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壊し屋のお仕事  作者: 野長シノ
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壊し屋は穏やかな生活を送りたい②

『壊し屋を営んでいるやつはここにはいないのか?』


静まり返ったこの空間は、アダレイドの質問でさえも破られなかった。


それはそうだろう。


このギルドにいる皆が皆、関わりたくないと思っているからだ。


アダレイドは掲示板のところから一歩も動かない。


そして、こいつはその壊し屋が目の前のテーブルにいることに気づいていない。


でも、気づかれるのも時間の問題だ。


どうする…。


俺の体から大量の汗が流れているのを感じた。


実際のところ俺が名乗り出れば済む話ではある。


でもその代わりに、いままでの生活が送れなくなるかもしれないと思うと、俺も黙ってこの場を乗り切りたい。


体がどんどん暑くなっていく。


心臓の鼓動が早まっていく。


『あの、こちらの方だと思います。』


突然、隣にいた依頼主の男がアダレイドにそう言った。


『ほほう。この男が壊し屋なんだな?』


『は、はい。わ、私も先ほど依頼をしたもので…。』


何をしてくれるんだこのおっさん!


アダレイドがテーブルに向かって歩いてくる。


終わった。


さらば、いままでの生活。


アダレイドは俺の目の前で止まった。


『貴様、名はなんという?』


図太い声を放ちながら、俺に迫ってくる勢いで聞いてきた。


ここは冷静になって、焦りを見せないようにしないと。


『ダンと申します。壊し屋を営んでおります。』


『ほう、ちなみに聞くが、何故壊し屋を始めた?』


『壊したいけど自分で壊せないような大切な物や、危険なものが有ります。それを代わりに壊すことができればと思い始めました。』


『ほう、どうやって壊すのだ?』


その質問に俺は固まってしまった。


その理由は、俺が普通の商人だったら覚えていないような、破壊魔法を持っているからだ。


『え、えっと…。破壊魔法です。』


『なに?』


『あ、いや、アダレイド様が想像しているような魔法ではなく、私が趣味で覚えた。最弱の最低ランクの魔法なので…。』


ダメだ。


人からもらった魔法だなんて言えない…。


『ほう。』


アダレイドが俺をじーっと見つめてくる。


これ以上なにも聞かないでくれー。


『すまんな。今のは私の興味本位だ。皆の前ですまなかったな。』


そう言って俺の目の前から離れた。


不思議な感じだ。


魔族側の奴に謝罪されるとは…。


いや、でもこれ以上聞かれなくて本当に良かった。


アダレイドはそれ以降なにも話さず、ギルドなら姿を消した。


あいつが姿を消しても、いつものギルドの光景は戻ってこなかった。


次に沈黙を破ったのは、あいつが帰った直後に鳴り出した仕事終わりの鐘だった。


それまでずっと静まり返っていたギルドは、仕事終わりの鐘が鳴っても、笑い声や話している声が聞こえていた朝のようにはならなかった。


変わったことといえば、これからどうしようかとギルドで考えていた人たちが自分の家に帰るためにギルドからいなくなっていくことだった。


『今日は家を壊さずに、お帰りになるのはいかがですか?夜に旅立っても危険なだけですから。明日またここでお会いするというのは…。』


俺は、ギルドから出ていく人々を横目に依頼人の男にそうすすめた。


依頼人の男は、『わかりました。』と一言だけ発し、一礼をしてギルドからいなくなった。


今日はどこも寄らずに帰ろう。


俺はそう思った。


突然緊急放送がされたと思ったら、魔王軍のやつがやってきて、この街を支配下に置くことと、この街に魔王軍の1人を派遣して監視させることを宣言され、さらにそいつに壊し屋に関して興味を持たれて、挙げ句の果てには今日の売り上げがないときた。


今日は簡単に言えばいままでで1番辛い1日だっだと思う。


いや、もっと正確に言うと、いままでで1番辛い午後のひと時だったと思う。


明日から、いや、これからどうしようか。


結局のところ俺は結論を出せていない。


とりあえず明日やらなければならないことは、家を壊す依頼を完了させることだ。


それ以外はなにも決まってない。


とりあえず、今日はもう寝よう。


俺は店に戻り、なにもすることなく部屋のベットに倒れこんだ。


そして、俺は意識を失った。


疲れていたのか、つぎに目覚めたのは仕事始めの鐘が鳴った頃だった。


俺的には、眠ってから1分後に朝が来たようなそういう感覚だった。


俺は重い体を起こし、店の開店準備を始めた。


昨日ギルドから帰ってすぐに寝てしまったから、店はそのままの状態で、言うほど準備することはなかったが…。


一通り準備が終わり、俺はギルドに向かった。


ギルドの扉を開けると昨日座っていた席に、依頼人の男が既に座っていた。


こちらに気づいたのか、男は立ち上がり、一礼した。


『おはようございます。すみません、遅くなってしまって。』


『い、いえ。き、今日はよろしくお願いします。』


『では、早速ですが、壊したい家まで案内していただけますか?』


『は、はい。』


男は俺の前を歩き、彼の家へと向かっていった。


男の家はギルドから俺の店の方向に50mといったところだろうか。


彼の家からギルド見える程の近さだ。


家は木造平屋の一軒家。


俺の店のログハウスより大きいように見える。


家一軒かぁ。


これは魔力が家を覆うのにかなりの時間が要りそうだ。


俺は壊す家を前にして緊張していた。


久々に自分の手で掴めないような物を相手にするからだ。


『では、始めていきます。』


俺は男にそう言って、事前に用意していた魔法石4つポケットから取り出し、家の角との4箇所に魔法石を置いた。


なぜこんな物をただの商人が持ってるかは企業秘密。


『あ、あの、なにをされているのですか?』


魔法石を置き終わった俺に男はそう聞いてきた。


『あぁ、防護結界を展開する魔法石を4箇所に置いたんです。これで破片が町中に飛び散ることなく壊すことができます。』


『は、はぁ。』


『あ、あと、絶対に結界の中に入らないでください。破片が体中に刺さってしまうので。』


その言葉に男は青ざめながらも、俺に頷いて見せた。


俺は両手で家の壁を触り、すーっと息を吸って、魔力を家に集中させた。


俺の魔法の特徴である、黒い鎖が俺の両手から四方八方に広がっていった。


家の表面が鎖で覆われ始めていくにつれて、外野の人数が増えていることを俺の背中が感じた。


魔力を集中させている時にそんなことを考えたくはないのだが…。


黒い鎖が家を覆い、家が黒い霧を纏い始めた。


この霧が出たということは、魔力が飽和状態になったということだ。


小物だとこの霧は現れないが、物が大きければ大きいほど、この霧が目立つようになるようだ。


俺は家から手を離し、両手を広げた。


『黒い鎖で破壊の限りを…。』


その言葉とともに、胸の前で手と手をパチン合わせた。


その途端、家は膨張し、町中に聞こえるような音を立てながら爆発し、木片となって結界の中で飛び散った。


結界の外はそんなうるさくは聞こえないんだろうな。


外野は耳を塞いでいるものはおらず、各々が『おおおお!』と声をあげた。


結界を張っていなかったらこの破片が外野の体を貫いていたと思うと壊した俺でもぞっとする。


さて、魔法石を回収するとするか。


俺は散らばった瓦礫の中から魔法石を回収した。


そして、依頼人の元に戻った。


『これで、依頼完了となります。ここにある家の破片たちは街の人で再利用するということでよろしいですか?』


『は、はい。』


依頼人の返事を確認し、俺は外野に向かって、


『ここにある瓦礫は、皆さん自由に持っていってください。瓦礫といっても木片が多いですから、薪用になるかと思います。』


と叫んだ。


途端に外野は瓦礫に向かっていった。


それを見ていると、誰かが俺の背中をつついて、


『あのぉ。』


と声をかけてきた。


振り返ると、依頼人の男が立っていた。


『あのぉ、お代は…?』


『あぁ、そうですね。小物なら500ルートなのですが、大きな物を壊すことはあまりないので、値段を決めていないんです。』


『そうですか…。』


ただ、今日の依頼はいつもより魔力を消費したから、今日の夕飯分くらいは欲しいというのが本音だ。


大きな物の破壊は疲れる…。


『で、では、これくらいで、いかがですか?』


男が出したのは、500ルート4枚だった。


こいつ、心でも読めるのか?


『ありがとうございます。では、いただきます。』


俺は男から2000ルートを受け取った。


『で、では私はこれで…。』


『旅の安全を願います。』


俺の言葉に男は一礼をして、ここから立ち去った。


壊した家の方を向くと、瓦礫が跡形もなく無くなっていた。


午前のうちに今日やるべきことが終わってしまった。


だけど、今日はゆっくり休みたい。


俺の破壊魔法の最大の欠点、壊す対象が大きければ大きいほど魔力が消費され、自分の体力も消費する。


小物を壊すのはそれほど疲れないが、こういった物を壊すのはとっても疲れる。


このリミッターは魔力が暴走しないからいいが、使いどころを考えないといけないのは辛いものだ。


まぁ、この魔法は依頼がない限り使わないつもりでいるが。


とりあえず、俺は自分の店に戻ることにした。


今日は瓦礫も無くなったから、後片付けもいらないのだ。


持って帰ってくれた外野の皆々様に感謝しなければ。


俺はギルドから店に戻るときの道を歩き、店の扉の前に着いた。


扉を開け、椅子に座り、目の前のカウンターに突っ伏した。

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