9、それが私
若いというより幼いという言葉が似合うその女性は実治の近くまで歩み寄るとゆっくりと口を開く。
「……久しぶり。」
その言葉に実治は頭を傾ける。
僕は彼女を知っているか?彼女の名前は?などと自分に問いかけても返ってくる答えは全てNO。僕は彼女を知らない。と、いうかこんな豪邸に住んでいる人間と見知った関係なら早々忘れるはずがない。
しばらく黙ってると少女は話を続けた。
「久しぶりっていうのは、少し違う。少し前の夜に……私、ぶつかった。」
その言葉を聞いて少し前の記憶がよみがえる。
そうか、涼を探していたときにぶつかった少女。あの時は焦っていたことや薄暗かったこともあり、姿を確認している暇はなかったが、恐らくこの子とぶつかったのだろう。
「また出会った、から……少し、話がしたくなった。それだけ。ふぅ……たくさん話すと疲れる。」
あまりたくさんとは言えない言葉を話しきると少女は軽く息を吐く。
「少し話がしたくなった?なぜ?」
「……答えない。」
これでは話したいのだか話したくないのだかわからない。僕としてはいかにも怪しいから理由が知りたいのだけど、この様子じゃ多分黙っているだけだろう。
「じゃあ話題を変えようか。と言ってもまずは自己紹介からだね。僕は世一実治、大学生で……」
少女は月鐘雲雀と言うらしい。会話を交わす限り、とても頭の良い少女だ。年はわからないが見た目から判断するにまだ小学生だろうか。人と会話することになれていないらしく、短い言葉でしか会話をしない。そして時々、こちらの質問に対して黙る。その後、答えを出すこともあれば、諦めたように他の会話を催促する。家庭や周囲の友人に関することは確実に黙る、恐らくそのあたりがコンプレックスにでもなっているのだろう。
「ありがとう、楽しかった……?うん、楽しかった。またきてほしい。」
雲雀ら自分が口にした言葉を確認するように復唱した。どうやら満足したようだ。ただよくわからない少女の話し相手一人になった実治からすれば勝手に満足しただけだが。
……いや待て、またきてほしい?
「なぜ僕がまた来ないといけないんだ?」
ほとんど質問を投げ掛けてきただけの実治が更に質問を追加する。少しした後に少女は答える。
「それが……私、だから。」