常識知らず
森の中をしばらく進んだフェアは、突然歩みを止めた。
(ほら、あそこを見て。)
「ハア・・・ハア・・・。」
(ちょっと、静かにしないと気づかれるでしょ?)
せめて息だけはつかせて欲しい。
声を出す余裕もなかったシュンは心の声だけでフェアに答えた。
(こんなんでバテてどうするのよ。――それよりも見て。あそこの草むら。)
シュンが俯いていた顔をあげると、確かに草むらが揺れ動いている。
草はそれほど高いわけではない。その草むらに隠れているということは、小動物か。
(そういうこと。――じゃあ、さっさと倒すわよ!)
「待って!まだ準備が・・・。」
シュンが言い終わる前にフェアが物陰から飛び出して草むらに突進していった。
(『ウィンド』!!)
フェアが唱えた魔法が草むらを薙ぎ払う。そこにいたのは、ウサギ型の魔物。
シュンも戦いに参加すべく前に進みでる。
その時、目の前のウサギが分裂した。
「・・・え?」
シュンは目を疑う。目をこすってもう一度確認すると、そう見えた理由が分かった。
ウサギは分裂したのではない。真っ二つになっていただけだった。ということは、
「フェア・・・一撃で倒しちゃったの?」
(だって下手に暴れられたら味も落ちるし。)
「でも僕が倒さないと・・・」
(言っとくけど、魔物は先に見つけたもの勝ちだから。)
・・・これはまずいぞ。シュンは頭を抱えた。
このままじゃ、経験値が何時まで経っても手に入らない。魔物を倒すと経験値が入るのだが、それはもちろん倒した人にしか入らないのだ。このままだとフェアが一人で倒して、シュンは何もできずレベルも上がらない。
シュンはせめて一匹くらいはこっちに回してほしいとフェアに言おうと口を開いた。その時、
【LEVEL UP! 1→2】
という文字が視界の隅に浮かんだ。
「え・・・レベルが上がった?」
僕は何もしてなかったのに?
(当たり前でしょ?従魔とテイマーはパーティーみたいなもんなんだから。パーティー間の経験値は分配される。常識でしょ?)
心を読んだフェアが呆れたように答える。
「いや、でも僕がパーティーを組んでた時も経験値は倒した人しか貰えなかったはず・・・。」
それがいままでこの世界で過ごしてきてシュンが学んだことだった。確かにそれは常識過ぎて直接教えてもらったことはなかったのだが。
・・・でも、待てよ?
シュンは今までのことを思い返す。
シュンは15歳になるまでは森の中で一人魔物を狩っていた。自分の能力を見られたくなかったからだ。その後初めてパーティーを組んだのは、勇者のいるパーティ―。シュンが組んだパーティーは後にも先にもここしかない。そして戦った時はみんなが魔物を蹂躙していた。
あの時、本当は経験値が分配されていたのか。僕はてっきり自分の分しかもらえないと思って一生懸命倒してたから全然知らなかった。
(シュンは世間知らず・・・これも覚えとかないと。)
「僕は世間知らずじゃない!少なくとも、この世界で17年は生きてるんだから!」
むしろこの年月で常識知らずだったら色々まずい。
(・・・やっぱり天然?)
「だから違うって!!」
===
シュンとフェアはその後も魔物を倒し続けた。――主にフェアが。
(『ウィンド』!)
フェアお得意の風魔法が、再びウサギの胴体を両断する。フェアの魔法、えぐいな。今までの魔物はほどんど真っ二つにされている。別に毛皮を取るわけでもないから問題はないともいえるが、なにせ真っ二つなものだから見えてはいけないものが色々と見えてしまっている。戦闘慣れしていない人はこれだけで気分が悪くなってしまうだろう。
【LEVEL UP! 5→6】
そしてシュンのレベルも順調に上がっていく。
「もうレベル6・・・。」
いささか早い気がする。でもそれも当然か。ここは推奨レベル70のトラトスの森。たとえ小動物であろうとも他とは比べ物にならないレベルのはずだ。むしろ成長が遅いといってもいいくらいかもしれない。
シュンはステータスを確認した。レベルが上がったことでやはり使えるスキルが増えている。
***
【スキル】
・ミニファイア
・ミニウォーター
・ミニウィンド
・ミニアース
・ミニライト
・ミニダーク
***
「とりあえず基礎的なスキルは手に入れたか・・・」
かつて最初に覚えたスキルたちを見て、懐かしさを覚える。
(どんなスキルを覚えたの?)
魔物の簡単な処理を終えたフェアがステータスを覗き込むように見る。
(うわあ・・・。見事なまでのチートね。)
「え、そうなの?」
ただ基礎的なスキルを覚えただけなのだが。しかも種類は全て“ミニ”。一番初歩的な魔法だ。
(威力のことじゃなくて、種類のことよ。ファイア、ウォーター、ウィンド、アースはともかくライトやダークまで使えるなんて。)
「そうかな?」
(光魔法や闇魔法は使い手が限られていることで有名なのよ。そんなことも知らないの?)
「うん。知らなかった。」
普通に自己紹介の時も使えるって言ってたし、特に闇魔法は使い勝手が良かったからしょっちゅう使っていた。それを見る人は確かに苦々しい顔をしていたけど。
「てっきり闇魔法は悪しき魔法だとか、光魔法は高貴な人しか使っちゃいけないとかいう理由なのかと思ってたよ。」
じゃああの苦々しい表情はは嫉妬から来るものだったのか。でもなんで教えてくれなかったんだ?
(それが常識だからでしょ。)
やっぱり常識が欠けてる、とフェアが呟いた。
そんなフェアの姿を見て、シュンは俯く。
「・・・だからなのかな?」
(何が?)
「王子が言ってたんだ。『君は許されない行為をした』って。だけど僕にはそれが何なのか、見当もつかないんだ。」
犯罪的な行為はしていない。それは断言できる。だからこそシュンは心当たりが全くなくて困惑していたのだ。
「もしかしたら、僕は常識外れなことをしたのかな。だから王子が怒って僕を・・・。」
シュンは左脇腹に視線を移した。
短剣が刺さったところには、青い痣が浮かび上がっている。これはレベルスティールの後遺症だ。傷が完治したとしても、この痣は一生消えることなく残り続ける。
「・・・レベルスティールは、僕が生み出した技術なんだ。」
だからこの痣の意味を知っている。
これは一種のレッテルだ。レベルスティールはまだ開発したばかりの技術だったが、将来的にはスパイの拷問や国際的な犯罪者に使用する予定だった。
つまり、僕は犯罪者と同じ過ちを犯したということ。一生消えない犯罪者の証を背負うほどの罪を犯したとみなされたということ。
・・・どうやら僕は、とんでもないことを知らずにやってしまったらしい。
(そうとは限らないわよ?単に王子の個人的恨みがあってレベルスティールを使っただけかもしれないじゃない。)
「でもわざわざレベルスティールを使うかな?」
(シュンは賢者だったんでしょ?レベルスティールを使いでもしない限り王子がいくら頑張ったって敵わないと思ったからじゃない?)
「・・・確かに。」
そうか。そんな考えもあったのか。
(いずれにしろ、もう過ぎたことよ。真実は分からないし、知る必要もない。そうでしょ?)
そうだ。もう僕は、賢者として生きるつもりはないのだから。
そう思うと、シュンの心も少しだけ軽くなったような気がした。
(――さて、シュンも戦えるだけのスキルを手に入れたことだし、そろそろ作戦に移りましょうか。)
「作戦って、『地図』のスキルを早く手に入れる?」
(そう。じゃあ、今から作戦を話すからシュンはその通りに行動して。)
「分かった。」
フェアは作戦を伝えた。その作戦とは・・・