家事にはまったヤンキー少女を愛でる簡単なポジションです
処女作を初登投稿です
某県立高校2-Eには、ヤンキーと呼ばれている女生徒がいる。
この平成から令和に代わったご時世にヤンキーという表現はどうかと思うが、周りの生徒からはそう認識されている。
そう認識されてしまうくらいに行動が目立っているからだ。
曰く、遅刻早退欠席は日常茶飯事。
曰く、口とガラと態度が悪い。
曰く、暴走族と付き合いがある。
周りからは、『何故高校に来ているのか?』と思われている。
そんな女生徒に一人の男子生徒が関わるようになったのは、何時頃からだったのだろうか。
「オレには関係ねぇつってんだろ!!」
そんな叫び声が響いたと同時に、職員室の扉が勢いよく開き一人の女生徒が飛び出してくる。
男子生徒はすんでのところで躱し衝突を避ける事は出来たが、抱えていたプリントを落としてしまった。
「んなとこにつったってんじゃねーよ!」
開口一番それですか。
男子生徒はそんなことを考えながら関わり合いになると面倒だと思い、適当な謝罪の言葉を口にした。
「っ、男が簡単に謝ってんじゃねぇよ。」
そんな台詞を吐きながら女生徒は下駄箱の方へ向かう。
なら、どうすれば良かったんですかね?
そんな事を考えながら女生徒を見送ろうとし、用事があったのを思い出した。
「あ゛? 何の用だよ?」
帰ろうとしていた女生徒に声をかけると不機嫌な返事が返ってくる。
首だけ振り向いている女生徒に男子生徒は持っていたプリントを見せた。
提出期限が今日までの進路希望調査のプリントである。
男子生徒は教師に頼まれて他の生徒から集めたプリントを職員室に持っていく途中だったのだ。
「あ~、そんなんあったな。ワリィ、忘れてたわ。後でアイツのとこに持ってくから、そう言っておいてくれ。」
そう返した女生徒は再び下駄箱の方へ向かっていく。
担任をアイツ呼ばわり。男子生徒が『さすがヤンキー』と思ってしまうのも仕方が無かった。
まぁ、自分に危害が無ければ問題は無いだろう。そんな事を考えながら職員室に入った。
職員室の机で何やら書類仕事をしている担任を見つけ、声をかけた。ついでに女生徒の件も報告しておく。
「ああ、すまなかったな。」
失礼します、と帰ろうとしたが少し気になって女生徒の事を聞いてみた。
「ああ、彼女の事か。いやな、素行にやや問題があるのもだが、変な噂を聞いてな。
そんなはずはない、と確認しようと呼び出して話を切り出したら先程の通りでな。」
そんな担任の話に男子生徒は内心で思った。この教師は真面目だけど阿呆だ、と。
噂が気になるのはわからないでもない。だが、いきなり呼び出して『暴走族と付き合いがあるのか?』なんて言われたら誰でも機嫌が悪くなる。
そもそもとして暴走族ってまだ存在するのだろうか? バイクに乗ってたら暴走族扱いなのか?
成程、アイツ呼ばわりもしたくなる。多分だけど、この先生とあの女生徒は絶対にソリが合わない。
心の中で溜息を吐いた男子生徒は職員室を出て帰宅することにした。
・・・そう、この男子生徒はあの女子生徒とこれ以上関わることは無い。そう思っていたのである。
「あんた、バイトしなさい。」
ある日、自室でゴロゴロしていた男子生徒に向かって母親がそんなことを言い出したのだ。
男子生徒の母親はそこそこ有名な料理研究家をしており、料理教室を開けば毎回が満員御礼なのである。
「たいした仕事じゃないわ。教室の中を適当にウロウロして困ってる人が居たら助けてあげればいいから。」
そんな人気な料理教室であるため、どうしても目が行き届かない部分が出てくるのだ。
いつもならスタッフがいるのであるが、急に来られなくなったらしい。
困った母親が思いついたのが、自分の息子を利用もとい、手伝わせることだ。
シングルマザーである母親は息子に家事全般を叩き込んだのである。
そんな息子も女手一つで自分を育てている母親の気持ちが判らないはずもない。
元々の素質もあったのか、かなりの水準で家事をこなすことができるようになったのだ。
男子生徒はせっかくの休日ということもあり惰眠を貪ろうとしていたのだが、報酬に屈した。
日給一万円。しかも、おおよそ二時間で終わる教室なので、実質時給五千円なのである。
高校生にとって一万円というのがどれだけ偉大な臨時収入か。
「それじゃ、明日の10時までにあそこに・・・そう、あのスタジオね。そこに来てくれればいいから。
あ、これがレシピね。あんたも作ったことがあるから大丈夫だと思うけど目を通しておいてね。」
男子生徒はレシピを受け取り、ざっと目を通す。確かに過去に作ったことがある料理だった。
特に難しい工程も無く、手順通りに作れば誰でも作れる料理であった。
何故にメシマズなんて言葉が生まれるのか。そんなことを考えながら眠りについた。
「んじゃ、あんたは適当にしてなさい。」
男子生徒がスタジオに着くなり、母親はそんな言葉を言い放った。
まぁ、言われた通りにしておけばいいだろう。そんな事を考えていた。
会場にいる、あのヤンキーと呼ばれている女生徒を見つけるまでは。
タイム!と母親に告げてスタジオを飛び出す男子生徒。
飛び出した勢いそのままに100円ショップに駆け込み、マスクと伊達眼鏡を購入する。
『お互いに正体がバレたら絶対に良い結果にならない。』
男子生徒の頭に浮かんだのはそんな考えだった。そして、それは間違いないであろう確信があった。
母には花粉症ということにしておいてもらい、料理教室が始まった。
「・・と、いうわけでして、煮込み料理というのは大抵失敗しないようになってまして~」
参加者は判りやすく説明されている料理の手順を配られたレシピにメモを加えながら聞いている。
作る料理は予め告知されているし、非常に解りやすいレシピも配られている。
本当に簡単な手順を確認して、このまま調理に移る流れだ。
男子生徒はスタジオの後ろに立ち、そんな母親や参加者の様子を眺めていた。
そんな中で目を引くのは、やはりあの女生徒であった。
学校で観ている姿からは考えられないくらい熱心に母親の話を聞いている。
真面目過ぎて怖い、と無意識に思ってしまったのは仕方のない事か。
そんな事を考えていたら説明が終わり調理が始まった。
「早まったかな・・・」
女生徒は早くも料理教室に来たことを後悔し始めていた。
初心者歓迎、というワードに惹かれて参加してみたものの、周りは主婦を始めとした経験者ばかり。
場違い
そんな言葉が女生徒の胸をよぎる。
他の参加者は近くの人と談笑しながら順調に調理を進めていく。
―――女は度胸だ!
グダグダ悩むことを止め、手順に従い調理を始める。が、どうにも上手くいかない。
野菜の皮を剥こうとすれば実をえぐる。
上手くできないと焦ってしまう。焦ると、うまくいかない。そんな悪循環だ。
女生徒が落ち着こうと思えば思うほど焦って力が入ってしまう。
周りの視線が気になり始め、逃げだしたくなった女生徒。そんな彼女の元に救世主が舞い降りた。
見かねた男子生徒が手助けに入ったのだ。
一通り回って見てみたが手助けの要りそうな人はいなかったのだ。
後は母親にまかせれば良い。そんなことを考えながら女生徒に目を向けたら、ご覧の有様だったわけである。
あのまま放置したら包丁でまな板を切り裂きそうだった。それは流石に彼女に失礼だろうか。
あきらかに、力がはいりすぎているのである。
今回の野菜を切るのに力は要りませんよ。
男子生徒はそう言うと女生徒の手からスルリと包丁を取り上げ、見本を見せる。
タマネギを半分に切って、トントントンと微塵切りにしていく。
その姿を見た女生徒の瞳が輝いている。
さぁ、と包丁を返すと頷いてタマネギを切り始める。一度見本を見せたからか、要領良く刻んでいく。
次にニンニク、その次に茄子、と手順通りに切っていく。一度余計な力が抜けたからか、動きに淀みが無い。
これなら大丈夫、と男子生徒はその場を離れようとしたが女生徒の目力に負けたのか最後まで面倒を見ることにした。
まずは鍋でニンニクとタマネギをオリーブオイルで炒める、終わったら一口大に切った鶏肉を入れる。
そこに白ワインを入れて蒸し焼きにしたら、鶏肉を取り出す。次はホールトマトを鶏肉を出した鍋に入れ火にかける。
トマトが煮立ったら調味料を入れて味を調える。この調味料の分量が味の決め手である、は母親の談。
次に、先程取り出した鶏肉を鍋に再投入し、煮込んだ後に茄子とバジルを入れて再び煮込む。
これを器に盛ればチキンのトマト煮込みの完成である。
女生徒はやりとげた顔をしている。ちゃんと料理できたことが嬉しかったのだ。
他の参加者と実食して更に顔を綻ばせているのは無意識か。そんな女生徒の様子を見ていた男子生徒は困惑していた。
おかしい、あそこにいるのはあのヤンキーと呼ばれていた女生徒とは別人なのではないか?と。
片づけが終わるまでそんな事を考えていた男子生徒の元に女生徒が小走りで向かっていく。
バレタカ?!
そんなことを考えていた男子生徒にかけた女生徒の台詞は驚くべき台詞だった。
「あっ、あのっ、本当にありがとうございました。貴方のお陰でちゃんとできました。」
と、深々と頭を下げる。
男子生徒はどういたしまして、と答えるのが精いっぱいだった。女生徒は御辞儀して戻っていく。
これが違和感か。
男子生徒はその言葉の意味を魂で理解した。
料理教室から数日、男子生徒は例の女生徒を目で追うことが増えていることに自分で気が付いていなかった。
ただ、以前より遅刻と絆創膏の数が増えている事には気が付いていた。
それを見た他の生徒は「や~ね~」やら「また喧嘩でしょ」等と陰口をたたいている。
君子危うきに近寄らず。李下に冠を正さず。拘らないのが一番だと皆は思っているのだ。
男子生徒自身もそう考えていたが、その考えがフラグであることに気づく由も無かった。
「あんた、バイトしなさい。」
先日のバイト代で購入したゲームをやってる男子生徒に母親が声をかけた。
デジャヴュ?そんな事を考えていたら母親が言葉を続けた。
なんでも、仕事で知り合って仲良くなった夫婦が幼児を預かっているのだが日曜日はどぅしても夫婦で仕事に行かねばならず。
その知人夫婦の娘一人に任せるには荷が重いので、母親を頼ってきたとのことだ。
昼から夕方の間、家の誰かが帰ってくるまで手伝いをすれば良い、という話だった。
結局、男子生徒は日給一万円に釣られてその家に向かった。
過去に母親の料理教室の絡みで子供の相手も経験がある。そのことを思い出して遠い目をした。
あの苦労は良く分かってる。ならば手伝わねばなるまい。
それに、”知人の娘”が預かっていると言っていた。彼女いない歴=年齢な男子生徒としては幾らかの期待もしていた。
が、そんな期待も目的地の表札を見たら打ち砕かれた。
・・・この表札の名前、見たことがある。
恐る恐るインターホンを鳴らすと、少しして返事があった。
男子生徒が頼まれて手伝いに来た旨を告げると、玄関は空いてるから入ってきてくれと。
聞いたことのある声。
そんなことを考えながら家に入った男子生徒を待っていたのは、幼児を抱っこしている学校でヤンキーと呼ばれている少女だった。
女生徒は早くも挫けそうだった。
両親が姉の子供を預かったのは良い。ところが夫婦揃って急な仕事が入り女生徒に押し付けて行ってしまったのだ。
知人に手伝いを頼んだから少しの間だけ頼む。
そう言われて引き受けたが、言葉の通じない幼児を一人で相手にするのがここまで大変だとは思っていなかったのだ。
普段は姉や両親が世話をしているのを近くで見ているだけで、最初から最後まで自分で世話をしたことは無かった。
可愛い姪っ子ではある。が、さすがに限界はあった。
「誰でもいいから早く来いよぉ~」
情けない声で弱音を吐くと、その声に驚いた姪っ子がぐずりだす。
「ぁぁっ、泣くな泣くなぁ~」
慌ててあやしてやると幸いなことにすぐに泣き止んだが、本当に気が休まらない。
結構な泣き虫の女の子だ。だからこそ笑ってる姿は本当に可愛く、苦労が一遍に吹き飛ぶ。
「っ当に、ズリィよなぁ」
話しかけても首をかしげるだけだ。なんでもね~よ、と頭を撫でると再び女生徒に笑顔を向ける。
本当にズルイ。
オレもいつかはこんな風に自分の子供を抱っこするのか。
そんな考えをインターホンが邪魔をした。
両親が言っていた助っ人か。玄関の鍵は両親が行ってから閉めてなかったはず。
その事をインターホン越しに伝えて女生徒は玄関に向かった。
誰が来るか詳しい話は聞いていなかったが、助っ人が増えるのはありがたかったのだ。
「オラ、お前の遊び相手を迎えに行くぞ」
女生徒がいっている言葉を幼児は理解できないだろうが、キャッキャッと燥いでいる。
そんな幼児を抱っこしたまま、玄関で出迎える。
その助っ人と目が合った瞬間、女生徒は固まった。
アイツ、学校デ、見タ事アンナァ・・・
と。
気にいらねぇ。たった一つの単純な感情である。
2人で幼児の面倒を見ることになったが、女生徒の心は怒りの炎で燃え盛っていた。
オレに姪っ子を預けて仕事に行った両親が気に入らねぇ。
その両親から頼まれて子守を引き受けた知人ってのも気に入らねぇ。
そもそも両親に自分の子供を預けて出張とやらに行ってる姉が気に入らねぇ。
そして、何より
会ってたいした時間が経ってないのに姪っ子に気に入られて一緒にヘラヘラ笑ってるこの男子生徒が一番気に入らねぇ!!!
そんな女生徒からの圧を感じながら男子生徒は早くも一万円に釣られて安請け合いした事を後悔していた。
この幼児の機嫌を損なう事が無かったのは良い。が、女生徒からの射殺すような視線を感じていた。
彼女の気持ちは分からなくも無い。ぽっと出の人間が幼児と仲良くしてれば面白くも無いだろう。
女生徒と幼児の両方を刺激しないように夕方まで過ごさなくてはならない。なんと難しいミッションか。
そんなことを考えていたら、幼児が泣き出してしまった。場の空気を感じ取ったのだろうか。
あやそうとしたら女生徒が泣いている幼児を抱っこしはじめた。
「ほらほら、泣くんじゃね~って」
女生徒はいつもの通りに抱っこしたまま幼児の頭を撫でてあやしている。
普段だったら、少しすれば泣き止む。が、今回は普段とは違った。
いつもと違う。撫でても泣き止まない。むしろ
(オレを見て、泣いてる?)
その結論にたどり着くまで、さほどの時間はかからなかった。
「おい、どうしたんだよ? なんで泣き止まないんだよ? なんでオレを見て泣いてるんだよ?!」
無意識に声を荒げてしまっていた。その声を聴いた幼児は、更に激しく泣き出してしまう。
女生徒はパニックになっていた。
何故だ? 何故泣く? なんで俺を見て泣くんだよ?! なんで、いつもみたいに泣き止まないんだよ?!
もう、女生徒は訳が分からなくなっていた。気が付いたらあやすことすら止めていた。
可愛い姪っ子が泣いている。がしかし、どうしたらいいかわからない。
どうすればいい? 誰か教えてくれ。誰か助けてくれ!!!
誰でもいいから・・・
そんな考えが女生徒の頭の中で一杯になった時、声が聞こえた。
もう、怖くないよ
そう言うと男子生徒は女生徒から子供を抱きかかえ笑顔であやし始める。
頭を撫でて、抱っこしたまま揺らして、ずっと「怖くない」「良い子良い子」と囁き続ける。
少ししたら幼児は泣き止みはじめた。それを、ただ見ていただけの女生徒は驚愕するだけだ。
(ウソだろ?)
無意識に幼児に近づく女生徒を男子生徒は口に人差し指を当てて止める。
暗に「静かにしてろ」と言われたような気がした女生徒の心に再び怒りの炎が灯るが、押しとどまった。
今は何より姪っ子が泣き止むのを待つのが先だ。が、助勢とは更に驚くこととなる。
(泣き止んだ上に寝ようとしてる?! ウッソだろ?!)
この姪っ子は中々寝ない子供だったのだ。
昼寝はしないし、夜も中々寝ない。夜泣きをしないのはありがたかったが。
気が付いたら女生徒は男子生徒と姪っ子を見つめていた。
何故、平気な顔でそんなことができるのか? と。
男子生徒は幼児が寝たのを確認するとベッドに寝かせた。
本当にぐっすりと寝ており、さっきまでの大泣きが嘘のようだった。
「・・・なんで、泣き止ませる事ができたんだ?」
女生徒は聞かずにはいられなかった。寝ている姪っ子を起こさないように、できるだけ抑えた声で。
そんな質問に帰ってきた答えは意外な女生徒にとっては想定外な言葉であった。
子供は子供なりに周りの空気を察する、と。
だからこそ、あやす側が怒ってたり慌ててたりすると子供にその空気が伝わる。
子供に笑ってほしかったら笑ってあやしてあげればいい、と。
全部母親の受け売りだ、と笑いながら言うが女生徒には心当たりが多すぎて項垂れた。
確かに自分は怒っていた。そして、焦っていた。それが伝わっていたのか、と。
信憑性があるわけではないが女生徒は納得してしまった。
そして、その事に安心した所為か無意識に身の上話をしてしまっていた。
義理の兄だった人間の浮気が原因で姉が離婚したこと。
中学の先輩がバイクに乗ってて、たまに運転させてもらっていること。
その先輩を暴走族扱いされて頭に来たこと。
両親が姪っ子の世話をしているから、と始めた家事が思っていたより面白かったこと。
が、生まれつき不器用だったため料理だけは上達せず料理教室に行ったこと。
そこで押せてくれた先生が親切丁寧に教えてくれて料理が好きになったこと。
女生徒は愚痴を言いたかったわけではなかった。
ただ、家族ではない誰かに話を聞いてほしかったのだ。
その話を一通りしたあたりで女生徒の姉が帰宅した。
ぐっすり寝てる自分の子供に軽く驚きつつも男子生徒に礼を言っている。
その礼に「子供が可愛かったから大丈夫」と答えている。
「オレの事は無視かよ・・・
ぼそっと呟く女生徒も、これで楽しい時間が終わりか。そんな事を無意識に思っていた。
そんな女生徒に対し、男子生徒は、また学校でな、と言い放ち家を後にした。
姉が帰宅しいつもの調子に戻った女生徒は、変な奴、くらいにしか思わなかった。
そんな様子を見ていた姉が「もしかして彼氏?」などと聞いたおかげで妹の拳が姉の腹に食い込む結果となった。
その晩、女生徒は中々寝つけなかった。
姪っ子の件で油断していたのはあったが、あんな身の上話をしてしまったからだ。
学校で釘を刺しておかないとな。
その発想に至った女生徒は納得したのか眠りについていった。
子守というバイトが終わった月曜日。
男子生徒は教室中からの視線で針の筵だった。
何故にこんなことになっているのか。それは五分前にさかのぼる。
例の女生徒が教室に入ってくるなり男子生徒の席にまっすぐ向かったのだ。
そして、開口一番
「き、昨日の事は黙ってろよ! 誰にも言うなよな?! わかってんな?!」
と、大声で伝えたと思ったらそのまま教室を出て行ってしまったのだ。
判りやすく言えば早退である。いや、出席を取ってないから欠席扱いだろうか。
が、男子生徒にとってはそんなことはどうでもよかった。
問題は、そんな大声で言われた言を聞いていたクラスメイトの反応である。
遠巻きにヒソヒソ話が聞こえる。
そうか、こんな時に使うのか。男子生徒は魂で理解した。
どうしてこうなった、と。
女生徒は街を歩きながらも、自分の頭に血が上っているのがわかっていた。
原因は簡単である。教室での男子生徒へのあの発言である。
女生徒自身も何故にあんな態度を取ってしまったのかは理解できていない。
ただ、両親からも姉からも改めて礼を言っておいてくれ、と言われていた。
それは当然だし、自分でもそのつもりだった。
そう、教室に入るまでは。
当初は、どこかに呼び出して礼を伝えて、その上で昨日の身の上話を言いふらさないように釘を刺す。
それだけでよかったはずだ。
しかし、教室に入り男子生徒を見た瞬間にプランが吹っ飛んでしまったのだ。
気が付いたらあんな言葉を口走り、教室から飛び出していた。
そう、女生徒の心を占めるのは自分でも気づかない”恥ずかしい”という感情だった。
オレらしくない。例の一つも言えないのは人として最低だ。そう言われて育てられたし、間違っていない。
改めて同じことをすればいい、と考える度に血が上り熱くなるのがわかる。
ただ、怒った時とは違う熱さということは判っていた。
女生徒は無意識に舌打ちをして駅前の繁華街に向かった。
少し遊べば熱も冷めるだろうと。
本当に、どうしてこうなった。
女生徒からの”ヒミツにしとけよ”発言から数日、男子生徒は女生徒からの視線を感じていた。
手の絆創膏が減ってはいたが、何故か目が合うようになったのだ。
しかしながら、目が合うと女生徒は光の速さで視線を逸らすのだ。男子生徒が謎に思うのも仕方なかった。
相変わらず他のクラスメトから蔭でコソコソ言われてはいるが、原因をしっている男子生徒は微笑むだけだった。
そんなことを考えつつ帰宅しようとした男子生徒は、再び女生徒に呼び止められるのであった。
「あ、あのさ、ワタシとの事は誰にも話してないだろうな?」
消え入りそうな声で尋ねる女生徒。
何が何でもあの事を他の人間には知られたくないのだ。
ここで、つい悪戯心を出してしまったのが男子生徒の運のツキだった。
「・・・"オレ"じゃなくて"ワタシ"って言ってる方が可愛いな。」
エピローグ
男子生徒が目を覚ましたのは保健室であった。
覚えていたのは、これ以上は無いくらいに真っ赤になった女生徒の顔。そして力強く握られた彼女の拳。
その女生徒は半泣きでベッドの横の椅子に腰かけている。
目が合った瞬間、女生徒は大粒の涙を流して泣き始めた。
ただただ、ゴメンと繰り返す女生徒は、まさに料理教室にいた時の彼女であった。
その鳴き声に気が付いてやってきた保険医が言うには、殴られた勢いで頭をぶつけて脳震盪を起こしてしまったとのこと。
男子生徒は痛みを感じる部分に手を当ててみるが、小さなコブができているだけで血は出ていない。
特に問題はない、と判断し保健室を後にした。
帰宅前に担任に軽い事情聴取をされたが、彼女をからかった俺が悪かったという事になった。
女生徒もあまり乱暴な事はしないように、と注意されただけで済んだ。
阿呆な担任ではあるが、今回はそれに感謝する事になった。実際に原因は男子生徒にあったからだ。
学校から延々と無言で歩く。その無言は2人が別れる地点まで続いた。
別れ際に再び女生徒が謝罪をするが、男子生徒はお互い様だから、と流し無理矢理別れた。
家で母親に事情を話した男子生徒は盛大に笑われた後に怒られた。
どんな理由だろうと、助勢をからかっては駄目だと。
その身を持って理解した男子生徒は頷くしかなかった。
謝っておくか。そんな事を考えながら眠りについたのだった。
そんな男子生徒が学校に行ったら、校門で女子生徒が待ち構えていた。
オハヨス、と声をかけて通り過ぎようとした男子生徒の腕をつかんで止める女子生徒。
用件を聞いてもア~ウ~と要領を得ない。昨日の事?と聞くと静かに頷いた。
まだ始業時間には余裕があったため、人目のつかない場所に移動する2人。
女生徒が昨日の件を家族に放したら、両親に酷く怒られたらしい。
男子生徒としては貸し借り無し、と思っていたが女生徒の方はそうもいかないようだ。
それで悩んでいたら姉が「飯でも奢ればいいじゃん?」とか言い出したのだ。
それなら何処かの店で、と思った女生徒だったが両親から自分で作ったらどうだと言われて。
どうやって誘えばいいか悩んで悩んで、結局こうなってしまったのだ。
特に、周りの人間には知られたくなかったのだ。知られたら恥ずかしさのあまり女生徒は死んでしまうかもしれない。
そんな事を考えた男子生徒は笑ってしまった。つい、笑ってしまったのだ。
何が可笑しい、と女生徒は怒りだしたが、そんな様子も合わせて男子生徒は女生徒を可愛いと思ってしまったのだ。
素直に謝罪を口にして先程の件に了承で応える男子生徒。
その答えに女生徒は今までに無い笑顔を見せた。
本当に変わった女の子だ。
・・・・まぁ、そんな女の子を嫁にした男子生徒が言える事ではないが。
初めて、女生徒の両親に会った時
料理教室で助けて上げてたことがバレた時
バイクの免許を取って運転してた女生徒が事故を起こした時
彼氏彼女の関係になる前にプロポーズする結果になった時
それぞれに色々あったけど、全てが良い思い出となった。
女生徒は、もう少しで念願であった母親になる。
あんな出会いから夫婦、そして家族になるのだから、人生は本当に面白い。
我が子の鳴き声を聞いた男子生徒だった男は、これから嫁と子供を愛でていくのである。