法廷での裁き
そして――ついにやってきたのだ。
裁判のときが。
「マリサ……今日で、お別れだな」
「グレイさん、今までありがとう。私、生きてる中で、一番楽しい時間だった!」
笑顔でグレイにお礼をいうと、うっとグレイは嗚咽を漏らしながら涙を流し始めた。
「泣かないでよ~。私、すごく幸せだったよ! グレイさんだけじゃない。アルさん、ジョーンさん、本当にありがとう!」
グレイの後ろですでに泣いていた他の看守の面々にも、マリサはお礼を言って回った。
「私、今度転生したら、グレイさんの子供に生まれたいな♪」
「そうだな。そうしたら、絶対犯罪なんか、させやしないよ」
「あはは♪ 本当だよね―…」
グレイの真摯な瞳に、思わずマリサは目線をそらした。
泣いてしまいそうだったからだ。
「マリサ。最後に……この化粧道具をつかってやってくれないか」
「えっ……こんな高級品、どうしたの……」
「俺も持ってきたんだ」
「おれも。これを使ってくれ」
グレイや、他の看守たちが手にしていたのは、それぞれ紅であったり、ファンデーションであったりと、平民ではなかなか手が出せないような品物ばかりだった。
「家内が一つだけもってる、ここぞというときにだけ使う化粧品だ。今こそ、マリサに使ってもらいたいと思ってな」
「綺麗になりたいってマリサの最後の願い。俺たちも手助けしたかったんだ」
「みんな……ありがとう」
マリサは化粧品を受け取ると、ぎゅうっと胸元に抱えて抱きしめた。
そして、ひとつひとつ、化粧品を手にすると、自分の顔へと施していく。
「どうかな? 私、可愛くなった?」
振り返ったマリサの姿に、グレイたちは息を飲んだ。
そこには、美しく微笑む天使のような少女の姿があったからだ。
「とっても、可愛いよ!」
グレイたちはその場でわんわんと泣き喚き、マリサはそんなグレイたちを背に、法廷へと連れて行かれた。
――法廷。
それは、神々の御前をもって、嘘偽りを暴く場所。
ヴァシュレイン国の信仰する神『アンヴァジェリアン』を祭ってる教団でもある。
(ここが、法廷……一生縁がない場所だと思ってたな)
アンヴァジェリアン教団は、罪の真実を暴き、罪人の処遇を決定する最高機関でもあった。
ここで行う裁判は、マキュリウス公国の領主であるツェリフォード公爵家が取り仕切る。
「罪人、法廷へ入れ」
ギイと重厚な扉が開くと、そこにはツェリフォード公爵家、グランド伯爵家、そして、マリサの家族であるレイガット侯爵家が揃っていた。
「お父様……お母様……」
悲しそうな面立ちで参列している家族。
そこには、滅多に家に帰らない弟の姿もあった。
「誰だあれは……」
「今回の裁判はマリサ・レイガットの断罪ではなかったのか……?」
ざわりと騒がしくなった法廷に、私は俯きながら、法廷の中心へと向かった。
「これより、マリサ・レイガットの裁判を始める」
「はい」
私が返事をしたことで、さらに法廷はざわめきだす。
「お待ちください! そいつは偽物です!」
ガタリと席を立って裁判を進行を止めたのは、私を牢屋送りにした元婚約者のエイヴァンだった。
「偽物、とはどういうことでしょうか。牢屋にとらえてから約一ヶ月。牢屋に入っていたのはそこの少女です。マリサ・レイガットに違いありません」
「そんなはずはない! こんな、か弱い少女を身代わりにするなんて……。マリサ嬢をどこへやった!!」
「え、エイヴァン様……」
婚約者であったマリサのこともわからなくなってしまったのかと、マリサはぽかん驚いて間抜けな顔をした。
そこへ、母が証言した。
「間違いなく、そこにいるのは私の娘。マリサよ。これ以上、私の娘を侮辱しないでくださる」
母は、以前よりずっとやつれてしまった。
家を貶めるきっかけを作ってしまった、マリサのせいであるのは明らかであった。
「お母様……」
「マリサ……」
「確かに、母君に瓜二つの美しい面立ちだ。本人に違いない」
「まさか……っ」
エイヴァンだけでなく、法廷中がざわめいた。
「あの100㎏の巨体が……」
「見ろ、あの肌の美しさを……」
「まるで女神の生まれ変わりじゃないか」
「それに、とても素敵な洋服だわ、まるで天使のよう」
「静粛に。静粛に! では、裁判を進める」
裁判は淡々と行われた。
流れは、エイヴァンが言った通りだ。
マリサが、道でぶつかってきた老婆と少年を痛めつけ、そのまま死に追いやったというもの。
昼間の人通りの多い通りで起きたことだったので、目撃者は多数おり、言い逃れ出来るような状況ではなかった。
更には、この事件に何の関係もない過去のマリサのちょっとした意地の悪い行動もすべて暴かれ――、エイヴァンが本気で侯爵家を叩きつぶす気なのだと感じた。
「マリサ・レイガット。異論はあるか?」
「……ございません」
わぁっと母が泣く声がした。
そんな母や私の姿を見て、司祭は言った。
「これで最後だ。本当に、君がやったことなんだね?」
「…………厳密にいえば、私はやっておりません」
「貴様……!」
私の一言に、エイヴァンは怒ったように声を荒げた。
「しかし、間接的であったとしても、私が原因で不幸な結果になってしまったとすれば、それは私の罪なのでしょう」
「……そうか。罪を、認めるのだね」
「はい」
マリサの凛とした迷いのない返事を最後に、司祭は後ろへと下がり、今度はツェリフォード公爵が前へと出た。
「マリサ・レイガット。己の罪を受け入れるその姿勢、まだ15歳の少女だというのに、恐れ入った」
「ありがとう、ございます……」
「だが、マリサ嬢には罪を償ってもらわねばならない」
「はい……」
いよいよ、死刑宣告か、とマリサはぎゅっと唇を噛みしめた。
「マリサ嬢は、流刑とする!」
「……へっ?」
「そして、レイガット侯爵家は爵位を返上し、変わりに伯爵を授与する」
「なっ……」
思った以上に軽い刑罰に、マリサやその家族、エイヴァンは驚きの声を上げた。
「なぜです! マリサ嬢は死刑で、レイガット侯爵家は爵位剥奪ではないのですか!」
「ああ。だから、マリサ嬢は罪人として生きるという死よりも重い刑となり、レイガット侯爵家も爵位剥奪されただろう?」
「なっ、そういう、ことでは……!」
「以上を持って、裁判は終了とする!」
ワアア!と法廷中が沸いた。
もう終わりだと言われていたレイガット家が、侯爵から伯爵へと位を落とすだけで済んだのである。
「号外だ、号外だ!」と町へ飛び出す傍聴者がいた。
「……どれだけレイガット家が村人から愛される存在なのか、わかったかね」
「ツェリフォード公爵……」
「君は、今後は家族のためだけにつくすんだ。それが、君の罪の償い方だよ」
「っ……はいっ!!」
優しく肩に手を乗せて微笑むツェリフォード公爵に、うるりと涙がこぼれ落ちそうになった。
ありがとうございます、ありがとうございますと、繰り返しお礼をいうマリサに、公爵はにこにこと隣で微笑んでくれた。
「許さないわ!!!!」
「え……?」
お祝いムードだった中に、鋭い言葉の刃が切りかかってきた。
憎しみのこもった声をたどると、法廷の入り口に少女が立っていた。