契約獣フェンリル
「これって……」
「まさか、契約獣の印?」
顔を見合わせたマリサとオルガに、父は叫ぶように言った。
「よぶんだ、君だけの、契約獣を……!」
「お、お父様、私、契約した覚えなんて……」
「してるんだ、マリサがまだ幼いとき……出会ってるんだ、マリサだけの、契約獣に!」
「まさか……そんな……」
戸惑っている間にも、ルナはぶつぶつと猟銃への弾の補てんを行っていた。
今度は銃の勢いに負けないよう、片膝をついて銃を肩で固定し、こちらに照準を合わせている。
「なによ、契約獣くらい、みんな持ってるじゃない。一匹増えたところで、状況はかわんないのよ!!」
ガチャリと再び猟銃をこちらへと向けられる。
「ひっ……」
「姉貴、呼べ!」
「呼ぶんだ、マリサ!」
あああ、もうよくわからないけど、呼びます!
呼べばいいんでしょう!
「け、契約に従い、我が命に答えよ!」
マリサが叫び始めたのは、牢屋にいたときに看守のグレイさんから聞いた召喚呪文だった。
いつか教会に行くことが出来たなら、試してみたいと思ったから覚えていたのだ。
そしてマリサの声に答えるように、窓から見える空の色が暗雲へと変化していく。
「召喚!!」
最後の呪文を唱え終わったとき、ピカッと空が光り大きな雷が落ちた。
マリサは「ひ、ひえ?」と突然の衝撃に言葉がでず、ストンと腰を抜かした。
『久しいな……、我が主よ』
そこに降り立ったのは、青白く輝く羽を持つ、大きな狼だった。
「ふぇ、フェンリル!?」
「幻獣が、なぜここに……」
周囲のざわめきをよそに、マリサはじっとフェンリルと呼ばれる獣に見つめられ、開いた口をふさぐことができなかった。
「きれい……」
『我が主も、美しくなられたな』
フェンリルは嬉しそうにマリサの頬へと顔を寄せると、すり寄ってきた。
「な、なんなのよそれええええ!! そんなのが、契約獣だなんて、聞いてないわよ!!」
わなわなと怒り狂ったように声を荒げて、フェンリルへと銃を撃ち続けるルナ。
フェンリルは銃弾をものともせず、ワォオーンと遠吠えをしながら翼をバタつかせる。
すると銃弾はピタリと空中で止まり、圧縮されるように弾がつぶれるとその場にカランと転がった。
銃弾が効かないとわかったルナは、身体を震わせて猟銃を足元へと落としてしまう。
「なんで、なんで!! なんであんただけ……ふふっ……こうなったら!!」
ルナは狂ったように頭をかきむしると、再び猟銃を手にした。
「あっ、いけない……!!」
「あはははは、あははははははははははははははは!!!!」
腰を抜かしたまま、震える声で嘆くマリサの声はむなしく、ルナは無差別に周囲の逃げ惑う人々を打ち殺していった。
「あんたが悪いのよ!! みんなが死ぬのはあんたのせい!!!」
「だ、だめ、みんなを助けて……っ!!」
『御意』
マリサがフェンリルへと懇願すると、フェンリルはふわりと身体を浮かせ、ルナへと飛びかかる。
「く、来るんじゃないわよおおお!!!!」
怯えて無作為に銃を撃とうとするが、弾の補てんが出来ておらず、ルナはとっさに懐からナイフを取り出し、振り回した。
「うあああああああああ」
『ガァアアア!!』
フェンリルがルナに食い掛かるあと一歩というところで、バチチチチッと空間に境界を引くように閃光が放たれた。
予想だにしなかった突然の衝撃に、フェンリルは一瞬怯み、後ろへと飛んで後退する。
『!?』
「な、なに……っ?」
ルナの目の前には、見知らぬ男が一人、立っていた。
「くせぇくせぇと思って来てみれば……。よほど人間は争うことが好きなんだな」
黒いコートを羽織った長身の若い男は、見慣れぬ灰色の肌をしており、うなじからサイドへとひとくくりにして垂らしていた長い髪をくるりと指でいじりながら、フェンリルを見つめていた。