那須明日香という少女
とある家庭の夕飯時――怒声と破壊音が響き渡る。
「だからいちいちうるっせぇんだよっ!」
声そのものは可憐な少女の声だが、とても少女の吐く言葉ではない。ポニーテールの少女は握り込んだ己の拳を母親に振りかざして殴りかかる。ドス、ドス、と二度ほど人が殴られる重い音がした後に、強く何かを突き飛ばすようなドンッという音。
「またやってんのかよ!いい加減にしろ!」
「いでで…てめえっ、何しやがるっ!弟の癖に!」
一人の少年がそこに介入し、少女の方を力の限り吹っ飛ばしたようであった。更にもう一度、続けざまに少年が母を庇うような立ち位置で構え、拳を握り込んで見せると、少女は怯んだように足をすくませて一歩下がっていく。
「仮にも女に手を上げるのか?どういう育て方されてきたんだよ」
「姉は女じゃないよ」
「クソったれ、言いやがるぜ」
心底嫌そうな顔をして吐き捨てながら、イラつきを隠そうともせずに自分の部屋のある2階へとドタドタ音を立てて上がっていく。こういう光景が割とこの家では日常であった。
さて、それはさておき皆さんは男女貞操逆転世界というものを知っているだろうか?
男が女に対して劣情を抱くのではなく、女が男に対して情欲を抱くのが普通という世界。エロ本といえば女性向けに男性の裸体等が描かれたものを指し、性犯罪といえば女性が加害者、男性が被害者であるものという。異性とエッチしたいというパトスは圧倒的に女性の方が上。特に女子高校生は一番飢えてるだのといった具合だ。
貞操以外にも逆転している項目はあれどそれは同じ貞操逆転世界ネタであっても作品によるので作中にて追々。そんな、貞操が逆転した世界に来てしまった一人の高校生のお話
「落ち着きましょう、私」
時計を見れば20時50分。夕食の後部屋に戻って急に眠気が襲ってきて……目が覚めたらそこは見覚えのない部屋なのに自分の部屋だと認識してしまうおかしな部屋。
「基本的な部屋のつくりは同じ…テレビがつけっぱなしね……あら?うわっ!」
思わず声を上げて口をふさぐ。テレビに映っているのは本来ありえないような映像。まず間違いなくモザイクなり修正が入るような異常な光景であった。
「男の人がこんな裸……うわ、うわあ……録画録画」
“彼女”の価値観からすれば男性が上半身もろ裸でテレビに映るのはちょっとありえない事だ。それが、今のテレビにはどこかの南国リゾートでイケメンの男性アイドルグループが際どい海パンで笑いながら馬鹿騒ぎしている。“彼女”の反応は正に男子高校生が深夜のアダルトなお色気番組を見た時のようなそれである。
“彼女”は貞操逆転世界から貞操非逆転世界へ迷い込んだ来訪者である。もっとも“彼女”からすれば自分が普通の世界から貞操の逆転した世界に迷い込んだ風に思っているのだが。
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那須 明日香。この覚えやすいのか呼びにくいのか分からない名前が私の名前。
そして貞操逆転世界に足を踏み入れた女子高校生2年。
外見?長い髪の毛と並より大きい自信のある胸以外は特筆するような特徴はありません。あとは雪国っぽい顔とか言われたくらいね。どんな顔よそれ。
元の世界では地味で面白くもない女として彼氏もできず処女のまま生きてきたけど、こんな私でもちょっと要領よく立ち回ればモテモテの性欲充実ライフが送れるのが貞操逆転世界だと言う事は知ってるわ。以前読んだマンガではそういうお話だったもの。
元の世界では女が男を求めてギラギラしてて、例え冴えない男でも現役高校生というだけで付加価値がついてたけど、逆転した世界だと私みたいなパッとしない地味女でも女子高校生っていうだけで引く手あまたになるらしいわ。
同級生の男子達は異性とエッチしたがってるエロザル揃いであるということ。ちょっと誘えばほいほいのってくるに違いないわ。そんな事してたら尻軽とかビッチとか言われるのだろうけど、女子高生と書いてエロザルと読む(※貞操逆転世界基準)私はそのくらいじゃ止まらないのよ。
よっし、よっし、やるわよーっ!
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「現状を脳内で整理してみたわけだけど」
“彼女”改めアスカはあれからテレビとネットと部屋にある雑誌を閲覧して情報を収集し、自分が異世界に転移したという結論に達する。普段からそういった小説等によく接しているだけに飲み込むのは早かった。普通はもっと慌てるものなのだろうが変な所で肝が据わってるのもアスカの長所の一つである。
「とりあえず、明日学校に行ってからが勝負ね。調べものしてたら時間があっというまに過ぎてしまったわ…そろそろ寝ないと明日に響くわ」
異世界ライフを満喫する事を夢見て就寝――
翌朝
「あ、おはよう、お父さん、お母さん」
まだ朝早い時間にとん、とん、とん、と階段を下りてくるアスカ。藍色のブレザーという指定制服をきっちりと着こなし、少し窮屈そうにしながら食卓につく。両親が妙な表情をしていたが、アスカとしては深くは気にしなかった。
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貞操が逆転した世界っていう事は、男女の役割や立場も逆転してるところもあるのよね。変な顔をされたけど、この世界の「女」として何か不自然な振る舞いがあったかしら?
あまり深く考えてもしょうがないわね。さっさと朝食食べちゃいましょ。こっちの世界でも我が家はパン食なのね。サラダと目玉焼きもまあまあ美味しそうね。食事の味は変わってないといいのだけど。
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両親の奇妙な視線を浴びながらもなるべく自然体を装うとする事に集中するアスカ。いつものようにパンを自分でとってトースターに入れ、電気ケトルで湯を沸かす。
「お父さんとお母さんはコーヒー飲む?ついでに淹れるわよ」
「え?いや、いい…」
「アスカ、私達にそんな気を遣わなくていいのよ」
「そう」
なんともいえない張りつめた空気に思わず目を泳がせるアスカ。何か失敗したのではないかと思いながら、できるだけ両親と目を合わさないようにさっさと朝食を食べていく。
「ん~……香ばしい…」
今日のトーストの焼き加減はかなり自分の好みに合う塩梅で思わず声を漏らしてしまうアスカ。サクサクと軽快な音を立ててパンを食べる間も全く家族間の会話はない。
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沈黙が辛いわ。そもそも元の世界でもそんなによく話す方でもないし、こっちの世界の私もこんなものなのかしら?きっとそうね。私が意識し過ぎたのよ。自然体でいいのよ自然体で。よっし、よっし!
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緊張していた彼女は結局気づかないまま登校する。椅子や机や壁、床にやたら傷が多い事。両親の顔や手などに真新しい怪我が多い事に。
「あれ?姉貴もう行ったの?やけに静かだからまだ寝てると思ったんだけど」
「ああ…将来か。明日香がな、何もせず普通に学校に行った…」
「……悪い物でも食ったか?」
「さあ……暴れないのはいいんだが薄気味悪いよ」
学校にて―
「学校の授業もそこそこ乗り越えたし、さあここからが本番よ」
鼻息も荒く、ムッフーという効果音を出しそうな表情だ。同級生に声をかけて小遣い銭を稼ぎつつ処女を捨てて性欲も物欲も満たしに満たすヤリマンビッチ生活への第一歩を踏み出そうとしている。本番というが、ここまでの授業でもかなりいい思いをしてきたアスカである。
少し時間をさかのぼっての話――
服を着るのがだらしない男子達は逆転女子にとって眼福の宝。夏の盛りを過ぎてもまだ暑い日が続くこの日はクラスのお調子者ポジションがあっけらかんと上を脱いだりもする。「ちょっとー男子、止めなよー」と女子連中が諫めるも効果はない。
その時のアスカといえばその光景を一心不乱に目に焼き付けるように男子の半裸体を見つめ続けていた。
「うわあ、胸もおへそも丸出し…ふへへ…生で見るのは初めてね…」
その時のアスカはかなり怪しかった事だろう。そして、その視線に気づいた男子は小さな「ヒッ」という声と共にいそいそと服を着てしまう。
「いけないいけない。これじゃあダサおぼこ丸出しじゃない。いくら思春期真っ盛りの女子高生だからって」
貞操逆転的に例えるなら同級生の女の子が上半身裸になっているのを見た男子高校生の反応である。裸体に対する反応や貞操概念もまた概ね逆転していると言っていいだろう。
なお、逆転世界側での男性の水着は大体胸も隠すものが普通とされている。南国の海で男性アイドルが海パンだけでバカ騒ぎするなど逆転世界側ではありえない光景なのだ。
上を完全に脱ぐほどの悪乗りをするのはそうはいないが、それでなくても男子勢は薄着でシャツを着てないのも少なくない。じと……とした視線で男子生徒を観賞するアスカの様子は普段の彼女を知るものからすれば本当に不気味で不可解であっただろう。もっともそれはただ男子をエロい目で見ているから、というだけでもないのだが。
それはそれとして昼休みである。
「学校の授業もそこそこ乗り越えたし、さあここからが本番よ」
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あっちじゃ考えられない事だけど、こっちならおっぱいを使うだけでホイホイ男が釣れると思っていいはずよ。とはいえ本当にその通りの行動起こせる訳ないけどね。
相手はちゃんと見極めないといけないわ。こっちの世界でも同じかどうかは不確定だけど…彼女持ちだと前の世界で聞いてる人は除外ね。友達の少なそうな御しやすいタイプを狙うか…
遊んでそうで後腐れないタイプを狙うか…どっちもどっちでありだから悩むわね。どうせなら格好いい方がいいのだけど。それにしてもセフレ欲しい。
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全3話 15000字ほどの予定