勇者は止めたとはいえ、時々、王都から何か届いていることは知っていたから。
きっと、一緒に冒険をしていた魔法使いからの贈り物だ。
その時もそう思っていた。
だから、「ミミィ。こっちへ来なさい。」と言われたとき、私はなぜ呼ばれたかの見当も付かず、ただ、洗った手をエプロンで拭いながら近付いていった。
「なに?」
「これは、お前にだ。」
「え?」
差し出された箱を手に取る。
軽い。
「開けてもいい?」
「ああ……。」
何が入ってるかも想像が付かなくて、ただ、デリスが渡してくれたのだから、危害はないだろうと、根拠としてはいまいちな根拠で箱を開いた。
中から出てきたのはバラの形を模った銀のケース。
蓋を回して中を見る。
「!!デリス。これ、」
「ああ、良い色だな。レジーナに頼んでよかった。」
紅だった。
赤と言うよりピンクに近い柔らかい色だった。
化粧品なんて渡されたことなかったからどうすれば良いか戸惑う。
とりあえず、蓋を閉じて箱の中に戻す。
「これ、どうしたの?」
「お前にだ。もうちょうどいい歳だろ。」
「………。うん。ありがとう。」
自分の気持ちに悶々としながらお礼を言った。
この前、食卓で断ったのは、別に興味がなかったわけではない。
美しいという感覚はあるのだから、自分をより美しく飾りたいという欲はある。
ただそれが、ずっと子供でいたいと、ずっとこの生活を続けたいという気持ちより、何倍も何倍も小さいものだったのだ。
これを受け取ったら、大人になってしまう。
何個を考え、自分で動いて、
親から離れなくてはならない。
一人目の親を失った時点で私は、知っていた。
親という暖かさを失うことの恐怖を。
心が凍り付くような孤独を。
次は、大切にしたい。そう思って、ずっと子供でいたいと思っていた。
「ねえ、短剣は?」
「………気付いたのか?」
「分からないと思った。何時も腰に差してたじゃない。………売ってこれ買ったんでしょ。」
「ああ。それだけの価値があると、思ったから。」
「そうなんだ。」
まさか、お守りとしての意味さえある刀を売ってまで、紅の用意をされるとは。
これではまるで、早く大人になれと言われているようだ。
………、まあ、そうだろうな。
折角、魔王を倒し、勇者という何時も死と隣り合わせのこの世で最もブラックな仕事を止めたと思ったら、この世で二番目に過酷な仕事の子育てが始まるのだから。
どちらも、得るものは多く、失うものも比例して大きいものだ。
上手いこと言った。
「あまり、嬉しくないか?」
「ううん。嬉しい。」
私は、箱からケースを取り出し、蓋を開けると、薬指に紅を取る。
鏡も使わずに、唇にそっと指をそわせた。
「へへ。これでどう?」
「………ああ、いっぱしの女だな。」
「やだなぁ。私は私。森の中で遊び回って疲れて倒れる病弱で目が離せない私だよ。」
女だって言われるのは嫌だ。
女である前に、デリスの娘でありたかった。
それは、どうしても無理なことだが。
なんだか、居たたまれなくなった。
「あー、私、森の中にハサミ置いて来ちゃった。取りに行ってくる。」
適当に理由を付けてここから離れたくなった。
娘でありたいとか、ずっと一緒にいたいとか、こんなに女々しいことを考えてしまう自分が嫌で、いつ言葉に出してデリスを困らせるかと気が気でなかった。
「もうすぐ日が暮れる。明日でも良いんだぞ。」
「夜露で濡れて錆びちゃう。森の入り口だから大丈夫、すぐ戻るよ。」
スカートを翻して走り出していた。
「あった……」
ほんとはエプロンのポケットにあったハサミを、わざとらしくしゃがんでから取り出し、さも今見つけたかのように呟く。
そうすることに意味はないが、何となくそうしなくてはいけない気がして。
そうすることで自分の罪の意識がほんの少しだけ薄くなるような気がして。
「何やってるんだろうな。」
呟いたら本当にそう思えて。
胸の奥がきゅっと痛くなるような、喉の奥が熱くなるような気がした。
「あら、ミミィ。まだいたの?」
「あ……テナおばさん。」
声がして振り返ると、薬草の入ったかごを持った見知った顔があった。
村に住む料理上手のおばさんだ。
「もう直ぐ暗くなるわよ。早くデリスさんのとこ戻りなさいな。」
「うん。あー、いや、もう少しここにいる。」
「そう。あら紅なんかさして、どうしたの?」
「あ………気付いた?」
「ええ。可愛いじゃない、良い色ね。それ付けて、うちの店に働きに来てくれない?なんてね。」
「ははっ……それも、良いかもね。」
ハサミをポケットにしまうと、立ち上がった。
「私なんかで良いなら、いつでも働くよ。紅ももらったし、いつまでもデリスの世話になってもいられないし。」
「あら、親の心子知らずね。」
あはは、と笑うと籠の中の薬草の束を一束渡してきた。
香草としても使えるものだ。
「何度かあなたを働きに寄越してくれないかって言ったのよ。でも、デリスに止められてるの。」
「は?なんで?」
「あなたを働かすくらいなら、自分が働くって。」
「でも、デリスの仕事は。」
「ええ、勇者の仕事はない方がいいのよ。魔王がいないほうが、この世界は平和なんだから。でも、唯一、彼等からしたら魔王は必要不可欠のものだったのよ。」
「………ふぅん。おばさん。今度働かせてよ。こっそり来るから。」
「あなたがいいのなら、明日からでも。」
「あー、明日は無理かも。」
おでこに手を当てる。
やっぱり。と笑うと、私はその場に倒れた。
***
こんにちは。まりりあです。
この子は、親を殺した男ですら一緒にいて欲しいって思うくらい孤独な存在だったのでしょうか。
魔王は近くに置いていたけど、果たして好意を表に出して表してくれていたのか。
そこは分からないですが、10歳の子供が親を殺されるって、嫌な話だと思いました。書いたの私だけど!
だって、悲劇も喜劇も大袈裟くらいが面白い、それが物語だもん!むん!
少なくとも、魔王はこの子のことを本気で愛していたのですよ。
その話は、もう書きましたっけ?
書いてなかったら書きますね。
では、またの機会に。