11、受け入れてるつもり
実治が初めて豪邸に訪れて数日。大学では相変わらず興味の湧かない文字列が出力されている。
「月鐘雲雀……何者だ?」
実治はあの日見た光景を思い返す。興味本位で開いた扉の先には老人が一人。横になっていた、酸素マスクをつけていた、こちらに意識を向けなかったことは遠目でもわかった。おそらくは何かの病気なのだろう、勝手に推測した。と、すれば扉越しに聞こえてきた物音は、その老人が咳き込んだ音と考えるのが無難か。
気づくと実治は豪邸にいた。いろんな感情が入り乱れ、その中でも特に恐怖は大きかったが、それを興味が上書きしてしまった。
「いくつか聞かせてくれ。」
「……何を?」
「色々だ。」
以前のように部屋に案内されるやいなや、実治は口を開いた。
「お金持ちなの?」
「……なんでそんなこと話さないといけないの?」
「豪邸に住んでいるにしては使用人が少ない。僕が見たことあるのは一人だ。手入れについても、必要最低限の場所しかしていない。最低限の場所しか出来ていない、が正しいのかな。他にも僕のイメージする豪邸と矛盾するところがいくつかある。」
「……別に……イメージはイメージでしょ。」
多分月鐘雲雀という少女は僕にたいして興味はあまりないようだ。会話こそすれ、態度にそれが出ている。
「……前回の帰り際、横になってるお爺さんを見た。」
無表情だった雲雀の顔が少し驚いたように見えた。
「ベッドで横になって、医療とかで使われるマスク?をつけていた。あの人は誰なんだ?」
雲雀は黙っている。途中何度か口を開いたが、その度に空気が漏れた。一方実治はというと、相手の反応を見て不快にさせたことに気付き反省していた。自分の中での疑問を解決するために他者のことを考えないのは悪い癖だろう。質問を変えよう、空気を変えよう、そう思って、顔を上げたとき。目の前の少女は立ち上がっていた。
「ついてきて。」
短く発された言葉の後に、少女は歩き出す。無言でついていく実治。扉がしまる音、廊下を歩く2つの足音、扉を開ける音。辿り着いたのは話にあった老人の部屋。
「この人はね、私の祖父。お爺ちゃん。……誤嚥性肺炎って知ってる?」
「食べ物や飲み物が肺に入って引き起こされる病気……で合ってるかな?」
「そんな感じ……正しくは気道に入ってそこから細菌が肺で炎症を起こす感染症、だけど。」
実治は息を吐いた。それは雲雀が多くを語っていることについてもだが、誤嚥性肺炎というものに対して詳しかったことについても驚きを隠せなかったからだ。実治の反応など気にしないように少女は続ける。
「これは年を取るとよくあるものらしくて。……それはしょうがないって受け入れてる。受け入れてる……つもり、だけど……私は、お爺ちゃんが好きだったから……」
受け入れてるつもりだが、受け入れることができない。そんなところだろう。大学生の僕でもそういうものは受け入れられないさ。ましてや雲雀はまだ幼い、気丈に振る舞っているようだが結局は子供。残酷な現実を見るのが怖い、あるいはその先のことを想像してしまったんだろうな。
先程失敗をしたところだ。実治はそれを口にせず、少女の言葉を聞いていた。
「だから、私がここにいないといけないの。お父さんもお母さんもあんまり帰ってこないから、私が、ここで、お爺ちゃんと一緒にいるの。……少し話しすぎたかも。今日はここまでにしましょう。」
足早に部屋を去っていく少女の姿は実治の目には泣いているように見えた。




