トラトスの森
人里に降りてからの話をしていたシュンは、突然思い出したように言った。
「そういえば、ここってどこだっけ?」
(・・・そんなことも知らないで今まで話を進めていたの?)
「ずっと馬車の中で動けなかったから、外の風景も見てなかったんだ。それどころじゃなかったっていうのもあったけど。」
でもすっかり忘れてたな。ここがどこか、って結構重要な問題なのに。
(・・・あんた、もしかして天然?)「違うよ!」
多分、いや絶対に天然ではない。賢者の時はそれなりに知略云々って言われてたし。
フェアはため息をついた。
(ここはトラトスの森よ。確か人間の話じゃ、推奨レベル70の難関ダンジョン・・・だったかしら?自殺志願者も入ってくることでも有名らしいわね。)
「なんでフェアがそんなこと知ってるの。」
(通りすがりの人間が話しているのを聞いたのよ。その後襲いかかってきたから返り討ちにしてやったけど。)
「そ、そうなんだ・・・。」
心の中で気の毒な冒険者にお悔やみを言う。トラトスの森か・・・確かにここならレベル1のシュンが生き残る可能性は極めて低いし、自殺志願者も入る場所なら最悪死体が見つかっても賢者が自殺したとなるだけで暗殺された可能性は考えにくくなるのだろう。死体じゃあ、レベルが1になっててもわからないもんな。
ここでシュンは一つの矛盾に気づく。
「あれ?フェアの・・・というかフェアリーのレベルって統一35なんじゃ・・・。」
(だれがそんなこといったのよ。)
「誰が・・・というより共通認識だよ。魔物は危険度を人間のレベルに概算して測るんだけど、フェアリーのレベルは統一で35だったよ。」
(魔物魔物って・・・いったでしょ?私たち、特に人型は個体差があるって。それにここは推奨70ともいわれてる危険な場所なのよ?なのに魔物だけ統一されたレベルな訳ないでしょ!?)
フェアが不機嫌そうな声を出す。どうやら魔物=野蛮で知能が低い、という人間の解釈に我慢ならないのだろう。
(そういうことよ。)フェアが心を読む。
「ごめん。これからは気を付けるよ。・・・まあ、僕が気を付けても人間そのものの意識は変わりようがないけど・・・。」
(わかってるわよ、そのくらい。シュンがそんな偏見を持ってないことも知ってる。ただ、理解してても感情が追いつかないだけ。)
そういうとフェアはシュンの目の前を飛んだ。どうやら怒っていたわけではないようだ。シュンはホッとする。
「・・・話を戻そうか。とりあえず、僕が今いるところがトラトスの森だってことは分かった。ここは宮殿からも割と離れてるから、とりあえずこの近くの人里に行こうかな・・・って思ってるんだけど、どうかな?」
(・・・従魔の私に聞くことなんてあるのかしら?)
フェアが冗談交じりに言う。
もちろん、おおいにある。
「僕はここら辺の地理には疎いんだ。旅はしたことあるけど勇者がいたおかげで特別優遇だったし、スキルのおかげで道に迷ったこともない。だけど今は違うから。ここら辺に詳しいフェアに聞かないで、僕の一存だけで決めるのは馬鹿げてるよ。」
(・・・じゃあ言うけど。)
フェアは思い出すように首を傾げた。
(まずこの森は本当のダンジョンではないけれど魔物の強さからダンジョン扱いされている。そのせいかここにはダンジョンに入る人向けの町が多いわ。・・・ダンジョン以外に名物もないし。だからここら辺の町は冒険者ばかりだと思うの。)
やっぱり思ったけど、なんでフェアはこんなに人間について詳しいんだ?
(話し声やテレパスで聞いた話をまとめているだけよ。・・・だけどこの場合、シュンは町に入らないほうがいいと思うわ。)
「どうして?」
(レベル1の少年なんて目立ってしょうがないじゃない。)
確かにそうだった。
特に冒険者は村人よりレベルが高い奴が多い。
(目立ったらまずいんでしょ?)
「うん。」
賢者のシュンは死んだ。そういうことにしておかないと、王子がシュンの息の根を止めようと躍起になって追ってくるだろう。
(だからこの場合は、トラトスの森を突っ切って反対側に出るのがいいと思う。)
「ちょ、ちょっと待った!」
慌ててシュンがストップをかける。
「トラトスの森がどんだけ広いと思ってるの!?『地図』のスキルがあるならともかく、それがないままでここを歩き回ったら迷子になって死んじゃうよ!」
(だったらレベルをあげてスキルを取得すれば問題はないでしょ?)
「それができたら問題はないよー・・・。」
『地図』のスキルが取得できたのはレベルが30になった時のことだ。できればレベルは20までにしておきたいし、30になるまでこの森で魔物を狩りまわるのは面倒だ。
(考えが足りないわよ・・・ここにはトラトスの森に棲んでた私がいるでしょ?途中までは案内できるから、その道すがらに経験値をためてレベルを上げればいいじゃない。)
「た、確かに・・・。でもさすがにレベル30まではなれないよ。」
(大丈夫よ、考えならあるから。ほら、さっさと行くわよ!)
「あ、待ってよ!」
まだ疑問を残したまま、シュンとフェアの旅はこうしてはじまった・・・。