新入生入部
「先手は私ね。ではよろしく願いします。」
部長はしなやかな手つきで歩を進めた。
▲7六歩 △3四歩 ▲7五歩 ・・
「これは、石田流。部長も大人げないわね。新入生をテストするのに自分の得意な形にしてどうすんの。」3年の小松は二人の対局を横で見守っていた。
石田流三間飛車ははやくから7五歩 とつく、比較的攻撃的な振り飛車である。
「それに対して新入生君は一番オーソドックスな形で来たな。」
△4二玉 ▲6六歩 △6二銀 ▲7八飛 △6四歩 ▲4八玉 △6三銀
角道を止め指して、銀で歩交換を防ぐ。囲いは美濃に。石田流の対策の中で一番オーソドックスで穏やかな指し方である。
▲3八玉 △3二銀 ▲6八銀 △3一玉 ▲6七銀 △3三角 ▲2八玉 △2二玉
▲5六銀 △2四歩 ▲3八銀 △5二金右 ▲9六歩 △9四歩
▲7六飛 △5四歩 ▲5八金左 △8四歩 ▲7七桂
「まあここまでは普通か・・。」
△7二飛 ▲9七角 △9二飛
「千日手ねらい?なかなか狡い。」部長は気を引き締めた。
つまり角が下がればまた飛車を7筋に戻す。後手番なので千日手は歓迎だ。
▲6五歩
後手の持駒:なし
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
|v飛 ・ ・ ・v金 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・v歩v銀 ・v歩v角 ・v歩|三
|v歩v歩 ・v歩v歩 ・v歩v歩 ・|四
| ・ ・ 歩 歩 ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ 飛 ・ 銀 ・ ・ ・ ・|六
| 角 歩 桂 ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| 香 ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:なし
手数=33 ▲6五歩 まで
じっとつかれた歩
新入生はどっとプレッシャーを感じた。
「そんな虫のよい手は許さないって感じやなー。」
△同 歩 ▲7四歩 △同 銀 ▲6五銀
「怒涛の攻めやな。石田流はこれがあるから怖いわー。さて、次の一手は悩むな。一目飛車を6筋にふり直すけど、金上がっちゃってるしなー。」
△9五歩
後手の持駒:歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
|v飛 ・ ・ ・v金 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・v歩 ・ ・v歩v角 ・v歩|三
| ・v歩v銀 ・v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・ 銀 ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ 飛 ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| 角 歩 桂 ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| 香 ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:歩
手数=38 △9五歩 まで
「おいおい悠長やな。」
新入生はあまり考えてなかった。この一番重要な場面でだ。時間もあまりなかったのもあったが、どんな指し手をしてもここではすでに自分が劣勢であると自覚していたからだ。そんなときはじっとがまんするでも、必死にあばれるでもなく、そっと相手に身を任す。
▲7四銀 △同 歩 ▲6五桂 △7五銀!
後手の持駒:歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
|v飛 ・ ・ ・v金 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ ・ ・v歩v角 ・v歩|三
| ・v歩v歩 ・v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・v銀 桂 ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ 飛 ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| 角 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| 香 ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:銀 歩
手数=42 △7五銀 まで
当然のさばきに悠然と強手で対応する。
「この手をノータイム!この子、強いのか弱いのか。まるで底が見えない。」
しかし、この手に引き下がるわけにはいかない。
▲同 角 △同 歩 ▲同 飛 △9九角成 ▲7一飛成 △5五馬
後手の持駒:角 香 歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 龍 ・ ・v金 ・v桂v香|一
|v飛 ・ ・ ・v金 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・v歩|三
| ・v歩 ・ ・v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・ 桂v馬 ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| ・ ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:銀二 歩二
手数=48 △5五馬 まで
「5五馬。王を狙う絶好の位置で桂馬にもあたってる。」
「局面は部長のほうが確かにいい・・。しかし、さっきまでのムードではない。」
ここでじっくり指すなら手に入れた銀を5六に使い馬にあてながら桂馬を守る。
しかし、龍当たりに馬をひかれるし、何より先ほどの徳を生かし切れていない。
部長は新入生の勢いにあてられていた。そして何より、自分の力をみせつけようとする気がないでもなかった。絶対に勝ちたいと思うような指し方ではなく、スマートに勝ちに行くような手。それが次の一手だった。
▲5三銀 △6五馬 ▲5二銀成 △同 飛 ▲6三歩
後手の持駒:角 銀 桂 香 歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 龍 ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・v飛 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ 歩 ・v歩 ・ ・v歩|三
| ・v歩 ・ ・v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・v馬 ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| ・ ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:金 銀 歩
手数=53 ▲6三歩 まで
「6三歩かあ・・。」
桂馬を手に入れ、遊んでいた飛車も動き出した。しかし、ここにきて冷静な手が部長から放たれた。
これは熱くなった頭を冷まして、冷静に「さあ、やってきなさい」という手である。
「形は6四馬やな。しかし無視して歩をなられた場合、36桂で王手はできるが横に逃げられると金がないから詰まない。部長、本気やなこれは。」
新入生はここでもあまり考えなかった。なにかあるはず。そういう直感と経験だけで読みを省略し、勝負所だけを外さない指し手。これが自分でも気づかない彼の棋風だった。
△6四馬 ▲6二歩成 △3六桂 ▲1八玉
後手の持駒:角 銀 香 歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 龍 ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ とv飛 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・v歩|三
| ・v歩 ・v馬v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・v桂 ・ ・|六
| ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 ・ 玉|八
| ・ ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:金 銀 歩
手数=57 ▲1八玉 まで
「さあ、ここまで進んだが次をどうするんや?」
△4八香 ▲3九金
「ふんふん。金を手に入れにきたんやな。けど横によけたら金もきいてくるし・・」
△2八銀 !!!
後手の持駒:角 歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 龍 ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ とv飛 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・v歩|三
| ・v歩 ・v馬v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・v桂 ・ ・|六
| ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金v香 銀v銀 玉|八
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ 金 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:金 銀 歩
手数=60 △2八銀 まで
「あ!」
部長は心の中で声を上げた。
▲同 金 △3九角
後手の持駒:歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 龍 ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ とv飛 ・v銀v玉 ・|二
| ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・v歩|三
| ・v歩 ・v馬v歩 ・v歩v歩 ・|四
|v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・v桂 ・ ・|六
| ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金v香 銀 金 玉|八
| ・ ・ ・ ・ ・ ・v角 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:金 銀二 歩
手数=62 △3九角 まで
たった数手で手つかずの美濃囲いが必至に追い込まれるとは。
部長は戦慄した。それは新入部員の強さにではない。現に仕掛けの時点では新入生の読みは甘かった。そこから対して悩みもせずこの手順にまで持ち込んだその勝負強さに、自分にはないものをみた。
「負けました。」
「自分、強いなー。いつからこの寄せに気づいたん?」
隣で見ていた小松が声を上げた。
「いえ、実際桂馬うってからです。」
「マジ?読まずにそこまでつっこんだん?」
「なんかあるかなー、て感じでいったんですけどね。冷静に手堅くこられたらこちら勝ち目が薄いので。」
部長は口惜しさと同時に部の新しい力を手に入れた喜びを感じていた。その喜びでむりやり悔しさを忘れようとしたがしかし、やはり悔しい。
「もう一回しませんか。」
「え!次はうちとやろ。」
ここから新入生織田宗一の将棋部の第一歩が幕を開けた。