捨てられた先の光に
真夜中、人気のない道を静かに一台の馬車が進む。その中には、数人の兵士とともに賢者と呼ばれる少年がいた。少年の名は、シュン。彼は痛みを堪えながら、答えなど出ない問いを繰り返していた。
(どうして・・・裏切られた? 許されない行為って、僕は一体何を?)
考えている間にも、体から力が抜けていく。シュンはステータスを確認した。視界にうっすらとステータス画面が浮かび上がる。
刺される前には三桁だったレベルが、今は50を切っていた。スキルはレベルに応じて使用できるので、レベルが下がるにつれて次々と自分のスキルが使えなくなっていく。
たくさんあった魔法が、使えなくなっていく。
シュンは魔法名が消えていく度に今までの思い出まで消えるような気がして、ひどく虚しくなった。
今使える魔法を使おうとするが、兵士が目を光らせていて魔法を唱えることが出来ない。
そのうち、40を切り、20になり、一桁になって・・・
遂にレベル1になった。スキルはゼロ。もう何もできない。倦怠感や虚無感のようなものが、シュンの胸を支配する。
シュンはぼんやりと上を見上げたが、横たわっていたシュンの目には古ぼけた馬車の天井しか映らなかった。
馬車は街道を外れ、森の中を進んでいく。
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森の中に入り、揺れがひどくなってからしばらくして、馬車が止まった。
兵士がシュンの身体を抱え、外に放り出した。
ドサッという音がしたが、シュンはうめき声一つあげない。
「おい・・・まさか、死んだんじゃないだろうな。」
「そんなわけないだろ。レベルを奪われて動けないだけだ。・・・それに、ここまで来ちまえば生きてようが死んでようが関係ないからな。」
「それもそうか・・・」
兵士たちを乗せた馬車は、そのまま元の道を引き返す。後にはシュン一人が残された。馬車の明かりがなくなった今、森は暗闇に包まれている。
シュンは捨てられた位置から一歩も動くことが出来なかった。レベルが急激に下がったことで体が鉛のように重い。体の動かし方がわからなくなっているのだ。しかし五感は異常に研ぎ澄まされていて、森の中に住む魔物たちの息遣いがここまで聞こえてきそうだ。
恐怖。
何が襲ってくるかわからない恐怖。魔物に生きたまま食われる恐怖。死ぬ恐怖。そして、孤独のままに死ぬ恐怖。
(人生、何が起こるかわからないっていうけど・・・さすがにここまでは誰も予想できないよ。)
――――実は、シュンの人生はこれが初めてではない。
初めの人生は、地球の現代日本で生まれた平凡な男子生徒だった。しかしある事件によってシュンは命を失いこの世界に転生し、その時に出会った女神からチートとも言える能力を授かった。シュンもラノベでその手の転生物は知っていたので、覚悟はしていた。はじめは能力を隠そうとしたのだが、この世界の常識を知らなかったためチートであることは瞬く間に世間に知られていった。魔法が特に得意だったシュンは後に”賢者”と呼ばれ、勇者のパーティーのもとで魔王を倒した。
王子に呼ばれたのはその後の出来事である。
こんな、下げて上げて落とすような人生、誰が想像できるんだよ。
シュンが自嘲気味に笑うと、森にかすかな光が灯った。
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それは本当に微かな光だったが、暗闇に慣れたシュンの目にはまぶしく映った。
(あれは・・・人、か? こんな森の奥に?)
そして光が更に近づいたとき、シュンは再び笑いたくなった。
光の正体は人間ではなく・・・魔物だった。体長は15cm程。薄緑の光を放つ人型の魔物。
(フェアリーか・・・)
フェアリーのレベルは人間で言えば35。今のシュンでは勝ち目などない。
(いや、オークじゃないだけ、ましか・・・)
オークの殺し方は残忍で、死なない程度に何度も殴られる。何日もそうやってサンドバックになった挙句、更に弄るようにして殺されるのだ。
それに比べれば、フェアリーの風魔法で首を飛ばされる方がましだ。
・・・情けないな、今の自分は。
いつもは絶対にあきらめなかった。絶体絶命の時でも、なんとか勝機を探った。考え付くことはなんでもやったし、どうしてもだめな時は必死に逃げることを考えた。
でも、今はそのどちらもできない。体がピクリとも動かない状態では、どうやっても勝つことはできないし、逃げることすらできない。
(こんな状態で、諦めるなってほうが・・・無理だよな。)
そう思いながら、シュンはゆっくりと、自分の意識が落ちていくのを感じた。