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 結局、枸橘の魔法を見たのはそのパンの出現一回きりだったので、俺の中では魔女っ子たりえなかったのだが、聞くところによると何やら人目を忍んで彼に願い事を叶えてもらった輩がいるらしいということだった。もちろん大っぴらにすれば西園寺に目をつけられるというのもあるだろうが、電波かもしれない奴においそれと近づくには勇気がいるだろう。

 だから彼は、クラスでは常に孤立していた。誰ともつるまず、輪の中に入っていくことも入れてもらうこともせず、ただ変わらぬ表情で前を向いているだけだった。授業以外では、時々スイッチの入った西園寺に追い回される時以外、じっと座っていた。瞬きしているかどうかも怪しく、もしかしたら実は人類ではないのかとひそかに探った生徒がいたようだが、どうやら本籍地もあり両親も健在の、生粋の日本人であることが判明しただけだった。

 彼の親は息子をどう思っているのだろう。魔法の杖もアイテムもなく不思議の力を駆使して将来神様になると豪語している彼を。聞いてみたい気もしたが、肯定されても余計に混乱するだけなので全く一切行動とかはしなかったけど。

 クラスメイトたちは様々だった。馬鹿にする者、空気のように無視する者、腫れ物に触るように遠巻きにする者。いずれも積極的に関わろうとはしなかったことだけは共通している。

 それは名を変えたいじめだったのかもしれないが、俺たちにその認識はなかった。いじめられる方にも問題があるなんて言葉は、いじめっ子に都合のいい言い訳に過ぎないというのは嘘だと思っていたぐらいだ。この場合、いじめをしているのは西園寺だけだと、誰もが責任を彼に押し付けていた。

 そんな状態だったから、如月も当然いじめに気づいているはずもなく。もっともあいつは誰の目からもはっきりわかるほどのガチいじめが発生していたとしても見ないふりをしそうだが。枸橘の自己紹介を聞き流したように。

 だが、今。女体化した今。あいつの魔法は本物だと言わざるを得ない。しかもおそらくクラス全員、引率の担任まで巻き込んでいる以上、もはや否定することは出来かねた。

「なんでこんなことしたんだろうな」

 俺と翔威は協議の末、上を目指して進んでいた。目標は山頂よりも登山道なのだが、やみくもに探し回って体力を無駄に浪費するよりは、明白な目的地から下った方が安全だと思われたからだ。天辺からなら嫌でも下るための道は見つかるはずだし。ちなみに山頂には社が立てられているらしいが、小学生の遠足ではそこまで行かないから今回が初お目見えである。

「こんなことって、女体化男体化か?」

「しかもクラス全員っぽいだろ。やっぱいじめの、仕返しかな」

「いじめなんて僕らしたっけ」

 翔威は心当たりないと言う顔をしている。きっと他のクラスメイトも同じ顔をするだろう。俺だってまだ半信半疑だ。誰もにその自覚がないから、たちが悪い。だが他に理由も思い浮かばない。

「あいつの立場に立ってみたら、いじめと受け取られても仕方ないかもな。受ける側がそう感じたらいじめは成立するんだってさ」

「だったらあいつのせいじゃなくて、直接いじめてた西園寺の……あっ」

 突然翔威が声を上げて口を押えたのは、視線の先にその西園寺を見つけたためだった。なぜ分かったかというと、金に脱色した髪とその耳に特徴的なピアスをしていたためだったが、それらがなくてはこの距離からではきっと誰なのかすら分からなかっただろう。

 如月に引けを取らない長身だった彼は、まるで面影もない小柄な女子と化していた。全体的に幼いためピアスが浮いて見え、指輪は転げ落ちてしまうためか膨れたポケットの中に入っているようだ。そういう意味ではロリ顔巨乳になった如月といい勝負だったが、西園寺の胸は年相応に(?)ぺったんこだった。真っ平らで、ふくらみのふの字もない。凝った髪形はどこへやら、金の髪はセミロングほどの長さとなり、本人の体から取り出していることを示すように根元は黒く、プリンのような頭になっていた。

 だが幼い顔をしていても、西園寺真尋である。恐ろしい形相で睨んでいる先にいるのは、そっと隠れようとしている俺たちではなくもう一人、男子の恰好になった女子だった。

「あいつはどこだ」

「ボクが知るわけないし、知ってても教えないよ」

 鈴が転がるようなかわいらしい声を必死に低くしている西園寺に、まるでビビった様子もなく答えたのは萬里小路紗綾(までのこうじ さあや)だ。特徴的な自称と苗字のためやたらインパクトを持って記憶していたが、本人はいたって物静かで目立たない女子生徒だった。覚えたのは翔威が「あいつボクっこだ」と騒いだせいだ。しかしそのせいで彼女がクラスで孤立していたりということもない。もっと強烈なのがいるため、その程度かという認識になってしまっているのだ。

 もっとも彼女とて目立ちたくてその自称を使っているわけではないだろう。聞いてみたことはないけれど、なんとなく。

 その萬里小路は、本来小柄な女子だ。だが今では西園寺を易々と見下ろす存在となっていた。しかも御処野とはタイプの違うイケメンぶりで、あちらがチャラついた雰囲気だとすればこちらは、凛々しい美形と言うべきか。西園寺相手に笑顔を見せる気はないのか、無表情なそれは冷たい印象すら抱く。

 そんな萬里小路の態度は、お山の大将でいたい西園寺の反感を買っただけだった。現在地も分からないこのお山では当然、そんなもの気取れないだろうが。

「てめえ、あいつを庇い立てする気か」

「庇うわけじゃないけど、君、仕返しする気なんでしょ」

「はあ!?」

 西園寺は凄むが萬里小路は少しも怯まない。それどころか彼への距離を詰めていく。その隙にと、俺たちも彼らに見つからない木の影に向かって、そっと歩を進める。それにしても仕返しってなんだろうか。西園寺はあいつに何か、されたのか? いつもしている側なのに。

「正しくは仕返しの仕返しかな。君が願い事を叶えてもらったところは、クラス全員が見てるからね」

「あ、あんなの願い事じゃねえよ!」

 コッペパンのことだと連想した時には、萬里小路はクスッという笑い声を漏らしていた。焦って否定する西園寺が面白かったのかもしれない。

「分かりやすいね、君。じゃあなんで彼を探してるの?」

「そんなん決まってんだろ、このふざけた格好を元に戻させるんだよ」

「違うね。君は怯えてるんだ。女にされたことなんか些末だと思えるくらい、彼の魔法を怖がってる」

 図星だったのか、怯んで上体を逸らした西園寺は、すぐ後ろに迫っていた木々に動きを阻まれた。そこへすいっと萬里小路が顔を近づけてくる。西園寺は彼女に釘付けになったかのように動けない。

「なんでも願いを叶えてくれる。無償でそんなことしてくれる人なんて存在しない。だから相応の報いが降りかかるはずだと、考えてるんだろう? たかがパン一個でも、彼は何かしらを徴収しに来るはずだと。もしかしたらそれは命かもしれない。だってそれだけのことを君は彼に、しているからね。知ってるだろう、君がしたのはいじめっていう名の犯罪だ。だから無力な女子に変えられ反撃の力を失った君は、格好の鴨。いつ彼がここへ報復しに現れるかもしれないからね。その前に先手を打ちたいんだろう?」

「う、うるせえ……知った風なことを……! 全部、あいつが悪いんだろうが!」

 俺としてはそんな風に考えたこともなかったし、そこまで西園寺が考えているとも思わなかった。だが彼の顔を見ればそれは正解も同然だった。それはつまり、彼が誰よりも魔法の力を信じているということで、単純に目の敵にしていたわけではなかったのだ。

 萬里小路はそんな西園寺の反応に気をよくしたのか、再び笑顔を浮かべた。女子が浮かべるそれとはまるで違う、完全なる男のほほえみだというのに、俺は思わず見とれてしまった。西園寺も同じようだった。

「ボクは報いを受けることを怖がったりしないよ。例え命であっても差し出せる。それくらいじゃなきゃ、願い事なんてしちゃあいけないんだよ」

「お前……?」

 もしかして彼女も既に願いをかなえてもらっているのだろうか。そしてそれに対する徴収待ちなのか。けれどどんな願いなのかを西園寺が聞き出す前に、俺たちは猛スピードで突撃してきたものに突き飛ばされて彼らの前にその身を投げ出すことになってしまった。

「うぼふっ」

「こらぁ、お前たちぃ、先生を助けなさぁい」

 俺と翔威の上に乗っかって涙目でじたばたしているのは、御処野らに囚われていたはずの如月だった。有り余る巨乳で俺と翔威の頭を押し潰して起き上がるのを阻止している。とはいえ今は、筋肉達磨の体育教師ではない。気合を入れて翔威の方へ押しのけた俺は、ようやく彼の状態を目にすることができた。

「うわぁん、何をするんだぁ、やめないかぁ」

 ちなみに、何もしていない。如月が勝手に翔威の上で手足をばたつかせているだけである。その彼はといえば、ひどい有様だった。丈が余りまくったジャージがあちこち伸びているのは明らかに人為的に引っ張られたせいだろうし、中に着ているTシャツも同様、こちらは乳のせいで伸び伸びになっているが、首回りの不自然な弛みはそのせいだけとも思えず、そこからむっちりとした脂肪の塊が顔をのぞかせていた。サイズの大きすぎる靴を必死で突っかけて、合わないウエストを必死で引っ張り上げて、何度も転んでここまで来たのだろう。髪はぼさぼさで落ち葉が絡まり、顔は泥のみならず擦り傷すら見える。しかも泣いた跡が残っていて、さらに今も泣きそうになっていて、端的に言うと、まるでレイプでもされたかのような。

 いやいくら御処野だってそこまでしないと思うけど。でもありていに言えばそういうことで。

「まさかそいつ……如月か?」

 西園寺はドン引きしていた。明らかにひどいことをされているその姿よりも、ロリ顔巨乳になっていてまるで元の面影がないことがショックのようだ。しかもその語尾は妙に間延びしているし。まあでもそういう西園寺だって、よっぽどだけどね?

「先生、なんでここに?」

「逃げてきたに決まってるじゃないかぁ、くそぅあいつらぁ……う、うえぇ」

「泣かないでくださいよ、気持ち悪い」

「ひどっ」

 突っ込みを入れたのはようやく如月の体を押しのけることができた翔威だった。しかし正直な気持ちなのだから仕方ない。いかに巨乳が好きとはいってもやはり、如月のものだと思うと触りたくもないのだ。さっき頭に乗っけられたのでも、吐きそうだった。こんなものをよくも触りたいと思えるものだ。幼女のように泣いていたとしても同情心も湧き起こらない。

 翔威の極上巨乳を味わってしまったせいかもしれない。俺はもう半端な巨乳では満足できない体になってしまった……安易に触るんじゃなかった。恐るべし極上巨乳。

 その時がさりという落ち葉を踏み分ける音が聞こえてきた。どうやら文句を言いながら、女子になった男子が二人、こちらに近づいてきているようだった。

「ったく、なんだよこれ、歩きにくいよ」

「ほんと、なんで女子になってんの? マジ全然体力ないし」

「如月が山へ行くなんて言いなさなけりゃなあ」

「そうだ、あいつが悪い。如月のせいだ。何が課外授業だ、ふざけやがって」

「ち、違うぞぉ、先生のせいじゃなぁいぃ」

 当の本人たちにはまだ姿も見えていないだろうに、如月は目を潤ませながら必死で否定した。俺はそんな担任教師を、冷たい目で見下ろす。

「そうだな。あんたがここへ連れてこなくても同じ状態にはなってたかもしれないけど、でもあいつらや他の生徒にとってはあんたを恨む以外ないよな」

「違うんだぁ、聞いてくれぇ。た、確かに石巻山への登山を最終決定したのは先生だけどぉ、提案してきた生徒がいるんだぁ」

 正直、恨む気持ちなら俺にもあった。もっともそれは女にされたことに起因しているわけではない。横暴に耐え兼ね、積もり積もった感情だ。今ここで晴らしてやろうとすら思えた。だがそんなことは、如月の発言で棚上げになった。

「提案? なんでわざわざ」

「そんなこと先生は知らないぞぉ。でもぉ、面白いなって思ってぇ」

「は? 面白いでここ来たのか? ふざけんなよ。それで、誰なんだよ、そいつ」

「静かに!」

 その名を聞き出そうとした時、不意に翔威が俺の胸に掴みかかってきた。加減がなくて、結構痛いんだが。

「静かにするのに、なんでそこ触ってんだ」

「いや、なんとなく。……それより耳澄まして。誰か来てない?」

「お前の方がでかいのに。来てるってさっきの、たぶん宮野と神谷だろ?」

 言われるままに耳を澄ますが、二人がぶつくさ言う以外は聞こえない。否、何か聞こえる。近づいてくる。落ち葉を踏みしめ走ってくるような足音が。そして。

「ぎゃっ」

「どうした、宮野……うわあっ」

「へへ、ここにもいやがったぜ、鴨がよぉ」

「捕まえたぜ、かわいこちゃん。御処野、超足はええな」

「桜花もな」

「ひっ」

 姿が見えないのは、ちょうどそこにこんもりした高低があるからだった。その向こうで下卑た笑い声をあげる二人の男の声と、悲鳴のような女子の声が聞こえてきて、如月が竦みあがった。

 獣たちに、追いつかれたのだ。それをひきつれて来たのはもちろん、蒼い顔で震えている無能教師だ。そこには普段生徒に対して見せる高圧的な態度などどこにもない。

「えっ、なんだよ、何が起こった?」

 訳が分からず声を発してしまった西園寺のせいで、さらに気づかれた。獲物を堪能し終えた獣たちが、ゆっくりと姿を現す。チャラついたイケメン御処野ともう一人、輪をかけてチャラチャラしているイケメンは桜花だ。

 ってふざけんなよ、こっちにだってイケメンが……あれ?

 周囲を見回すが、その時には既に萬里小路の姿はどこにもなかった。いったいいつからいなくなっていたのだろう。おっぱいに興味なさそうな彼女に守ってもらおうと思っていたのに。

「ああ? こっちにもこんなにいやがるじゃねえか」

「斑鳩と一緒にいるのは誰だ? いい乳してんじゃねえか」

「おい、ミミ、こいつらって」

 翔威が疑問を発するより先に俺は、伸びてきた手を遮るために両手を広げて割って入った。こいつの美巨乳を俺以外に触らせてなるものか。

「翔威は、お前には指一本触れさせないぞ」

「ふーん、そうやって庇うってことは、そいつ久瀬か? まあ別に、触るのはお前でもいいけどな」

「あっ、やめっ」

 何のガードもされていない俺の胸はあっさりと御処野の手の中に収められてしまった。遅ればせながら彼女の腕をつかむが、力が入らない。翔威は翔威で咄嗟に狙われたものの正体を掴んだのか、胸を手で覆いながら、俺が揉まれるところをじっと見ていた。おい、見るな。

「じゃあアタシは、先生にしよっかなあ」

 桜花は翔威の美よりも如月の大の方に引きつけられたようだ。だが尻もちをついたまま後退りしようとする担任の向こうにももう一人いるのに気付いて、そちらへ目を向けた。

「あれ、お前って、西園寺? うわ、ちっせー。何ソレ、ぺちゃぱいじゃね?」

「おい、何するやめろ……ひゃんっ、や、やらぁ……らめぇ……!」

「へへ、乳首気持ちいいだろ? ヤンキー形無しだなぁ? これはこれで楽しいな。おい、先生逃げんなよ。お前もかわいがってやっからな」

 何かより犯罪的なことが後ろで起きている気がするが、残念ながら御処野の手の内にある俺は彼らを助けることもできない。というかもとより、助ける気があるかどうかも怪しい。如月は当然としても西園寺には別に恨みはないけど仲良くもないし。

「ほらほら、友達に見せつけてやろうぜ、斑鳩」

「おい、翔威、てめえ見てんじゃね……、あ……っ」

「いや、なんかこれはこれで楽しい光景だなと」

「ふざけんな、俺が誰のために犠牲になって」

「でも気持ちよさそうじゃん、ミミ」

「じゃあこいつの次、揉まれてみるか? 久瀬」

「駄目だ駄目だ! こいつに触るな!」

「麗しい友情じゃん、お前らできてんの?」

 できてねーよと叫びたかったが、力が入らず睨み付けるので精いっぱいだった。くそ、おっぱいを揉まれているだけなのに、情けない。その視界の中で、御処野の向こうからさらにこちらへやってくる影が見えた。小野と藤原だ。

 まずい。人数が増えたら翔威を庇いきれない。美巨乳が、奪われてしまう。

 俺が真っ暗な絶望感に囚われた時、そいつは現れた。


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