扉
少女には扉があった。世界と世界とを繋げるための扉だ。
少女の暮らす世界と、少女のいない世界。
二つを潜ることは少女に許された特権であり、呪いである。
扉を潜ることは逃避のための退路としては機能せず、逃げたならば最後、戻れないよう機能する。
一度訪れた世界を一度として戻れた試しがないのだ。
幾重にも広がる世界に二度扉を掛けることは不可能に近い。
それでも零でない可能性に掛けることは、心をすり減らすことしかしないことを少女は既に体感していた。
ならば世界を渡らないように心がけるべきだろうか。
生まれた世界に戻れないならば、せめて渡った後の世界に慣れてしまえば良い。長い時間を過ごすことで世界に馴染み、生まれた世界と錯覚することが出来る日が来るかもしれない。
それが出来るならばどれだけ楽であっただろうか。
それを許さないのは、扉だ。少女にとって扉は呪いとして機能する。
「どうして私ばかりがこんな目に会うのかな」
愚痴る様に、問いかける。
少女の前に立つのは、男。仮面により顔を隠した男は何も答えない。
「また、まただよ。貴方は前の世界も、前の前も私の前に立った」
男は答えない。ただ無言のまま少女に近づいていく。
彼の手にするナイフが存在を主張する。
目的を代弁するように掲げられたナイフは、徐々に少女に近づいていく。
このままでは少女は殺されるだろう。
刃物は身体に突き立てられるだろう。
だから少女は扉に頼る。前回、前々回。更に昔からそうしてきたことをまた一度行う。
「さよなら、世界」
少女は一歩だけ、後ろに下がる。
そこに地面はなく、背中から倒れていく。
扉を潜り、新しい世界へと。
そしてたどり着いた世界で少女は身体を起こした。
時間は変わらない。
場所もまた同じで。
あろうことか、状況に変化はなく。
「え?」
少女は状況に首を傾げる。
失敗したのだろうか、世界が変わった様子は見られない。
男は刃物を手に立っている。そして、少女にじりじりと近づいていく。
「なんで?」
疑問に答える者はいない。
疑問を覚えずに行動に移せていたならばどれだけ良かっただろう。
パニックを起こしたために扉を再度潜ることは叶わない。久しく実感した危機に震え、なす術もない。
一歩、また一歩と詰められる距離を怯え、待つ。
「誰か、助けてよ」
呟きに答える者は、
――あった。
「助けに来たよ、扉ちゃん」
現れた少女は言う。




