病弱なまおうのむすめつかまえたけど、俺の手には負えないので、誰かどうにかしてください。16
冷たい水が、ぼやけた頭をはっきりとさせてくれた。
私は……ここに来たのは。
木陰に頭だけ入れて、倒れ込んでいた。
何日も変えていない服は泥だらけで、所々ほつれている。
髪も、先ほど川で洗ったからびしょびしょだ。
服も洗えればいいのだが、流石にどこで誰が見ているかも分からないここで、裸になることは出来なかった。
恥ずかしいもん。
何日もまともな食事は取っていない。
ところが不思議と腹は空かなかった。
頭は霧がかっているのに眠気とも違う。
これは……
病気かも知れない。
うわっ……きっとそうに違いない。
どーしよ、やっぱり?
私もとから病弱だし。
このまま死ぬのか!
『違うわ!このバーカ!!』
「うひゃぁ!!」
耳元で大きな声がして驚きに腰を浮かせた。
「な、な、何?何々?」
『そんな驚くな、また発作でも起こす気か?』
「え、えー…」
『急にテンション下げるな!』
「え、誰、怖っ……」
『はぁーー』
頭を振っても、耳を塞いでも声は消えない。
と言うか、周りの音が聞こえなくなる分、大きく聞こえるようになる。
まるで…頭に直接話し掛けているような……
「あー、私ついに幻聴を……」
『幻聴じゃない!』
「やだやだ、体だけでなく心まで病むとは…」
『正常だから!成長だから!』
私と同じ声の女の子の声が頭に響く。
だがしかし、幻聴としか説明のしようがなかった。
後は……遠隔コンタクトの魔法?
そんなのあるのか?
『違う!私はあなたの中にいるの。』
「……寄生虫か!!川の水飲んだから……あー、母様、父様、デリス、私は寄生虫に食い尽くされて死ん……」
『違う!違う!!私が虫だって?!とんでもない!私が虫ってことは、あんたも虫だからね!』
「いや、私は虫ではない。」
『じゃあ、私も虫ではない。』
「いやいや。」
『え、なんで?何度そんなに私を虫にしたいの?』
虫だ虫じゃないと、謎の言い争いが続く。
世界一無駄な時間である。
「で、ホントはなんなのよ?」
『え、急に真面目になるの止めてよ。さっきも言ってたけど、私はあなた。』
「よく分からないわ。私は私だけじゃないの?」
『ミミィは私とあなたの二人いるの。あなたは人間のミミィ。私は魔族のミミィ。』
「はい?」
本音、
この寄生虫、何言ってんだろう。だった。
それもバッチリ気付かれたが。
『今、寄生虫って呼んだでしょ。』
「いーや?」
『嘘つくなや。』
「付いてません。」
付いてるけど、
「とにかく、その人と魔族のミミィってどういうこと?」
『そもそも人と魔は相容れぬもの。そこで私が生まれた。ミミィという器の中で、双子のような二つの魂を持つことで、均衡を保っているの。』
「均衡?」
『つまり、人と魔の肉体を掛け合わせた私達の体は魔には脆く、人には強い、あなたがいつも肉体を動かしているのは、私が入れ物を壊さないため、あなたが生きていられるのは、私がうちの力を抑えてるため。そういうことよ。』
「ふーん。」
よく分からない。
とにかく、そう言うことらしい。
あの、あれだ。
そんな寄生虫もいたよね。
『今後一切の寄生虫に例えること、さらには寄生虫の言葉を出すことを禁じるわ。』
「言ったら?」
『夜中に脳に直接話しかけ続ける刑。』
「眠れない。」
『そゆこと。』
この子に、冗談は通じなさそうなので、そろそろ本題に戻ろう。
これ以上巫山戯ると、怒られそうだ。
「で、なんで急に出てきたの?」
『別に、出てこなかったわけじゃないわ。いつも話し掛けてたのに、あなたが聞き取れなかっただけよ。』
「ごめん。」
『別にいいわ。こうして、今は互いに話せるんだし。』
「うん。」
初めて会って、初めて話して、でも、ずっとこうしていたような気持ちになった。
もしかしたら、聞き流していたのかも知れない。
いや、聞こえてなかったけど、その感覚だけは感じていたのか。
懐かしい。と言うより、慣れ親しんだ感があった。
父が殺され、デリスと二人きりになった当初、私は恐ろしいほど孤独を感じていた。
今も感じているこれが当時は痛く苦しく辛く,とにかく、いやだった。
その時に、今みたいにこの子の声が聞こえていたなら、
その孤独も少しはましだったのかも知れない。
デリスへの信頼から温かみを知った今、当時以上の孤独の渦。
だからこの子は来たのだろうか。
いや、この子の声を聞けるようになったのだろうか。
二人で助け合うために。
「えへ。お姉ちゃんが出来たみたい。」
『ああ、可愛い妹よ。姉の言うことを聞きなさい。あなたに、言いたいことがあったのよ。』
「何?」
『あのね。そろそろ思い出したらどう?』
「何を?」
『あなたがなぜデリスの元を離れたか。』
「それは……」
思い出すどころか、忘れたこともない。
それだけが私をここまで連れてきた大きな力なのだから。
「私は、デリスを殺されないために。デリスが魔王と戦わなくても良いようにここへ来た。」
『……そうね。……そうよねぇ……あなたにもう一つ、言いたいことが出来たわ。』
「何?」
『あのねえ。』
私はこの後、耳が痛くなるほどのもう一人のミミィの声に、顔をしかめることになる。
『この………馬鹿者!!』
「ひっ………なん、なんで?」
『バカ!バカなの?バカでしょ!このバカァ!!』
「なんでそんなに怒ってるの?」
『自分を卑下に見るのもいい加減にしなさい。それで人が傷付くことに、あなたの頭なら考えれば分かるはずよ。でも考えを放棄してる。放棄は怠惰。怠惰は堕落よ!』
***
長いんで、次回に続く。