第2話 夢を売る仕事アリマス
「くそっ!何もあんな顔しなくてもいいだろうが…。さすがに凹むぞ…。」
職安所を出た俺は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
正直泣きそうだ。情けない面を誰にも見られないように顔を隠しながら路地の方へと歩く。
100社目の会社の面接に落ちたことで、最初は喜んで俺の職を探してくれていたお姉さんも、随分呆れた表情をしていた。
何というか、そう。ゴミを見るような目で俺を見ていたように感じる。対応も以前と比べて非常に淡白になっていた。
彼女の仕事は求職者に就職先を見つけることだ。それによって、はじめて企業から報酬をもらうことができるのだ。
俺も物を売るときに全然関係のない自慢話を聞かされる事はよくあったが、正直時間の無駄だと感じていた。
なぜなら、何も買わずに世間話をしに来た爺さんや、婆さんとの会話より、他に買ってくれそうな客への接客をした方が店の利益になるからだ。
きっと、あのお姉さんもそうなのだろう。いつまでも就職出来ない俺は、商品を買いもしないのに自分の長話を聞かせにくる爺さんと同じなのだ。
そりゃあ、お姉さんもあんな顔にもなるわな。
うん。わかる。俺にはお姉さんの気持ちもわかるんだ。わかるだけに悔しいし、かなしい。それに自分自身が非常に惨めだった。
でも、俺だって必死なんだよ。このまま貯金が尽きるまで無職のままじゃ、流石にまずい。この歳で年老いた両親に面倒かけるなんてしたくない。
「ちくしょう…知っていたつもりだったが、なかなか上手くいかないもんだ。」
ぼそりと呟く。
先ほどの快晴が嘘のように今の空は曇天。
今にも雨でも降ってきそうだ。
…ポツリ、ポツリと俺の頭頂部に水滴が当たる。
俺の頭頂部は毛がないため、雨には敏感なのだ。
「チッ。雨まで降ってきやがった。」
全くついてねぇ。
俺は雨宿りできそうな場所を探した。
先ほど、横道へそれたのがいけなかった。
俺は今、人気のない路地裏を歩いていたのだ。
見渡しても、周りに屋根や傘になりそうなものは無い。
そうこうしている間に雨は勢いを増していく。
「泣きっ面に蜂とはこの事だな。」
俺は、路地裏を走り抜け、手頃な店に入る事にした。
早くここを出て、どこかで雨宿りをしないと…。そう考えながら路地を走っていると、奇妙な看板を発見した。
灰色のコンクリートに囲まれた路地の一角にやけに目立つ蛍光ピンクの看板が掛けられていたのだ。
その隣には、これまたこの場に似つかわしくない木製の格式高そうな扉が。
なんかここだけ別空間から移動してきたみたいだな…。
そう思うほど、その看板と扉はこの景色には馴染んでいなかった。
看板には、見たことのない奇妙なフォントでこう書かれている。
【夢を売る仕事アリマス】
夢を売る?そんなバカな?
なんとも妙な話だ。そもそも、夢は売れるものではない。例えそれが寝ているときの夢でも、自分が憧れる夢でも、実物が存在するはずもなく、物として売ることが出来るものではないのだ。
更に、当たり前のことだが、人類は夢をコントロール出来ない。
夢とはいつのまにか見ており。
そして消えるものなのだ。
他人に押し付けたり、ましては販売が可能なものではない。
「馬鹿馬鹿しい。」
そう思って通り過ぎようとした。
しかし、一つ思い立つ。
【夢を売る仕事アリマス】
【仕事アリマス】
…、最初は何だこれと思ったが、よくよく考えるとこの蛍光ピンクの趣味の悪い看板は求人なのだ。
誰かに夢を売る仕事をさせようと、人を集めているものなのだろう。
怪しい。怪しすぎる。何かの宗教とかの勧誘だろうか?もしくはねずみ講?
しかし、何故だかわからないが、そんな怪しい看板に何か妙な魅力を感じるのも事実。
雨はどんどん強くなる一方だ。
俺は観念して、その怪しげな扉へと入ってみる事にしたのだ。
そう。
気がつかないうちに俺は最初の一歩目を踏み出してしまっていたようだ。
それが、自分の運命を大きく変える事になるとは夢にも思っていなかったが。