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 放課後である。一般の生徒たちは皆、下校の途に就いているが、この一年一組は違った。部活がある生徒もいるはずだが、誰も教室を出て行こうとしない。それどころか窓も扉も閉め切って、外のからの干渉を一切拒んでいた。

 腕を組んだ皆が一様に円陣で囲っている先にいるのは、自分の席に着いている枸橘皐月である。どの顔にも怒りがあり、それを彼に向けている。さほど怒った風でもなく僅かに円を外れているのは、俺と翔威と萬里小路、そして獣と化していたギャルグループである。

 俺は怒ってもいいんだけどまあ、気力がなえているというか、無駄を悟っているから。

「枸橘、こういうのは困るんだけど」

 沢城が代表して彼を問い詰めるつもりだったのだろうが、黙っていられず皆が次々に口を開いた。遠巻きにしていたのが嘘のようではあるが、これはこれでつるし上げと変わらない。

 一緒に巻き込まれたはずの担任教師は、ここにはいなかった。彼はすっかり落ち込んでしまい、帰ってからするはずだった他のクラスの授業すら自習にしてしまったらしい。授業しろよ。

「お前、何でもできるって言ったじゃん」

「今回できなかったよな」

「修行中だっつうなら身の程弁えろよ」

「だいたい、誰の願いを叶えるにしろ巻き込まねえだろ、普通」

 散々責められてもぼんやりしているようにしか見えなかった枸橘が、不意に首を動かした。最後に言葉を放った生徒の方を向いて、怯んでいる彼にぽつりと言う。

「駄目なの?」

「は、はあ? なんで許されると思ってんだよ、駄目に決まってんだろ」

「知らなかった」

「普通、願い事した奴以外に魔法は使わねえだろ……」

「こんなに反発されるとは思わなかった」

 巻き込むつもりはなかったと彼は言ったが、純然たる「つもり」であり、反省しての発言ではなかったようだ。多数の生徒が呆れる中、こちらは明らかに飽きたと言う風情で髪をいじりながら御処野が告げた。

「なあ、もういいんじゃね? そいつに何言ったって無駄だろ」

「無駄かどうかはあなたが決めることじゃないわよ、御処野さん」

「じゃあなんだよ、そいつがゴメンナサイって言うまで続けるのか? 不当裁判みてえなやつをよ」

「なんですって?」

「ゴメンナサイ」

 御処野と沢城が睨み合う中、あっさりと枸橘が告げる。しかし誠意がこもっていないな。なんだその、言わされてる感。

「見りゃ分かんだろ? そいつ、ずっとこのクラスでつまはじきにされてたから、誰のことも慮れねえし『みんなの考え』なんか知らねえんだよ。悪いもん無理に探すんだったら、あーしら全員悪いってことだろ」

 きっぱりとした御処野の言い分に、俺は図らずも感動していた。こいつ、お洒落と男のことにしか興味ないパーだと思ってたけど、思ったよりもちゃんと考えてるし、見てるんだな。他の奴も同様みたいで、みんな目が覚めたという顔つきだ。沢城一人だけ悔しそうだが。

 否、もう一人、西園寺が悔しそうにしている。その彼に向かって、御処野はさらに言葉を重ねる。

「おいそこのヤンキー。お前が悪いんだぜ。お前がこの馬鹿をさんざん追い回すから、みんなビビッて近づかなくなったんだ。お前が責任取るか?」

「あ? なんで俺なんだよ、ふざけんな」

「うるせえな、乳首捻るぞ」

 御処野の横で桜花が凄むと、西園寺はびくっと体をすくませた。これは当分、玩具になるフラグだな……。

 同時にヤンキー(笑)への恐怖が、みんなの中で薄れていくのを感じた。何が彼を怯えさせているのか分からない顔をしている生徒もいるが、明日には真相が広まっているだろう。西園寺は歯をきしらせていたが、もう誰も枸橘を責めようとしていないので、輪に加わる必要もないと見てさっさと教室を出て行った。

「あーしらも帰るわ。じゃあな」

 次いで、御処野らも出て行った。沢城が止めようとしていたが、無駄だと悟ったのか途中でやめた。代わりにぽけっとしている枸橘に釘を刺す。

「次からは巻き込み型魔法は禁止だからね。分かった?」

「あい」

 殊勝に頷く魔法使いを残して、ため息をつきながらそれぞれが帰宅の途に就いた。萬里小路は何か言いたそうにしていたが、特に何も言うでもなく教室を出ていく。俺と翔威も続こうとして、まだ席に座ったままぼんやりしている枸橘が気になって、足を止める。

「おい、もう帰っていいんだぜ」

「あ、そうなんだ」

 言われてようやくもそもそと帰り支度を始める枸橘の前から立ち去りづからかったのは、気になることを思いだしたからだ。

「あのさ、俺って一応、願い事叶えてもらったわけじゃん。……何か、お前に払わなきゃいけないもん、ある?」

「え? ……ないけど」

「マジで? タダでいいのか?」

「言ったでしょ。ぼくは修行中の身だからって。神様になったらまた違うけど」

「お前それ、西園寺に教えてやれ」

「なんで?」

 彼がどれほど怯えていたか知らないし、当然のように慮れない枸橘はきょとんとしていた。俺は理由を説明せずに「いいから」という便利な言葉を使った。一応了承はしてくれたようだ。

「翔威も、よかったな。何も払わなくていいってよ。……でもまさか、お前も萬里小路と同じ悩みを抱えてたなんてな。性的マイノリティってやつ?」

「え、違うよ?」

 俺が言いづらそうにしていることなどお構いなしに、あっけらかんと翔威は言い放った。

「女子になれば露出度高いコスプレできるだろ? そしたら集客力上がって売り上げ上がるかなって」

「そんな理由かよ!」

 とんでもなく軽い理由で現在の性別を捨てようとした男。最低だと言わざるを得ない。これは萬里小路に謝らねばなるまい。同じにしてしまって済まないと。

「売れたいって願えばよかったのに」

 すぐ後ろにいた枸橘が、背後霊のように気配も感じさせずぬっと顔を出した。その挙動にビビりつつも、すかさず翔威は「その手があったか」と顔を輝かせ、なんで思いつかないんだという俺のツッコミを無視して願い事を申し出た。

「売れたいです!」

「はい」

 いつぞやのコッペパンと同じように突如、枸橘の手の中に出現したのは、デッサンの本だった。結構本格的な奴で、分厚くて値も張りそうだ。翔威は勢いでそれを受け取りつつも、胡乱なまなざしを枸橘に注ぐ。

「お前、まだアスピル状態なの?」

「何事も一朝一夕にはいかない……」

「お前が言うな!」

 翔威は分かりやすく立腹しながら、一人で教室を出て行った。しかしもらった本は返そうとしない。振り返りもせずそのまま走って行ったところを見ると、山ほど練習してやると闘志を燃やしているのかもしれない。

「お前さあ、魔女っ子でもいいけど、もう少し常識つけろよ」

「同人誌のノウハウ本の方が良かった?」

「そうじゃねえよ」

 残された俺は仕方なく、枸橘と連れ立って下駄箱に向かう。放課後の廊下はなんだか妙な解放感にあふれていた。行き交う生徒の顔がどれも、厳しさから免れているせいかもしれない。一年一組の生徒はきっとみんな、ひどく疲れた顔をしていただろうけど。

「ぼくだって、自分がずれてることぐらい分かってる。常識だってつけたいさ。でも……君はどうやってそれを会得したの?」

「そりゃあ、友達づきあいとか」

 普通に答えてはっとした。こいつにそういうものがあるとは到底思えない。失礼な話だけど、友達がいたらここまで人の心に鈍感ということはないだろう。

「じゃあ、友達になってくれるかな」

「……しょうがねえな」

 ここで断れるほど、俺は冷たい人間に徹することはできない。とんでもない相手だと言うことは重々承知だが、こいつとてまだ人間なんだ。お供えを待つ神様じゃない。話せば分かる相手なのだ。

「良かった。よろしくね」

「お、おう」

 枸橘は俺の快諾を受けて、少しだけ微笑んだ。無表情がほんの少し緩んだだけの変化だったが、やけに惹きつけられるものがあった。こいつ、もしかしたら笑ったら結構モテるタイプなんじゃないだろうか。表情がないからそうは思えないだけで。

「なあ、お前は女体化しねえの」

「ミミくんは、たいそうおっぱいに固執していたね」

「そ、そそそそそんなんじゃねえよ」

 思いきり動揺してしまったが、そういう欲望は一般男子には当たり前のことで別におかしいことじゃないはずだ。俺一人が特別すけべってわけじゃない。断じて。

「自分には魔法はかけられないんだ。でもそれが、君の願い?」

「願いじゃねえよ。まあそりゃ、なんでもなんて、叶いっこねえよな」

 外に出ると、真っ青な秋空が夕焼けに染まろうとしていた。高いそれを見上げながら、弁当箱がなくなったことをなんて母親に釈明しようかと考える。さすがにそれを願い事にして、隣の魔女っ子に託す気はなかったけれど。そういえば結局翔威には代償を払わずじまいだった。

「もっと腕磨けよ、魔女っ子」

「気になってるんだけど、それってどういう意味?」

 俺は半端な魔女っ子と肩を並べて、何の不思議も存在しない夕焼けの下を歩き出した。


End


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