第12回
おおよそのテロリストの数や進行の際に遮蔽物として使えそうな物を確認すると中島はMAC-10のセレクトレバーをフルオート(連射)に合わせ、隠れているSUVから少し身を乗出して建物の二階に銃口を向ける。戸惑うことなくSAT隊員は銃を水平に振りながら引き金を絞る。短機関銃から発射された銃弾は二階の窓を次々に砕き、地上で荷物を運んでいたテロリストたちの数人がガラスの破片を被った。
この時、建物の裏で待機していた野村と小木はこれが中島の言っていた合図だと信じてテロリストの建物に向かって走り出した。彼らはこの銃声が中島のものかテロリストのものであるかどうかなど気にしてはいなかった。どちらにしても野村と小木に分はある。テロリストが中島に気を取られている隙に建物を制圧し、小田菜月を救出する。
巣を攻撃された蟻の様に建物の中から数人のテロリストが銃を片手に飛び出してきた。既に外でバンに荷物を積み込んでいた男たちは襲撃者の姿を確認しようと周囲に目を配る。
一方の中島はセレクトレバーをフルオートからセミオート(単発)に切り替えて身を潜めていたSUVから次の遮蔽物候補である白いバンの後部に近づく。この際にSAT隊員は視界に入ったテロリスト3人に向けて数回発砲し、近い距離にいた男の太腿に1発命中した。最初から無力化するつもりのない中島にとってこれは上出来であった。被弾しなかった男たちは応射するのを忘れて遮蔽物へ移動し、撃たれた男は地面に崩れ落ちた際に頭を強打して気絶した。
“6、7人…”中島は敵の数をそう見積もった。まだ5発は弾倉に残っていたが、彼はバンの陰で弾倉を入れ替える。バンから少し顔を出して敵の動きを確認すると、銃を左手に持ち替えて左腕をバンの陰から突き出す形で先ほど取り逃した二人のテロリストに向けて撃った。応射しようとしていた二人組のテロリストはこれに怯んで隠れていた木の陰に留まる。
建物から出てきたテロリストは襲撃者の位置を確認するとSAT隊員が隠れているバンに向けて一斉射撃を加え始める。銃撃はバンの正面と右側面に集中して行われた。これが始まると同時に中島は短機関銃を両手で構えて車の左側面に回り、前進しながら木の陰に隠れていた二人組のテロリストに銃撃を加えた。パニックに陥った一人は遮蔽物から飛び出し、反射的に中島は気の陰から出てきた男の脚を撃ち、バランスを崩したテロリストは転んで出血する脚を抑えた。
この隙にもう一人のテロリストは銃撃しながらバンに向かって発砲している仲間のいる位置へ逃げようとしたが、遮蔽物から出た途端にSAT隊員に右肩を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちた。
その時、今まで中島が隠れていたバンに向けられていた銃撃が収まった。弾切れである。素早く中島はセレクトレバーをセミオートからフルオートに切り替えると、バンのボンネットから身を乗り出す。短機関銃を持った男2人と拳銃を持った男3人が見える。躊躇いなどない。SAT隊員は短機関銃をテロリストの脚に向けて引き金を引きながら水平に振った。装填中であったテロリストはこの攻撃に気付いたが、時既に遅く、中島の撃った銃弾は5人のテロリストの脚を撃ち抜き、ほぼ同時にテロリストたちは地面に崩れ落ちる。弾倉を交換しようとしていた時に銃撃を受けたために一人を除くテロリストたちは装填を終えておらず、被弾した際に予備弾倉を落とし、ある者の予備弾倉は滑って中島のいるバンの下まで転がった。
激痛に耐えながらも新しい弾倉を拳銃に込めていたテロリストは仰向けの状態から上半身を起こして襲撃者の姿を探した。だが、すぐに男は被弾した。右肩に衝撃を得てテロリストは再び地面に崩れ落ちる。中島は周囲の安全確認をしながらそのテロリストの横に移動し、男から拳銃をもぎ取って残弾を確認すると銃を構えて正面玄関から建物の中に入って行った。
先頭に拳銃を突き出すように構えた野村、その少し後方に短機関銃を構えた小木がいる。
裏口まで4メートルと迫った時、野村は視界の隅で動く何かを見つけた。素早くそれを確認するために視線を移動させると、裏口から6メートル程離れた窓の近くに立つ坊主頭の大男が見える。即座に野村は進路を変え、その窓に向かって進む。小木は一瞬戸惑ったが、すぐに後輩捜査官が意図することを理解した。
窓際にいるテロリストと野村の距離が3メートルに縮まると、ようやくテロリストが野村の姿に気付いて銃を捜査官に向けようと右腕を動かす。相手の銃が見える前に野村は前進しながら男に銃口を向けて引き金を絞り続けた。最初の2発は命中しなかったが、3、4発目がテロリストの胸と左肩に命中し、被弾した男は発砲する前に床に倒れた。窓との距離が縮まると若い捜査官は窓ガラスに向かって突進し、それを突き破ると床に倒れていた男をクッションに着地する。その後、肘を瀕死のテロリストの顔面に入れながら周囲に銃口を向けて安全確認をした。小木は窓際まで来ると野村の援護をする。安全確認の最中、二人は左手にある更衣室のドアが静かに閉まるのを見た。
若い捜査官は素早く起き上がると更衣室の方を指差してそこへ近づくことを先輩捜査官にハンドシグナルで伝える。合図を受けた小木は建物内に入ると野村と背中を合わせるようにして周囲を警戒しながら更衣室に近づく。外からは短機関銃の断続的な銃声が聞こえている。
近づくと二人はドアの横に並んで立ち、残弾を確認すると野村がドアを蹴り破って更衣室に突入した。小木も彼に続く。そこですぐに目にしたのは部屋の隅で震えている新村と小田菜月であった。議員の娘の存在を知っていた野村と小木にとって新村の存在は意外であった。捜査官たちの姿を見て新村は安堵し、状況を理解できない菜月は新村の腕を掴んで離さなかった。
“今はここから逃げるのが最優先だ”と野村は自分に言い聞かせた。
「ここから出るぞ!」
タイミングが重要である。
左から近づいてくる警備員は銃口を西野に向けながらベルトから手錠を取り出す。西野の斜め右にいる男は事が収まったと見たのか、まっすぐ伸びていた銃を持つ腕から力を抜こうとしている。ベテラン捜査官はその変化を見逃さなかった。
手錠をかけようとする警備員が銃をホルスターに収めて西野の手首を掴もうすると同時に、捜査官は警備員の右手首を掴んで自分の方へ引っ張って右掌底を警備員の股間に叩き込む。打撃を受けた警備員は激痛に耐えかねて前屈みになり、もう一人の警備員は予想外の出来事に固まった。好機を逃すほど西野は未熟な捜査官ではない。目の前で悶絶している警備員を西野は力一杯固まっているもう一人の警備員の方へ突き飛ばし、この際に捜査官は警備員のベルトにあった特殊警棒を拝借した。
バランスが上手く取れていない警備員は捜査官の思い通り彼の仲間に激突した。この衝撃で我を思い出した警備員は仲間を押しのけて銃を構えたが、西野は特殊警棒でそれを払い、相手との距離を詰めると柄で警備員の鼻を殴った。鼻が折れる鈍い感触が警棒の柄を通して伝わり、西野はやり過ぎたと思ったが自然と体が動いて肘を警備員のこめかみに叩き込んだ。
もう一方の警備員は呻きながら立ち上がろうとし、それを見た西野は警棒でその警備員の背中を叩いて再び床に転ばせる。警棒を捨てて捜査官は先ほど弾き飛ばした拳銃と床に置いた鞄を取り上げて周囲を見た。金網の向こう側にいる武器庫の管理者は口を開けて西野を見ているだけであった。
「すまない…」そう言い残して西野は武器庫を後にした。
捜査官が部屋から離れる数秒前に黒田は警備室へ連絡した。
“西野め、何を考えている!”
固定電話からくぐもった男性の声が聞こえてきた。警備管理長である。「どうしましたか?」
「警報を聞いたでしょう。危険人物が施設内にいる。今すぐに建物を封鎖して欲しい。」平静を装って黒田が言う。
「分かりました。しかし、危険人物とは誰ですか?」
「西野史晃です。」
「え…あの西野さんですか?」
「そうです。施設を封鎖してアイツを捕まえてください。」
黒田は電話を切り、警備管理長は机の引き出しからワイヤー針タイプのスタンガン(注:別名はティーザーガン)を取り出して椅子から立ち上がった。
“面倒なことになったもんだ…”二人とも同じことを心の中で呟いていた。
けたたましい警報音によって分析官たちは作業を中断せざるを得なかった。通常、警報が鳴ると警備室からアナウンスがあって避難指示などが出るが、今回は全く指示がない。奥村の近くで作業している小野田は立ち上がらず、オフィス椅子に腰かけたまま彼女の隣まで移動する。
「何があったんだろう?」小野田が尋ねる。彼は警報の理由が知りたくて仕方なかった。それは他の分析官たちも同じであった。彼らは黒田の指示を待っているが、その黒田がオフィスから出てくる気配はない。
「分からないわ。」
「テロリストの仕業かな?」
「知りたかったら警備室のネットワークにアクセスしたら?それとも黒田さんに聞くか…」奥村は今亡き武田衛のアジトで見つかった電子端末の情報に目を通していたので適当に返事を返した。
「俺にそれだけの権限があると思う?俺は奥村さんよりも下級分析官だよ。それに支局長はかなり不機嫌だしさ。」
ふくよかな体型の女性分析官は隣にいる同僚を見る。「じゃ、警備情報にアクセスするべきよ。階級は関係ないし…」
「やったけど、何も掴めなかったんだ。お願い!」両手を合わせて拝むようにして小野田が言う。彼の同僚は溜め息をついたが、警備室のサーバーにアクセスして警報の原因を探った。
「えっ…」咄嗟に女性分析官の口から声が出た。何事かと小野田がパソコンの画面を覗き込むと、西野の写真が映っていた。
「何があったの?」と小野田。
「西野さんが要注意人物だと書いてある。」
「何で?」男性分析官は驚いて目を見開いた。
「テロリストに協力した容疑としか書かれていない…」
その時、銃声がエレベーターの所から聞こえてきた。何事かと分析官たちがそこを見ると拳銃を片手に持った警備員3人が走って行くのを見た。
「これから施設を封鎖する!」オフィスから出るなり黒田が叫んだ。「監視カメラを使って西野を探し出せ。繰り返す。西野を探し出せ!」
中島の陽動作戦は思わぬ効果を生んでいた。SAT隊員が建物の2階に向けて発砲した際に、運悪く窓際にいた木下は左太腿を被弾した。彼は革ベルトで被弾した部位の少し上をきつく縛り、それから弾丸が貫通しているかどうか確認した。
“弾は抜けている”木下はこれに一安心した。
彼は急いで武器を探し、机の上にあった拳銃を取る。中島の奇襲に動揺していたのか、それとも脚のケガのためなのか、木下が取った銃は佐藤に渡すはずの細工した拳銃であった。このテロリストは気付かぬまま銃を片手に窓から離れ、壁を頼りに立ち上がる。
“議員の娘を逃がすわけにはいかない…”片足を引きずりながら木下は小田菜月が捕らわれている更衣室へ向かった。
襲撃に気付くと堀内は反射的に床に伏せて周囲に目を配った。彼は一階へ行こうと階段を目指していたところで、階段まであと数メートルというところで断続的な銃声を聞いた。咄嗟に腰周りを手探りして銃を探したが、この時になって丸腰であることに気付いた。
“なんと愚かな…”堀内は油断していた自分を非難した。“何所かで武器を―”
一階から窓ガラスが破れる音が聞こえた。短機関銃の銃声下で耳にしたので、堀内は空耳かと思ったものの、もし、警察の突入であれば裏口からも来るであろう、と推測して立ち上がる。彼は静かに階段の入り口まで近づいて耳を澄ました。これは足音と突入時に投げ込まれるであろうスタングレードの有無を確認するためであった。足音はしない。スタングレードの閃光を弾く爆発音もない。
堀内は静かに素早く階段を下りて恐る恐る周囲を見る。彼が目にしたのは小田菜月と新村が閉じ込められている部屋へ突入しようとする二人の男であった。彼らの他に堀内が見た人物はいない。
“舐めやがって!”多勢での突入だと思っていた堀内は野村と小木の姿を見るなり激怒した。そして、彼は二人の捜査官が突入した部屋に向かって走り出した。
「ここから出るぞ!」
小木が新村の両手を縛っていた縄を解くのを見ると野村が言った。後ろを振り返ると見知らぬ男が迫ってくる。距離は1メートルもない。
腰の辺りで野村は銃を構えようとしたが、堀内は銃を左手で掴み、右拳を野村の顔面に叩き込んだ。間を置かずにテロリストは二打目を同じく顔面に入れようとするも、野村はそれが来る前に頭突きを堀内の左頬に入れた。反撃に怯まず、銃を掴んだまま振り上げた拳を再び捜査官の顔面に目がけて繰り出した。同じ手とあって読まれたのか、野村は姿勢を低くしてそれを回避し、空いている左拳を堀内の股間に叩き込もうとする。本能的にそれに気付いたテロリストは体を左方向に捻って回避し、続いて右膝蹴りを繰り出した。その膝は捜査官の顔面に入り、激痛に野村は体勢を崩して片膝をつく、その時に堀内は野村から拳銃をもぎ取った。
小木は堀内を撃とうとしたが、野村が邪魔であり、それに短機関銃の反動でテロリストと同時に野村を撃ってしまうかもしれないと思って何もできなかった。野村が倒れた今、彼には撃つ機会はある。
しかし、小木の存在を忘れるほど堀内は怒り狂ってはいなかった。テロリストは銃を奪うと野村の額に銃を押し付けた。「銃を捨てろッ!!」
この光景を見て新村は同じ男に隠れ家で襲われたことを思い出した。思い出すと体が震えて吐き気を覚えた。小田菜月は絶望していた。もうお終いだと。小木は短機関銃を堀内に向けて構えるも戸惑っていた。下手すれば野村も死ぬ。
「デジャブだな…」新村を見つけると堀内が呟いた。「まぁ、今回は全員に死んで―」
「すみません…」テロリストの肩を誰かが叩いた。
虚を突かれた堀内が後ろを振り返るとだぶだぶの服を着た男が笑顔でテロリストを迎えた。堀内が銃口を中島へ向けようとすると中島は銃が自分へ向く前に相手の手を抑え、テロリストの股間を蹴り飛ばした。続けてSAT隊員は敵の顔面と腹部に拳を叩き込み、最後に上段蹴りを堀内の下腹部に入れた。上段蹴りでテロリストは吹き飛ばされた上に銃を奪われた。
「コイツはなんとするから、早く宮崎くんの所に行った方がいいよ。」奪った銃を野村に渡して中島が言う。小木、新村、小田菜月は急いで堀内を避けて中島の背後に走り込む。
「でも、中島さん…」胸を擦りながら野村が言う。
「オイラは大丈夫だよ。それより、まだ敵がいるかもしれないから早くここから出た方が良い。」自分を睨み付けながら立ち上がる堀内から目を離さずにSAT隊員が言った。
「そうするべきだ。」小木が野村の肩を掴む。
「すぐ戻ってきます!」野村は小木と共に新村と小田菜月を護衛しながら部屋を後にする。
「さて…」中島は敵から目を離さずに部屋の奥へ入る。「投降しませんか?」
「死んでもしないさ…」そう言うと堀内は両手を目の高さまで持ち上げて戦闘態勢に入る。
「そうですか…」両手を肩の高さまで上げて中島が呟いた。
天井に向けて発砲されたものの、西野は怯まずにエレベーターホールを駆け抜けた。目指すはメインフロアの隅に設置してある非常口である。
「止まれー!」警備員の一人が叫んだ。彼は一度立ち止まって逃走している捜査官の脚に狙いを定める。引き金にかけた指に力を入れようとすると、西野は角を曲がって警備員の狙いから消えた。
“クソッ!”髪を七三に分けている警備員は再び走り出した。
非常口が見えた。西野はもうすぐで駐車場に出られると思った。その時、右斜め後ろのドアが突然開き、白髪頭の警備管理長がティーザー銃を持って現れた。彼は監視カメラで西野の動きを見ており、各非常口の近くに同じティーザー銃を持たせて配置させていた。多少の動揺はあったが、警備管理長は良いタイミングで部屋から飛び出すことができた。
ドアが開く音を耳にした西野は背後に一瞥を送る。
“しまった!!”
警備管理長がティーザー銃の引き金を引くと同時に西野は持っていた鞄を持ち上げ、おそらく電極が襲うであろう右半身を守るために使う。電極は西野の背中に向けて放たれたが、銃器が収められている鞄にめり込んでバチバチと音を立てただけであった。警備管理長は急いでティーザーガンのカートリッジを外し、ベルトに付けていた予備カートリッジを取り付ける。彼が再びティーザーガンを向けようとした時に西野は非常口の前にいた。距離は5メートル弱。
“ギリギリだな…”警備管理長は西野にティーザーガンを向けて再び引き金を引いた。
非常口のドアを開けようとしていた西野であったが、黒田が建物を閉鎖したために職員用のカードを使っても開かない。背後に目を向けると白髪頭の警備局長がティーザーガンのカートリッジを変えるのが見えた。一か八か武器庫で警備員から盗んだ拳銃を取り出して時間稼ぎをしようと考えた時、非常口のドアが開いて銃を持った警備員が出てきた。ドアが開くと同時に捜査官は警備員の顔面を殴り、それから首筋に左手をフックのようにかけると警備員の頭を壁に叩きつけた。
白髪頭の警備管理長が引き金を引いたのはちょうど西野がドアから出てきた警備員を制圧した直後であった。電極が刺さる寸前に西野が非常口のドアを潜り抜けて難を逃れた。
「危険人物は東の非常口を使って駐車所に向かったと思われる。至急、急行せよ!」そう無線で呼びかけると警備管理長はティーザーガンから拳銃に持ちかえて西野の後を追った。
確かに西野の向かった方向には駐車場があり、最初に彼はそこに向かおうとしていた。しかし、黒田が建物を封鎖したことを知った今、捜査官は逃走ルートを変更した。駐車場に向かう道中にはボイラー室と備品室がある。ボイラー室は常に施錠されているが、備品室はされていない。さらにそこには通風孔まで辿り着けるだけの足場があり、それを辿って行けば外に出られる。西野はこのルートに賭けることにした。
左ローキックが中島の右膝目がけて飛んできた。SAT隊員は軽く右脚を上げて下腿部でそれを受け、相手の動きを伺う。堀内は蹴りを放つと脚を戻さずにその場に着地させ、それと同時に右ストレートを繰り出す。中島はそれを左手で防ぎ、カウンターを入れようと右拳を突き出そうとするもそれを止めた。ストレートを防がれるなり、テロリストは左拳を中島の顔面に向けて打ってきた。SAT隊員はギリギリのところでその攻撃を繰り出そうとしていた右手で弾き、堀内の左側に移動する。この際にSAT隊員は堀内の鼻頭に左掌底を入れ、テロリストの左側に来ると右拳をこめかみに叩き込む。
敵が横に回ったことに焦った堀内は盲目的に左拳を水平に勢い良く振って中島との間合いを開けようとしたが、SAT隊員はまるでそれを予期していたかのごとく両腕で受けると左手でテロリストの手首を掴んで固定し、右掌底を関節である肘に向けて打ち込もうと動く。しかし、黙って腕を折られるような堀内ではない。彼は素早く180度回転して中島の目と目の間に拳を叩き込み、この打撃で中島は攻撃の手を止めると同時に堀内の手首から手を離してしまった。
好機を逃すか、とテロリストは怯んだ相手の頭部を左拳で殴り、続けて右蹴りを中島の横腹に入れようとした。流石の中島も蹴りが飛んでくる時にはすぐに反応してそれを腕で防ぐと、堀内の胸に目がけて右掌底をくらわせた。勝負が着くと思っていた堀内はSAT隊員の攻撃に驚くと同時に想像以上の衝撃が胸を襲った。胸を抑えて一歩後ずさるテロリストであるが、中島それを見過ごそうとはしない。
距離を詰めながら中島は右拳で堀内の左頬を殴り、そのまま距離を縮めると右手でテロリストのうなじ、左腕で相手の右腕を固定すると堀内を自分の方へ引き寄せるようにしながら右膝蹴りを腹部へ入れる。これにテロリストは呻いてどうにかこの状況から逃れようとしたが、SAT隊員の締めは固く、そう易々と抜け出せない。そうしている内に再び膝蹴りが腹部を襲おうとしている。
“クソッ!”
止むを得ず堀内は膝蹴りが腹部に入ると、素早く空いている左手で中島の右脚を掴み、できる限り強く床を蹴り飛ばしてSAT隊員にタックルした。双方バランスを崩し、中島は背後にあったロッカーにぶつかって床に滑り落ち、堀内はSAT隊員をクッション代わりにしたために床に落ちても大したダメージは受けなかった。このタックルで中島の膝蹴りの締めは解け、テロリストは起き上がってマウントポジションに移行しようとする。だが、上体を起こそうとした時に中島が堀内の着ている上着の右肩部分を掴んでそれを阻止すると、右肘で二度テロリストの背中を殴った。激痛が背中に走り、堀内は生まれて殺されるかもしれないと感じた。肘打ち後にSAT隊員は反撃を予期し、堀内の頭を押して横に追いやると片膝で立ち上がって打撃を入れようと右拳を振り上げる。解放されたと思うや否や堀内は三度床で回転して中島から離れると片膝で立ち上がり、同じように片膝でこちらを見ているとだぶだぶの服を着た男を見る。
両者ともに息は上がっており、できる限り早く勝負を終わらせるべきだと思った。先手必勝。堀内は立ち上がると同時に走り出し、相手の動きを見たSAT隊員も立ち上がる。二人の距離が縮まると堀内は右蹴りを中島の股間に目がけて放つ。右脚の動きを見た中島は素早く左へ回避し、テロリストは攻撃が当たらないと分かるや否や脚を床に着地させる前に右拳を左へ移動した中島に向けて水平に振る。両手を肩の高さまで上げていたSAT隊員は右手でそれを防ぎ、堀内の右脇腹にフックを入れる。そのフックと同時に堀内は左拳で中島の顔を殴り、間を置かずに右拳も相手の顔面に叩き込んだ。堀内の攻撃は終わらない。反撃を恐れ、彼は右へ移動すると肘を二度中島のこめかみに打ち込んだ。
“勝てる!”
堀内がまさにそう思った時であった。彼は最後の一撃としてSAT隊員の顎に右ストレートを叩き込もうと繰り出した。が、その一撃は中島の左腕で防がれて、それを行うと同時にSAT隊員は右手刀を堀内の喉に入れる。喉への攻撃によって堀内は呼吸困難に陥り、今まで続いていた攻撃の勢いが一瞬にして滞った。
しかし、これで勝負が付いた訳ではない。素早く中島は右手で相手のうなじ掴み、それと同時に左腕で相手の右腕を固定する。そして、彼は下から突き上げるようにして膝蹴りを堀内の腹部に入れた。呼吸困難に陥っていたテロリストはこの膝蹴りに身構えることもできず、バランスを崩して中島に寄り掛かるように倒れそうになった。事実、この時に堀内の意識は朦朧としていたが、SAT隊員はそれを知らない。中島は再び素早く右手でテロリストの頭を持ち上げると、その勢いを利用して堀内の頭をロッカーに叩きつけた。念のために中島は両手を肩の高さまで上げて相手の様子を窺おうとしたが、その前にテロリストは床に崩れ落ちた。その後、SAT隊員は堀内が着ている上着を使ってテロリストの両手を縛る。
「ネズミ取りさんたちは大丈夫かな?」そう呟きながら中島は拘束したテロリストを肩で担ぐと周囲の様子を伺いながら部屋を離れた。
野村、新村、小田、小木の順で並んで彼らは前進を続けている。先頭に立つ野村は両脇をしっかり締め、顔から数センチ離れた位置で拳銃を構えて前方に注意を注いでいる。彼の背後にいる新村と小田は盲目的に先頭を歩く野村の後を追い、最後尾には野村と同じ様にMAC-10を構える小木が前方と後方へ交互に視線を移動させながら列に続く。
曲がり角に差し掛かると、野村は左拳を後続の仲間に見えるように挙げて「止まれ」のハンドシグナルを送る。突然のことに新村は野村の背中に突っ込んだが、先頭を歩く同僚捜査官は気にもしなかった。野村の動きを見て直感的に小田菜月は動きを止め、若い捜査官のサインを見た小木も前進を一時停止して後方へのみ注意を向ける。野村は左側へ続く周り角に立つと体を右斜めに倒して、壁から銃と一緒に右上半身を露出させて安全確認を行う。
最初に目に入ったものは通路の真ん中、彼から5メートル程離れた場所に倒れている男と外へと続く大きな二つドアであった。倒れている男は大の字にうつ伏せの状態でおり、若い捜査官は中島が制圧したテロリストの一人だろうと考えた。安全確認を行っても野村は警戒を怠らず、銃を構えながら曲がり角を出る。遮蔽物から出ると野村は6メートル程離れた左側、二つドアの向かい側にある曲がり角を見つけ、そこにも視線を配る。異常なし。若い捜査官は後続で待機している仲間に付いてくるように合図を送った。新村が曲がり角から少し頭を出して様子を伺い、安全を確認すると野村の背後に移動するために動いた。
その時、野村は二つドアの左斜め向かいにある曲がり角から片足を引きずった男が通路に出てくるのを見た。男の右手には拳銃が握られている。若い捜査官は急いで通路に出てこようとしていた新村を左手で押し戻した。
被弾した左脚を引きずってやっと一階に辿り着いた木下であったが、運悪く野村たちに遭遇した。視界の隅に動く何かが入ると、木下はそれを確認しようと体を右へ回す。そこには曲がり角から出ようとしていた女性を遮蔽物へ押し戻そうと動く男がいた。
“クソッ!”木下は右手に持っていた拳銃を持ち上げて通路の突き当りにいる男に標準を合わせる。
新村を曲がり角に押し戻すと野村は膝を曲げて上半身を右に少し傾けながら右へ移動する。できるだけシルエットを小さくし、また木下の狙いから少しでも逃れるための動きであった。新村を押し戻した後、彼は片手で銃を発砲し、右へ動きながら両手で握って拳銃を安定させる。捜査官の銃から放たれた銃弾はテロリストの左腕と脇の間を通り抜け、木下の6メートル離れた背後にある壁にめり込んだ。
テロリストが応射に出る。木下は構えた銃の引き金を絞った。右へ移動していたために野村は直接被弾こそ避けたが、弾丸は彼の左肩をかすめて少量の血が噴き出す。
捜査官は壁に突き当たる前に二度木下に向けて発砲し、初弾はテロリストの腹部、続弾は胸部に命中した。致命的な部位に被弾したテロリストであったが、最後の力を振り絞って銃の引き金を引く。
消音器無しの銃で撃ち合っていたために彼らの聴覚はほとんど麻痺しており、それが起こった時、唯一の目撃者であった野村も木下が倒れたのは被弾したからだと思った。事実、テロリストは野村の銃撃で致命的な損傷を負って死にかけていた。しかし、彼の命を奪った要因は別のものであった。
野村は壁伝いに警戒しながら仰向けに倒れている木下に近づく。距離が近づくに連れて血の海に横たわれるテロリストの姿が鮮明になる。死体を見ても野村は気を抜かずに通路の隅々、そして、木下の死体近くにある通路の安全を確認し、改めてテロリストの死体を見た。
“ひどいな…”
木下の右目があった場所には拳銃の遊底が突き刺さっており、それは脳にまで達していた。これが彼の直接的な死因であった。
胸の近くで銃口を床に向けて構えると、野村は背後に視線を配って曲がり角から少し顔を出している新村を確認した。若い捜査官は同僚に付いてくるように手招きをする。出口に近いことを期待して新村と小田菜月は走り出し、それを確認すると小木は急いで二人の後を追う。野村は大きな二つドアの横で三人を待っている。仲間が到着する前に野村は大きく開かれているドアから外の様子を窺おうとした。すると、何かが彼の視界に飛び込んできた。それは若い捜査官の足元に落ち、彼が手榴弾だと気付いて外へ蹴り飛ばそうとした時には閃光とけたたましい音が通路を覆った。
「逃げろー!!」無意味だと思っていても野村は反射的に叫んでいた。彼の声は閃光手榴弾の爆音で聴覚が麻痺している仲間には届かず、閃光で視界まで麻痺しているのでパニックに陥った。何者かが野村を床に捻じ伏せ、彼の銃をもぎ取る。若い捜査官は必死に抵抗した。それでも彼を拘束する男の力は野村の抵抗を軽く抑えつけている。
次第に目が見えるようになり、自分たちを取り囲む男たちの姿を確認することができた。
“応援か…”拘束されたものの野村は安堵していた。
また、男を肩に担いだ中島が自分たちの通ってきた曲がり角から歩いてくるのを見て野村はさらに安堵した。中島は野村と小木を拘束しているSAT隊員たちに警察手帳を見せ、ネズミ取りの捜査官たちを解放するように言った。
「大丈夫ですか?」野村と小木の近くにやってきて中島が尋ねた。
一気に今まで抱えていた緊張感が解けてネズミ取りの捜査官たちはその場に座り込んで、ただ中島を見つめ返すことしかできなかった。
「お疲れ模様ですね。どうです?これから宮崎くんも交えて甘い物でも食べに行きませんか?」担いでいた堀内を応援にかけつけたSAT隊員に渡して中島が言う。
野村と小木は互いに顔を見合わせ、再び中島の方を向く。
「喜んで。」
標的周辺と脱出経路の確認を終えると、4人組の男は数台しか停められていない月極駐車場に乗用車を入れた。助手席に乗っている黒縁眼鏡の男は腕時計に目を配って時間を確認する。約束の時間から10分は経過しているが、堀内の言っていた男の姿はない。
「確かにここだと言っていたよな?」後部座席に座っている男の一人、木村が言った。
「ああ」運転手の三浦が応える。
「もう約束の時間から10分は過ぎてます」黒縁眼鏡をかけた神崎が間を置かずに言った。
「さぁな。来なければ俺たちでやろう」堀内から指揮権を命名された藤山が車から降りる。
運転手の三浦を除く二人も彼に続いて車から降り、三浦は降りる前にトランクを開けてエンジンは切らずに置いた。いざという時に逃げるためである。
藤山がトランクを開けて仲間に消音器付きのMAC-10短機関銃を渡す。
「静かにとは言われていないが、室内での行動だからな…」弾倉を銃に押し込んで藤山が同じように弾倉を装填している仲間に言う。「予定通り―」
現場指揮官である藤山が計画の説明をしようとした時、一台の車が彼らのいる駐車場に近づいてくるのが見えた。短絡的な木村は短機関銃を構えようとし、それを見た三浦が止める。
「ここで撃ったら全部におしゃかになるだろう!」
「でもよ…」
駐車場に入って来た車は彼らの車の斜め前で停車し、眼鏡をかけた男が乗用車から出てきた。
「アンタが助っ人か?」藤山が尋ねる。
「俺は武器を運びに来ただけだ。」西野は男たちの手にある短機関銃を見て、右手を腰の近くに移動させる。腰のホルスターから素早く銃を抜くためである。短機関銃を装備した四人を同時に相手にすることくらい不可能だと思っていても反射的に体が動いた。しかし、西野の持ってきた武器にしか興味のないテロリストたちは一切彼の動きに気付けなかった。
「それでその武器は?」藤山は持っていた短機関銃を乗用車のトランクに置く。
「後部座席だ」自分の乗ってきた乗用車を指差して捜査官が答えた。「堀内はどこだ?」テロリストの一人が西野の車へ近づく同時に尋ねた。
「待て!」武器を取りに行った部下に向かって藤山が言う。「アンタが取ってくれ。」
西野は一瞬止まった。後部座席に手を伸ばす瞬間に撃たれる可能性がある。
「どうした?」一歩前へ踏み出して藤山が捜査官の様子を伺う。
「いや、何でもない…」西野は後部座席を開けるとドアの陰で銃を抜き、横目でテロリストの動きを見ながら武器の入った鞄を取る。4人のテロリストはただ西野の動きを見守るだけで、銃を構えるような素振りは見せなかった。捜査官は銃をベルトに挟んで上着で隠すと、鞄を持ち上げて後部座席のドアを閉める。
「アンタは三浦と木村に付いて行って欲しい。俺と神崎は議員を誘導する。」西野から鞄を受け取って藤山が言った。
「議員?」と西野。
「小田完治とかいう議員だ。言っておくが、仕事が終われば別行動だ。俺たちはアンタを追いかけはしない。後始末は自分でどうにかしてくれ。」
「議員を殺す気なのか?」
「アンタもそのつもりで来たんだろ?堀内さんはそう言ってたぞ。」散弾銃に銃弾を詰め込みながら藤山は不思議そうに西野を見る。
「俺は―」
西野が喋り始めようとすると黒縁眼鏡をかけた神崎が腕時計を人差し指で軽く叩いた。出発の合図である。
「予定時間よりも遅れている。行くぞ!」
三浦と木村は散弾銃と予備の弾を上着に入れると西野の車に乗り込み、藤山と神崎は自分たちが乗ってきた乗用車に乗り込んで走り去った。
「俺たちは裏口だ。」助手席にいる三浦が運転席に乗り込んできた西野に行った。「道案内は俺がする。」
穴が開くほど小田完治は旧友である菊池信弘の関係書類に線を引いていた。彼を警護しているSPたちは遂に議員の気が狂ったと思っていたが、実際のところ小田は線を引きながら誘拐犯と交わした会話を思い起こしていた。
誘拐犯と最後の通話から既に6時間は経過しようとしている。もし、ヤツらが本気であれば既に娘は殺されているはずである。
“何かあったに違いない…何か、計画を変更させることが…”顎に生えた無償髭を擦りながら議員は考えた。その時、ある文字が小田の注意を引いた。それは菊池の死因に関するページにあり、医師による報告によれば菊池信弘は右人差し指と中指を死ぬ直前に失っていた。
「『身代金を渡してくれたら、娘さんの人差し指と中指をあげます』」小田は誘拐犯が言った台詞を思い出して呟いた。
「そうだ。菊池の息子に違いない。彼しか考えられない!」小田は一人大声を上げて顔をドアの近くに立っていたSPの一人に向ける。突然のことにSPは驚き、急いで議員から目を逸らす。
爆音がフロア一体に響いた。何事かとドアの付近にいたSPが通路の様子を伺うと、胸に強い衝撃が訪れて後ろに吹き飛ばされた。幸いなことに防弾ベストによって致命傷は免れたものの呼吸困難に陥った。
議員の背後で待機していたSPは異変に気付くと、小田完治の左腕と右肩を掴んで移動を始める。彼らがいる部屋は誘拐事件後に設置されたもので、部屋を囲む3つの壁は木造であったが、残りの壁は取り外し可能な仮設のプラスチック製の板であった。SPは急いでその板を外そうとする。
その時、倒れているSPの横に黒い物体が落ちた。彼はそれが手榴弾だと察して通路に投げようとするも、それは握られると同時に爆発した。想像を絶する熱が右手に走り、SPは激痛のあまり悲鳴を上げる。彼の右手は閃光手榴弾によって重度の火傷を負い、閃光と爆音によって視聴覚が奪われて何が起こっているのか分からない。
爆発と同時に議員と彼を警護するSPは仮設の壁を潜り抜けて隣室に逃げ込む。爆音によって二人の聴覚は麻痺していたが、通路を逃げ惑う選挙スタッフたちの姿を確認することはできた。一足遅れて散弾銃を持った藤山と神崎が右手に重度の火傷を負っているSPがいる部屋に入った。彼らは小田の姿が確認できないと次の閃光手榴弾を取り出し、選挙スタッフが逃げ惑う通路に投げ入れた。
閃光手榴弾の炸裂と同時に通路に飛び出した小田完治とSPは真面に閃光と爆音を浴びてその場で硬直してしまった。選挙スタッフは視界が麻痺しても我武者羅に逃げ、議員とSPにぶつかっても動じることなく走り続ける。誰かがSPと議員の腕を掴んで引っ張った。咄嗟にSPは腰のホルスターから銃を抜いたが、後にそれが仲間だと視界が鮮明になった時に分かった。
銃声が響いた。議員と共に行動してきたSPは左肩に衝撃を受けて床に叩きつけられる。彼の応援に駆け付けた二人のSPは急いで議員を立ち上がらせると非常階段に向かって走り出す。被弾したSPは仲間と議員を守るために、散弾銃を腰の辺りで構えて接近してくる二人のテロリストに向けて発砲した。
防弾ベストを着ていたテロリストたちはSPの銃撃など気にせず、藤山はSPに向けて一度発砲した。散弾はSPの首に命中すると同時に彼の顎を砕いた。藤山が標的へ視線を向けると、議員はSP二人に抱えられて非常階段のドアを通り抜けよとしていた。二人のテロリストは来た道を引き返し始め、神崎が無線機を取り出す。
「議員がそっちに向かった。待ち合わせ場所で待つ。」
三浦は西野と共に建物の裏口付近にある駐車場の陰で非常口から出てくる小田完治の選挙スタッフを見ていた。仲間からの連絡を受けて三浦は木村に西野の車を使うように言い、素早く逃げられるように建物の付近で待機するように伝えていた。
西野は三浦の背後におり、腰の銃に手をかけている。
“議員の暗殺は止めなければならない。しかし、これを阻止すれば新村が殺される。”捜査官は完全にジレンマに陥っている。早く決断を下さなければならなかったが、どうしても優先順位を付けることができなかった。
「お出でになったぞ。」三浦が散弾銃のポンプを引く。
テロリストが言った通り、二人のSPに護衛された小田完治が裏口から現れて二人のいる駐車場に走ってきた。三浦の動きは素早かった。彼は標的との距離が縮まると車の陰から飛び出してSPの一人を撃ち、撃ち終わるや否や素早くポンプを引いて残りのSPの胸を撃った。最後に撃たれたSPは拳銃をホルスターから抜いたものの、発砲する前に被弾して地面に崩れ落ちた。
「さて…」三浦は振りかえて西野を見る。捜査官は動揺を隠せなかった。議員は腰を抜かして地面に座り込み、ただただ三浦と西野を見ることしかできない。
「アンタの出番だよ。」テロリストはポンプを引いて新しい弾薬を薬室に送る。彼は西野に向けて言ったが、小田は自分に向けられたものだと思った。
「な、何が望みだ?」議員は恐る恐る目の前に立つ男二人に尋ねる。
しかし、三浦はそれを無視して西野を見る。「どうした?アンタの望みだろ?」
「望み?俺は一度も…」
「もういい。」時間を確認してテロリスたが言う。「俺がやろう…」
小田完治は両手を顔の前まで挙げて目を閉じた。彼にはもう希望などなかった。ただ死を受け入れることしかできない。三浦は標準を手で隠されている小田の頭部に合わせると引き金を引いた。
しかし、散弾は議員の頭部ではなく、真横にあったアスファルトを削って小さな破片が飛び散らせた。三浦が引き金を絞る直前に西野は散弾銃の銃身を蹴り飛ばして弾道を変え、間を置かずにテロリストとの距離を詰めるとテロリストの左頬に右拳を叩き込む。続いて脅威である散弾銃を確保しようと、西野は排莢部を掴んで右肘を再び三浦の頭部に向けて繰り出す。これにはテロリストも素早く反応して左腕でそれを抑えると膝蹴りを打った。膝蹴りを受けるとほぼ同時に捜査官は右掌底を三浦の鼻頭に叩き込み、相手の動きが鈍ったことを確認するや否や散弾銃を握っているテロリストの右指に右掌底を叩き込んだ。激痛に三浦は散弾銃から手を離し、代わりにベルトに挟めていた拳銃を取り出す。それを構える直前に西野は奪った散弾銃でテロリストの銃を弾き飛ばし、相手を後ろへ突き飛ばすように右蹴りを三浦の腹部に入れた。テロリストはバランスを崩して地面に倒れる。捜査官は散弾銃の銃口を地面に倒れて立ち上がろうとしている三浦に向けた。
「撃てよ。」西野を睨みつけてテロリストが言った。「撃てるもんなら撃ってみろよ!」
捜査官は撃つべきか悩んだ。テロリストは皆防弾ベストを着ており、散弾銃で撃たれたとしても致命傷には至らないであろう。時間がない。
「撃ってよ!」三浦が怒鳴る。
これ以上大声を出されてテロリストの仲間を呼び寄せる訳にはいかない。西野は引き金にかけていた指に力を入れる。
「三浦―!!」怒号が夜の路地に響くと同時に銃声が聞こえた。
仲間からの連絡が途絶えたことに疑問を抱いた木村は待機場所から移動して三浦を迎えに行った。そこで彼は散弾銃を仲間に向ける西野を見つけた。テロリストは助手席から短機関銃を取って車から飛び降りると、仲間の名前を叫びながら発砲を始める。
西野は急いで近くの遮蔽物まで走り、銃弾は彼の後を追うようにして地面を削って破片を散らばす。捜査官が車の陰に飛び込むと既にそこで身を潜めていた小田完治が悲鳴を上げた。
「ここでじっとしていてください。」そう言うと西野は遮蔽物から身を乗り出して2度散弾銃を木村に向けて発砲する。
彼が木村と交戦している間に三浦は落とした拳銃を拾い、仲間の元へ急ぎながら捜査官に向けて発砲する。二方向から攻撃に西野は怯んで一度遮蔽物に身を隠し、再び身を乗り出して散弾銃の引き金を絞るが何も起こらなかった。弾切れである。捜査官は迷うことなく、腰のホルスターから拳銃を抜いて応射する。
木村は短機関銃から空になった弾倉を弾き出して新しい物を叩き込む。西野にとって彼は格好の獲物であった。装填を終えたテロリストに向けて西野は発砲し、弾丸は木村の腹部と胸部に命中した。防弾ベストに守られていた部位であったために被害は少ないが、それでも捜査官に三浦に狙いを移動させる時間を与えた。しかし、走って移動している三浦を撃つのは簡単ではなかった。西野は仕方なく走っているテロリストの脚に向けて発砲する。5発中1発がテロリストの右脚を撃ち抜き、三浦はバランスを崩して転げ落ちた。
仲間が被弾したところを見た短機関銃を持つテロリストは叫び声を上げながら、西野が隠れている車に向けて発砲を始めた。雨のように降り注ぐ銃弾に西野は身動きができず、これを機に彼は再装填を行う。この間にはテロリストは脚を撃たれた仲間を引きずって車まで進み、銃弾の底が尽きる頃には車まで辿り着いていた。
銃声が止むと同時に、西野は無数の穴が開いている車の陰から身を乗り出してテロリストに向けて発砲した。木村は急いで仲間を後部座席に押し込むと、運転席に飛び乗って車を走らせる。
“ダメだ!!”捜査官は車を追った。無駄だと分かっていながらも彼は走って車を追う。もし、彼らに逃げられれば新村が殺されてしまう。中島と野村、小木による新村と小田菜月救出を知らない西野はそう思って、死に物狂いで走りながらテロリストの乗る車に向けて銃を撃つ。走りながらであったために狙いが定まらず、ほとんどの銃弾は車にかすりもしなかった。車が曲がり角を左折すると同時に西野の銃弾が尽きた。彼は予備弾倉を取ろうとホルスターに手を伸ばすも、ホルスターは空であった。
捜査官は遅れてテロリストの後を追って角を曲がり、テロリストの車がさらに左折して視界から消えるのを見た。西野はその場で立ち尽くし、弾切れの拳銃を地面に落とした。
“新村…”
その時、テロリストの車と入れ替わる形で2台のパトカーが曲がり角から現れた。通常の西野であれば現場から急いで逃げようとするだろうが、絶望のあまり立ち尽くして何もできない。パトカーは彼の背後からも接近している。
「手を挙げろ!」左から声が聞こえてきた。西野が左を見ると拳銃を構えた3人のSPがいた。「手を挙げろ!」SPの一人が再び叫んだ。西野は動けない。
ネズミ取りの捜査官を脅威と感じた背の高いSPは銃床で西野の後頭部を殴った。この衝撃によって西野の視界は闇に包まれ、彼は重力に引きずられて地面に崩れ落ちた。