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第5話 絶望の少年


「じゃあ。お仕事頑張ってね!私の旦那様。」


そう言って夢と喜びを司る悪魔、ノアは俺を扉の外に出した。


扉と悪目立ちしていた看板は俺が少し離れると、跡形もなく消滅してしまった。


「…まるで夢みたいだったな…。」


しかし、俺の左手にはやはり彼女から受け取った指輪がはめられている。やはり先ほどの出来事か夢ではないのだ。


ってか、…夢を売るって何なんだ?そもそも夢とは何を指しているのだろうか。憧れ?それとも、理想?それとも想像?


よくわからないな。


とは言え、とにかく契約書にサインをした手前何もしないわけにはいかないだろう。


どこか、欲を持っている人達を探さねば…。


「取り敢えず人が多そうなところに行ってみるか。」


ボソッと呟き、まだ曇って薄暗い路地の中を歩き出す。ノアが気を使ってくれたのか、すでに雨は止んでいた。



時刻はすでに夕方。

早上がりのサラリーマンや授業終わりの学生たちが帰路へと急いでいる。


俺はそんな中、何となく入った喫茶店の中で一番安いホットコーヒーをすすりながら人混みを眺めていた。


人が多そうってことで俺はひとまず駅前の広場まできた。でも、何をすればいいんだ?


そんな簡単に欲を持った人間なんて見つかるはずなんて…。


そう思った時、不思議な現象が起こった。


…なんだ?これは。


なんか妙なものが見える。具体的には人の胸辺りにハート型の何かが。


それは人によって大きさが異なり、色も違う。鮮やかな赤色の人もいれば、静かな青色の人もいる。更には様々な色が混じり合ったような濁った色の人も。


これは何だろう?しかし、この光景が見えるようになった理由は想像がつく。悪魔と契約を交わしたからだ。


恐らくハートが見えるようになるトリガーは、俺が欲を持った人間を探したいと望んだ事だろう。


幸いなことにこのカフェは二階にあり、大きな交差点の前だ。人通りはかなり多い。この力で、欲を持っている人を探すにはもってこいの場所だ。


しかし、【夢を売る仕事】と言うからには、夢が欲しいと願っている人を探す必要があるはず。


誰が夢を欲しがっているんだろう…。【ユメ!欲しいです!】的なサインでもあればいいのだが…。


そう思っていると。


交差点を一人で歩く少年が目に入った。


彼の頭はボサボサだった。おそらく、ろくに風呂にも入っていないのだろう。それに背中や膝あたりに泥のついた制服。制服を着ているのと、時間的に学校帰りのはずなのにカバンすら持っていない。何か抱えてそうだと感じた。


そして、俺が彼に注目した理由。それは、彼の胸辺りにあるハートが原因だった。彼のハートは空っぽでひび割れていたのだ。そう色が黒いのではない。彼のハートには明らかに何も入っていないのだ。


直感的に確信する。


アレだ。


彼のひび割れたハートには何も入っていない。つまり、彼には夢や希望が無いのだろう。


ちびちび飲んでいたすでに冷めてしまっているコーヒーを飲み干し、店を後にする。俺は少年を追いかけることにした。



人混みの中を少年を見失わないように少し距離を開けて追いかける。


遠くから見ても少年は元気がない、覚束ない足取りで夕焼けの街を歩いている。


その背中は寂しげに思えた。


しばらく歩くと人通りの少ない河川敷に出た。少年は川に架けられてある橋の下に腰を下ろした。


隠れるには絶好の人目につか無さそうな場所だ。


時計を見ると、時刻は18時半。


それから二時間程少年は全く動かなかった。寝ているのかぼーっとしているのかはわからない。


もう日も暮れて、街灯も点いていた。


「あんなところで何してるんだ?」


ぼーっと彼を見ていると彼は不意に立ち上がった。


そして、少しずつ川の方に向かって歩を進めて行く。


一歩。また一歩。一つ進むごとに立ち止まり、何か考えるようなそぶりをする。次の一歩の後には頭を抱えた。そんな歩みがしばらく続いた。


俺にはその意味が分からなかった。


だが、俺は唐突にその意味と理由を理解する。何か音が聞こえるのだ。ピシピシとガラスが割れて行くような音が。周りにはそれらしきものは無い。


しかし、彼を見てすぐに気がついた。


彼の空っぽのひび割れたハートが音を立てて砕けそうになっている音だったのだ。


俺は柄にもなく走り出す。

なんとなく理解した。恐らくアレが割れたら彼は終わりだ。


そう思うと自然と体が動いた。


しかし、既に彼は川の真ん前だ。もう一歩でも歩みを進めたら川に落ちてしまう。


ドスンドスンと重たい体を引きづりながら必死に声を出す。


「待てっ!早まるな!」


しかし、少し距離がある彼は気がついていない。

力なく彼の体は川の中に落ちた。


くそッ!遅かったか!でもまだ死んだわけじゃ無い!


俺はスーツを脱ぎながら川まで走るとパンツ一丁で川へと飛び込んだ。


幸い季節は春。死ぬほどの水温では無い。


「寒っ!!」


小さな悲鳴をあげると俺は水の中に潜った。目が痛いが必死に目を開ける。

少年は泳ぐそぶりもなくただ沈んでいく。


あいつ!生きる気がないのか?


彼の空っぽのハートは今にも砕けそうだった。


待ってろ!今助けてやるからな!


俺は力なく沈んでいく彼の手を掴んだ。


少年はそれに驚いたようで目を見開いたが、特に抵抗するそぶりもなく俺にされるがままに川から引きずり出された。


「ゼー…ハー…。ぜーはぁ。死ぬかと思った。」


少年を助けるはずが俺が死ぬところだった。足が付かないくらい深い川だったらやばかった。やっぱり運動はしておかないとダメだな…。


なんとか少年を引きずり出し、呼吸を整えていると、少年は仰向けに倒れてボソッと呟いた。


「何で死なせてくれなかったんだ…。」



「俺は服を取ってくる!頼むからまたバカなことするなよ!」


そう言って俺は脱いだスーツを回収しに行った。間抜けなことに川の流れにパンツが持っていかれて俺は全裸になっていたのだ。


全裸のハゲでデブなおっさんにずぶ濡れの高校生(♂)。なんだかあらぬ誤解をかけそうだし、全裸は普通に犯罪だ。


このままでは話を聞くどころではない。


なんとかパンツ以外の服を回収し、少年の元へと向かう。


少年は動く気力もないようで、ただ空を見ていた。


ハートの軋みは収まっているようだ。


とりあえずズボンを履きながら少年に問う。


「どうして川に飛び込んだんだ?」


「死にたかったから。」


「なんで?」


「なんで見ず知らずの全裸のおっさんに詳しく言わないといけないんだよ。」


少年は力なく呟く。


「俺だって好きで全裸なわけじゃないんだよ。お前を助けるために水を吸って重くなりそうなスーツを脱いだんだよ。」


「…が…けてっていった…。」


ボソッと言ったその言葉は断片的にしか聞き取れなかった。


「んあ?なんだ?」


「誰が助けてって言ったんだよ!!俺は死にたいんだ!邪魔しやがって!」


少年はかすれた声で絞り出すように言った。涙をボロボロ零しながら。


上半身裸のまま少年のそばに腰掛ける。


「まぁ、なんだ。死にたいことってのは人生の中で割と何度か有るもんだ。だからって本当に死ぬ事は無いんだぞ。この先何か良いことがあるかもしれないだろ?それを見ずにいなくなるなんて勿体ないぞ?」


「良いことなんてあるものか。俺は生まれてきてからずっと不幸だ。この先に良いことがあるなんて思えないよ…。」


「そんなもんわかんねぇよ。おっさん見てみ?ついさっきまで42歳で無職だったんだぞ。でも、さっき職を見つけたんだ。諦めなけりゃなんとかなる事も有るもんさ。」


「そんな事…。そんな事。信じられるか!」


少年は大声で叫ぶように泣いた。全てを吐き出すように。



泣き止んだ彼を見ると、少しハートのヒビが少なくなっていた。相変わらず中身は空っぽのままだが。


「俺の名前は御厨ミクリヤ タカシ。気軽にミクリヤさんって呼んでくれ。」


彼は上体を起こしながら言った。


「…一応礼言っとくよ。助けてくれてありがとなおっさん。」


「おっさんじゃない。ミクリヤさんと呼べ。あとまだ名前を聞いてないぞ。こっちから名乗ったのに不公平だろ?」


「ははっ。不公平って。子供みたいだなおっさん。俺の名前はハザマ 光輝コウキだ。」


「子供とはなんだ。確かに俺はゲームとか漫画とかは好きだが、子供っぽいとは初めて言われたぞ。」


「じゃあ今までは気を使われてたんだよ。」


「え?マジか…。じゃあ、あの時、事務の高梨さんのあの視線は…。」


俺が蒼白な顔をしていると光輝と名乗った少年は少し元気になったようで、少し笑った。


「うぅー寒っ!とりあえず体をあっためないとまずいな。おい光輝。とりあえずお前俺の家に来い。どうせ帰る場所なんて無いんだろ?」


「え?良いのかおっさん?」


「おい。自覚はしてるがあんまりおっさんおっさん言うと凹むぞ。俺的にはまだお兄さんぐらいの気持ちでいるんだ。」


「どう見てもおっさんだろ。そりゃ無理だ。」


光輝は腹を抱えて笑った。


俺は少しムカついたが、まぁ、さっきより元気になってよかった。そう思いなおした。


「…いや、まだ俺は若いはずだ…。」


ボソリと呟く。


「じゃあ今日だけお世話になってもいいか?明日からは自分でなんとかするからさ。」


光輝はニコッと笑っていった。


ピシリとハートがひび割れる音が聞こえた。


…こりゃ1人にしたら不味そうだな。


「じゃ。取り敢えず着替えも必要だし一旦帰るか。俺の家はここから歩いて10分くらいだからそんなに遠く無いぞ。」


「それは助かるね。今日も朝から何も食ってなくてヘトヘトだったんだよ…。」


「おまっ!それは早く言っとけ!ちなみに何か食いたいもんとか有るか?」


「いや、泊めてもらうのに飯まで貰ったら申し訳ない。そこまで気を使わないでくれ。」


腹も減ってるだろうに。なんて律義な奴なんだ。


「いや、だめだ。俺が勝手にやるんだ。お前は何も気にしなくていい。」


「いや…、でもそんなにお世話になる訳には…。」凄く申し訳なさそうに光輝は言った。


「お前結構頑固だな…。それなら飯を奢る代わりに俺の部屋を片付けてくれ。最近全然片付けてなかったからだいぶ汚いんだ。」


「働いた対価って事か…。それなら良いかな。」


「でも光輝。覚悟しとけよ?」


「へ?」


「俺の部屋は自慢じゃないがとんでもなく汚い。まぁ、そのかわり美味いもん食わせてやるよ。」


「わ、わかった。」


光輝は少し苦笑いして言った。



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