ヒロインは誰? (改訂版)
貴族令息・令嬢の婚約って、ほとんどが家の都合なんですよね。
そんな中での、とある婚約破棄騒動。
当事者ではないけど関係者な私、やるべきことはやります!
同名の作品の改訂版です。 比べると結構変わってて面白いかも? 前より分かりやすくなってればいいなと思います。
**********
ふふっ。
思わず、笑みがこぼれます。 だって、明日は卒業式。
私、『リア』こと『リーガス侯爵令嬢カメリア』の、アルクメデア王立学園高等部の卒業式で、たぶん、人生の大きな転換点。 それも嬉しい意味での、ね。
さらに、もしかすると、他にも嬉しいことが有るかもしれなくて……。
この1年の苦労だって吹き飛びそうです。
あれは、私たちが王立学園の最終学年の時、ヤクシャム伯爵令嬢アネスの編入から始まりました。
**********
アルクメデア王立学園。 アルクメデア王国の王立学園で、初等部・中等部・高等部で構成されています。 貴族専用の学校で、市井では『貴族学園』とも呼ばれています。 え? 私(侯爵令嬢)がなぜ市井での呼び名を知っているかって? ふふっ、市井に出ずに市井のことが分かるとでも?
話を戻して……ここの中等部と高等部には伯爵位以上の家の令息・令嬢は必ず入学して勉強することが義務付けられていて、当然、侯爵令嬢である私もここの生徒の1人。 同級生には、学園内で唯一の王族である第2王子ユアン殿下や、親友の『リル』こと『ロゼウム侯爵令嬢リリシア』などが居ます。 初等部6年・中等部3年を経て高等部3年目という長い付き合いになる貴族の令息・令嬢は和気あいあいと過ごしてます。
ここでは、『身分による区別は無い』という基本方針が有ります。 ただ、それでも全員、意識して最低限のマナーは守ってます。 ここで学ぶべきものは、勉強や社交性だけでなく、適切な態度や幅広い人脈作りなども含まれるからです。
実は、この基本方針の結果、各自の人格や思考がお互いにうかがい知れるので、婚約者候補を見極める場にもなってます。 顔も知らない相手といきなり結婚、ということも有り得る貴族社会において、学園生活の中で相手を知る機会が有るのは恵まれていると全員分かってますから。
高等部卒業の最初の王宮舞踏会が社交界デビューと決まっていて、それ以降に正式に発表して初めて婚約が正式なものになります。 だから、波風を極力立てずに婚約・婚約解消ができる今のうちにと、婚約者候補などが居ない令息・令嬢やその家族も、ここで相手を見つけようと頑張ります。
さて、そんな学園の、私たちの在籍する高等部3年に編入してきたのがヤクシャム伯爵令嬢アネス嬢。 中等部から義務である以上、中途で、しかも最終学年での編入なんて本来は有り得ないんです。 有るとしたら留学・病気・重度の怪我だけど、彼女はそのどれにも該当しない、ごく稀に有る家庭の事情による特例の1つ。
ヤクシャム伯爵令嬢アネスはつい最近までは貴族令嬢ではなかったんです。
彼女の母は、ヤクシャム伯爵家御用達の商人の娘で、見初めた伯爵が手を出した結果、生まれたのが彼女だとか……。 伯爵は数年前に奥様を病気で亡くされてるので不倫とかではないけど、母親が伯爵家に入ることも彼女を手放すことも拒んだので、祖父(母親の父)とともに市井で生まれ育ったわけです。 そして祖父の仕事の際に母娘は連れられて伯爵家に赴き、伯爵に可愛がってもらっていたらしいんです。 ところが、その母親が最近、馬車の事故で亡くなり、同じ事故で祖父も怪我を負って仕事を部下に任せるようになったことで状況が変わります。 彼女に会えなくなると考えた伯爵は、祖父を説得して彼女を引き取り、彼女は伯爵令嬢に……。
伯爵令嬢になって暫くして、彼女は王立学園高等部に編入。 歳の近い友人と将来のための人脈と可能ならば婚約者候補も作ることが伯爵の願いなのでしょうね。
「ヤクシャム伯爵家のアネスと申します。 アンと呼んでくださいませ。」
彼女が最初に声を掛けたのは、同じクラスの第2王子ユアン殿下。
身分の高い順に挨拶をするのは常識だから、学園で唯一の王族である殿下から、というのは間違ってはいません。 ただし、身分が下の者から話しかけるのはマナー違反とされます。 学園内では、『身分による区別は無い』という方針だから周りは何も言わなかったけれど……。 方針は建前であり貴族なら気を遣うべきだと考える生徒がほとんどなので、印象は良くなかったようです。
周りの微妙な空気を無視し、彼女は挨拶を続けました。
相手は、ワイアット公爵家3男ギルフォード、ルクス侯爵家2男キリアン、ユークリッド伯爵家長男クリストフ、メイラー男爵家長男セルジュ、ノルム神官長令息フィエロ……彼らについては身分からは順番は正しいんです。 王族の下に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と続くのがアルクメデア王国の身分制度ですから。
ただし、彼らの間に入るべき侯爵家・伯爵家などの面々が後回しになっているので、彼女が誰を狙ってるのかハッキリ見えてしまって……。
さらには、個々の令嬢達への挨拶は無いって、『ヤクシャム伯爵は友人ができることも願っているのでは?』 と疑問に思ったものです。
なにはともあれ、アネス嬢は明るく溌剌としてました。 商人の家で育っただけあって、人当たりは良く、話題は豊富で、話術も上手で……特に気安い雰囲気は令息たちの興味を引いたようでした。 令嬢たちより令息たちを優先するとはいえ、令嬢相手でも人当たりは良かったから問題にはならなかったんです、最初は……。
いつからか、令息たちのアネス嬢への傾倒ぶりがひどくなっていって……。
アネス嬢は、明るい茶色のフワフワした髪と同色の目をした可愛い令嬢ですけど、傾国とか絶世というほどではありません。 社交性に優れるとはいえ、あの傾倒ぶりは少し異常です。
「私以外と結婚なんてしませんよね?」
「あたりまえです。」
「じゃぁ、私だけですよね?」
「家の決めた婚約が有るけど、少し待っていてください。」
アネス嬢を取り巻く令息の中には、婚約者や婚約者候補の居る人たちもかなり居ました。 彼女と彼らとの間でこんな会話が聞かれるようになり、周りは慌てて止めましたが、彼らは気にも留めません。 アネス嬢が来るまでは、彼らも、お互いに立場を理解し、相手のことを知ろうとそれなりに努力してたのに……。
そんな取り巻きの中には、アネス嬢が最初に挨拶したギルフォード、クリストフ、セルジュ、フィエロも居ました。
ただ、キリアンは、取り巻きの中に有りながら、一線を画しているかんじです。 彼は、卒業後は周辺諸国での遊学が決まっているため婚約者は居ません。
ユアン殿下は、彼女に魅せられることはなかったようで、普通の級友としての距離を保っています。 こちらも、隣国の王女との婚約が予想されてるので今は婚約者は居ません。
「私たちの邪魔をしないで。」
「でも、私という婚約者が───」
「解消すればじゃない。」
「婚約は家が決めた───」
「そうよ! 彼の意思じゃないのよ。」
「だから勝手に───」
「不満なら貴女から解消すればいいでしょ?!」
「そんな……。」
「もう付きまとわないで。」
その後、彼らに邪険にされるようになった令嬢たちは説得相手をアネス嬢に変えますが、こちらは話が通じないようで、こんな不毛なやりとりが繰り返されてます。
アネス嬢は、令息たちの動きの遅さに焦れたのか女性側からの行動を押し付けるんですが、たいていは令嬢側のほうが身分が低いので、彼女達からは動けません。 取り巻きたちは、それを承知で婚約者を嘲笑い、絶句させたアネス嬢を賢いと誉める有様。
身分が同じだったりして令嬢が動く場合も有りました。 すると、普段は相手が近づくのも拒否するくせ
に、『俺に恥をかかせる気か』と詰め寄る者まで出る始末。
この頃には、取り巻きの中でもギルフォード、クリストフ、セルジュ、フィエロは重症で、キリアンは目立たなかったですね。 でも、逆に、令嬢に説得されてアネス嬢から距離を置く令息も出て来ていて、アネス嬢には彼らを引き止めている様子は有りません。
「アンにつきまとうな。」
「別に私は彼女に───」
「うるさい。」
「アンに迷惑をかけるな。」
「私は話したいのは───」
「アンが嫌がってるだろう?」
しばらくすると、ギルフォード、クリストフ、セルジュ、フィエロは、もはや崇拝と言えるほどの状態になりました。 自分たちが話を聞かないせいなのを棚に上げ、令嬢たちがアネス嬢を苛めているかのように責めます。
その異様さに、周りは遠巻きにして様子を見守るしかない状態です。 そんな状況に、アネス嬢から距離を置く令息も増えましたが、アネス嬢は彼らも放置しています。
結果、取り巻きたちは自分たちの世界を形成し症状は悪化し……それだけならまだしも、とうとう他者に強制したり排他的な言動をするようになったんです。
**********
アネス嬢の取り巻きの1人、『ギル』こと『ワイアット公爵令息ギルフォード』は、私の親友のリルの婚約者です。 そして、この2人も、それなりに上手くやっていたんです。 それなのにアネス嬢の登場から、会話どころか近づくことも無く、合った視線さえ逸らすのが常になってしまって……。
最初はリルも、ギルを説得しようとしてました。 彼女もこの婚約の意味は分かってましたし、ギルは3男だからか少しばかり気ままなところは有ったものの特に傲慢だったりはしませんでしたから、なんとか上手くやっていけると思っていたんです。 彼も、婚約についても心の折り合いはつけているようでした。
だから、リルの親友として、私も2人を見守っていましたし、さすがに男女2人では外聞が悪いので、私も同席して学園のサロンでお茶を楽しんだりもしていました。 リルは、普段はおっとりしてますが芯は強い娘です。 ギルは、少し甘えたがりなところを必死で隠して男らしくあろうとしてて、そんな2人のやりとりは穏やかながらも楽しくて見ていて微笑ましいくらいで……。
ギルがアンに傾きはじめてからも、話し合いの場を作ったり、双方の話を聞いたりしてました。 でも、ギルはどんどん耳を傾けなくなり、駄々をこねる子供のように怒鳴ることも増えました。
公爵令息のギルは侯爵令嬢の私より爵位が上なのに『様』は付けないのかって? 今のギルにそんな価値は有りませんし、将来的にも3男の彼は伯爵位になるのは確定してるので問題無いんです。
「ギル様、アネス嬢と婚約するなら───」
「わかってる。」
「ギル様、婚約の件は貴方の意思だけでは───」
「わかってる!」
「双方の家を説得しなくては───」
「うるさい! わかってる。」
「だから、ちゃんと話を───」
「黙れ! わかってる!」
ギルフォードがアネス嬢から離れないと分かった今、なんとか今後の話をしようとするリルと拒絶するギルフォード、これが日常的な光景になってます。
ふふっ、私、もう『ギル』なんて愛称で呼ぶのはやめてます。 リルを傷つける人間ですから。
本来、身分的には、ギルフォードから婚約解消すれば問題無いんです。
ただ、ギルフォードは3男なので、公爵位を継ぐことは出来ず2つ下の伯爵を名乗ることになりますから、将来的には侯爵令嬢のリルより下になるんです。
この国では、爵位と領地を継ぐのは嫡男の長子のみ。 2男は1つ下の爵位を名乗り、王都か領地で長男の補佐をします。 3男以下は2つ下の爵位を名乗り、その爵位の領地を預かって治めるんです。
しかも、ワイアット公爵家は先々代の浪費がいまだに財政を苦しめていて、堅実で安定したロゼウム侯爵の資金援助と政策協力を望んで……これが婚約の目的なんです。
それが分かるからこそ、ギルフォードは自分からは婚約解消を言い出せず、その事実と自分とに苛立って、リルへの当たりがキツくなる。 そんな自分にも苛立って、という悪循環に陥ってるのは確実で、落ち着かせようとする級友にも素直になれなくなってるようです。
リルは、状況を憂い、彼を心配してるんですが、彼は聞く耳を持ちません。 もはや婚約継続は無理と諦めてはいるものの、穏便に話をまとめなくては大きな波紋を呼ぶのがわかっているんです。
私も、ギルフォードのお子様ぶりには呆れてますし、実は他にも考えが有って、今は婚約解消に反対する気は有りません。 ただ、リルと同じく、大きな騒ぎになる前に事態を収めたいんですが……。
最近では、アネス嬢の取り巻きからリルへの、ギルフォードやアネス嬢への接触に対する妨害が増えました。
取り巻きの中でも、ギルフォードは本命とみなされてるようです。 アネス嬢がギルフォードとくっつくのは嫌だけど、アネス嬢の望みは叶えたい・彼女の邪魔をする者は許せない、ということらしく……私に言わせれば『本音は微妙よね?そのくせにたかが取り巻きが口を挟むんじゃないわよ』 って感じなんですけどね。
「アンの邪魔ばかりして、嫉妬か? みっともない。」
「評判の淑女が台無しだぞ?」
「お前がアンに勝てると思ってるのか?」
「貴方たち───」
「お前たち。いいかげんにしろ。」
そして、昨日は、とうとう、リルが取り巻きたちに空き教室に連れ込まれて責められる事態に……。 リルの隣に居た私を引きはがすようにして連れて行ったあげくの暴言、追いかけた私が止めるのに被せてきたのはユアン殿下。
ユアン殿下は、今の学園で唯一の王族。 『学園内では平等』という方針とはいえ、さすがに取り巻きたちも彼には従います。 渋々という様子を隠しきれないままながらも、彼に退出の礼をして出て行きました。 正直、助かりました。
「間に合ったようだな。」
「ありがとうございます、ユアン殿下。」
「殿下、ありがとうございます。 リル、乱暴はされてない? 怪我とかは?」
「大丈夫よ。 言葉で詰め寄られただけだから。」
「……限界だ。」
「……そうですね。」
「?」
ホッと息をつくユアン殿下に、リルがお礼を述べます。 私もお礼を述べ、リルの様子を確認します。
ユアン殿下は最近は学園を休み王子としての仕事をしていたので、今回、間に合ったのはホントに幸いでした。 それでも、学園唯一の王族として皆を守るべく、情報はきちんと把握してるんです。
学園の秩序を守るのは、普通の学校では生徒会とか執行部が行うそうですが、アルクメデア王立学園には該当する組織が有りません。 『各自が立場(身分)にふさわしい言動を行えば秩序が乱れることは無い』 という考えで、『学園内では平等』 が建前とみなされる理由の1つです。
ちなみに、行事の際は都度、クラスで実行委員が選ばれます。 高等部在学中に、同じ人物が2回以上実行委員に就任することは有りません。 できるだけ多くの者に、企画・運営・統括などの『上に立つ者』の経験をさせるためです。 だから、選出の際の人選は、行事と人材との組み合わせに頭を悩ませることになります。 でも、このシステムは初等部・中等部も同じなので、高等部になるとパターンは出来てるも同然なんですけどね。
ということで、非常事態の対応は王族が、今回はユアン殿下が学園唯一の王族なので必然的に彼が、動くことになってたわけです。
で、私はというと、騒動の元であるアネス嬢たちと同級生で、親友のリルも被害者確定で、とある隠れた問題点に気付いてユアン殿下に報告した人間ですし、婚約者とかに有効な人脈も有りますので・・・自動的に、そして率先してユアン殿下に協力してます。
そんな殿下が『限界』と言うのですから、収拾の目途が立ったということでしょう。 明日は卒業式です。 そこで、決着することになりそうです。
**********
そして、今日は卒業式。 さぁ、せっかくの卒業と言うけじめの時期、くだらない茶番も幕を下ろしましょうか。
「ロゼウム侯爵令嬢リリシア。 お前との婚約は解消する。 私の相手はアンだけだ。」
「ごめんなさい。 お願いだから、もう、ギル様と私の邪魔はしないで。」
「そんな…………。」
アルクメデア王立学園高等部の卒業式直後の講堂で、突然の婚約破棄宣言。
それも、卒業生のみとはいえ他の生徒も居る中で、壇上から名指し。 ありえません。 私の中で完全にギルフォードを見放した瞬間です。
とうとう宣言したギルフォード、ギルフォードの横には彼の腕に縋るように自らの腕を絡めたアネス嬢、絶句するリル。 アネス嬢の周りには、ギルフォード、クリストフ、セルジュ、フィエロ、少し離れてキリアン。
「ギルフォード様、アネス嬢、それは間違いなく真実ですね?」
「もちろん。」
「そうよ。」
「…………。」
衝撃で固まるリルの代わりに、2人に意思の確認をしたのは私。 ギルフォードとアネス嬢は即答します。 2人は『この愛を邪魔はさせない』 と言わんばかりで、自分たちに酔ってるようです。 リルは、まだ呆然としてます。
「まず、上位者である公爵令息で本件当事者ギルフォードからの宣言であり、もう1人の当事者である侯爵令嬢リリシアと、貴方方や私を含む多くの立会人。 これで条件は揃いましたね? 主席書記官セクレタ様。」
「はい。 記録装置にも正式な宣言として記録されてます。」
「では、この瞬間から、侯爵令嬢リリシアは公爵令息ギルフォードとは無関係ですね? 宰相補佐官ハイル様。」
「その通りです。」
講堂の入り口に向かって話しかけると、足音に続いて答える声。
主席書記官セクレタ様は、書記官の制服に主席のバッジを付け、宙に浮かんでいた水晶球を手元の水晶版に乗せて記録を確認した後、顔を上げて答えてくれます。 私は1つ頷く。
宰相補佐官ハイル様は、書き込み終わった書類をひらりと掲げて周りに見せて確認させます。 その返答と書類に、私は内心でホッと息をつきました。 『これでリルは守れる』と。
周りが、訳が分からず呆然とする中、ギルフォードとアネス嬢は顔を見合わせて喜んでます。 ホントに自分たちのことしか考えてませんね。
「わかりました。 それで、アネス嬢、横のクリストフ様たちとの関係は?」
「「「!」」」
「彼らは私の最高の理解者であり親友よ。 ね?」
「「「……はい。」」」
私からの『不誠実なのでは?』 との批判を込めた質問に、アネス嬢は『私から離れていかないわよね?』 という恫喝を含むような言い分を媚びた甘え声に隠して、彼らに同意を求めます。 ギルフォードと明らかな区別をされた彼らは、それでもなお彼女から離れ難いのか、頷きます。 もう、救いようが無いみたいです。
「この学年の婚約及びそれに類する関係は、すべて白紙撤回とする。 よって、令嬢たちは後方に居るジェイリッドから、その旨の書類を受け取って退出せよ。 相手が他学年や学外の令嬢の場合も、男性がこの学年である場合は同様とする。 これは王命によるものなので、令嬢たちの不利益になるようなことを行った者は罰せられる。 また、王命は白紙撤回に関してのみなので、新たに婚約者を見つけるのも良し、復縁するも良し、これは各自の考え次第とする。」
「…………。」
「ちなみに、ジェイリッドは有能な男だが、貴女たちの手に負える相手ではないし、確定済みの婚約者が居るので狙うだけ無駄だぞ?」
「…………。」
微妙な雰囲気の中、事態を動かしたのはユアン殿下。 式典には間に合わず、今、来たところ。 その殿下が伝えた命令に、令息たちは愕然とし、令嬢たちはざわめきます。
令嬢たちのざわめきの一部にあるものを感じた殿下が付け加えると、令息たちはホッとし、令嬢たちはガッカリした様子を見せます。 殿下はあえて身分は語らなかったけど、ジェイリッドは見た目と任務だけで上級貴族の令息だと分かるから……。
そして、私は、思わずユアン殿下を睨んでしまう。 だって、ジェイリッドは私の(仮)婚約者なんですから、『手に負える相手ではない』彼の相手である私を揶揄してるのは明らかです。
「今、壇上に居なくとも、彼らと同様にヤクシャム伯爵令嬢アネスに関与した者は、騒乱罪として、3年間の謹慎とする。 その間、自邸内を含め、あらゆる社交活動を禁止する。 ただし、貴族で居たければデビュー舞踏会だけは必ず出席せよ。 ジェイリッドから、その旨の書類を受け取って、速やかに退出せよ。」
「…………。」
事態を飲み込みきれない令息たちに、ユアン殿下から命令が下されます。 当然、否やは許されないので、彼らは速やかに退出していきました。
謹慎及び社交活動禁止、この間は結婚相手を探せません。 さらには、処罰によって失態が、デビュー舞踏会によって顔が、明らかにされるため、謹慎が解けた後も結婚相手を探すのは難しいです。 一番確実なのは、本来の婚約者に謝罪して復縁することだけど、これも相当の努力が要るうえに結婚後の立場は弱くなります。 双方の家のメンツを潰し、令嬢の名誉を傷つけ、貴族らしからぬ言動を重く見た処罰というわけですが、復帰後は本人次第という猶予の有るものだと気付けば救われるんですけどね。
「さて、ここからは、正式な通達が有るはずだな?」
「はい。」
壇上のメンバー、ユアン殿下、私、リル、王宮関係者のみとなった講堂で、殿下が確認すると、宰相補佐官ハイル様が頷き、王宮の決定を伝えます。
『ユークリッド伯爵令息クリストフ、メイラー男爵令息セルジュ、ノルム神官長令息フィエロ。 ワイアット公・ロゼウム侯・令嬢たちへの侮辱罪・騒乱罪で、10年間の謹慎とする。 その間、自邸内を含め、あらゆる社交活動を禁止する。 ただし、貴族で居たければデビュー舞踏会だけは必ず出席せよ。 また、その後は領内での家族の補佐を任ずる。 いずれかにでも反すること有れば廃嫡とする旨、当主も了承済みと心得よ。』
「「「……はい。」」」
王命を正式に通達されては、拒否は有り得ません。 彼らは大人しく拝命します。
先ほどの令息たちに似ているようで数段厳しい処罰です。 領内での補佐、つまり王宮での職務に就くことは無いと明言されたうえ、他領に婿入りすることも禁じられたのですから。
『ワイアット公爵令息ギルフォードは、正式な婚約者を不当に扱った上に学園を騒がせる中心となり、さらには公の場において王家の許可も得ず両家にも通達しないまま王家承認済みの仮婚約を一方的に破棄。 王家その他への侮辱罪およびに騒乱罪によって、当主承認のもと財産及び爵位の継承権の完全放棄、卒業後は子爵としてワイアット公爵領内のワルド子爵領に任ずる。』
「…………はい。」
これは、厳しいようで正当な処罰。 苦しいワイアット公爵家を救い、ギルフォードを婿入れさせることでロゼウム侯爵家の地位を維持する、そんな王家の配慮もあっての仮婚約だったのだから。
これによって、何があろうとギルフォードがワイアット公爵家の財産と爵位を継ぐことは無くなりました。 本来なら伯爵位のところを1つ落とされ子爵位、当主の監督下で子爵領の運営、つまり生活は保障されてる点は温情でしょう。
**********
『ヤクシャム伯爵令嬢アネスは、そもそもの騒動の発端であり、学園の趣旨も父親のヤクシャム伯の思いも無下にしたうえ、目的のために薬物を不当使用するなど行動は悪質。 ワイアット公・ロゼウム侯への侮辱罪・薬物悪用の罪で、ヤクシャム伯との絶縁と爵位剥奪。 騒乱罪で、卒業後はワルド子爵ギルフォードに付き従い任務を補佐せよ。
ちなみに、管理不行き届きで商会の社長(アネス嬢の祖父)は引退。 監督者の元で、彼の甥が受け継ぐことが決定しているので、商会の心配は不要。 新社長からの絶縁申し出を王が了承したので、アネス嬢は今後は商会の資金も人脈も使えないと心得よ。』
「…………。」
アネス嬢は黙り込んでます。 さまざまな感情が渦巻いてるのがダダ漏れです。
「……騒乱罪って、何故です? 私は仲良くなりたい相手に近づいただけです。」
「仮とは言え婚約者が居る相手まで?」
「だって、仮でしょう?」
「社交界デビューまでは正式な婚約は出来ないから仮とされてるだけだが?」
「……。」
「しかも、あんなことまでして?」
「!」
「取り巻きを煽って、令嬢たちを悪者に仕立てて?」
「……何のことです?」
アネス嬢は、足掻くことに決めたようです。 でも、殿下は容赦無く問い詰めます。
「惚れ薬の使用と、令息・令嬢への言動。 すべて殿下に報告済みですよ?」
「! なんで、貴方が……。」
「私は殿下への報告者ですから。」
「私の傍に居たじゃない!」
「そうでなくては観察できないでしょう?」
「優しかったじゃない!」
「そうでなくては不自然でしょう? それに、他の取り巻きほどではなかったはずですが?」
「そんな……。」
誤魔化そうとするアネス嬢に追い打ちを掛けたのはキリアン。 アネス嬢の問いに答えながら壇上から降りてきます。
「……そうよ! 惚れ薬って何よ! 証拠も無いくせに───」
「そう言うと思った。」
今度は、『惚れ薬』の一言に食い付いてきます。 これを誤魔化せれば罪が減ると思ったんでしょうね。 殿下が頷くのを確認してから、私が彼女に説明します。
「使ったのは『カルム』。 葉は乾燥させて粉に、花からはエキスを取り出し、根はすり潰して、いずれも所謂『惚れ薬』としての効果を発揮します。 媚薬と違って身体に作用するのではなく、異性限定で精神に作用し使用者に惹き付けるのが特徴。 過去に宮廷で使用されて大問題になり、特定薬用植物として栽培も使用も禁止されています。
貴方は、それを含んだ香水を付け、ユアン殿下、キリアン様、壇上の4人への差し入れには粉末を入れましたね?」
「そんなの私が使ったという───」
「証拠が有ります。」
「そんな……。 なぜ、貴方が……。」
私の説明に反論を試みるアネス嬢ですが、キリアンがあっさり斬り捨てます。
「効いてませんよ? そして、差し入れのクッキーから検出されてます。」
「そんなの───」
「俺が持ち込んだ。」
薬の効果を疑ってなかったようですが、意外に早く態勢を立て直してきます。 それを今度はユアン殿下がスッパリ一刀両断。
「寮の貴女の部屋から残りも見つかってます。」
「そんなの私が手に───」
「実家から徴収した書類も有ります。」
「王命ですよ? ただの商人が拒否できると?」
「……?」
さらなる追い打ちは講堂の入り口近くから。 声の主はジェイリッド。 何故ジェイリッドが答えるのかという疑問がアネス嬢の顔に出ています。
「さっきの話に出た『大問題』以降、王族全員と公爵・侯爵の長男・2男・3男と令夫人・令嬢には、あらゆる薬剤と酒類に関する勉強と耐性訓練が義務付けられている。 だから、香水に侯爵令嬢カメリアが気付いた。 その情報を聞き、元々効かない俺とキリアンには他の手段を使うかもと忠告を受けていたからな。 俺は立場上、アネス嬢と長く関わるわけにはいかなかったから、薬が効かないのをハッキリ示して離れた。 でも情報は欲しかったから、キリアンに薬が効いてるフリして様子を探ってもらったわけだ。 そして王太子にも話を通して補佐官のジェイリッドにアネス嬢の周りを調べさせた。」
「じゃぁ、ほんとにキリアン様には───」
「効いてないと言ったでしょう?」
「演技だったと?」
「効かない人間にとって、あの甘い香りは不愉快なだけのようで苦労しましたよ。」
アネス嬢の疑問に説明をプラスして答えるユアン殿下。 確認したキリアンから、またもやあっさりと、今度は皮肉付きで返されて唖然とするアネス嬢。 それでも、また立ち直ります。 素晴らしい打たれ強さです。
「だって、ギル様には───」
「やっぱり知らなかったか。」
「え?」
「ギルは3男だが嫡子じゃないから対象外だったんだ。 『ギルフォード・ワイアット』であり、間に嫡子の『イル』が入ってないだろう?」
「他にも侯爵家の───」
「庶子か4男以降だな。」
「そんな……。 でも、なんで彼女だけすぐに香水に気付くのよ!」
「立場が、ね?」
アネス嬢の問いに答えていたユアン殿下ですが、突然、私に話を振ってきます。 私がどうするか面白がってるのが分かるだけに、笑顔が引きつりそうです。
「? 立場って何よ? さっきから偉そうに……。 いったい、貴女は何なのよ?」
「なんのことです?」
「貴女がなんであんなものに気付いて、何の権限が有ってあんなことしたのよ?」
「薬に気付いたのは教育と知識と仕事のおかげですね。 今日の途中までの仕切りについては私は代理人です。 で、説明はユアン殿下に丸投げされたからですし……。」
「は?」
ユアン殿下よりは私の方が攻撃しやすいからでしょう。 すぐさま私に噛み付いてきます。 せめてもの鬱憤晴らしとしても、意外に冷静なのか、質問はまとも。
「初めまして。 俺はアルキッド公爵家2男ガイアス・イル・アルキッド。 王宮医薬院の所長で、カメリアの義理の弟になる予定。 カメリアは俺の補佐を時々やってるから、薬に詳しいのは当然。」
講堂の入り口から、1つ目の答えを返しながら入って来たのは『ガイ』こと『アルキッド公爵家2男ガイアス・イル・アルキッド』。 私の1つ上の幼馴染みで、今回の成分解析の責任者。
「俺が遅くなった時の仕切り役を任せてあったんだ。」
「実に良い、狙ったようなタイミングで登場しましたよね? ユアン殿下。」
たかが1生徒、たかが侯爵令嬢、私があんな場面の仕切り役を担うなんて普通なら有り得ません。 ユアン殿下が2つ目の答えを告げます。 思わず本音が出ましたけど、その際にイイ笑顔でいることは忘れません。 ユアン殿下も『わざと、あんな言い方したな?』 と腹黒笑顔で無言で訊いてきますので、それにもイイ笑顔だけ返します。
3つ目の質問には答える必要は無いでしょう。 彼女の目の前でのことだったんですから。
「なんで、そんなに気安いのよ? なんで不敬罪じゃないの?」
「今回は協力者だったしな。 兄の親友の婚約者でもあるし? 俺自身が許可してるし程度もわきまえてるからな。」
「協力者? 兄? 親友? 婚約者?」
「リリシア嬢に関わる事項の報告とか、薬についての情報提供や人脈活用とか。」
あら、もっともな質問が来ました。 ユアン殿下はサラリと答えますが、わざと省略してますね。
「そういうこと。 初めまして? 私はアルキッド公爵家長男ジェイリッド・イル・アルキッド。 王太子殿下補佐官で、今回の事件の担当。 貴女には、我が婚約者カメリアがお世話になったようで? 彼女の親友のリルも、ね。」
「……あ、ジェイ様、それとガイ様も、お久しぶりです。」
「…………。」
ユアン殿下から話を振られたのに気付いて自己紹介した『ジェイ』様こと『アルキッド公爵家長男ジェイリッド・イル・アルキッド』は、ユアン殿下の兄で王太子殿下の補佐官で側近として寮や(アンの祖父の)商会の捜索を指揮していた。 王太子殿下の親友で幼馴染みで、私の2つ上の幼馴染みで婚約者。
そんなジェイ様に声を掛けられ、呆然としたままだったリルも我に返り、慌てて挨拶をしてるのが彼女らしい。
アネス嬢は……まだ頭の中が整理できてないみたいですね。
壇上のギルフォードたちは、状況が分からず、ずっと固まったまま。 おそらく、今はまともに頭が働いてないでしょう。
余談ですが、あれは確かに『大問題』だったんです。
当時、憧れの令息と結婚したい令嬢の1人が例の惚れ薬を使って効果が出ちゃったから、瞬く間に社交界に蔓延。 舞踏会や夜会がメチャクチャになり、倫理も何も無くなり始め、さらにはワインに混ぜて王族に飲ませようとした令嬢が出るに至って、とうとう王の強権が発動。 謹慎と強制捜査と没収と(効果が消えるまでの)隔離と(カルムの)焼き捨てとが一気に行われ、栽培と使用を禁ずる法律が即時施行され周辺国にも通達されたとのこと。 同時に王族や上位貴族への対策指示も徹底されて……。
だって、惚れ薬で籠絡した王族を操れば王家乗っ取りさえ可能と実証されたようなものなんです。 王家も関係者も必死になります。 その結果、戦争・内乱・疫病以外では史上類を見ない騒動に国中がひっくり返らんばかりで、あまりの騒ぎに周辺国も犯罪者も巻き込まれるのを恐れて手出ししてこなかったと言われているほど。 実際は、自分たちにも同じ危険が有り得ると気付いて自国での対応に追われていただけでしょうけどね。
ちなみに、発端となった令嬢は生涯の修道院生活、王族に飲ませようとした令嬢は貴族用収容所に生涯幽閉、薬を売った商会は取り潰しになりました。
「…………。」
「当然、薬のことは耐性の件も含めて他言禁止だ。 では、そういうことだから、連行!」
「はっ!」
「…………。」
さすがにまだ立ち直れない様子のアネス嬢と、彼女側の関係者は大人しく連行されていきました。
黙って水晶版に記録をしていた主席書記官セクレタ様も、すべてを書類に書き起こしていた宰相補佐官ハイル様も、王宮に戻って報告です。
**********
「さて、俺に出来るのはここまでだな。 後は王や宰相たちの領分だ。」
「ユアン殿下、お疲れ様です。」
「キリアンもご苦労様。 しかし、ワルド子爵領か。 ワイアット公爵領内でも最も王都から遠いな。」
「逆恨みしてリリシア嬢たちに何かを仕掛けるのは難しいですね。」
「それに、あそこって開発中じゃなかったか?」
「多忙で余計なことをする余裕は有りませんね。」
「そこに、実家とは絶縁済みとはいえアネス嬢が補佐?」
「彼女の商才と社交性は本物ですから領地開発には有効ですね。」
「2人とも他人との結婚は難しいが、その2人が夫婦になるのは・・・王は許可するよな。」
「ワイアット公爵家の血筋が残るという点で、むしろ歓迎されるでしょう。」
「2人が一緒に居れば監視もしやすいし、な。」
「子爵と平民なら身分的にも問題無いですしね。」
「ワルド子爵領内の男爵領、今は代理人じゃなかったか?」
「あの2人次第では、彼らの子供が受け継ぐことも出来るでしょうね。」
「それに気づかないアネス嬢じゃないな。」
「気付けば、逆恨みするのとどちらが得かなんて、すぐに分かるでしょう。」
「……。 嫌になるほど抜け目が無いな。 これって、やっぱり───」
「ジェイリッド様でしょう。」
「「…………。」」
ユアン殿下とキリアンが、互いの労をねぎらってるうちに何かに気付いたようです。 2人して、私と話しているジェイ様の方に物言いたげな視線を寄越しますが、スルーしましょう。
「ふふっ、おバカさんたちも一掃できましたね。」
「リアは相変わらずバカが嫌いなんだな。」
「上に立つ者が馬鹿なのは、それだけで罪ですから。」
「私の婚約者殿は容赦無いよな。」
「あんな処罰の案を考え出すジェイ様ほどではありませんよ?」
「せっかくの人材、有効活用しないテは無いだろう?」
「有能ぶりに惚れ直しそうです。」
「どうぞ、何度でも。 婚約者殿。」
「そういえば、『確定済み』ってことは───」
「今回の私への報酬。 リアのデビュー舞踏会での婚約発表の許可。 薬関係は極秘で表立った評価は出来ないから、表向きはリアの殿下への協力の報酬。」
「あら、素敵。 デビューと同時に婚約者を堂々と自慢できるんですね。」
「デビューと同時に独占宣言と虫除けしておかなくては、私が安心できないんだ。」
「ふふっ。」
耳に入った殿下たちの憶測をジェイ様本人に確認しながら、2人で笑います。
「実は、今回の件を受けて、有能なカメリア嬢は俺の相手にという話も───」
「無くなりましたよね?」
「せっかく成就しそうな私の初恋の邪魔をすると?」
「しないから。 ジェイリッドも落ち着け。 この話は潰してある。 2人を敵に回すなんて冗談じゃないし、カメリア嬢が相手じゃ俺の気が休まらない。」
「失礼な言い方ですが、それは置いておくとして……。 ホントですね?」
「ホントだ。」
どことなく面白くなさそうに、ユアン殿下が裏事情を暴露することで口を挟み、ジェイ様が遮って確認します。 それに便乗して、私もユアン殿下に胡乱な視線を向けると、慌てて否定します。 実はからかい半分なので、失礼な言い分もさらりと流すとしましょう。
「ところで、リリシア。 もう婚約は破棄されてるんだよね? 未練は無いんだよね?」
「? はい。」
「じゃぁ、遠慮無く。 ずっと好きだった。 私と結婚してほしい。」
「え?」
私たちのやりとりの終わりを待つかのようなタイミングで聞こえた台詞。 求婚したのはガイ、相手はリル。 リルは私たちの会話を聞いて笑ってたらしく、ガイの突然の求婚に驚いて固まってます。
「ガイ、やっと言えて良かったな。」
「リル、嫌じゃなければ考えてあげて?」
「嫌だなんて、そんな……驚いただけで……。」
「ガイは2男だから婿入りできるし、な。」
「だって、いきなりで───」
「いきなりじゃないんだけどな。」
「え?」
「仮にも婚約者が居たから、表に出さなかっただけ。」
ガイの肩を軽く叩くジェイ。 同じようにリルの肩を叩いて正気付け、リルに聞いてみると、脈は無いわけではなさそう……。 ジェイ様の、ガイへの援護のさりげなさが流石です。
戸惑うリルに、ガイ本人が今までの想いを伝えて……ふふっ、イイ感じ。
「今回、所長のガイ自ら付きっ切りで検査しデータも証拠も最短で揃え、雄叫びあげたって? 他の仕事が片付かなくて困るし、真剣過ぎて怖くて声も掛けられないし、終わったと途端に叫んで飛び出してくしで、副所長が涙目になってたぞ?」
「リリシアの苦しみを取り除けるし、私の望みに可能性が出るし、当然だろ?」
「『検査結果を疑うならアンタの4男で試すか?』 と聞かれたと書記官が怯えてたぞ?」
「予想外の速さだからって、こんな重大事で、王命で仕事してる人間を疑う方がバカなんだ。」
さらに、ジェイ様は、ガイ様をからかいつつ後押しします。 内容と返事はいかにもガイらしく、2人の仲の良い様子は微笑ましいです。
「リル、こんな性格の男はイヤ?」
「え? そんなことは無いけど……これ、ホント?」
「ホント。 だから……ごめんね。 ギルとの婚約破棄、私も内心喜んでた。」
「未練も何も無いから、気にしないで?」
まだ少しぼうっとしてるリルに聞いてみます。 ガイは有能だけど、目的のためには手段を選ばないところが有りますし、結構な執着ぶりを発揮してるので、引いてしまったのではないかと・・・。 ついでに、自分の本音もサラッと付け加えてみたら、いずれもイイ感触。
「じゃぁ、俺は期待していいのかな?」
「……すぐには無理ですけど。」
「待つから。 本気だから。 俺を知って、考えてくれるね?」
「はい。」
「ありがとう。」
ちゃっかりと話に乗って口説くガイ。 研究以外でこんなに熱心な彼は珍しいので、今後が楽しみです。
「デビュー舞踏会で一緒に発表出来たら素敵ね。」
「それが、今回のガイへの報酬だよ。」
ふっと漏れた私の言葉に、ジェイ様がこっそりと教えてくれました。 これは、リルと義姉妹になる日も遠くはなさそうです。
***** 完 *****
更生を変更し、前は書かなかった設定や性格をキャラ達に暴露させたら、終盤が長くなってしまいました。
初期改訂案で序章部分をいじったら中盤でネタバレしてしまうのに気付いて慌てて変更、前に近い感じに戻しても分かりやすさはアップさせて・・・と思ったら予想以上の難産になりました。
でも、ラストで糖分を増やしたので、少しは『恋愛』ジャンルらしくなったかな? たまに、主人公がのろけてますし、ね。
どうにかまとめたこの成果を楽しんでいただければ嬉しいです。
追記 乙女ゲーでも小説世界でも転生でもありませんよ?
もし、それでは成立しない点とか有れば教えてください、今後の参考にします。