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第3話 おとぎの世界

扉には流れるような文字で【夢想叶】 と書いてある。


夢に、想うに、叶える。…。

この店の名前だろうか?しかし、何と読むのだろう。最近の子供の名前もそうだが、おっさんはこの手の当て字が苦手なんだ。


木製の装飾が豪華な扉を開けると、そこはおとぎの国だった…。


いや、マジで。比喩じゃないからね。別世界に送られた様な気分だ。


正直外の扉と看板の様子から見て感じてたが、中を見て改めて思った。なんだか凄まじい店である。


おっさんが入るにはきつい雰囲気だ。例えるなら原宿の奇抜なファッションの店におっさん一人で作業着のまま放り込まれるような感覚。スイーツを食べながら服を見ている女子高生あたりに「うわ!なんかおっさんいんじゃん!キモーい」とかなり白い目で見られているようなそんな感じ。


しかし、雨は一向に止みそうもない。扉の前にOPENの札が掛けられている所を見ると、どうやら何かの店である事に間違いは無いようだし、ひとまず雨宿りさせてもらおう。


そう思って店に入った。


客の来店を告げる鈴が鳴る。


「すげぇ。ピンクピンクしてるな。」


部屋の中はファンシーなもので埋め尽くされていた。


変な顔のついた星型のオブジェや、フリフリのロリータファッションを身に纏って、お淑やかなポーズを取っている人形たち。


それにおいてある服も、なんというか「可愛い」。


全部可愛い服ばっかりだ。俺はかわいいという概念でブン殴られたような気分になった。


「まさに…可愛いの暴力だな。」


どこを見てもフリフリや、ピンクだったり、ゴスロリ。コルセット。人形。目に入るもの全てがそんな感じ。レジ前のテーブルすらお嬢様達が「3時のおやつですわよ皆様方。ティータイムにしましょう」とか言いながら上品に世間話でもしてそうな雰囲気だ。なんだかすげー居心地悪い。


雨がやんだら早く出て行こう。


そう感じていたとき、部屋の奥から声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ!ごめんなさい!お待たせしてしまって。」


若い女性の声だ。いや、若いどころじゃない。この声は幼すぎるような気がする。


これまたフリフリの可愛らしいカーテンの奥から現れたのは、これまたフリフリの服を着た、まさにおとぎの国の住人だった。


「あら。ステキなおじ様。御機嫌よう。」


彼女は俺を見ると、スカートの端を持ってお淑やかにポーズを取りながらお辞儀をした。


「ご、ご機嫌よう。」


釣られて俺も挨拶を返す。


なんだこの子。この店の店主の子供かな?しかし、随分と可愛らしい子だな。丁寧に整えられた短めの黒い髪の毛にこれまたフリフリのついたカチューシャをつけ、頬っぺたは赤く、少しそばかすがある。少し薄く口紅も塗っているようだ。


白い肌に赤く小さい唇が映える。


とても愛嬌のあるお人形の様に愛らしい少女だ。


店員と言うには、明らかに幼すぎる様に思える女の子は可愛らしく笑った。


「いらっしゃいませ。夢と幻想の店。夢想叶むそうかへ。おじ様。夢を売ってみたいのね?そうでしょ?」


少女は唐突に俺に言う。


確かに看板の外には夢を売る仕事をあるとの表示がされていた。


改めて考える。夢を売るとは一体何のことだろう?

人生相談?それとも何か夢見させる事ができる道具でもあるのだろうか?とにかくこの少女に話を聞くよりはこの店の主人に聞いてみるのがいいだろう。


「なぁ、お嬢ちゃん。店長さんはいるか?」


「あらおじ様。私が店長よ?

そうは見えなかったかしら?そうだったら悲しいわ」


少女は少し悲しそうに言った。


何言ってるんだ?こんな子供が店を任されてるわけないだろ…。


「いやいや、嘘はいけないぞ?」


「いいえ。本当の事よ。コレを見てくれるかしら?」


そう言って赤いほっぺをぷくっと膨らませると、少女は自分の胸辺りを指差した。


そこには《店長》と書かれた名札がピンで止められていた。


ちゃんと顔写真付きである。


名札には【Noah Cruz】と書いてある。ノア・クルス。どうやら日本人じゃなさそうだ。


彼女をよくよく見ると、瞳が青い。日本語を話しているが外国の人らしい。


「ほらぁ。私が店長でしょう?」


少女は腰に手を当て自慢げに言う。


「そ、そうか。ちなみに君何歳なの?」


「え?11歳だけど?」


「そうだろ?そんな子供が店長なんてできるはずがないだろうに。」


「そう言われても、私が店長なのだから仕方ないわ。」


困った表情で彼女は行った。


うーむ。どうも話しが平行線から抜けないな。

まだ、雨も止みそうもないし、追い出されないなら話でもしていくか。


「雨が止むまでまで少し雨宿りさせてもらっても構わないかな?」


「ええ。もちろんよ。

よかったら紅茶とお菓子を用意するわ。そちらに座って少しお待ちになってね。」


まさかのティータイムのお誘い。

ボロいスーツのおっさんがこんな店で可愛らしい服を着た少女と紅茶を優雅に楽しむ…。


なんか妙な絵面だな。少し犯罪臭がするのは気のせいだろうか?


そう思いながらも俺は椅子に座った。

目の前には大きな薔薇をあしらったテーブルがある。


周りを見回す。やっぱり違和感しかない。この【かわいい】にまみれた空間では俺みたいなおっさんは完全に異物でしかないのだ。

…やっぱりおっさんがいる場所じゃないなぁ。


そんなことを考えていると、少女がお皿に乗ったクッキーとティーカップに入った紅茶をこれまたゴシックなお盆に乗せて持ってきてくれた。


小さな手で、両手を使って丁寧にしかし慣れない手つきで彼女は紅茶とクッキーをテーブルに置く。


「お待たせしたわ。私の手作りのクッキーと自慢の紅茶よ。気に入ってくれると嬉しいのだけれど。」


「ありがとう。いただきます。」


そう言って、いい香りのする紅茶を一口飲む。


雨で冷えた体が内から温まる。とてもホッとする味だ。


「どうかしら?」


少女は俺の顔を覗き込み、少し緊張した様な顔をしている。


「ああ。美味しいよ。」


「そう!それはよかったわ!どうぞクッキーも食べてみて!」


言われるがままにクッキーを手に取る。少女の手作りと言っていたが、本当なら素晴らしい出来だ。見た目は店に並んでいるものと謙遜ない様に感じる。


一口サイズのそれを口に運ぶ。サクッといい音がした。


「う、うまい…。」


なんだこれ!今まで食ったクッキーの中で間違いなく一番うまい。上品な甘みに俺は自分もおとぎの国の住人になった様な気分になった。


俺の表情をみて少女は安心したのか、嬉しそうに俺に言う。


「ふふ。それはよかったわ。まだいっぱいあるからどんどん食べていいのよ。」


「ああ。いただくよ!君はお菓子作りが得意なんだな。」


「ええ!お菓子作りは私の趣味なの。でもお菓子をお客様に振る舞ったのは初めてなのよ!喜んでもらってよかったわ。」


少女は本当に嬉しかった様で、ニコニコしながら紅茶を口に運んでいる。


「ところで…クルスさん?ここは何の店なんだい?」


そう聞くと彼女は不満げに言った。


「ちょっと待って。苗字で呼ぶのは味気ないわ。」


大きな瞳でこちらを見ながらほっぺを膨らませている。


な、名前で呼んだ方がいいのか?


「そ、そうか?じゃあ、ノアちゃん?」


「うん!そうよ!おじ様ありがとう!

そうだ!私。おじ様のお名前知らないわ。おじ様のお名前も教えてくれる?」


「俺の名前は御厨みくりや たかしだ。」


「そう。それなら、タカシさんと呼ばせてもらってもいいかしら?」


「あ、ああ。別に構わないが…。」


「やったぁ!ありがとうタカシさん!

これで私たちはもうお友達ね!」


何故だかとても嬉しそうなノアちゃん。

こんなおっさんと話して楽しいなんて変わった子だな。


俺は彼女の様子を見てそう思った。

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