婚約者エイヴァン・グランド
マリサ・レイガットは、上級貴族である。
古くから続く名家であり、父は公国の内閣に名を連ねる財務大臣である。
母は『マキュリウス公国』が属する『ヴァシュレイン国』の王族の血を引く姫であった。
母は王位継承権が32位と低い身分であったため、力をつけてきたマキュリウス公国と親交を深めるために、上級貴族で年頃にあった父と結婚したのだった。
もちろん、そのことで王族の血を引いたマリサは、公国内でも目立つ存在であり、逆らえる者などいないに等しかった。
マリサは産まれた時から求婚され続け、贈り物が毎日のように家に届いた。
結果、おいしいものを好きなだけタラフク食べ、綺麗なものを身に着け、ワガママボディとワガママハートを持った少女へと成長してしまったのである。
今年で15歳となったマリサには、婚約者がいた。
グランド伯爵家の長男で、マリサの家より爵位は劣るものの、成績優秀で将来有望な美男子である。
「お嬢様。本日もエイヴァン・グランド様より贈り物が届いておりますよ」
「まあ! 今日は何かしら!」
毎日届く贈り物は、マリサの楽しみの一つだった。
「今日は真珠のネックレスね。ちょっと私には地味だけど」
ウキウキと鏡の前でネックレスをつけようとするマリサ。
しかし、ネックレスがなかなか首に回ってくれなかった。
「ユリ! ちょっと手伝って!」
「はい、お嬢様」
マリサ専属のメイドにネックレスを渡し、無理やりネックレスをはめた。
「ちょ、ちょっときつくない? 苦しいんだけど」
「そうですね……マリサ様にはサイズが合ってないかと」
「…………」
「贈り物ばかりでなく、お嬢様に会いに来てくださればよいのに……」
「……忙しい方だもの。あと1年で結婚だし、それまでの辛抱だわ」
そうなのだ。
婚約者であるにも関わらず、エイヴァンは贈り物だけは欠かせないが、まったく会いに来なかった。
最後にあったのは、おそらく2年前。
「彼は、私との将来のために頑張っているのよ。私がワガママ言っちゃダメなのよ」
「お嬢様……」
マリサは、普段はワガママばかりだが、エイヴァンのことに関しては我慢強かった。
6歳のとき、社交界デビューの日に、一目見てすぐに恋に落ちた相手だったからだ。
嫌われたくない、その一心で、エイヴァンを思い続けていた。
「た、大変ですわ~~~!!」
しんみりと語っていたところに、マリサの部屋へと慌ただしく駆け込んできたメイドがいた。
「なんなの、騒々しい!」
「お、お嬢様! 大変なのです!! エイヴァン様が……っっ!!」
「え、エイヴァン様がどうされたの!」
息を切らして言葉を紡ぐメイドに、マリサはドキリと胸を跳ねらせた。
「下町の娘と、う、浮気をされてらっしゃったそうなんです!!」
「な、な、なんですって――っっ!!!」
メイドの知らせを聞いたマリサの顔は真っ青になり、家中の者に響くくらいの声で叫んだ。