罪の代償
「あれは……もしかして……」
「ルナ!!! やめるんだ!!」
エイヴァンに『ルナ』と呼ばれた少女は、手に猟銃を持っている。
「私のおばあちゃんと、弟のルーを返して……!!!!」
やはり。彼女は、エイヴァンが夢中になっているというパン屋の娘だ。
「衛兵は何をしている! その少女を押さえなさい!」
ツェリフォード侯爵が顔を険しくして、周囲の警備兵へと声をかけた。
しかし、法廷内にいる警備兵は誰一人として、その場を動けずにいた。
「だ、ダメです! 身体が動きません……ッ!!」
猟銃を構えるルナの傍には、小さな蛇の姿があった。
――契約獣だ。その姿を確認すると、すぐにツェリフォード侯爵やエイヴァンは状況を把握した。
「契約獣を顕現させて、能力を使っているのか……ッ!」
契約獣は、普段人の眼には見えない。
しかし、契約獣の能力を発動させるときにのみ、誰の眼にも見えるよう顕現させることが出来るのだった。
「どうしてなの!! 私の家族がみんな死んだのに、なんであんたは生きてるの!! なんであんたの家族は無傷なのよ!!」
「そ、それは……」
鬼気迫る表情は、怒りと悲しみで染まっており、ルナの美しいと言われていた顔を鬼のように恐ろしく歪ませていた。
「許さない!!! 何でも持ってるあんたが、のうのうと生きていくなんて!!!」
ガチャン、と猟銃を構えるルナに、マリサは何もできないでいる。
恐ろしくて、ただ「やめて…」と震える声で嘆くことしかできないでいた。
「あんたの家族から殺してやる!!!」
そう言って、バンバン、と連続して猟銃を放った。
「きゃああああああ!!!」
無関係な人間が被弾し、バタバタとその場を倒れていく。
ドクドクと流れる赤い血に、エイヴァンもマリサも真っ青になった。
どうやら、ルナは扱いなれない銃で、狙いが上手く定まらないらしい。
「なんてことを……夢なら覚めてくれ……」
エイヴァンはへたりとその場に座り込み、頭を抱えた。
「なんでっ、当たんないのよ!!!」
苛立ったルナは、更に弾を補てんさせると、マリサの両親へと銃の照準を合わせた。
マリサがガクガクと足が震えさせて動けないでいると、両親の前には、果敢にも弟のオルガが楯となっていた。
「だ、だめよ。オルガ、下がって……!」
「やだね」
母の必死の声も聞かず、マリサの顔を一瞥してべっと舌を出して生意気な顔をする弟。
このままでは、オルガが死んでしまう……!
そう思ったら、マリサの足は駆け出さずにはいられなかった。
「死ねええええええ!!!」
気づけば、マリサは両親と弟の前へと飛び出し、両手を広げて立っていた。
「姉貴!?」
「マリサ!?」
驚く弟と両親の声と同時に、放たれた銃弾は、マリサの手足をかすった。
ポタポタ、と血液が散る。
「やった!! やったわ!!! 今度は確実に仕留めるから!!!」
嬉しそうにはしゃぐルナに、マリサは冷静だった。
先ほどまで震えていたマリサとは別人のようだ。
「あなたの罪は、私の罪ね。あなたが私を傷つけるのは構わない。
私が招いた悲劇よ、私はすべてを受け入れるわ。
けれど――、何があっても、私の心は屈しないわ!!」
ゴーン、ゴーン……
法廷にあるはずのない教会の鐘の音が鳴った。
「な、何っ!?」
「これは、アンヴァジェリアンの鐘? なぜ、宝物庫に眠っているはずが……」
司祭は慌てたように、法廷にある女神像へと手をすり合わせた。
「いった……」
「姉貴、大丈夫かっ?」
私の小さな悲鳴に、弟のオルガがはっとして私が抑えた手の甲へと目をやる。
そこには、三日月型のアザが出来ていた。