5、おはなしのじかん
この声をどこで聞いただろうか、どこで聞いたか思い出せない。涼は人の影をじっと見つめるが薄暗いその空間では人がいる以外の情報を得ることができなかった。
「君のことが気になってね、だから少し話をしようじゃないか。」
話をする…?冗談じゃない、自分を殺すかもしれない人間と話なんかしてられるか。
「…黙っているのならその体と話をするよ。少しずつ少しずつバラバラにして答えてもらうさ。」
その言葉を聞き涼は背筋が凍った。そして間近に迫った死を少しでも遠ざけるべく本能的に口を開く。
「わかった、話をするんだな。お前…あなたは何を知りたいんだ?」
その言葉を聞き、人の影はなにかに腰をかけた。そしてゆっくりと口から音を漏らす。
「初対面で…君が友人と話しているのを見て君は話し上手だと感じた。それに対して自分は口下手なところがあってね。同じ人間なのになんでここまで差がつくんだろう?何か特別なものでも食べてるのかい?」
初対面で…やはり俺とどこかで会ったことがあるようだ、だがどこで?
「特別なものは食べてない。話し上手っていう印象を持つのは話し方の問題だと思う。」
相手を刺激しないよう言葉を選んで話す。
「話し方の問題…それはどういうことかな?話し方で話し上手かそれとも口下手か変化するとでも言いたいのかい?わかりやすく説明してほしいな、そうしたら自分も納得できるかもしれない。」
人の影はまるで意味がわからない、といった口調で返す。それに対し涼は一つずつゆっくりと説明を加えていく。
「話し上手って思われる人間は言いたいことを何回かに分けて話す。そうすると会話が長く続くから良い印象を持ってくれる。」
縄を解こうとゆっくり手を動かすが、縄が緩む気配はない。死という結末を回避する希望が崩れていき、焦りが加速していくのを感じる。
「そうなんだ、それは知らなかった。会話の回数を増やすと印象が良くなるんだね。そんなことを知ってるなんて君は頭も良いみたいだ、ますます中身がどうなってるのか興味が湧いたなぁ。」
人の影は少し黙ったのちにああ、こういうところか…と自分の言葉の長さを確認する。
涼は自分の発言で更に死が近づいたことを実感した、そして補足する。
「俺は頭は良くない。今のも、友達の言葉を借りただけで…」
涼の補足が終わらないうちに溜息の音がして、その後小さな舌打ちが聞こえてきた。
「それはあの無口な人間か…。嫌なんだよね、君みたいな子があんな奴と一緒にいて楽しそうにしてるの。」
明らかに苛々した声とともに人の影が立ち上がる。その手に持っているものが自分の肉を刻む物だと理解するのに時間は必要なかった。
影が涼を複数の肉の塊にしようと片膝をついたとき、ふと覚えのある香りが漂ってきた。強い苦味とほのかに感じる酸味の匂い、その匂いをスイッチに涼の記憶が覚醒する。
「喫茶店のマスター…。」