第7話 夢拾いの間
しばらく訝しげな顔で俺の方見ていた光輝だったが、空腹には耐えられなかったのか、一心不乱にラザニアを食べ始めた。
「…うまい!これうまいよ!ノアさん!!」
明らかに年下なノアに対し、敬語を使う光輝。どうやら無意識的に、尊敬するに値する相手だと判断したようだ。
…しかし、命を助けた俺の事を呼び捨てなのは気にくわないな。
「そう!よかったわ。
手料理をご馳走したのはまだ貴方で二人目なの!
喜んでくれたのなら、私も嬉しいわ!」
ノアはラザニアを逃がすものかとでも言いそうな勢いで口へ運ぶ光輝を見て満足げに微笑んだ。
「冷たいお水をどうぞ。」
水を入れたガラス容器が重たいようで、少し震えながらノアは丁寧に光輝の前にグラスを置いた。
「ありがとう!!」
光輝は一心不乱にラザニアを食べている。
そんな光輝を見て、ノアは一言漏らした。
「可哀想に。貴方しばらく何も食べていなかったわね。」
「え?そ、そんな事ないですよ!ノアさんの料理が美味し過ぎるのがいけないんですよ!」
光輝は誤魔化すように笑った。
その笑顔は明らかに作り笑顔で、こちらに気を使わせないようにした奴の努力だと一目でわかった。
「大丈夫。
私たちは貴方の味方よ。
何か辛いことがあったんでしょう?
教えて?」
その時、ノアの瞳から、何かを感じた。
何か、抗いがたい何かを。
「う…。うう…。」
唐突に聞こえる涙声。
その主は光輝だった。
「実は、俺…俺っ!!!、」
ボロボロと涙を零しながら何かを告げようと口を開ける光輝。
しかし、涙が止めどなく溢れ、なかなか声に出す事が出来ない。
ノアはそんな光輝に近づくと、背伸びをして優しく頭を撫でた。
「いいの。良いのよ。
貴方は何もかも溜め込み過ぎたの。
ここは、そんな頑張り屋さんな貴方が自分をさらけ出すことのできる場所。
大切なものを失ってしまった人達をもう一度救い上げる揺かご。
そう。
今だけは、なにも考えずに泣いて良いのよ。」
「うう…。うわぁああああ!」
その言葉を皮切りに、光輝は大声を上げて泣き出した。
まるで、赤子のように感情をぶちまけた。
「そう。
それで良いの。」
そう言って、ノアは小さな体で光輝を包み込むように抱きしめた。
そんな一見感動的な光景を俺は傍目に見ていた。
薄情だと思うだろうか?
しかし、俺は思った。
…この悪魔は一体何をしているのだろうと。
ノアは自分の事を夢と喜びを司る悪魔だと言った。
悪魔は通常嘘はつかない。つまり、それは本当である可能性が高い。
しかし、今、彼女が行なっている行為はどうだろうか?ノアは、光輝の本音を引き出した。その結果、得られるものはもちろん喜びという感情ではない。言ってみれば、その逆ですらある。
溜め込んだ感情というものは通常負の感情であるはずだ。
つまり、正の感情を司る彼女には全く益がない事なのだ。
大声で涙を流す光輝をまるで母親のように慈愛に満ちた表情で包み込むノア。
聖母のような表情が、何故だか俺には不気味に思えた。
◆
「ごめん。ノアさん。おっさん。」
「おっさんじゃない。ミクリヤさんと呼べ。」
凛とした顔で言う俺。
「光輝さん。良かったらそう呼んでくれるかしら?旦那様がヘソ曲げてるみたいだから…。」
「…ノアさんが言うなら。ミクリヤさん。ごめんな。」
この野郎!
そんな事を頭で考えていると、ノアが光輝へと問いかけた。
「貴方には夢があった。
そうでしょう?私にはわかるのよ?」
その言葉には不思議な説得力があった。
まるで、当たり前のように感じる。
「うん。
そうだよ。俺には夢があった。でも、どこかで落としたみたいだ。」
「そう。
それなら、貴方が夢を落とした所まで行ってみましょう。
旦那様。光輝さん。付いてきて。」
そう言うと、ノアは二階への階段を登り始めた。
そして、【夢想叶】の扉の前まで来ると、光輝の肩を掴んだ。
「今から貴方は夢を落とした場所まで戻るわ。
そこで、もう一度拾ってくるのも良いし、そのまま捨てていっても良い。
でも、沢山落とした夢の中で、貴方が選べるのは一つだけ。
それを忘れないで。」
光輝は頷いた。
まるでこれから何が起こるのかがわかっているかのように。
ノアがなにやら呪文を呟く。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。貴方の夢を拾い上げる旅へ…。」
光輝は扉を開け、一歩を踏み出した。
そこは、小さな子供部屋だった…。