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3年生小松佳子との初手合い

登場人物

織田 新入生 棋風 ポジティブで最後まであきらめない。直感タイプ。

部長 3年  棋風 読みとさばきを信条とする振り飛車党。見た目によらず熱いところも。

小松 3年 棋風不明 小柄で関西弁をあやつるが棋風はいったい・・

「ほな、次は私とやな。私は小松佳子。3年です。よろしく。」

大瀬の小柄な体は盤を挟んで座ると途端に大きく見えた。

「振りごまは歩が5つで私が先手やな。時計はこっちでいい?ではよろしくお願いします。」

「お願いします。」

先手:小松(3年)後手:織田(新入部員)



▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲4八銀 △5四歩

▲5六歩 △5二飛 ▲6八銀


「うん?」

小松の指し回しに織田は少しとまどう。自分の戦法は中飛車。得意戦法の一つである。それに対して小松は角道をあけることなく左銀を動かしてきた。あまりみたことのない指し方である。

「銀には銀かな。」

織田は銀を上げて対抗する。5七銀左には歩交換をいどんだ。

△4二銀 ▲5七銀左 △5五歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲6八玉 △6二玉 ▲4六銀 △5一飛 ▲3六歩 △5三銀 ▲7八玉 △4四銀 ▲7九角

挿絵(By みてみん)

ここまで来て作戦がはっきりした。

「引き角ね。小松さんの得意戦法の一つ。まあ彼女には得意っていう概念がないけどね。織田君はどう対応するのかしら。」

部長は横で二人の対局を、先ほどの熱戦とは打って変わってのんびりと観戦していた。


△7二玉 ▲2四歩


「え!いきなりここで。」

織田は驚きを隠せない。全く予測していなかった仕掛けであった。

「しかし、こんな仕掛けで悪くなるわけない。」

腰を落ち着けてじっくりと読みに入る。

△同 歩 ▲2二歩 △同 角 ▲2四飛 △3二金

▲2八飛 △2三歩


ここまでくると局面は落ち着いている。小松も飛車先の歩交換には成功したが、その分一歩を相手に渡している。このまま玉の整備に入ると思われた。


▲3七桂 △8二玉 ▲3五歩

「ここで!まだ美濃にもかこえてないのに」

再び小松の仕掛けが飛び出した。あまりにも素早く軽い。

「この手の早さが小松さんの特徴の一つね。」

一方的に仕掛けて相手の陣形を崩す。まるでジャブのような仕掛けである。織田は陣形だけでなく、読みも崩されてしまった。

つまり、こんな軽い仕掛けでやられるはずがない。絶対に咎めてやると思ってしまったのだ。

最初から小松は相手を仕留めるための仕掛けではない。細かなポイントを稼ぐための仕掛け。これに下手に反発して対処しようとしても時間を使い傷を広げるだけである。

△同 歩 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 桂 △3六歩 ▲2六飛

挿絵(By みてみん)


ここでの△3六歩▲2六飛のやりとりがまさにそうであった。仕掛けを逆に利用しようとする3六歩に軽く飛車を浮いていなす小松。

△5五角 ▲3三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 角 ▲3六飛

挿絵(By みてみん)

織田の指し手は一貫して、5五角と仕掛けを咎めようとしている。

「なんや、けっこう負けず嫌いなんやな。しかし、単純な切り合いでは私に勝てるかな。」

小松は相手の動きに応じてさらに攻撃を加える。

「くっ!ここでもか。」

小松の仕掛けに出たばかりの角を引き下がるを得なかった。相手を咎めようとした手がことごとく戻される。いいタイミングで自分だけ手を出して、相手の攻撃はゆらりとかわす。そんな将棋だった。

そして今の局面。小松からは次に4五に桂を打つ手や角を取る手がある。この手は一発KO級の重い一手であり、対策を読まなければいけない。


△3一歩


織田から放たれた駒音は重く響いた。二人に緊張感が走る。

気合の入った一手である。ここで初めて織田は小松の実力を認めたのだ。そしてそのうえで負けたくない。

この手はそんな手だった。

「やれるもんならやってこい!」

「今更そんな手指されても、私は止まらへんで!」


▲3三飛成 △同 金 ▲4二角 △3二金 ▲5一角成 △同 金

▲2四歩 △同 歩 ▲同 角 △4二銀 ▲5二歩 △6一金

▲4六角 △2七角 ▲5九金右 △4五角成


小松の怒涛の攻めである。▲4二角には△3二金、 ▲2四角には△4二銀、▲5二歩に△6一金、織田はひたすら耐えていた。

しょうがないないといったん引き揚げる▲4六角にもさらに△2七角から馬をつくり粘る粘る。

「これで小松さんの攻めは受け止めたはず。」


そこでピシッと怪しげな一手が放たれた。

▲8五飛


挿絵(By みてみん)


「なんだこの手は・・。」

小松の意図がつかめない織田は困惑する。


「小松さんらしさ第二弾ってところね。こういう変則的な手をこういう場面で繰り出してくる。」

部長は意地悪く微笑んだ。

普通は飛車は敵陣に打ち込んで攻めるところである。しかし、小松は飛車をよくわからない所へ打ち込んだのである。いいか悪いかは置いといて、局面を再び混沌とさせる手である。


△6六桂 ▲6八玉 △5八歩 ▲4九金 △4六馬 ▲同 歩 △7四角

▲8六飛 △2九飛 ▲3九金 △1九飛成 ▲2八銀 △1八龍


「チャンスがきたのではないか。」

織田は突然の局面の混乱に当然そう思い正解を見つけようとする。そして焦って攻めてしまう。

6六桂馬がまさにその一手である。▲6八玉 △5八歩 ▲4九金と逃げられると攻めはカラぶっている。焦って角を取り、飛車を討ってなんとか食いつこうとするが、ここにきて小松の指し方は一旦して手堅く ▲3九金 から ▲2八銀とがっちり守りに入った。緩急自在の指しまわしである。


▲7五桂 △7二金 ▲6六飛 △2七歩 ▲3七銀右 △5三香

▲9五桂 △5九歩成 ▲同 金 △同香成 ▲同 玉 △5七歩

▲6八玉


小松はしっかり守った後に手に入れた桂馬で玉頭に狙いを定める。

△2七歩 △5三香と必死に食らいつく織田。

△5七歩で待望の詰めろをかけるが、小松は▲6八玉。ゆるりと受け流す。


△6五金


挿絵(By みてみん)


織田の勝負手である。飛車を逃げれば桂馬をとる。飛車をとれば5八飛車が脅威である。

なんとか暴れて暴れて手にした勝負の時。少なからず小松は動揺した。

「やってこいやっっっ!」


▲同 飛 △同 角 ▲8六香 △5八飛

▲7九玉 △4八龍 ▲8三桂右成△同 金 ▲同桂成 △同 角



織田の勝負手に一歩もひかず小松は殴り合いに踏み込んだ。

「これなら勝てるかも」

「勝つのは私や。」

両者一歩も譲らない。意地と意地のぶつかり合いである。


そして▲4八金


挿絵(By みてみん)


「詰まないのね。」

部長だけが冷静に盤面を見ていた。

通常なら詰みがあるような局面。しかし、持ち駒が銀だけでは詰みはない。目が覚めるような殴り合いの中で小松は自玉の危険さを把握していたのだ。


「まるで血を吐きそうだ。」

こんな形で詰まないなんて・・。織田は将棋を感覚で指す。なにかがある。なんとかなるだろう。そういった持前のポジティブな性格が棋風にも現れていた。しかしこの局面では織田の直感を小松の読みが上回った形になった。

それでも勝ちはあきらめない。 △7八銀 ▲8八玉 △7五桂と詰めろで食らいつく。きっと自玉は受かっているはずだ。根拠のない開き直りが逆に小松にプレッシャーを与える。

▲8三香成 △同 玉 ▲6五角 △7四歩 ▲5八金 △同歩成


「念のため6五角でまりにも効かせといて、あとは詰ますだけや。これだけの駒があればおそらく詰むはず。」

挿絵(By みてみん)

織田の玉は丸裸。一方、小松には飛車二枚に角、金金。


▲8六飛 △8四香  ▲同 飛 △同 玉 ▲9五角

△8三玉 ▲8六飛 △8四歩 ▲同 飛 △7二玉 ▲7四飛

△7三桂打 ▲7五飛


「おそらく、織田玉は詰んでるわね。一方小松玉には詰めろも解消している。小松さんの勝ちね。」

▲8六飛 △8四香

「香車か。普通は歩で受ける。しかし、香車ならプレッシャーね。これで小松さんは詰ますしかなくなった。」

とりあえずこれぐらいでという飛車打ちに織田は最強の応手ではね返した。

「最後までプレッシャーをかけてくるね。」

▲同 飛 △同 玉 ▲9五角

「これでどうや!」

「これはとれば詰みね。角のただ捨て。さすがにこれは決まったかしら。」

織田の指はすううと動く。

▲8六飛 △8四歩

「角道が・・・」

84歩は二つの駒の効きが重なる地点であり意味のない合いごまのはずであるが、その一瞬だけ角道がさえぎられるのである。暗雲に差し込む一筋の逃げ道。

「くっやってしもうたか。しかし桂馬を王手で外せばまだ・・。」


挿絵(By みてみん)


△7九銀不成▲同 玉 △7八金 ▲同 玉

△6八飛 ▲7九玉 △6九と

まで132手で後手の勝ち

挿絵(By みてみん)


「負けました。あちゃー。詰みなかったかな?」

織田は全ての持ち駒を使い切り詰みに打ち取った。

「おそらく、9五角のところで▲8五金、▲7四金、▲6三金から 7四に角を打つ詰め筋があったわね。」

「いえ、全然わかりませんでした。最後も偶然に詰みましたし。」

「そのわりには自信満々やったけどな。」

小松は悔しさを隠すように言った。


将棋で負けることは何に負けることよりも悔しい。盤の中には運や偶然というものはないからだ。あるのはお互いの読みと意地。

織田は偶然という言葉を使ったがそれは違う。

敗勢ながら常にプレッシャーをかけ続けていた織田に、小松は焦りがでてしまった。

「まあ、これだけの新入部員が入ってくれれば、来月の大会は安心やな。」

「え?来月に大会ですか?」

「そう。団体戦に出場するわ。私と小松さんに勝ったのだからもちろんあなたはスタメン候補よ。」

「まあ、まだ候補やけどな。選ばれるのは5人だけやから。」

織田の周りにはいつのまにか人が集まっていた。

「先輩二人に勝ったんすか?有力っすねー。」

「あら、私だって勝ったことがありますわ。」

「・・・。振るのはお好きですか?」


小松との対局で疲れ果てていたはずの織田だが、がぜん気力がわいてきた。

「先輩方、よろしければ自分と一局お願いします。」





今回の棋譜

先手: 小松

後手: 織田

▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲4八銀 △5四歩

▲5六歩 △5二飛 ▲6八銀 △4二銀 ▲5七銀左 △5五歩

▲同 歩 △同 飛 ▲6八玉 △6二玉 ▲4六銀 △5一飛

▲3六歩 △5三銀 ▲7八玉 △4四銀 ▲7九角 △7二玉

▲2四歩 △同 歩 ▲2二歩 △同 角 ▲2四飛 △3二金

▲2八飛 △2三歩 ▲3七桂 △8二玉 ▲3五歩 △同 歩

▲4五銀 △同 銀 ▲同 桂 △3六歩 ▲2六飛 △5五角

▲3三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 角 ▲3六飛 △3一歩

▲3三飛成 △同 金 ▲4二角 △3二金 ▲5一角成 △同 金

▲2四歩 △同 歩 ▲同 角 △4二銀 ▲5二歩 △6一金

▲4六角 △2七角 ▲5九金右 △4五角成 ▲8五飛 △6六桂

▲6八玉 △5八歩 ▲4九金 △4六馬 ▲同 歩 △7四角

▲8六飛 △2九飛 ▲3九金 △1九飛成 ▲2八銀 △1八龍

▲7五桂 △7二金 ▲6六飛 △2七歩 ▲3七銀右 △5三香

▲9五桂 △5九歩成 ▲同 金 △同香成 ▲同 玉 △5七歩

▲6八玉 △6五金 ▲同 飛 △同 角 ▲8六香 △5八飛

▲7九玉 △4八龍 ▲8三桂右成△同 金 ▲同桂成 △同 角

▲4八金 △7八銀 ▲8八玉 △7五桂 ▲8三香成 △同 玉

▲6五角 △7四歩 ▲5八金 △同歩成 ▲8六飛 △8四香

▲同 飛 △同 玉 ▲9五角

*85金 74金 63金から 74に角を打つ詰め筋があった。

△8三玉 ▲8六飛 △8四歩 ▲同 飛 △7二玉 ▲7四飛

△7三桂打 ▲7五飛 △7九銀不成▲同 玉 △7八金 ▲同 玉

△6八飛 ▲7九玉 △6九と

まで132手で後手の勝ち


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