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第6話あくまでも妻です。


ポケットの中を漁ってみると、財布が無かった。


そういえば今日猛烈にパチンコが打ちたくなって無駄遣いしないように小銭入れしか持ってきてなかったな…。


「すまん光輝。今、持ち合わせがないみたいだ。とりあえず一旦俺の家に行こう。」


「そっか…。悪いなおっさん。」


川沿いの道を真っ直ぐ行ったところから右手の橋を渡り、都心の住宅街に俺の家はある。【ユニバース如月】の錆びてイカした看板が目印だ。


俺の家は残念ながら持ち家ではなく賃貸だ。二階建ての木造の建物の一階。広さはワンルーム6畳で、風呂、トイレ共同のナイスな物件だ。


これが42年間働いてきた男の城だと言うには少し寂しい気もするが、まぁ、仕方ない。なんせ俺には金が無い。仕事場の近い都心に住むにはどうしてもボロ小屋を選ぶしか無かったのだ。


「ここが俺の家だ。」


光輝の顔をチラッと見る。ボロ過ぎないか?とでも言いたそうな顔をしている。


「おい。何か言いたそうだな。」


「い、いや、なかなかいい家だな…。この看板なんてレトロ感満載でとてもいい感じだ!」


奢ってもらうという事で、期待はしていたが、予想外にボロ小屋だったので、少しいたたまれない気持ちになったのか、光輝は誤魔化すように励ましてくれた。しかし、俺は、あからさまな励ましに少し泣きそうになった。


「あんまり励まさないでくれ。泣きたくなる。」


俺は少し溢れた涙を拭うと俺は部屋の鍵を開けた。


そこはいつも通りの汚い部屋…、では無かった。


「え?何これ?」


「げ!マジでこれおっさんの部屋なの!?」


何で俺の部屋がピンクピンクしたファンシーな感じになってんの?しかもいつもと違って、アロマのいい匂いがするし…。


しかも、どう見ても部屋が広すぎる。ワンルームの間取りの筈だったのに、玄関から中を覗くと一軒家にしか見えないぞ。なんか二階に上がるための階段もあるし。


頭の上にハテナマークを出して家の表札と中を見比べる。何度見ても御厨と書いてある。うん。俺の家で間違いない。


そうこうしているうちに奥の方からトテトテと静かに走ってくるような音が聞こえてきた。


「お帰りなさい!旦那様。」


この雰囲気からなんとなく察していた。現れたのは幼く愛らしい少女ノアだった。


ノアは先程とは意匠の異なるフリフリのメイド服を着て、満面の笑みで俺を出迎えてくれた。


「おぼふっ!え!?ノア?」


思わず変な声が出た。恐る恐る後ろに控えている光輝を見る。


光輝は何やらとんでもない物を見てしまったとでも言いそうな顔でこちらとノアを調子の悪い首振り扇風機の様に交互に見比べている。


そして、少し落ち着いたかと思うと優しく俺の肩を叩いた。


「おっさん…。そうか、おっさんも辛かったんだな。俺が付いて行ってやるよ。警察に行こう…。」


「ち、ちがう!誘拐した訳じゃない!」


慌てて弁明する。


「どうしたの旦那様?」


ノアは後ろにいた光輝に気がついていない様で首を傾げて可愛らしく言った。そして、後ろの光輝の存在に気がつくと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「さすが私の旦那様。働き者なのね。もう一人連れてきてくれるなんて。お客様、どうぞおあがりになって。お夕飯をご馳走するわ。」


「は、はぁ…。」


とても丁寧な所作のノアにつられて光輝も畏まっている様だ。奴の気持ちもわかる。俺もそうだったしな。


「ま、まぁ、取り敢えず中に入ろうか。ちょっと俺の家なのか不安ではあるけど」


「あ、ああ。わかった。」


先導するノアに連れられ、俺と光輝は恐る恐る部屋に入った。



「ってかこの部屋おかしくないか?外から見たらアパートの一階だった筈なのに何故か二階へ行く階段もあるし…。」


今俺たちはノアに連れられて、広いリビングのテーブルを囲んでいる。


光輝は格式高そうな椅子に座って落ち着かなさそうに言った。


「まぁ、確かにそうだな…。」


俺の煮え切らない様子を見て、光輝は「なんで自分の家なのにそんな反応なんだよ」と言った。


まぁ、そりゃそうだ。俺だってそう思ってる。


しかし、まさかノアが俺の家に来ているとは思いもしなかった。まさかこのまま住み着く気でいるのだろうか…。


「お待たせしたわ!今日のお夕飯は私の自信作よ!お腹いっぱい食べてね!」


ノアが小さな手で一生懸命持ってきてくれた料理はラザニアだった。ざっくり言うとピザみたいなパスタみたいな食べ物だ。ノアは椅子の上に立ってそれを切り分けて皿に盛っていく。


「はい!どうぞお客様!どうぞ召し上がって!」


屈託のない笑顔で切り分けたラザニアを渡すノア。少し切り方を失敗したようで、形が崩れている。光輝はそれを受け取り、「あ、ありがとうございます」と少し戸惑いながらノアに敬語でお礼を言った。


すぐさま俺に耳打ちしてくる。


「なぁおっさん!あの子一体何者なんだよ!あんたの姪っ子とか?それに何でメイド服着てんだよ!」


「いや…そうだな…。」


流石に俺の妻だ!なんて事言えるはずも無いので曖昧に返事を返す。


「そうか…。やっぱりおっさん…。そんな趣味があったのか…。」


「や!ちがう!違うって!」


「はい!旦那様!」


ノアは俺にもラザニアを差し出してきた。


「ああ。ありがとうノア。」


それを受け取り自分の前に置く。


「ほら!名前知ってんじゃん!知り合いなんだろ!」


どんどんオレを追い詰めていく光輝。


困っている俺を知ってか知らずか、ノアは光輝に向かって話し始めた。


「そういえば私、お客様の名前知らないわ。ご飯の前にお互いに自己紹介しましょ!」


「ああ。すみません。俺、間 光輝って言います。今高校生です。」


「光輝さんって言うのね。私はミクリヤ・ノア。


そこにいる御厨 隆の妻です。」


ノアは少し恥ずかしげに頬を赤らめ、左手の薬指に光る指輪を光輝に見せた。


「おばっぶ!!」思わず口に含んだ水を吐き出す。ノアめ!地味に俺の苗字を名乗ってやがる!!


恐る恐る光輝の顔を確認する。


…うん。知ってた。


光輝はまるで露出狂に出くわしたような目で俺を見ていた。まさに開いた口が塞がらないとはこの事だろう。


「え?マジで!結婚してるの!?どう言う事!?犯罪!?ロリコン!?」


「もう、どうとでも言ってくれ。」

俺は頭を抱え。弁明を諦めた。どう転んでもうまくごまかせる方法があるとは思えない。


「あら、お客様?いくらお客様でも旦那様を悪く言うのは許せないわ!」


ノアは可愛らしくぷんぷんと怒っている。


…いや、違う。地味に本気っぽい。少し目が赤くなっている。


これはまずい。


「ちょっと光輝食っててくれ!ノア!いくぞ!」


収集がつかなくなりそうだったので、ひとまず腹が減っているであろう光輝には飯を食わせ、ノアの手を強引に繋ぎ、現在のリビングを出た。


…確かこの賃貸はワンルームのはずだったのだが、どうなっているのだろう…。


今はそんな疑問も気にならないくらい動揺していた。


無かったはずのピンクピンクした階段を上り、二階にノアを連れて上がる。


「旦那様!まだ日も早いわ!お客様もいるのに!」


何か焦ったような恥ずかしいそうな妙な反応のノア。


「何言ってるんだ?」


「もう…!あなたったら強引なんだから!」


いつも私の言うことは聞いてくれないのね的なニュアンスで言うノア。恥ずかしげに頬を染め、顔を俺の方から少し反らし、口元を隠している。


混乱している俺は反応する余裕がなかった。


階段を上り終わり、扉の前に来た。どうやら二つの部屋があるようだ。


一つ目の扉は格式高そうな木製の扉で、『夢想叶』と書いてある。あの時見た夢を売る為の店だ。何故か俺の家に出張してきているらしい。そしてもう一つの部屋には『タカシとノアの部屋♡』と何やらハート型のプレートが掛かっていた。


心の中で「うおっふ」と変な声が出たが、今はそれどころではない。俺はひとまずノアと個室で話がしたいのだ。扉を握り、すぐさま部屋に入る。


「ああ…!もう一線を超えてしまうのね。私たち。さようなら私の純潔…。」


ノアが何かこの世の終わりのような声を出している。


その理由が扉を開けてみてはっきりした。


巨大なダブルベットに天蓋のついたレースカーテン。

ノアの好みなのか、相変わらず可愛らしい部屋だった。


しかし、一つきになるところが…。ベットの後ろに並べられているおびただしい数の人形や縫いぐるみ達が見ちゃダメだ!と全て目を隠すポーズをとって並べられていたのだったのだ。


ご丁寧にベッドのとなりの小さな机には、大量のティッシュペーパーと、【Pretty raincoat】との記載がある箱が置かれていた。


ムード漂うこの部屋、ノアの反応が示すこの状況が指すのは一つ。


「タカシさん…。私、初めてだから優しくしてね?」


涙目で少し手を震わせながら不安そうに俺に告げるノア。


煌びやかに光る黒髪に、少し化粧をした色気のある表情。ノアは自分の魅力を熟知しているように感じた。


「…っておい!?違う!違うからな!?

流石にいきなりそんな事しないわ!」


バタンと早急に扉を閉める。


「え?違うの?旦那様。私じゃ物足りなかった?私、魅力無いかしら?」


ノアはお目目一杯に涙を溜め、今にも泣き出しそうだ。


「ちょっと!ちょっと待ってくれ!

ノア。君はいくつだ?」


「私?11歳だけど…。」


「そうだろう?42歳の俺が君を仮に抱いたら犯罪なんだ。わかるだろ?」


「でも…、それは人間の話でしょう?私は悪魔で、あなたの妻なのよ。あなたの期待に応えられない方が悲しいわ。


…したことは無いから素肌を見せるのは少し恥ずかしいけど…。でも、あなたと真に結ばれるのなら、怖くは無いわ!」


真剣な顔で言うノア。


何が彼女をこうさせているんだ?こんなに幼い子がおっさんと交わるなんて拷問以外の何でもないだろうに。


「でも、今日はやめておこう。

け、結婚初日だし、何よりお客さんも来てる。

これからずっと一緒なんだろ?そう焦ることもないさ。」


自分の中の1番のキメ顔を作ってノアに告げる。正直彼女の言う結婚を認めるのはどうかと思ったが、本気で、覚悟もある彼女を諌めるためには俺も本気になる他ない。そう感じたのだった。


ひとまずここは肯定しておくべきだろう。


「そ、そうよね!私たち夫婦ですものね!」


ノアは実感したように恥ずかしそうに言った。両手を頬に当てて少しうつむくようなポーズをしている。


ひとまずどうにかなったか…、しかし、色々と聞くタイミングを完全に逃したな。


あんまり光輝を待たせるのもまずいしひとまず戻るか…。


二階から降りると、光輝が俺をすごい顔で見ていた。どうやら先ほどの会話を聞かれていたらしい。


「さ、先程はオタノシミデシタネ…。」


片言で顔が引きつっている。


「違うぞ!違うからな!」


「まぁまぁ、ひとまずお夕飯の続きにしましょう!私、お飲物を取ってくるわ!」


元気を取り戻したノアがトテトテと台所へと向かっていく。


よく考えるとこの状況。俺が我慢できなくなって二階の寝室までまでノアを強引に連れて行った様にも見えるんだよな…。


犯罪者を見る様な目で俺を見る光輝。


おそらく、彼の頭の中で俺と言う存在が、ご飯を食べさせてくれるいいおっさんなのか、はたまた幼女誘拐の犯罪者なのか揺れているのだろう。


今の光輝の目を見ると、明らかに犯罪者寄りの様だが…。まぁ、あの会話を側から聴くと幼い女の子を洗脳している様に感じてもおかしくはない。


…誤解はしばらく解けそうにないな。

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