壊し屋は穏やかな生活を送りたい①
いつもと同じ朝だった。
窓の外から注ぎ込む太陽の光で今日も目覚めた。
そして、いつものように店の準備をして、鐘がなったらいつものように店を開いた。
鐘がなってからかなり時間が経って、あと2時間くらいで鐘がなる時間になったが、今日は誰も来ていない。
まぁ、お金を出してまで壊すようなものというのは、大きな物か、自分で壊したら危険なものか、大切にしていたものくらいだろう。
とはいえ、今日1日誰も来ないと今日の食事がなくなってしまう。
でも、街の外に出て出張壊し屋とかする気もない。
多分こういうところがダメなのだろうと自覚はしているが、あんまりやる気が起きないのだ。
というか、やる気が起きないのではなく、俺はこれで満足しているというべきか。
まぁ、でも街の外に出るのは嫌でも、歩いてすぐの冒険者ギルドになら出張してもいい。
俺は店の服の上まま、店を出て歩いて行ける距離にある冒険者ギルドへと歩を進めた。
冒険者ギルド。
見習いからベテランまで、冒険者が集まる場所だ。ギルドから依頼をもらって、クエストに出かける冒険者がほとんどだろう。
とりあえず、
俺にとって無縁なところだ。
そんなことを考えているうちにギルドの入り口に到着した。
冒険者ギルドは街の中心にある教会のような背の高い建物だ。
俺は目の前にある大きく重たい扉を押し開けた。
中からは老若男女が、飯を食いながら、 依頼の掲示板を眺めながら、しゃべっているのが見えた。
いつもながら、かなりの人がギルドに来ている。
50人くらいだろうか。
いや、もっといそうだな。
俺は掲示板の前まで行き、横にいる冒険者たちと同じように掲示板を眺めた。
どれどれ。
どんなものがあるんだ?
『畑仕事のバイト募集。畑を荒らしているモンスターを退治してくれるとなお良し。報酬5000ルート。』
『新しく開発した薬を飲んでほしいです!ゾンビ、不死身、そういうプレイが好きな方を優遇します。報酬は要相談。』
『A級モンスター討伐クエスト。報酬はこちらで決めさせてもらう。』
今日来ていた依頼はそんなもんだ。
俺はギルドの掲示板に、俺お手製の広告を貼った。
内容はシンプルにわかりやすく、『壊して欲しい物、壊します。』というのを紙いっぱいに表現した。
我ながら、目に留まりやすい広告だ。
さて、あとは椅子にでも座って気長に待つとしよう。
俺は掲示板に一番近い席に座って、依頼を待つことにした。
それから五分も経たないうちに、掲示板の前で立ち止まって、俺の広告を見る人が何人か現れた。
さすが冒険者ギルドの掲示板。
たくさん人が寄ってくる。
人が寄っては離れ、人が寄っては離れの繰り返しだ。
この繰り返しの中で。広告をみて依頼をする人が、今日はどれくらいいるのだろうか。
そう思いながら俺はその光景を眺めていた。
それから30分ほどだったが、広告をみてからすぐにこちらに来てくれる人は今のところは現れていない。
のこり1時間程度、人が多く出入りするギルドに来てはみたものの、今日はもしかしたら本当に収入がないかもしれない。
そんな気もしてきた。
依頼がゼロだなんて、店を始めて以来のワースト記録だ。
いつもならいくらか依頼がある。
どうしようか。
今日はもう帰るか。
今日は文無しでも仕方ない。
椅子から立ち上がり、ギルドを後にしようとしたその時だった。
聞きなれないけたたましい警報音がギルド中、いや町中に響き渡った。
緊急事態にしかならないはずのギルド緊急放送だ。
『緊急放送!緊急放送!この街の入り口に王都の幹部の方がお見えになってい ます!住人の皆さんは街の正門にお集まりください!緊急放送!緊急放送!この街の入り口に王都の幹部の方がお見えになっています!住人の皆さんは街の正門にお集まりください!』
ギルド職員の女の人がそう伝えた。
王都幹部…。
聞こえはいいが、実際は魔王軍の表向きな呼び方だ。
そして、面倒くさいのが王都幹部、もとい魔王軍の誰かが住人に用があるときはその街の住人は街の入り口で跪いて話を聞いたり、見せしめを見なくてはならない。
しかしこの街に魔王軍のやつが来るのは初めてだ。
ここにいる人たちも、なぜこうなったのかわからずパニックになっている。
まぁなんにせよ、街の入り口に行かなくてはならない。
俺は人の流れに乗って街の入り口へと向かった。
同じ方向に歩いていく人たちからは戸惑いの声が聞こえてきた。
街の正門。
俺の店の東、ギルドのさらに東にある。
正門付近は広場になっていて、広場の中心には噴水があり、絶えず水が打ち上げられていた。
今はその広場も魔王軍の前で跪いたこの街の住人で埋め尽くされている。
とにかく俺も跪いた。
俺がいるのは、この跪いた集団の列の後ろ側だから目をつけられることはない。
『全員集まったようだな。』
列の後ろ側でそいつの顔が見えなかったが、聞こえてきた声からするに…。
女だ。
でも、女にしては図太い声だ。
『私は王都幹部の1人、討伐部隊のアダレイドだ。』
アダレイドって女の名前なのか?
少し気になったが、こういうのは突っ込んだら負けだと思い、話を聞くことに集中した。
『貴様らにいい知らせだ。この街は我らが王の支配下に置かれる。』
アダレイドはそういった。
あまりの突然のことに、俺を含めみんな驚きを隠せなかった。
当然のことながら、これが俺たちにとっていい知らせなわけがない。
俺の周りの人々は驚きや戸惑いの声をあげ、ざわついていた。
魔王幹部の前で跪いているということも忘れて。
そんなざわつきの中から、『ふざけんな!』という声が複数聞こえた。
そいつらはアダレイドの発言に納得いかなかったのか、何人か跪くのをやめ立ち上がっていた。
『なんで急に王都の支配下に置かれるんだよ?この街はこの街でずっと成り立ってきていたのに…。どういうことだよ?』
立ち上がった住人の1人が、そう言った。
立ち上がった他の住人たちも『そうだそうだ。』と賛同した。
この状況がとてもやばい と思うのは俺だけだろうか。
もし、こいつらの行動が幹部の癇に触れたら…。
『やはり支配外だった街の連中は、まともに話も聞けないようだなぁ。』
ほらきた。
声のトーンからして、アダレイドが苛立っているの本人を目にしなくても伝わってくる。
周りの奴らはそれを気にもしていない。
死にたいのかあいつら。
俺は心の中でそう思った。
『やかましい!おとなしく話だけを聞け!このゴミどもがぁ!』
アダレイドの怒鳴り声とともに、誰かの悲鳴が聞こえた。
とっさに悲鳴がした方を向くと、さっき立ち上がって反論をしていた連中が鎖のようなものに締め付けられ、宙に浮いていた。
その鎖のようなものは、アダレイドの声がする方向から見えている。
顔は見えないが、あの場所から鎖のようなものを放ったやつが恐らくその女だろう。
『心配するな。ただの拘束魔法だ。先程話したことは王が決められたことだ。だから私に刃向かうなら、王への反逆罪として貴様らを蹂躙する。次反論したら貴様らの命はない。』
アダレイドは拘束魔法を解除して、縛っていた連中を地面に落とした。
地面に落ちた連中はそのままうずくまった。
その光景見ていた他の住人はざわつくのをやめた。
この広場はどんよりとした重い沈黙に支配された。
『話を続けるが、王都から離れた辺境の地にあるこの街を支配に置くことになったのは、ここと似た環境の村が王都に対して反乱を起こしたからだ。我々政府軍が鎮めたが、辺境の地だったために、政府軍側も負傷者、犠牲者が増えてしまった。我が王はそんな荒れた状況を収束させるため、今まで支配外だった街や村に見張りを置き、治める決断をなされたのだ。』
アダレイドはその図太い声でそう言った。
俺は唖然とした。
他の支配外の村ですでに反乱があったなんて。
そう思った。
周りの人々も声には出さないが、驚いているのががそいつらの表情を見ただけでわかった。
『次来るときは監視役を連れてくる。その時をもって貴様らの街は我が王の支配下になる。何度も言うが、もし刃向かうのなら、貴様らを蹂躙する。何事もなく平和に暮らしたいのなら、何もしないことだな。話は以上だ。』
アダレイドから解散の声がかかった。
その声とともに、住人は各々いた場所に戻り始めた。
街の広場から人がいなくなり、普段の風景に戻りつつあった。
俺も人の流れに乗って、ギ ルドへ戻ることにした。
人の流れの中で
『これからどうするんだよ?』
『もう終わりだ。』
『殺される。』
そんな声が聞こえてくる。
みんな受け入れることができないのだろう。
俺だって出来ないさ。
なんでこうなった?
俺は静かに暮らせたらそれでよかったのに…。
壊し屋も閉店かな…。
頭の中でいろいろな考えが交錯していた。
歩いている間に考えがまとまらないまま、ギルドに着いてしまった。
ギルドの扉は開いていて、人々がギルドの中になだれ込んでいるのが見えた。
俺もその流れに乗ってギルドの中に入って、先ほども座っていた掲示板にいちばん近い席に座り、テーブルに突っ伏した。
突っ伏したときに寝てしまったのか、次に顔を上げることになったのは、誰かに肩を叩かれた時だった。
顔を確認するために、身体を起こしてみると、目の前には、白髪の混じった黒い髪の小柄な男が1人立っていた。
『あのぉ、壊し屋さんですか?』
そう聞いてきた。
『そうですが。依頼ですか?』
『ええ。私の家を壊して欲しいのです。』
普段なら大喜びするような依頼だが、さっきの集会での話のせいかあまり喜べなかった。
『えっと、壊したい理由を教えていただけますか?』
『この街を出るからです。』
質問の答えは男からすぐに帰ってきた。
さっきの集会が効いているからだろう。
『ちなみに家を壊したあとって、どこかあてがあるんですか?』
『いや、この際住む場所は決めずに放浪しようと考えていて、あてがあるわけではないんです。でも放浪するなら街から街にすぐに動けるじゃないですか。』
『確かに…。』
向こうも向こうで必死だ。
でも、今日の集会を聞く限り、支配下に置かれるのはこの街だけではなさそうだから、放浪とかなり辛い判断だと俺は思う。
『わかりました。では、最後の確認です。あなたの家を壊してもよろしいですか?』
その質問に男は『はい。』と即答した。
『わかりました。』
俺は男に紙とインクを渡し、名前と依頼内容を書いてもらった。
紙によると、無職の中年らしい。
壊す家は平屋の小さな建物。
1人で暮らしていたらしい。
『では、壊したい家の場所まで案内していただけますか?私の破壊魔法は物に触らないと壊せ…。』
そう言い終わる前だった。
『邪魔をするぞ。』
ギルドの扉が開くと共に、聞き覚えのある図太い声がギルド中に広がった。
先ほどの集会のこともあって、ギルドの中は静まり返っていたから、アダレイド幹部の声は部屋の隅々まで聞こえただろう。
俺たちはその場で跪く姿勢をとった。
アダレイドは俺たち前を通り過ぎ、ギルドの奥へと進んでいった。
こいつの容姿を初めて見たが、鋭い目つきに、頭から黒い角が二本。それに降ろしたら肩までありそうな、あずき色の髪を後ろにまとめ、体は鍛えているのか大柄で図太い声が出そうながたいだ。
そして、甲冑を身につけていると男にも見えてくる。
そんなアダレイドに対して、ギルド職員の1人が出迎えた。
『アダレイド様。ようこそギルドへ。』
『監視役の仕事場所は確保しているか?』
『は、はい。こちらです。』
ギルド職員は声を震わせながら飯を食べるスペースのカウンターを指した。
『この辺りに、仕事場所を置くんだな?』
アダレイドは俺たちに聞こえるようにあえて大きな声でギルド職員に質問した。
『は、はい。こ、ここの部分は王都の方でお使いください。』
『なるほど。では、ここにある棚と酒は次来るまでになくし、ここに一部屋作っておけ。いいな?』
『は、はい。しょ、承知致しました。』
『ならばいい。私は帰るぞ。』
アダレイドはそう言ってギルドの入り口側へと戻ってきた。
依頼の掲示板を通り過ぎた時、アダレイドは一度足を止めた。
そして、一枚の紙を手に取った。
アダレイドはしばらく紙を眺め、見終わった後に『ほう。』とひと言だけもらした。
あれってもしかして…。
『おい!このギルドの中に壊し屋はいるか?』
俺はもういつも通り暮らせない。
そんな気がした。